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魔人たち

 扉を開けるとそこは広間であった。そして一番奥には昆虫の蛹のような、黒い繭が置かれている。そして繭からは無数の糸が繭の前の祭壇に伸びている。繭からは扉を入ったばかりのところにいる俺たちにも分かるほどの禍々しい気配が発されていた。


 祭壇は人が一人横になれるほどの大きさであり、他の村から攫ってきたと思われる人間が裸で寝かされている。おそらく、この人間から力のようなものを吸収しているのだろう。まだ生きているといいが。


 そして、そんな台座の前には二人の魔人が立っている。彼らは頭にモールドレックの紋章である歪な六芒星が入った冠のようなものを被っていて、よく見ると頬の辺りにも同じ紋章が入っており、黒いローブを羽織っている。


 そして右の魔人は大きめの杖を、左の魔人は剣を構えている。


「ここまでたどり着くとは、辺境の地にもそこそこ腕の立つ者がいるではないか」


 杖の魔人がこちらを見て言った。彼の言葉から推測すると、俺たちのことは知らないのだろう。


「お前たちこそなぜこんなところで魔神を復活させようとしている?」

「ふん、それはお前たちには関係ないことだ」


 杖の魔人は素っ気なくいった。

 本当に俺と関係ないのだったらいいんだがな。とはいえこいつらが俺の存在を知っていても、顔を知らないだけという可能性もある。俺は一応名乗ってみることにする。


「俺はセドリック。王都で魔神の疑惑をかけられた者だ。逃亡先にちょうどお前たちが現れた訳だが、俺とは本当に無関係なのか?」


 俺の言葉に二人は顔を見合わせる。そしてほぼ同時に首をかしげる。いや、そんな反応されても困るんだが。本当に知らないのか。


「それは知らぬが……もしや我らがこの地でモールドレック様を復活させよとの天啓をもたらした者はおぬしと我らが出会うことを意図していたと言うのか!?」


 剣の魔人が驚く。

 何だと? ということはこいつらをわざわざこの地に派遣してきた奴がいると言うのか。普通俺がこちらに逃げたと分かればこんな奴らではなく衛兵か軍隊でも差し向けるのが当然だ。魔人を手駒にしている時点でそいつはどう考えても悪い奴ではある。


 しかし全く目的が分からない。俺とモールドレックをぶつけて魔神最強バトルでもするつもりか? そんな馬鹿な。いや、そもそも俺が魔神だと思われているのならいい迷惑だが。


「おそらくそうだ。一体誰がそんなことを命令したんだ?」

「実は……」


 剣の魔人が話始めようとするのを杖の方が手で制する。


「ディテクト・デビル」


 ラッセルと同じようにそいつの手から白い光が放たれる。そしてあの時と全く同じように俺を包んだ白い光は俺に触れて消滅する。やはりこの結果は間違いではなかったらしい。期せずしてラッセルが何らかの事情で俺を陥れようとした可能性は消滅し、本当に俺は魔神的な存在であることが明らかになる。

それを見て杖の魔人は少し驚いたものの、頷いた。


「よし、本物の魔神のようだ。続けて良い」


 勝手に仲間認定されたのは業腹だが、それで情報が手に入るのであればそれでいいか。俺は黙ってこいつらの説明を聞くことにする。

 杖の魔人の許可が出たので剣の方が話を再開する。


「我らを保護してくださっていたのはドラージュ卿だ」


 それを聞いたイリシャの眉がぴくりと動いた気がしたが、それも当然だ。


「何だと!? そいつはあの“謀略のドラージュ”か!?」


 少しでも歴史を学んだことがある者なら誰もが知っているだろう。魔王軍四天王の一人、“謀略のドラージュ”。十五年前の戦役では傷を負ったものの、行方をくらましていた。確かにその後討伐されたと聞いたことはなかったが、今も暗躍していたのか。だとしたら一体何を企んでいる。


「そうだ。ドラージュ卿は魔王軍再興のため軍勢を集め、我らのような者も保護してくださっていた。そしてつい先日、この辺りでモールドレックを復活させるよう指示を出された。我らは疑問に思ったものの、この地で復活を行うなら生贄を何体か都合するとまで言われたので素直にそれに従うことにしたのだ」


 剣の魔人がつらつらと述べる。

 なるほど、今祭壇の上で横たわっている人間はドラージュが手配した生贄か。


「それで言われるがままに、ドラージュの指示に従ったのか? 理由は全く聞かなかったのか?」


 俺はつい問い詰めるような口調になってしまう。剣の魔人は一瞬言葉に窮したようだがすぐに言い返す。


「そうは言っても我らはドラージュ卿に庇護されて生きていたんだ! 大体、そう言うおぬしは何者なんだ?」


 そう聞かれて今度は俺が言葉に詰まる。適当に嘘をついて話を聞きだすべきか、それともこいつらは下っ端で大したことは知らない以上、そろそろ倒してもいいだろうか。

 俺は傍らのイリシャをちらっと見る。

 するとイリシャも魔人たちに向かって叫ぶ。


「ということは本当にこの方のことを何も知らないんですね?」

「知らない! というか一体何者だ!」


 剣の魔人はやや苛々したように叫ぶ。そんなこと言われても俺の正体が一番気になっているのは多分俺自身なんだが。


 とはいえ、イリシャの問いでこいつらが本当に俺のことを知らなさそうだということは分かった。それならばもはや用はない。


「仕方ない、もうやるか」


 俺がイリシャに小声でささやくと、彼女も頷く。


「何も知らないようならもはやお前たちに用はない。喰らえ、碧の(ウィレンティア)!」


 俺は先手必勝とばかりに碧の炎を二人に向かって撃ちこむ。目の前に広がる緑色の光を見て彼らは動揺した。


「何!? 古代魔法だと? こいつ本当に何者だ?」


 それまでは寡黙だった杖の魔人の顔に驚愕が広がる。

 ほう、この魔法を古代魔法と認識出来るのか。


 とはいえ、魔神自体が古代から存在する魔物である以上、それに仕える魔人が古代魔法を理解していてもおかしくない。

 そこで俺はふと何か引っかかったが、とりあえず今はこいつらを制圧するのが先か。


「紫の(イエサントム)


 杖の魔人は紫の炎を杖から発射する。あれは魔法を打ち消す炎。碧と蒼の炎がぶつかり、共に消滅する。が、彼らは所詮魔神と契約したとはいえただの人間。古代魔法は負担が大きかったのか、一発撃っただけでげっそりとやつれて見える。やはり俺の魔力は常人離れしているらしい。


「なかなかやるな。こんな出会い方でなければ共に古代魔法について見識を深めたかったものだが」

「何を……」


 俺の言葉は本心だったが、挑発と受け取ったのか、魔人は眉を吊り上げる。


「赤の(ルーブラム)!」


 ほう、碧ではなく赤の炎で応戦してきたか。というのも、特殊な効果を持たない赤の炎は碧や蒼に比べて使用魔力が少なく、術者への負担も小さいのである。

 しかしその赤の炎を出すだけで手足は震え、魔人は限界のようであった。


「紫の(イエサントム)


 俺の手から噴き出した紫の炎が渾身の一撃である赤の炎を打ち消す。それを見て杖の魔人の表情は恐怖に包まれる。


「うあああああああ! 一体何者だ、お助け下さいモールドレック様!」


 魔人は恐慌状態にでもなったか、ひざまずいて繭に向かって祈り捧げる。しかし言うまでもなく魔神と契約して復活を企む行為など重罪である。


「赤の(ルーブラム)!」


 俺は静かに魔人を焼き殺した。




 一方、剣の魔人は素早い身のこなしで祭壇の裏手に回り、碧の炎をかわしていた。碧の炎は生命を消すだけで、無機物には効果がない。祭壇の裏で炎をやり過ごし、収まったところで祭壇から飛び出す。


 その前に立ちふさがったのがイリシャだった。魔人は目にも留まらぬ速さで剣を振り下ろすが、それをイリシャは果敢にもはじき返す。


 カキン、という甲高い音が広間に響き渡る。


「くそ、お前も一体何者だ?」


 魔人の声には焦りが含まれる。


「何でもいいですよ。それよりも目的も分からずにドラージュの下っ端としてこき使われているなんて哀れな人生、すぐに終わらせてあげます」


 気のせいか、イリシャの声は普段より冷たかった。


「くそがっ」


 魔人は今度は剣を突き出す。

 カキン、

 しかし見えない壁のようなものに阻まれる。壁を打ち破ったものの、剣の軌道はわずかにそれた。


「おのれ……無詠唱防御魔法か!?」


 魔人の表情に焦りが生まれる。しかしそれを自覚したときはすでに遅かった。

 その隙にイリシャは魔人の懐に飛び込み、下から剣を突き上げる。イリシャの剣は魔人の胸を貫いた。


「ぐあああああああ!」


 ぱっと鮮血が飛び散り、魔人が倒れる。

 その頃には杖の魔人も消し炭になっており、広間に残るは魔神の繭のみになっていた。

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