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団欒

 俺たちが山から出てくると、村人たちはこちらを見て腰を抜かした。何せ自分たりより遥かに大きいクマを担いで来たのだから。まあ担いでいるのはイリシャだが。


「旅人様はクマも倒せるのですか!?」


 一人の老人が恐る恐る尋ねる。


 (例の話、覚えてますよね?)


 不意にイリシャが耳元でささやく。そう、俺たちはあまり目立ちたくなかったので出来る限り力を隠すことにしていた。

 特に古代魔法が使えることなどがばれてしまえば目立つのは当然、もし噂になってしまえばたちまち追手が来るかもしれない。


「いや、たまたま初級魔法で挑発し、うまく誘導してつまずかせただけだ」


 俺は咄嗟に考えた言い訳を口にする。


「ですが我らのような者たちは魔法を使うことすら出来ませぬ……よろしければ見せていただけないでしょうか?」

「悪いが今日は魔力は大分使ってしまった。これ以上使っては今晩の料理の火が起こせなくなる」


 村人が古代魔法と現代魔法の区別がつくのか、そもそも古代魔法の存在を知っているのかすら分からないが、念のためである。老人は少しがっかりしたようだったがあえてとは言わなかった。




「あ、すごいクマ!」


 村長の家まで歩いてい来ると、村長の一人娘のタザルがクマを指さして叫んだ。おそらく同年代ぐらいの娘だが、 茶色い長髪を無造作にポニーテールに束ねており、よく動く表情とあいまって活動的な印象を与える。

 村にはおしゃれという文化はないのだろう、せっかく可愛いのに粗末な衣服と申し訳程度の髪飾りしかつけていない。もっとも本人は外の世界を知らないのでそれを何とも思っていないようではあるが。


「そうだ、是非解体して肉を交換してもらいたい。俺たちじゃ食べきれないからな」


 この人口の村なので店らしいものはほとんどない。村長だけがやや裕福なので、村長を起点に交換経済がかろうじて存在する程度であった。


「うん、お父さーん、旅の二人が帰って来たよー! でっかいクマを倒してる!」

「おお、今行く」


 声とともに村長は一人の家人を連れて出てきた。顔についた一筋の傷が印象的な三十ほどの寡黙な男だったが、昔は狩人をしており、解体の心得があるらしいので獲物を捕らえたときは解体と処理を依頼していた。


 一方の村長は頭が白髪に覆われているが気のいいおっちゃんという印象であった。今もイリシャが背負っているクマを見て破顔している。


「おお、すごいクマだ。今夜はクマ鍋にしようじゃないか、是非上がっていってくれ」


 田舎村というからもっと閉鎖的な感じなのかと思っていたが、村長は思いのほか俺たちに好意的だった。俺たちは解体してもらった肉の中から俺たちが持ち帰る分の肉と、村長宅に余っている野菜や麦、そして日用品をもらい、残りをその代金として置いていくという感じでやっている。

 相場が適切なのかは俺にはよく分からなかったが、こんな村である以上村長が相場という気もするのでもんくは何も言わなかった。生活も出来ているし、俺は魔法の研究が出来れば何でもいい。

 何より、すねに傷のある俺たちを温かく迎えてくれるというのが嬉しい。


「ではありがたくお邪魔します」

「ではわしは鍋の用意をさせよう。おぬしらタザルと年が近いだろう、話し相手にでもなってやってくれ。この村にはあまり年の近い友達がおらぬのでな」


 俺たちは村長宅の居間に通される。俺たちが住んでいる家よりはしっかりしており、きちんとテーブルとイスといった家具があり、粗末ではあるが絨毯も敷かれておる。


「ねえねえ二人とも、外の世界の話を聞かせてよ!」


 席につくなりタザルが話をせがんでくる。と言っても俺は大した話はないのでイリシャの方を見る。


「私は……あんまりおもしろい話はないですよ。あ、でも剣の話なら」


 そう言ってイリシャは剣を習った時にあったエピソードをいくつか披露する。というかイリシャは魔法学園にいるが、あんなに剣が出来て魔法はそんなでもないのに、親はあえてイリシャを魔法学園に入れたのか? そこまでの魔術の名門であれば俺が知っていても良さそうであるが。

 俺は再びイリシャの生い立ちに疑問を持ったが、タザルの前でする話でもない。その話はいったん胸にしまう。


「……ということがありまして。はい、次は先輩の番です」

「お、おお。じゃあ学園の話でもするか」


 俺は王立魔法学園であるということは伏せて、あくまで普通の学園に通っていたかのように話す。途中でイリシャが「学園で本当に勉強しかしてない人は先輩だけですよ」とか「リア充に親でも殺されたんですか」などと訳の分からないことを言ってくるが、無視する。


「鍋の準備が出来たぞ」


 そんなことを話しているうちに村長が鍋と黒い平べったい石を持って現れた。この熱された黒い石をテーブルの上に置き、その上に鍋を置くことで熱いまま鍋が食べられるということらしい。

 クマの肉は少し硬かったが、丁寧に処理されているのだろう、イリシャとの逃亡中に狩った獣を焼いて食べた時よりだいぶおいしかった。


 それに久しぶりに大人数(俺は魔法学園時代ずっと一人で食事していたので四人は大人数)で食卓を囲んだこともあって楽しかった。タザルも同年代の俺たちと一緒に入れたことが楽しそうで、和やかな雰囲気のまま時間が流れていく。


 が、宴もたけなわというころ、おもむろに村長が真面目な表情になり切り出した。


「おぬしたち、偶然とはいえクマを倒せると言うのならば、どうか村に何かあったときには村を守って欲しい」


 その顔は今までの和やかな雰囲気とは一転、真剣なものだった。


「やっぱり魔物とか襲ってくるのか?」


 この辺りは魔物が多いという訳ではなかったが、時折この前のコカトリスのような強力な魔物が通ることがある。だからこそこんな規模の小さい村しかないのだろう。


「そうだ。いつもと言う訳ではないが、たまに現れては気まぐれに村人を食べていく。上級の魔物相手だとなすすべもない。むしろ抵抗しない方が被害が少ないというときすらある……」


 そんな奴らと戦わせようとしているのかよ、と思わなくもなかったが、俺たちは逃亡中のところを廃屋とはいえ空き家に住まわせてもらっている身である。それに村長は俺たちがやってきた事情についても「駆け落ち」という以上の詮索はしないでくれていた。


「分かった……あくまで出来る範囲でだが」

「頼むぞ」


 村長は重々しい口調で言った。



 その後は再びとりとめのない雑談に戻り、夜遅くに別れた。そして解体してもらったクマの肉と毛皮、さらに日用品や野菜や麦をもらって帰路についた。まあ五分で家に着くのだが。


 家に戻ると、村長宅を見てしまったせいか見すぼらしさが際立って見える。そもそも一部屋しかないし、床は腐りかけで家具はない。イリシャが村長から買い取ったあまりものの布団を部屋の両側に敷いて、真ん中に空の木箱が置かれている。これがテーブルの代わりである。部屋の家具らしい家具はこれだけだった。それまでは本さえ読めれば何でもいいと思っていたがやはりこれはひどい。


「どうしました?」

「いや、今更だがこれはひどいなと思ってな」


 俺の言葉にイリシャはこれみよがしにため息をつく。


「だからずっと言っているじゃないですか。それなのに先輩は本さえ読めればいいとしか言わなかったんですよ? 生活環境の改善に協力してくれますか?」


 そう言えばそんなことを言われていたような気がする。読書に夢中で生返事ばかりしていたが。


「分かった分かった、俺が悪かった。とはいえ家具を手に入れようと思えば村人にもらうしかないだろうか」

「そうですね。私も先輩も家具作りなんて出来ませんし。とはいえ、村人に私たちが出来ることって狩りぐらいしかないですよね。それもあまり頻繁に大物を獲ってくると怪しまれるし……」

「とりあえず毛皮敷いてみるか」


 クマが大きかったと言うべきか、家が小さいと言うべきか、毛皮は床の大部分を覆うことが出来た。元々の床の木が歩くたびにきしんだり、腐りかけていたということもあって、これだけで見違えるようであった。


「おお、これで床に座れますね!」

「そうだな。しかもふかふかだ。この汚い布団より寝心地いいかもしれない!」


 試しに寝転がって見ると、ふさふさしていて気持ちいい。寮にいたときは普通のベッドで寝られることを当たり前に思っていたが、この感触は久しぶりだった。


「先輩、やはりテーブル・イス・ベッドを入手して、自宅で料理が出来るようにしましょう」


 イリシャがやけに真剣な目でこちらを見る。俺も彼女を見返して頷いた。そしてお互い居住環境を改善すべく決意を新たにして就寝したのだった。

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