研究発表会
「……と言う訳で古代の魔法においては一口に炎といっても『蒼の炎』『碧の炎』『紫の炎』など様々な概念があると結論づけることが出来ます。それではそれぞれの炎の具体的な用例を見ていきましょう。まず『蒼の炎』ですが、『エルドアン叙事詩』の四行目に見られる用例では……」
アルファン王国王立魔術学園。そこは王国屈指のエリート魔術師たちが集まる国内最高峰の魔術師養成機関である。俺、セドリックは現在卒業研究の中間発表をしているところだった。
王国最高学府の、しかも卒業研究の中間発表会ともなればさぞや生徒たちは熱心に参加し、実のある議論が行われると思われるだろう。
が、先ほどから俺は教室の壇上で話しながら前を見ていると生徒たちの態度はひどいものだった。俺の発表を無視して自分の発表のまとめに躍起になっている者などまだいい方で、本(しかも研究とは特に関係ない)を読んだり船を漕いだりしている者までいる。ちゃんと聞いていそうな者は数えるほどしかいない。
講義室は教壇を中心に扇型に座席が配置されており、後ろの席の者も話を聞きやすいように教壇を中心にすり鉢状になっているというのに、そんな講義室の形状もむなしくろくに話を聞いている者はいなかった。そのため先ほどから最後列に陣取っている教授としか目が合わない。気まずい。
俺はこいつらの態度に腹を立てたが、一応俺にも非がなくはない。
俺が研究テーマに選んだ『古代魔法文献学』は非常にマイナー分野なのである。しかも他の生徒は魔法の実演などを見せながら発表するのに、俺はただしゃべるだけの発表になってしまっている。
俺は座学の成績はトップクラスだが、魔法は全然使えなかったし、そもそも古代魔法はどのようなものなのかすらはほとんど明らかになっておらず、学園の教師陣でも二、三の魔法が使えるかどうかというぐらいだった。
とはいえそんな現実にももはや慣れたので、俺は淡々と発表を続ける。
「……と言う訳でそれぞれの炎の違いを明らかにしてきました。この研究の意義としては、これまでは炎を一緒くたに捉えていたため意味が通らなかった文献の解読が進むという点です。特に『エーデルフィール王国興亡記』では『炎』としか表記されていないためこれまでの解釈では辻褄が合わないところがありましたが、それぞれの箇所についてそれぞれの色の炎を当てはめて解釈することで、これまでの疑問点を解消しつつ読解することが出来るのではないでしょうか。それについては今後の研究に譲るとしてこの発表を終えます」
発表を終えると、申し訳程度にパチパチと拍手の音が響く。その音を聞いて寝ていた奴もようやく体を起こした。くそ、と思ったがどうすることも出来ない。
「質問がある方はいますか?」
一応形式的に尋ねてみるが、教室内はしーんと静まり返るだけだった。そう、誰かの発表についてそれなりに建設的な質問をするには話をまじめに聞く必要がある。下手に質問して見当違いだったり、俺が話したことだったりすると質問した方が恥をかく。
そんな訳でこの場は沈黙が支配した。こいつら絶対許さねえからなお前らの発表に超絶意地悪な質問してやる、と俺は心の中で決意する。
「あー、誰もいないのなら私から」
今回発表会を仕切っていたラッセル教授が少しだけ気まずそうな声で話し始める。すでに頭も白くなった小太りの男で、この授業の担当となっている。
「研究目的のために多数の文献を読み込んでおり、また論旨もかなり筋が通っているように感じる」
ほらな。お前らとは違うんだよ、と俺は内心ドヤ顔をする。
ちなみに俺の前の発表者は論理矛盾が発覚して質疑応答が炎上していた。他にも実は正しいのかどうか証明されていない定理をあたかも確定事項であるかのように語ったり、重要な先行研究を踏まえていなかったりと、問題がある者が多かったので俺は彼らに対して勝手に優越感を抱いていた。
まあ、それを改善するための中間発表会なのである意味当然ではあるが。
「それはそれとして質問があるのだが、まずこの研究は研究史においてはどのような位置にあるのかね?」
「……既存研究でないがしろにされていた分野をフォローする画期的な研究かと」
まあこんな研究をしているやつは他にいないからな。
ちなみに一般的な古代魔法文献学の研究者は古代魔法の再現を主目的に研究しており、例えば有名魔術師が発明した術式の再現を目指すことなどが主だった。
「もっと研究史についての位置づけを示せると良いな。また、先行研究についてもきちんと調べてくるように」
ないものは調べられないんだが。ちなみにラッセル教授は現代魔法の大家であり、古代魔法文献には全く詳しくない。もしかしたら俺が挙げている先行研究が少ないから他にあると思っているのかもしれないが、多分ない。あるとしたらまだ見つかっていない遺跡の中だろう。
「また、この研究は現代で魔法を使うことに何かの役に立つのかね?」
「古代の魔法文献を読み解くことが出来れば、将来的には現代魔術の発展にも寄与するものかと」
要するに今のところは何の役にも立たない。
俺の言葉に教授はこれみよがしにため息をついた。とはいえ、学問ってそういうものじゃないのか、と内心思うが口には出せない。
「セドリック君の研究は緻密だがこの観点にかけている。もう少し実用性というものを意識してはどうかね」
「はい」
俺は屈辱感を噛みしめながら適当に頷いて席に戻る。くそ、こんな他人の発表中に寝ているような奴らよりもよっぽど研究の質自体は高いはずなのに。
本当は今すぐにでも教室を出ていきたかったが、授業は授業なので仕方なく他の奴らの発表も聞いてやる。
俺の次に教壇に登ったのはアナスタシア・フォン・エストリア。エストリア伯爵家という名門貴族の生まれながらきれいな輝きを発する金髪碧眼とすらりとしながらも出るところは出た体つき、さらには才能としか思えない魔法の才により首席で入学し、俺の学年でももっとも注目を集める美少女である。学園の制服を着ているだけなのにまるでドレスを纏って舞踏会に来ているかのような優雅さがある。ちなみに声質も透明感があり、ただ研究発表をしているだけなのに拡張高い詩を朗読しているかのように聞こえる。
一つだけはっきりさせておきたいのは、俺が彼女より座学の点数だけは高いということである。これは単なる客観的事実であり、特に自慢とか彼女へのひがみとかではないのだが、これだけは覚えておいて欲しい。
「……と言う訳で先行研究では回復魔法では物理的な外傷を治すことは出来ても精神的な傷を癒すことは出来ないとされてきました。しかし実際のところ……」
そこで室内に歓声が上がったので何なのかと見てみると、彼女は治癒魔法を実演で発動していた。白い光がきらきらと彼女の体を包む様はきれいだが、言うまでもなく発表の論旨とは関係ない。そもそも研究については論文の形で提出する以上、実演は全く必要ない。
あいつも発表自体は(俺ほどではないが)悪くはないんだから、そんな小細工なんてしなければいいのにな、とふと思ってしまう。そう言えばこいつは俺の発表を熱心に聞いていた数少ない人間のような気がする。
そんなことを考えているうちにアナスタシアの発表は終わり、教室内は拍手の大喝采に包まれた。さすがの俺も彼女にだけは意地の悪い質問をするのは控えた。
その後数人が発表して授業は終了する。ちなみにそいつらは俺が突っ込むまでもなく、大して発表を聞いていなかった奴らに集中砲火を浴びていたので俺は勝手に留飲を下げた。授業が終わり、意識の低いやつらが「やばかったよねー」「あそこまで突っ込まれるとは思わなかったわ」などとしゃべっているのを無視して俺は足早に教室を出るのだった。