1.団長の死と旅の始まり
「リク、起きろ。」
鎧を身に纏った女性騎士がリクを呼び起こす。
テントの中、ランタンの光だけが輝き、外は真っ暗闇。夜遅くに起こされたのには訳があった。
「カイバ―クレーン団長が逝去なされた。急いで来い。」
女性騎士に言われるまま、リクは直ぐに起き上がり、テントを飛び出した。
ある別のテントに、10名の男女、獣人、エルフ、魔族、天界人が一堂に会していた。そこへリクと女騎士が駆けつけてきた。
中にいた40過ぎの髭を生やした男がかけつけたリクと女騎士を見て言った。
「ついさっき亡くなられた。」
「そんな…。」
リクは言葉を失った。
エミ・カイバクレーン団長、またの名を東の英雄。かつて東の帝国に襲い掛かった破壊神ウロボロス率いる天界軍。それをカイバクレーン団長率いる帝国冥王騎士団が迎え撃ち、世界を守った事でなずけられたのが東の英雄だ。そのカイバクレーン団長が騎士団を独立させて新生冥王騎士団を作り上げてできたのがリクが所属するギルドである。団員は選び抜かれた精鋭12名。その戦力は一国の軍隊にも匹敵する。しかし新生冥王騎士団も、カイバクレーン団長の死んだ今日を機に、解散するのである。
カイバクレーン団長の元に集まった12名、種族は違えど、信じる物は同じく一つ。弱者を助け、凶悪に立ち向かう事。カイバクレーン団長のこの言葉だけを信じて集まった12名。しかし、全員一致でギルドは解散する事に決定する。
あるものは軍に仕官し、あるものは故郷へ帰り、またある者は山に身を潜めた。そして、12名の中で最も団長から期待されていた、剣士リクは、旅に出た。
ここは東の大陸、帝国領から遥か何万キロも離れた西の大陸。西の大陸では衰退したフォーデン王国が隣国を抑えられなくなり、群雄割拠の戦乱の世が訪れていた。リクはギルド解散後、東の大陸を離れ、西の大陸の港街ペルーへやってきたのだ。冥王騎士団の頃の黒で統一された制服や装備品は全て自分の故郷に預け、安い鉄製の剣とどこにでもある旅人のローブを身に纏っていた。
リクは到着してから、災難が続いていた。僅かな金を船に忘れ、宿を探すもタダでは止めてもらえず、腹も減って旅が始まって早々の災難。悪いスタートだった。
そんなリクはその辺り一帯を管理するギルド、高結騎士団のギルドハウスですぐに稼げそうなクエストを受注する事にしたのだが、どんなクエストもリクからすれば簡単なクエストなのだが、身分や強さを証明できる冒険者登録書というものがこの国では必要で、それを得るためには出身国や名前を書いて、初心者クエストをクリアする必要があるのだ。
「今回は初心者クエストを受注いただきありがとうございました。さて、リク様は初心者クエスト達成によりこれからはれて冒険者です。冒険者登録と同時に、我がギルドはフォーデン王国と契約を結んでいるため、冒険者様は招集令が発された際、応じる義務が発生いたします。なので、それをご了承ください。また、フォーデン王国と契約中のギルド、もしくは我が高結騎士団の提携外ギルドでのクエスト受注はコンプライアンス違反ですのでご了承ください。それではこの冒険者バッジと、証明書になります。冒険者様の戸籍等は不詳ですので、王国の国家公安評議会によって定められた第9条2項、戸籍不詳の場合、王国領の指定都市入場は、登録ギルドの本部及び支部所在地に限られます。その他に関しましては冒険者必読のルールブックにて確認の方お願いします。では特記事項は以上です。冒険者様の幸運を祈ります。」
リクは何とか冒険者登録に完了したのだが、帝国とは全く異なるこのギルド体制に。戦時中だけあり、敵国の間者の侵入を防ぐためにこう言った制度かとられているのである。高結騎士団というギルドは王国と契約を結んでいるため、王国の非常事態の際は招集令に応じなくてはならない。しかし、リクは帝国出身者。王国と帝国は今だ外交面で殆どつながりがないため、帝国出身者は戸籍不詳扱いになってしまうのだが、戸籍不詳者については、招集令は任意で受ける事ができる。あいにくリクには軍に参戦して戦う気は全くない。この旅の目的は金を稼ぐためでも、強くなるためでもないのだから。
リクは初心者クエストを終え、さっそくできそうなクエストを探した。クエストボードには沢山の依頼があったが、リクは実力不問の山岳のワイバーン討伐に目を付けた。報酬もある程度あり、とりあえず何日か食繋げそうな金額だった。
「すみません、この依頼受けられますか?」
「はい、ただ…、既に2グループの方が受注しているため報酬は山分けとなりますが?」
「ん~、構いませんよ。」
山分けという事で迷ったが、他にめぼしいクエストがある訳でもないので、リクはこれを受けることにした。
「それでは、あちらの方で他のグループの方が集まっているので、出発まで待機をお願いします。」
リクは受付で言われた通り待機室に向かった。待機室には3人グループのならず者集団と5人組の統一された制服を着たグループがいた。3人組の方は酒を飲みながら、鋭い目つきでリクを睨んだ。
5人グループの方はリクに目もくれず、異様なオーラを放っていた。リクは一瞬で5人グループがそこそこの手練れだと察した。
グループの構成はリーダー格であろう金髪の長髪剣士、中年のパラディン、中世的な顔をした単発のこれまた、剣士と、また若い男の賢者、そしてメガネをかけた弓使い。随分とバランスの取れたパーティーだとリクは感心していた。しかし、こんな手練れがなぜこのようなクエストを受けているのかと疑問にも思っていた。
「はーい、皆さま大変お待たせいたしました。それではワイバーン討伐の詳細を説明いたします。お手元の資料をご覧ください。」
リクは案内係の言われた通り資料を見ると、ここから数キロ先で出没したワイバーンの群れを討伐というものだった。一通り案内が終わると案内係が言った。
「案内は以上になりますが、何かご質問は?なければ各自クエストへ向かってください。ただし、報酬分配は固定ですので、自分のグループが一番ワイバーンを討伐したからと言って報酬は変わりませんので、皆さん協力してクエストを達成するよう心がけてください。また、同じクエスト受注者を故意に攻撃した場合はコンプライアンスに従い、ギルドの冒険者登録の方を解除の後、フォーデン王国ギルド統制委員会に通報させていただきますのでご了承ください。それでは頑張ってください!」
説明が終わると、さっそく表に出てクエストの目的地まで向かい始めた。リク以外のグループは馬に乗り、あっという間に先に行ってしまった。リクは報酬は固定だから任せてしまうかとも考えたが、さすがに歩くのは申し訳ないと、走って目的地を目指した。
走って20分程で目的地に到着すると、リクを待ち構えていたのは異様な光景だった。
さっきの5人グループを取り囲うようにワイバーン4体と3人組の男たちに加え、その仲間と思われる20名前後のならず者達がいた。
リクは近くの茂みに身を潜め、様子を見る事にした。
「いやあびっくりだぜ、まさか偽装クエストにおまえらみたいな連中が引っかかるとはついてるぜ。」
ならず者の男のリーダー格のような男が5人に向かってそう言った。
「見た感じその装備の類は相当高価で売れそうだからな。悪いが身ぐるみはがして全部頂くぜ。」
男が言うのは偽装クエスト、所謂自分で依頼を出し、その依頼先に誘い出してそこで待ち構えている仲間と共に受注者の金目になりそうなものを奪うという、詐欺行為だった。
リクは騙された5人を助けようという気はなかった。なぜなら、こんな連中に負ける器ではないという事と、できるなら実力を見たいそして、この5人は騙されるのをわかってここへ来たという事。
囲まれていた5人の金髪の男が笑い出した。
「な、何笑ってやがる!何がおかしい?」
「すまない、自分たちが状況を掌握し、そして裏をかいたと勘違いしているのは滑稽でね。」
「あぁ!?」
「私たちがわざと罠に飛び込んできたとは思わなかったのか?故意に騙されに来たとは?そう思わなかったのなら仕方がないが、だとしたらとんでもない大馬鹿だな。」
「っち…、関係ねえこいつらはったりかましてるだけだ!ワイバーン!!こいつらを食い尽くせ!!」
「愚かな。」
ならず者のリーダー格に言われるまま、一斉に四方からワイバーンが襲い掛かる。すると、パラディンの男のランスが雷をまとったように光り、そして次の瞬間襲い掛かってきたワイバーンにランスを向けると、雷がワイバーンに命中し、命中したワイバーンから近くにいたワイバーンに連鎖的に雷が走り、ワイバーンは黒焦げになって地面に墜とされた。
「そ、そんな!ワイバーンが…。」
「これで分かったか、下級ワイバーンなど私たちの敵ではない。残るは使えない連中だけじゃないか、大人しく降伏すれば命だけは助けてやる。」
「黙れ黙れ!おまえら!相手は5人だ!いけぇ!」
ならず者たちは言われるままに5人に飛び込んでいった。5人は金髪の男を取り囲うように配置につき、正面の敵を次々と倒していった。ならず者たちはリーダー格の男を合わせてたった3人になってしまい、全員逃げ出した。
「逃がすな!」
金髪の男に言われ、弓使いの男が光り輝く弓を放った、その弓は三つに分かれ、二つは逃げた二人に命中し、もう一つは石にぶつかった。
リーダー格の男はそのまま林の方へと走り去っていった。
「ガイル兵長!やつが逃げます!」
短髪の剣士が追いかけようとすると、金髪の男はそれを止めた。
「構わない放っておけ。奴一人いたところで再起不能さ。これでこの辺りの犯罪シンジケートは壊滅だ。ここに用はない、高結騎士団にはフォーデン王国の国家公安評議会の特命で手配中の犯罪シンジケートを壊滅させたと伝えておけ、報酬は後から一人で来た彼に渡してくれと言っておくんだ。」
「承知しました、高結騎士団へは自分が責任を持って連絡しておきますので!」
「頼んだぞリーシア。我々は王都に先に帰還する。それと、帰りにサザーンの街でドラゴンの首肉を買ってきてくれ。ついでに何日か滞在して構わない。」
「ほ、本当ですか兵長…!?あ、しかし自分だけ休暇を取る訳には…。」
「構わないさ、サザーンにはお前の母もいるのだ、これは命令だ。少なくとも一週間は母の元にいてやれ。」
「あ、ありがとうございます!」
「礼はいらない。そうと決まればここで一時の別れだ、高結騎士団への報告頼んだぞ!」
「はっ!」
短髪の剣士が敬礼すると、金髪の男たち他の4人は馬に乗って去っていった。
リクは茂みから出るタイミングを失い、そのままずっとそこにとどまっていた。
短髪の剣士が馬に乗ろうとしたタイミングでリクは気が抜けたのか、足元の木を踏んでしまい、辺りが静かなせいか、枝が折れる音が響いた。
「誰だ!」
短髪の剣士にリクは完全に気づかれてしまった
「あはははは、すいません俺の事分かりますか?」
リクは笑いながら両手を挙げながら茂みから姿を現した。
「お前は、確かこのクエストを受注していたな…?まさかお前も仲間か?」
短髪の剣士はリクを見て早速疑いをかけ、剣を抜いた。
「まさか!?違いますよ。俺は今日東の遠いところから新天地を目指して海を渡ってここへ来たばっかりの者ですから。ただの旅人ですって。なんなら渡航証明書みますか?」
リクはそう言って帝国からの渡航証明書を短髪の剣士に見せた。すると剣士は乱暴にそれをひったくり、上から下までじっくり確認した。
「なるほど、確かなようだ…。しかしだ、帝国からやってきたとは益々怪しい。帝国からこの国に来る人間など年に数人程度。その内の一人が旅をしにこの国へ?信じられるわけがない。お前を近くの王国警察まで連行する。」
「そんな無茶な、本当に違いますって。」
「いいから大人しくしろ!」
短髪の剣士はリクの言葉に効く耳を持たず、がっと飛び掛かってきた。リクはひょいとそれをかわし、また飛び掛かってきてはかわし、完全にからかっていた。だんだん避け続けているうちに短髪の剣士のフラストレーションは溜まっていき、ついに爆発した。
「ようし、分かった。お前がその気ならこっちももう許さん。帝国の間者め、ここで叩き斬ってやる!」
短髪の剣士は剣を抜き、リクに向けてきた。そして斬りかかろうと踏み込もうとした時だった。
「ならこうしよう、剣闘試合をしよう。」
リクは手を前に出してそう言うと、短髪の剣士も一度止まった。
「抵抗しようというのか?」
「そうじゃない、ここで殺し合うのは俺にとって本意じゃない。」
リクはそう言って腰のポーチから小さなひもを二つ出した。
「このひもを首に巻いて、先にこのひもを斬った方が勝ちって事にしようじゃないか。もし俺が勝ったら逃がしてくれ。でもあんたが勝ったら好きにしていい。」
「ほぅ、なかなか面白そうだな。少し茶番に付き合ってやろうじゃないか。」
短髪の剣士はそう言ってリクの提案に乗り気だった。リクはひもを一つ剣士に投げ、お互いひもを首に巻いた。
「準備できたか?」
「いつでもいいぞ。」
「それじゃあ始めようか…。」
リクが始めと言ったと同時に剣士は常人なら目にも負えないスピードでリクの間合いに入っていった。短髪の剣士は、リクの紐を斬るのではなく、首ごとはねるきでいたのだ。しかし、リクの首に剣が差し掛かったところで、剣士の全身に雷に打たれたような感覚と、自分の首が胴体と離れた感覚がしたのだ。しかし実際に斬られてはいない、しかし今確かに自分は斬られたと、そういう気がして剣士は一度リクから間合いを開けた。
リクから離れた剣士は大量の汗を掻いていた。剣士がリクを見ると、リクは剣を抜くどころか、最初の一から一ミリと動いていないのだ。剣士は自分の首を手で触って確認するが、しっかりと繋がっている。
その瞬間はまだ剣士は理解できなかった。体験したことのない感覚。だから全く分からない。そしてまたもう一度踏み込もうとした時、一瞬見えたのだ。相手の背中から無数に見える屍が。強い者にはわかるのだ。相手がどれだけの場数を踏み、そしてどれだけの敵を屠ってきたのか。
剣士は思ったのだ。
「お前、一体何者だ…!?」
そして、一瞬の出来事だった。剣士がたった一度瞬きをした瞬間、後ろから相手の声がしたのだ。
「はい、あんたの負け。」
「なっ…?」
気づけば、剣士の後ろに立っていたリク。剣士は自分の前から消え、後ろに立たれたことも、紐を斬られた事も認識できなかった。そして、その声がしてから動くことすらできなかった。
「それじゃあ、俺はこれで退散させてもらうよ。」
リクはそれだけ言って、動けずにいた剣士を後にして去ろうとした。その時やっと剣士は我に返り、リクに言った。
「ま、待て!!」
リクはその声に反応して一度立ち止まった。
「お前、あの時私が瞬きをした一瞬で背後に周り紐を斬るという一連の動作をどうやってやった…?」
「自分でよくわかってるじゃないか。瞬きした一瞬のスキを見て背後に回って紐をストン。」
「だ、だからそれをあんな一瞬でどうやってと聞いているのだ!」
リクは剣士から聞かれて答える気は全くなかった。人間を超えた動き。そんな早く動くのは到底普通の人間じゃ無理だ。
「そんなこと聞かれても…。」
その時、リクの腹が鳴った・
「そうだな、もし飯と今晩の宿を取ってくれたら教えてあげなくもないぞ。」
「へ…?」
辺りを見れば暗くなっていて、もうとっくに夜だった。
リクの旅はこうしてスタートしたのだ。