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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Ixtabphilia

作者: 藍染 シオン

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 夏の日曜日の昼下がり、渋谷駅ハチ公口前。うだるような暑さに耐え切れず、今日はアールグレイを片手に人を待ってる。

 別に友達ってわけでも、ましてや恋人をってわけでもない。あんなのは作るだけ疲れる。

 私が待っているのは『瀕死の人間』だ。これは言葉通りの意味だが、見た目通りの意味ではない。

 第六感と言うべきか共感覚と言うべきか、とにかく私はそれを頼りに人を待ってる。

 そうこうしているうちに、私の感覚が反応した。電波的に。ビビビッと。


 女子高生だろうか。こんな日曜日に皆それぞれが着飾る中、制服にカバン姿の彼女は少しばかり目立っていた。

 スカートの裾をキュッと握りしめて思い詰めてるようだった。何というか皆が赤から青に変わるのを待っているなか、一人だけ赤を望んでいるような、そんな感じだった。

 私は空になったカップを投げ捨て、急いで彼女のもとへ向かった。ここで死なれるのはマズい。健全な社会的にも、私個人としても。

 制服越しからでもわかる細い腕をグッと掴み、自分の方へと引っ張る。本当に飛び出そうとしていたのか、だいぶ力を使った。

 彼女は豆鉄砲を食ったような顔をして私を見つめる。その時の自分の顔はきっと真剣な表情をしていたのだろう。自分のしようとした軽率な行為を悔い、彼女は今にも泣きそうだったので、咄嗟に抱きしめた。

 少々キザッたいが。いや、相当。


 「取り敢えず、どっか落ち着けるところ行こうか……」


 少女は私の胸の中で小さく頷いた。


 ◇◆◇


 「それで、なんであんなことしたの?」


 カモミールを口に含み、少女に問いかける。


 「死ねば、みんな私がどれだけ苦しんでいたか分かってくれると思って」


 彼女は未だ、紅茶どころかお冷にすら手を付けてない。本当に死を覚悟していたのか、彼女はスマホも財布も持っていなかった。


 「そう言うことじゃなくて、あんな群衆の前ですることないじゃないってこと」


 なお、私は問い質す。そんな自己主張のために人様に迷惑を掛けるなんてこと、絶対にしてはいけない。駅のホームでの飛び込み自殺なんて反吐が出る。


 「今では、完全におかしいことだって分かっています……。でも……」


 涙を頬に滴らせ、ポロリポロリとテーブルに落とす。


 「もう。生きていたくないんです……。もう誰も信じられない……」

 「よかったら、私に話してくれる?」


 別に、捌け口を与えて彼女が楽になれたらだなんて思っていない。私が個人的に興味あるだけだ。


 「部活で大会があったんです。それで終わった後に、OBの先輩が来て皆で打ち上げをしたんです。そしたらお酒を飲んだ先輩たちが……」


 そこまで聞いて内心、あーなんかよく聞くやつね。と思った。確かに目の前のむせび泣く少女は良い顔立ちをしていて可愛い。男どもは放っておかないだろうと思う反面、一層男に対して嫌悪感を抱いた。


 「それは、つらい目に遭ったね……。私も同情する」


 思春期という年頃の娘にそんな酷なことをするもんなら、無理もない。


 「それに……」


 正直ここまでで結構な胸糞を味わっているのに、それにと続いたら私の方が憤りでとち狂うかもしれない。


 「お腹の中にいるんです……。もうどうしたらいいか分からなくて……」


 「あー……」と思わず漏らしてしまった。世の中、不条理なことがなんと多いことか。こういった垣間見える闇を見るたびに、心が痛くなる。

 今度は少女の方から私に質問してきた。


 「あなたはどうして、私が飛び出すって分かったんですか……?」


 私は口からストローを放してこう言った。


 「自殺志願者には特有の匂い(・・)()があるの」

 「匂い……、音? 私そんな感じでしたか?」

 「ええ。特にあなたからは使い古された鉄亜鈴みたいな匂いと、黒板を引っ掻くような音がしたわ」


 少女は理解していなかった。当然だ。今まで何十人と説明をしても、誰一人として理解した者などいないのだから。そして、これからも。


 「素敵な能力でしょ?」


 私は笑って彼女に共感を促す。そして、今までの相手と同じように「でも自分は本気で死にたかった」と返す。

 だから私は相手の手を両手で握りしめて言うのだ。救済の言葉を――最適解を――迷いを払拭させる希望を――。


 「死ぬことなんて考えちゃダメ。私が一緒に解決してあげるから……」


 ――――正確には、その引き金を。



 ◇◆◇



 『続いてのニュースです。今日の朝、都内の高校の教室内で女子高生の遺体が発見されました。警察は自殺として捜査を進めています』


 コーンポタージュの湯気と私の白い吐息を混ぜながら、テレビをつけるとどこの局もその話題で持ちきりだった。

 当たり前だ。夏休み明けから不登校になった少女が、ある日突然自身の教室の教卓前で、腹に6ヶ月になる胎児を孕んだまま首を吊ったのだから。

 【死】とは【救済】であり、【最適解】であり、そして至上の【希望】である。彼女にとっても、私にとっても。

 私は一目散にテレビを入力切換し、ニュースからある一つの映像を液晶に映した。

 そこに映るのは真夜中ではあるもののごくありふれた教室。先程まで映っていた教室。彼女の棺――。

 そしてその映像は誰かの一人称視点のように適度に(まばた)きをしていた。



 私の息が上がる。鼓動が速くなる――。



 机の上に上り、天井に吊るされた麻縄に首を通す。その行動はロボットのようにスムーズで一切の迷いがなかった。窓には首輪をつける少女が映る。



 無意識に手を股に当て、指を入れる。頭が、身体の奥が、下腹部が、熱くなって堪らない。そして――。



 机の倒れる音と、頚椎の折れる音。少女の声から出るとは思えない嘔吐(えず)く声。映像は涙に溢れるようにぼやけ、不自然に天井を向く。



 指が激しく掻き乱す。暗い一室で、自然と吐息と喘ぎ声が漏れる――。



 映像はそこで真っ暗になった。液体の滴る音だけがピチャピチャと鳴り響く。



 達し果てた私は、淫靡な余韻に浸りながらその音を聴いていた――。




 自殺をする当日には、マイクロカメラ内蔵型のコンタクトを入れるように彼女に命じておいた。これはアメリカによって軍事用に開発された国家機密の代物だが、知り合いのロシア人には大変世話になった。

 だがもう一つ、疑問が残るであろう。何故彼女は自殺をしたのか。

 先にも述べた通り、私には先天的な『自殺志願者を見抜く能力』がある。だがもう一つ、後天的な技術を私は持っている。

 MITに在籍していた頃の私は言語とそれに基づく心理の研究をしていた。

 『青い鯨』というゲームがある。私はこの猟奇的な存在のメカニズムを解決すべく、あらゆる資料をさらい、そこで辿り着いた事実に私は驚愕せざるを得なかった。

 人の脳には予め『自殺』をするプログラムが搭載されていたのだ。そしてそれを引き出すための法則、文法体系がそこには存在した。まるでSFみたいな代物だ。


 彼女は救われたのだ。いいや、彼女だけではない。ディレクトリにある86本の動画のなか、皆幸せそうだった。

 「自殺をしてはならない」だなんてのは、悩みのない人間の綺麗事に過ぎない。そんな同調圧力に押しつぶされながら生きるくらいなら、死んだ方がましだ。


 そして私は、そんな彼らの死に対して『(エロス)』を抱いている。誰も悲しまない。悲しむとしたらそれは、自分都合で他人に生きることを強いる無責任な奴らに他ならない。そんな愛は偽善だ。


 私だけが、彼らを愛し、救うことが出来るのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ニュース、捜査、鼓動が早くなる、死への愛。 [一言] 普通に面白かった。
[良い点] ただの何か奇特な ボランティア?みたいな人の 話かと思っていたら、 何か唯美的な?罪の匂いのする、 ゲージュツという感じがする深い話で、 面白いなーと思いました。 [一言] 僕の小説も感想…
2019/10/22 05:56 退会済み
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