沢渡さんとバンド
登場人物
北川夏美(25)
IT企業に勤める、数少ない女のエンジニア。彼氏いない歴は3年ちょい。イケメンが大好きだが恋愛対象としては見られない。
古道由香(27)
夏美の同僚の、数少ない女のエンジニアの一人。沢渡が好きで、恋愛経験に乏しい。
藤本武人(25)
夏美の同僚かつ同期で、夏美と仲良い。最近は宇佐美が気になっている。あだ名はふじもん。
沢渡龍也(?)
夏美の同期で営業マン。夏美と同じビジュアル系バンドを好む。かなりのイケメン。
宇佐美(26)
夏美の同期で受付をやっている。性悪女として女子からは嫌われる系の人。沢渡に対しての態度がすごい。
橋下(?)
夏美と同じ部署の同期。夏美曰く、「どうしようもない男」
横濱(24)
受付に配属されている同期で夏美とそれなりに仲良い。少し空気読めない一面も。
北川美和(27)
夏美の姉。今までクズ男と付き合ってばかりで、いつも夏美に相談している。
その場所にいた男2人と女1人、計3人からはそれはそれは奇妙な空気が流れていたに違いない。
まあ、私とふじもん、そして沢渡さん。
このメンツになるって知ってたら、来なかったぞ???????
「それじゃ、俺はここまでだから。
あとは2人で、な?」
…ふじもんの薄情者め。
ああ、私がずっと期待してたことなんて、叶うはずなんてなかった。
そして、気まずいままレストランの予約席へ。
「北川さん、こんな形で悪いですけど、君に話したかったんです」
「ど、どうも…」
うー、気まずい。
だってさ、考えてもみてよ?
かなりイケメンだし、容姿としては最高な人だけどさ、完全に女の火種になる人で、
更に、この間のチャットアプリID渡されたけど、他の人のこと考えて面倒になってその紙破り捨てたんだよ?
失礼重ねた相手にわざわざ会いたいと思う?
いや、誰がそんな心臓に毛が生えた行動取れるんだっつーの!
「チャット、くれなかったから、気分害したかと思って気にしてたんですよ」
こんなこと言われたら、普通に個チャ送った方が無難だったんだろうな…
ま、今更どんだけ悔やんでも仕方ないんだけど。
「すいません、入ってたの気付かなくて…洗濯してボロボロになっちゃったんですよ」
うー、流石に言い訳にしてはキツイかな…?
「そうなんですね。なら改めて交換しましょう」
「あ、はい」
あれ、信じたみたい。
QRコードを差し出される。
ここまでされて、何もしないわけにもいかない。
よし、友達登録したっと。
これはチャットで何か送った方がいいのかな?
…そうだなぁ、IMITATORのスタンプを最近買ったんだよね。それでも送るか。
「!!!これ…」
「そうです。IMITATORの公式スタンプです」
「俺も最近買ったんですよ。いつもなら課金せずにスタンプ買うのですが、今回は欲しかったので課金しましたね」
「気持ちすごくわかります。ただ私はこういうの来るって何となくわかってたんで、コイン貯めておいたんですよね」
「そうなんですね!流石、大ファンですね」
「それほどでも」
はっ。意外に話弾んでるじゃない。
前にも思ったけど、IMITATORの話に関してはお互い話しやすいみたいで、ネタに関しては困ることはない。
「そうそう。今日藤本に頼んで北川さんと会ったのは、チャットの話だけではなくて、こっちがメインなんですけど」
イキナリ話切って、何を出すのかと思えば。
そ、それは…!
「俺、ファンクラブに入ってるんですけど、ファンクラブ限定のライブがあるみたいで…」
な、なんですと!?!?
ファンクラブ!?!?存在は知ってたし、入ろうかと思ってたけど、それの会費高いし、入ってた時に一向にチケットが当たんなくて諦めて退会したアレ!?!?
一般枠でネットに噛り付いて取ろうといつもしてるから、行けない時が多いのに、それを!?!?
「え、行きたいです」
沢渡さんが何も言わないうちにこんなの、行く以外の選択肢あるの!?!?
「俺と一緒に行くことになりますけど、いいですか?」
「そんなの、いいに決まってますよ!!!話せる人が多ければ多いほど嬉しいじゃないですか」
私の言葉に、沢渡さんは笑った。
「それなら、これ、来週の日曜日なんで、空けておいてくださいね。
あとで、チャットで集合時間とか場所とか決めましょうか」
「いいですね!
いやー、本当に嬉しいです!」
そんなこと言ってるうちに、前菜がやってくる。
あれ、私、注文したっけ…?
「もう予約した時から頼んでおいたんですよね。
このコース料理、美味しいですよ」
「あ、ありがとうございます…」
え、勝手に選ばれてたの…?
よく見ると、沢渡さんと料理が違う。
どちらにしても、勝手にメニュー決めておかれるのは、苦手なものあったりしたらどうするの…?とか思うじゃん?
「藤本から先に聞いておいたんですが、苦手なものありましたか?パプリカが苦手で、アッサリしたスープ系が好きと聞いたんですが…」
そこまで配慮してたの??
え、その通りなんだけど。
確かに、私の方にはパプリカがないけど、沢渡さんの方にはパプリカが入ってる。
マジかよ。ここまで行動イケメンかよ。
「ふじも…藤本君がそんなこと言ってたんですか?」
「はい、北川さんの口に合いそうな料理を聞いたらそう答えてたので…」
ふじもんも知りすぎでは…?
私とふじもん、そんだけ仲良いってことよね?
でも、いつそんなの知る時あったっけ…?思いつかないだけで色々食べに行ったりしてたからかな?
「…北川さん、嬉しそうですね」
「あ、そう見えます?」
そんなに顔に出てたかな?
「喜んで貰えて、よかったです」
ご、ごめんなさい…今の喜びは完全にふじもんでのことです…
でも!!この料理も私好みですごく嬉しいよ!!!さすがモテ男!って思ってるからさ!
「メインディッシュです」
あれ、知らぬ間にここまで料理進んでたの?
振り返ると、皿が思ってたより並べられていて、無意識のうちに食べてたみたいなんだけど。
美味しすぎて食べちゃってたってこと?
「北川さんの気持ち分かりますよ。ここの料理、美味しいので知らぬ間に結構食べてしまってるってこと、俺もよくありますし」
うっ。その笑顔、イケメンすぎかよ。
こうやって座ってるとさ、なんかアイドルと食べてるような錯覚に陥るんだけど。
一気にお腹いっぱいになったんだけど。
どうしてくれるんだ、全く。
「急な質問かもしれないですが…北川さんに聞きたいのですが、どうしてIMITATORが好きになったのですか?」
ホントに急な質問ね。
いいけどさ。
「そうですね、アレは私が中学の時でしたね…」
そう、アレは中学生の時。
私は軽音部に所属していた。
私の楽器はベース。
ベースは目立たないけど、料理でいう『出汁』みたいなもの。
主旋律は奏でないけど、あるのとないのとではバンドの演奏のイメージはすごく変わる。
当時中1だった私は、ボーカルの中2の先輩(女)に憧れて入ったものの、バンドのメンバーがキラキラ系の人達ばかりで馴染めなかった。
『お前も、俺らに馴染めよ。俺に任せな』
…いかんいかん。変な音声が頭の中に流れてきた。はいはい消去ね。
まあそれからなんとか馴染んできたんだけど、どこか自分に違和感を持ち始めたのがちょうど中2の時。
ライブのハコからの帰り道、自宅の最寄駅に行くまでの乗り換え駅で、何気なく耳を澄ましてると、誰かが歌ってるのが聞こえた。
元々色んな人が歌ってるところではあったけど、その日は何となく、聴きたくなった。
そこで歌ってたのが、IMITATORの人達だった。
当時高校生だった彼らは、本当に大人に見えてカッコよかった。
ただ自分の好みなビジュアルの人が多かったっていうだけじゃなかった。
『いつも自分を隠してる』『紛れ込んで守る自分』『言い訳しなくていいんだよ』『自分を出していいんだよ』
その人達が作ってる歌詞が今の自分に刺さった。
そのあと、無意識に路上で売ってたCDを買った。
それからよね。追っかけっぽいくらいにもよくIMITATORのライブのハコに足繁く通ったのは。
それから2年くらいしてから芸能界からスカウトされてデビューして、だんだん昔よりは人気が出てきて。
今では、小さいハコでやってるからっていうこともあると思うけど、抽選が必要になるほどにまで成長した。
古参ファンとしてはちょっと遠くなった気がして嫌だけど、それでも人気が出てくれたのは嬉しい。
「なるほど。俺よりファン歴長いんですね」
「沢渡さんは、いつから好きなんですか?」
「俺は…」
沢渡さんの話が長かったからまとめると、
高3生の時、デビュー当時のIMITATOR(その頃には大学生バンドになってた)の初ライブにたまたま友達に誘われていった所、かなり好みでそれからCDは毎回買ってるとのこと。
ふむふむ。
あれ、これで年齢わかっちゃったのでは?
「ってことは、沢渡さん今何歳ですか?」
「俺は27歳ですよ。修士課程まで大学院にいましたし。」
…ほえー、初耳。
「因みに、藤本は同じ研究室にいましたし、橋下は大学院での同期ですね」
…そんなに同じ大学に固まってていいんかい?
「もしかして、沢渡さんがよくうちの部署に来てた理由って、藤本君と橋下君がいたからなんですか?」
「あ、そんなに俺って藤本達の部署に遊びに行ってた?」
「はい。話題に上がるほどには」
おっと、沢渡さん、動揺してるのか、敬語抜けてる。
「…よく行ってた理由はそれだけじゃないんですけどね。まあいいです。
じゃあ、北川さんは今何歳ですか?」
「25歳ですね。大卒ですので」
「藤本と同じ歳なんですね。」
「そうですよ。
…なので私の方が年下ですので、別に敬語じゃなくていいですよ」
「そう?ならお言葉に甘えて」
そうこうしているうちに、食後のデザートがきた。
「!このシャーベット、美味しい!」
「そうだよね。俺のオススメ」
…ホンマ、すぐタメにするな!?!?
いいけどさ。
ちょっとさ、壁というかね?
距離感というかね?
詰められて恥ずかしいというかね?
ドラマCDとか聞いてると囁かれた感じがして心臓が飛び出そうになるような、そんなね?
それくらいの破壊力あるよね?
お、おおっと?
ちょっと、待って、
顔、近くないですか…?
「顔に、クリーム付いてるよ」
何!?!?このシチュエーションは!?
よくあるというか、女子憧れの!?みたいな!?
まあ、でも動揺はしてもドキドキ…?ではないと思うんだけど。
いくらイケメンでも、お前に取られたくないわ!自分で取るし!!!みたいな?
ちょっと、馴れ馴れしすぎでは?????
「自分で取るので大丈夫です」
「そう?ならいいけど」
ふぅ。思ったよりちゃんと引いてくれてありがとう。
膝にかけていたナプキンを使って、クリームが付いてると思われる所をトントンと叩く。
「そこじゃないよ。もっと上」
「ここですか?」
「そうそう、そこそこ」
沢渡さん、笑わないでよ。
「可愛いね」
お世辞にもそんなこと言わないでくれ。
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「今日はありがとうございました。
その…ライブのこともですけど、今日の食事代まで払ってもらっちゃって…」
そう、私がお金払おうとしたら、もう払っておいたとか言ってて。
トイレに立った時に払っておいたとかさ、どこの紳士だよ。
ってか、あれ、いくらしたんだろう…
中にトリュフとかあったよね?三大珍味サラッと使われてたよね???そんな料理、高いに決まってるじゃん。
こんなことになるくらいなら、ネットで調べた時に値段も一緒に調べておけばよかったよ。
「俺が払いたかっただけだし。別にいいよ。
じゃあ、今度の食事は北川さんが払ってよ」
ええ…次あるの…?
って、何で???
モテ男はこうやって人と長く続けて落としていくの?
みんなにやってたら、いくらお金あっても足りないよね????すごいな…
「そうですね。今度のライブの時にでも」
「じゃあそんな感じで」
はぁ。一回目がこんだけ豪華でオシャレな所だと、ハードル上がるじゃんか…やめてくれ…
申し訳ないけど、私の知ってる美味しいところなんて焼き鳥屋とか居酒屋しかないんだ!!!!!!ごめんなキラキラ系女子じゃなくて!!!!
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家に帰ると、部屋の電気が付いてない。
「何で姉ちゃん帰ってきてないの…?」
今日会ってるあの男のせい?
なんか、胸がザワザワする。
そんな予感を振り切って、部屋に入る。
「あれぇ〜〜〜???夏美、今帰ったろぉ〜〜???」
遠くからでもわかる酒の匂い。
この呂律の回らない声。
「姉ちゃん!?!?」
電気をつけてよく見ると、床に大量の空き缶。
ストロング・ワンとか、ウッメシュとか、私の買っておいたやつを全部飲んでる…
「こんな暗い所で私の酒飲み干すとか!!!いい加減にして!!!」
「わかっらよぉ…明日買い足しておくからぁ…」
その声を聞いて、私は手を止めた。
姉は、泣いていた。
「…うん、明日、同じの買っておいて」
私はそれだけ言って、何も気付いてないフリをして、お風呂に向かった。
次の更新は12月27日です。
藤本の性格は私の周りにいる1人の男を参考にしています。
夏美の性格の半分くらいは自分を参考にしています。