急接近?
登場人物
北川夏美(25)
IT企業に勤める、数少ない女のエンジニア。彼氏いない歴は3年ちょい。イケメンが大好きだが恋愛対象としては見られない。
古道由香(27)
夏美の同僚の、数少ない女のエンジニアの一人。沢渡が好きで、恋愛経験に乏しい。
藤本武人(25)
夏美の同僚かつ同期で、夏美と仲良い。
沢渡龍也(?)
夏美の同期で営業マン。かなりのイケメン。
ついに、慰安旅行の日になった。
慰安旅行の場所は、車で2時間くらいかけてつく温泉だった。
「バスの座席貼ってあるから見ろよなー」
ふじもんのその言葉を聞いて、席を確認すると。
「え、何で隣が沢渡さん!?」
「北川が知らねーとか言うからもっと知る機会やるためだぞ」
クッ…!ふじもんなら隣になってくれると思ったのに!
そんなふじもんの隣は、受付の宇佐美さんだった。
なんか、モヤっとする…
これ、ふじもんが作った座席表なんだよね?…しかも私の席から遠いし。
そう思っていると、後ろから肩をポンと叩かれた。
「この間の、藤本の部署の」
沢渡さんだった。
「はい、北川です、今日は隣みたいなのでよろしくお願いします」
そう無難な挨拶をして、何事もなかったようにバスの座席の方に向かった。
うわ、この席、気まずいな…
よし、もう現実をシャットダウンだ!
私は自分のイヤホンと音楽プレイヤーを取り出して、完全に自分の世界に入る準備を始める。
もうこれで話さない口実も作れたわけだし、そのまま…
「北川さん、何を聞いてるんですか?」
「!?!?」
完全に私の身体がビクってなったに違いない。
なんだこの男は。空気読めない系イケメンか。
でも、無視するわけにもいかないし、とりあえず質問の答えだけ…
「IMITATORっていうビジュアル系バンドの曲です。あんまり有名じゃないバンドですけど知ってますか」
どうせ知らないだろうという思いで、さっきの無礼も敢えて言及をやめてそう返答すると、さっきとは打って変わって目を輝かせ始めた。
「IMITATOR好きなんですね!?俺も好きなんです」
…嘘だ。
イケメンでモテ要素のある人は基本的に相手の趣味と一致するかのように振舞って、更に好感度を上げる人達が一定数いる。
まあそんなやつは基本的に『モテてる自分カッコいい』系だし、余計関わり合いたくない。だからやめてくれ。
こんな有名じゃないバンドのこと、知ってるはずないんだからさ、そんなわかりやすい嘘…
よし、ここで本当に好きなのかあぶり出すか。
「じゃあ誰が好きなんですか」
「そうですね、正直曲が中心で好きなのでボーカルのDAIKIとか…ですかね。でも個人的にビジュアルの好みはドラマーのKAZUが一番ですかね」
…スラスラとした返答に、正直目を剥いた。
何で、知ってるの?
「北川さんはどうなんですか」
「私は…」
正直、私もビジュアルだけなら完全にKAZUだ。でも曲のことを含めるとDAIKI、つまり沢渡さんと同じ意見なのだ。
なんか真似っこしているみたいでかなり言いづらい。
でもなぁ…嘘はつきたくないし。
「実は、私も同じ意見なんです」
私の返答に、さっきまでとは違う表情になって、なんか別人みたい…
そんなに嬉しいかい。
「そうなんですね、俺ら、話が合いそうですね」
「それはどうも…」
でた、この「話が合いますね」とかいうイケメンでかなりの好感度を上げるセリフが。
正直、そんなことを私が言われても困るし、ときめきもない。
でも、これ、表情的に演技でやるには上手すぎるというか、本心っぽくてちょっと焦ってる。
「じゃあ、どの曲が好きですか?」
「曲ですか…」
まだ話を続ける沢渡さんのコミュ力に圧倒されながらも、考える。
さっきはときめきがないだのと言いながらも、同じ趣味の人に出会えたのが久しぶりだったからか、なかなかどうしてかワクワクしている自分がいた。
何やねん自分!?一貫性無さすぎでしょ…
「『Singing your life』とか、ですかね」
「あー!あれもいいですよね、俺は『Let me know your love』とかですかね」
「いい曲だと思います、でもあのB面の曲、聞きました?実はあっちの方が私の好みで___」
IMITATORの話だけでこんなに盛り上がったの初めてで、知らぬ間に温泉まで着いていた。
「到着、意外に早かったですね」
そう、沢渡さんは言って、私の顔を見る。
___くそう、イケメンだこの人。
仲良くなる気は無かったのに、知らぬ間に私に笑顔を向けてくる人に変貌って…
私のひねくれた沢渡さんへの印象、流石に改めないと…
くっ…ごめんなさい沢渡さん。
貴方への印象、今じゃかなりいいよ。
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「北川〜!エンジニア枠の紅一点!」
「ふじもん!やめて!」
レクリエーションでそう囃し立ててゲラゲラ笑うふじもん。どこからどう見てもガキと変わらないし、恥ずかしいわ。
「ふじもんのせいで負けちゃったじゃない!」
「それはお前が運動神経鈍いからだろ」
「何ですって!?」
そんなことを言い争ってる時、宇佐美さんがこっちに向かって手を振った。
それを、ふじもんが振り返す。
なに、あれ。
「…宇佐美さんと、仲良いの?」
「…別にいいだろ。余計なこと詮索するなよ」
…含みがあるっていうかさ。
これ、好きなんじゃない?
胸がざわざわする。
ううん、なんで私がこんな気持ちになるの、
しっかりして、夏美!
そんな私達など無視するかのようにレクリエーションは進んでいく。
「今からやるのは借り人競走〜!これから各部署でチームになって、お題に合った人を連れて来てください!借りられる人はどの部署からでもいいです〜」
走る人は10部署の1人ずつ。そこに、お題の紙をくじ箱から引いて、該当する人と走るという、なんとも簡単な競走だ。
うちの部署からは杉浦君という、あまり関わりのない人が走者となって、余計に興味をなくす。
「ほら、沢渡さん走るぜ?」
「…ふじもんさぁ、そんなに沢渡さんが気になるの?」
「お前にお似合いだぜ」
ふじもんだけには一番言われたくない言葉だった。
「お似合いって、あんた」
「おー、宇佐美さんも出るのか〜応援しねーとな〜」
…そうやって簡単に話をはぐらかす。
宇佐美さんのことしか頭にないんか、この単細胞は…
そんな時、開始の合図が鳴り、会場は大賑わいになった。
そんな賑わいも私の耳にはあまり入ってこない。
別に、ふじもんが宇佐美さんと一緒になろうが、関係はない。関係ないはず。
でも、こんな目の前で見せられるのは、また別だと思う。
そんなことを言ってる時点で、3年以上彼氏いない状態を続けた喪女も一端が見え隠れするようで、辛いなぁ…
「北川さん」
私がふじもんの方をじっと見てるのに、ふじもんは宇佐美さんのことを見るので必死なのか、私のことなんて完全無視みたいな感じになっている。
「北川さん!」
肩をトントンと叩かれて、ハッと我に帰る。
「え…」
目の前にいるのは、汗に濡れた沢渡さんだった。
何これ、眼福をいいところなのでは?????
汗が、更に色っぽさを増しているし、フェロモン出しすぎなのでは?????
「俺と来てください」
何?この乙ゲーみたいな展開は。
どうせ、乙ゲーみたいな展開ではないし、どうせお題は『趣味の合う人』とかそんなところでしょ。
そんなこと考えてると、私の腕を引っ張られて立たされる。
立つと、もう女子の大半からの視線が集まってるのがわかって、冷や汗が垂れるのがわかる。
マジでこういうのやめてほしいんだけど!?!?
男で趣味合う人を見つけてよ!?
ってあれ?今視界から沢渡さん消えたんだけど?
…と思ったら、いつのまにか沢渡さんがしゃがんでいた。
「乗ってください!」
営業や受付の部署の女の子達から黄色い悲鳴が上がる。
…はい?
「お願いです!今度何か奢るので、今だけでいいので俺におんぶさせてください」
何この展開は!?!?公開処刑!?!?
「…奢らなくていいんで。わかりましたよ」
公開処刑早く終わらないかな…
とか思いながら大人しくおんぶされてるとすぐに視界が早く移動していく。
…めっちゃ速いんだが?
そしてそのままゴール。
時間計ってたら、絶対にびっくりするってレベルの速さ。
「沢渡〜〜〜!流石元陸上部〜〜〜!」
マジかよ。陸上のパリピとか勝ち組すぎて私と住む世界違うの思い知らされたわ…
そんなこと考えてると、熱烈な視線を感じて振り向くと、
宇佐美さんと、目が合った。
でも、宇佐美さんはまるで見ていないかのように、すぐに目を逸らした。
…何じゃあれ。
「おい北川〜お前さぁ、自分のチームではボロボロだったくせに他のチームに貢献してんじゃねーよ!」
「うるさいわね!仕方ないでしょ!」
うちの部署の同僚たちにブーイングされながら、一着のメダルみたいなものを貰う。
私が獲ったメダルでもないのに、連れられた人にも配るとか言って渡されたけど、心底いらない。
「北川さん、やったね」
沢渡さんはハイタッチを求めるかのように、両手を差し出す。
「こういうの、いいんで。それに私の部署に迷惑かけてるのに、素直に喜べません」
「そっか…」
子犬のようにしょぼんとなったのが見えたけど、ここで構うとまたこじれるかもしれないので、放っておく。
「沢渡さん、おめでとうございます」
私が自分の部署の方を見ていると、近くに来た宇佐美さんが沢渡さんに話しかけるところだった。
正直、宇佐美さんのこと、苦手。
この人は、よくある『女に嫌われやすいが男にめちゃくちゃ人気のある性悪女』の代表みたいな人で、あまり女性社員からいい噂を耳にしたことがない。
元々そう言った類の話を聞かないし話さない私や由香さんでも、宇佐美さんの存在は悪い意味で知っていたレベルだから、なんとなく御察しの通りというか。
実際に会った時に、その嫌悪感は現実味を帯びたと感じるレベルに、滲み出ていた。
人を偏見の目で見るのは嫌だけど、しょうがないじゃん本能がそう言ってるんだから。
「宇佐美、ありがとう。受付も奮闘したらしいよな」
「そうなんですよ〜!見ててくださったんですか?」
「見てたよ、お題とか何だったんだ?」
「ええ〜?それ聞きます〜?」
沢渡さんに気さくに返事してもらって、テンションが上がって調子に乗ってるのが口調だけでわかる。
こういうところだぞ、女に嫌われるところ。
「沢渡さんはどんなお題だったんですか〜?この人に当てはまることって言ったら、バスで隣の席だった人!みたいな?」
この人、ね…まあこの人だよ私は。
なんか粘着質な気がするのは、私がふじもん関連でイラッとしているからかな?
「んー、宇佐美が言わないなら、俺も言わない」
「ええ〜ケチ〜」
聞いてるだけでもアホらしかったので、そのまま自分の元の場所に戻った。
私が戻る前、沢渡さんが私のポケットになんかの紙を入れた。
それに気付いていたけど、私は確認もせずに背を向け続けた。
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全てのレクリエーションが終わった時、暇になってポケットにねじ込まれた紙を見た。
サイズやデザイン的に、今回のくじだったことは間違いなかった。
両面書かれていて、
片側は、今回のくじの内容が書かれていて、
もう片側は、チャットアプリのIDだった。
『趣味が一緒の人』
それが、今回のお題だったようだ。
予想通りすぎて、笑える。
「私以外にもいただろうに…」
わざわざ私を選ぶことで、私に不利益を与えようとしているようにしか思えなかった。
確かに趣味が合うかもしれないけど、この人と関わってると、私の命は何個あっても足りない。
「あほらし」
そんな危険を冒してまで、沢渡さんと仲良くなる気なんてない。
そう言いながら、IDの方は確認もせず、ビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。
次回の更新は11月15日です。