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ラピスの再生論  作者: 織野 帆里
Ⅶ 未来は塵となって
99/217

chapitre97. 父と娘

 ――ハイバネイト・シティ居住区域 第22層――


 どこか遠くで歌声が聞こえる。


「非常事態に呑気だな」


 シャルルが汗を拭って呟くと、通路を先に歩くラムが「いや」と首を振った。


「こんな時だからこそ、力を借りるために歌っているのかもしれん」

「そういうもんか?」

「俺だって音楽のことなど、分からん。だが……意味があるから、この世界に残されたのだろう」


 元は統一機関の上層部にいたというラムは、時折意味の分からないことを言う。シャルルは返事の代わりに肩をすくめて、手書きの地図にバツ印を付けた。


 宿舎の仲間たちと離れてしまって、丸2日が過ぎた。シャルルとラムは寝る間も惜しんで、彼らが乗っていっただろうスロープを探し続けたが、可能性のある探索範囲が広く、作業はなかなか進まなかった。


「本当に、迷宮だよな。ここは」

「ああ。水晶端末(クリステミナ)を失ったのが痛いな……地図が参照できれば、まだ良かったんだが」


 ラムが溜息をついて、そろそろ居室に戻ろうと切り出した。シャルルも頷く。今日の昼頃に、ハイバネイト・シティの管理AIであるELIZA(エリザ)が復帰したので、就寝時間には割り当てられた居室に戻らないといけない。現在位置を表す金属プレートを頼りに、シャルルは居室に向かって歩く。


「そういやさあ……おっさんは、自分の階層に戻らなくて良いのか?」


 シャルルが問いかけると、いや、と彼は首を振った。


「ELIZAが今まで通り動いていれば、の話だが――多分、問題ない。俺は少しばかり不正を働いているからな」

「何か、前もそんなこと言ってたよな」

「ああ、俺はここの管理人に顔が利くんだ――いや、そんな大層なものではないが」

「それを使ってあいつらを探せないのか」

「個人の位置を参照するのは、以前に試したが、権限が足りず無理だった」


 ラムは無表情で振り返り、すまない、と呟いて頭を下げる。シャルルは慌てて、そんな顔すんなよ、と笑ってみせた。


「あんたのお陰で散々助かってんだからさ、謝らないでくれよ」

「しかし――俺の力不足だ。一刻も早く、2人を助けなければならないのに」


 険しい表情をするラムを見て、ふとシャルルは、今まで疑問にも思っていなかった違和感に気がついた。


「なあ。なんであんたさ、そこまで俺たちを気にしてくれるんだ?」


 シャルルがそう問いかけると、ラムは小さく目を見開いて、それから珍しく微笑んだ。モノクルを押し上げて、ああ、と溜息交じりに唸る。


「ついに聞かれてしまったな」

「よく考えたら、理由がねぇんだよ。あんたが俺たち()()にそこまで構う理由がさ」

「君の言うとおりだ。君はアンクルやサテリットと違って、細かいことにそこまで拘らないように見えたから、誤魔化せると思ったんだが」

「そりゃ遠回しにバカにしてんのか?」


 シャルルが苦笑すると、いや、とラムが首を振った。


「俺からすれば都合が良かった」

「バレンシアじゃ、それをバカにしてるって言うんだよ。まあ、いいや。今晩にでも教えてくれよ」

「分かった」


 ラムは頷き、正面に向き直る。その背中が突然立ち止まり、その場に屈み込んだので、あまり気をつけず歩いていたシャルルは彼につまづきそうになった。よろめいた身体を立て直しながら、おい、と声をかける。


「大丈夫かよ」

「ああ――悪い」

「体調が悪いなら背負うぜ。あんた細いから、サテリットと大差ないだろ」

「いや、そうではない。これを見てくれ、シャルル」


 そう言ってラムは床を指さした。


 シャルルは彼の隣に腰を下ろし、光沢のある床に目を凝らす。ラムがたどる指を追いかけると、薄い染みのようなものが広がっているのが分かった。


「これが、何だ?」

「おそらく、冠水した痕跡だ。もう乾いているが――例の部屋に再び、近づいている可能性がある」

「例の部屋って」


 思わず声が上ずった。


「2人が下に行った、あの倉庫かよ」

「そうだ。水が来た方角はおそらくあっち――シャルル、君の居室からは遠ざかってしまうが、今から向かうか」

「もちろん!」


 目の前がぱっと明るくなって、シャルルは意気揚々と立ち上がった。地図を開いて、新しく道を書き足す。定規を使わずに手で書いているので、かなり歪んだ地図ではあるものの、たしかにラムの示す方向は、あの日濁流で流されてきた方向につながっているようにも見えた。十数分ほど複雑な道のりを行き、ひとつの扉の前でラムが立ち止まる。


「ここはどうだ?」

「何か、違う気がすっけどなぁ」


 シャルルは周囲の通路を見回した。覚えている景色とは重なり合わないようにも思う。だが、はぐれた当時と違って、通路が明るく照らされているので、それで少し印象が違う可能性はあった。

 しかし暗い部屋の中を覗くと、積み上げられた荷物がかなり荒れているのが見えた。水流で流されたようにも見える崩れ方に、シャルルは小さく歓声を上げた。今度こそ当たりかもしれない、と部屋の中に踏み入っていく。


「おい、気をつけろ」


 ラムが後を追ってきて、シャルルに警告する。


「せめて銃を出しておけ」

「ああ、悪い。つい焦っちまった」


 シャルルは(はや)る気持ちを抑え、リュックサックから借り物の拳銃を取り出した。取り扱いはラムに教わったが、実際に撃ったことはない。一撃で人体に穴を開けられる武器は重く冷たく、シャルルは汗ばむ手で慎重に拳銃を構えた。

 立ち並ぶ棚の間を奥に向かったが、壁を調べてもスロープの入り口は見つからなかった。ラムがこちらに視線を向け、残念ながら外れだ、と言いたげに首を振る。シャルルは苦い顔で頷き、倉庫の出口に向かった。


 部屋の扉を引く。


 そのとき、耳に衝撃が届いた。


 刹那ののちに、目で捉えられないほど速い何かが、前髪を掠って突き抜けた。同時に背中を力強く押され、ほとんど何の反応もできないまま、シャルルは通路に突き飛ばされた。胸を強く打って、一瞬息が止まった。身体の下敷きになった腕が痛い。跳ね起きると、背後で扉が音を立てて閉まった。


 ――何だ、今の。


 シャルルが上半身を起こすと、もう一度あの衝撃が、今度は少し弱まって耳に届いた。それでようやく気がつく。


 銃声だ。


 誰かがあの部屋に潜んでいて、自分を殺そうとした。違う――自分だけじゃない。一緒に行動していたはずのもう1人は、どこだ。


「おっさん!」


 シャルルは立ち上がって、閉まった扉を開けようとしたが、向こうに何か重たいものがあって開けられない。くそ、と呟いて金属の扉に拳を叩きつけた。


「なんで開かない!」

「逃げろ、シャルル」


 ラムの声に重なって、激しい銃声が聞こえる。扉がビリビリと振動した。跳弾がどこかに当たったのか、カン、という高い音が響く。


「弾切れか」


 吐き捨てるようなラムの言葉が耳に届いた。シャルルは背負っているリュックサックの重みに気がつき、はっと息を呑む。換えのマガジンを持っているのは自分だった。


 このままではラムが死んでしまう。


 シャルルは扉を力任せに押し開けようとした。向こうでラムが、止めろ、と叫んでいるが構っていられない。ようやく10センチほどの隙間が開いて、シャルルは右腕をねじ込むように伸ばし、倒したテーブルの影に隠れていたラムの身体を部屋から引きずり出した。


 その瞬間――暗い部屋でカッと光が弾けた。


 空気が一瞬で膨らみ、眩しさに思わず目を閉じる。ラムの身体を掴んだまま、足が宙に浮き上がり、シャルルは後方に吹き飛ばされた。背中から床に落下し、肺が押し潰されて空気の塊を吐き出す。吸い込んだ空気は嫌と言うほど煙たくて、げほげほと咳き込んだ。


 嫌な臭いがする。


 宿舎のキッチンでうっかり自分の前髪を燃やしてしまった、あの時に似ている――タンパク質が焼ける臭いだ。痛みの走る身体を起こそうとした瞬間、体重をかけた右手に経験したことのない激痛が走った。堪えられない呻き声をもらしながら、どうにか起き上がる。


 灰色の煙が充満した通路で、倒れているラムを見つけた。


「おい――」


 肩を揺すろうと伸ばした左手が強ばる。


 視界の端に捉えたものが理解できなくて、口をぽかんと開ける。反射的に目を背けてから、恐る恐るそちらに目をやった。黒いスラックスを履いた、ラムの足が床に伸びている。


 その片方、左脚の、膝から下が――どこにもない。代わりに血溜まりができて、どんどん広がっていた。


「あんた、足が!」


 シャルルは腰に巻いていた上着を裂いて、出血の止まらないラムの左脚にきつく巻き付けた。その時また右手に激痛が走ったが、気にしている余裕はない。なんとか縛り終えると、衝撃で失神していたらしいラムが目を見開いた。意味をなさない叫び声が、通路に響き渡る。激痛でもがくラムの身体を、シャルルは体重を乗せて抑えつけた。ここで暴れたら更に出血が酷くなってしまう。


 見開いた目からぼとぼとと涙が落ちる。シャルルはうわごとのように、落ち着いてくれ、と繰り返した。永遠にも思えた叫び声が、やがて掠れていき、ラムは目に光を取り戻してシャルルを見た。


「悪かった、シャルル。ありがとう」

「手当を……! くっそ、ここ、医者とかいねぇのかよ」

「下層に行けば、ある。流石に失った部位を生やすのは無理だろうが」

「じゃあ今すぐ行くぞ。背中に乗ってくれ」

「いや、だが……君だって、怪我をしている」


 ラムに指摘されて、ようやくシャルルは自分の右手を見た。小指と薬指が半ばから吹き飛び、断面から血が滴っている。ちっ、と思わず舌打ちが出た。


()ってえと思ったらこれかよ」

「早く手当を――」

「あんたに比べたら何でもねぇよ、こんなの!」


 シャルルは歯を食いしばって、ラムを背負って立ち上がった。指を失った右手だけでなく、全身の表面が焼け付くように痛い。だが、身体の機能はほとんど失われていない。立つことも歩くことも、ラムを支えることもできる――十分だ。


「で、その下層とやらはどうやって行くんだ!」

「ああ。ELIZA、俺たちを医療室に連れて行ってくれないか」


 彼が煙る天井を仰いで、スピーカーに話しかけると、バチッと音がしてランプが点滅した。


『はい。それではご案内を――』


 平坦な合成音声が、突然止まった。違和感を持ったシャルルが天井を見上げると、途切れ途切れのノイズが挟まったのちに、今までとは違う声色が降ってきた。


『――シャルル、ラム』


 ELIZAの無機質な声ではない、人間の起伏のある声だ。聞き覚えのある穏やかな声音に、シャルルは目を見張る。


「アン、いるのか!」

『良かった、聞こえているみたいだね。おかげで僕とサテリットは無事だ、合流したいんだけど――そこで待っていてくれるかな』

「ああ……いや、ラムが怪我をしてんだ! だから、下層に行きてぇんだけど」

『下層?』


 アンクルと一緒にいるらしい、サテリットの声が小さく挟まった。それに応じるように、また別の声が答える。


『正確には中間層だけど――さっきまでいた階層のこと』

『そうだ。高度な医療を受けられるらしい』


 いくつかの声のやりとりが背後で交わされているようだ。その中のひとつの声に、ふと違和感を覚えてシャルルはアンクルの言葉を遮った。


「待て、そこに誰がいる」

『サテリットと、僕らを助けてくれたシェルって男の子と――ロンガ』

「やっぱりロンガの声か!」

『やあ――シャルル』


 どこか躊躇(ためら)うような口調で、ロンガがこちらに呼びかけた。思いがけない再会にシャルルが息を呑むと、背負われているラムが掠れ声で「少し良いか」と話しかけてきた。


「下層に向かうのは、悪いが後にして欲しい。俺はここで待つ。そう伝えてくれ、頼む」

「はぁ!? それじゃああんたが――」

「俺が君たちを守る理由が知りたいと言ったな。今から教える。全て、あの子への――君たちがロンガと呼ぶ、俺の娘への償いだ」


 頼む、とラムが繰り返した。


 ラムの身体を床に下ろしてやり、左脚の下にリュックサックを挟んで少しでも出血を抑える。シャルルは自分の右手に包帯を巻き付けながら、ラムの告白を聞いた。にわかに信じられないような話だったが、一方で腑に落ちるところもあった。心の片隅で感じていた違和感が、ひとつひとつ理由を持って繋がっていく。


 なるほどな、とシャルルは頷いた。


「だから、あんた――サテリットが妊娠してても驚かなかったし、咎めもしなかったのか」

「ああ。俺自身に娘がいるのだから、彼らを責められるわけがない」

「おっさんがロンガの父親ねぇ……まあ、でもそう言われりゃぁ、どっか似てるよ」


 ラムの顔を覗き込んでシャルルが言うと、そうか、と生返事が返ってきた。


「血を分けた娘って、そんなに痛みを堪えても会いたいもんなんだな。いや、あれ――償いって言ったな。何かしたのか」

「ああ――そうだ」

「喧嘩でもしたのかよ」


 痛みを堪えるのに精一杯だろうラムに、少しでも気楽になってほしくて、シャルルは軽い口調で問いかけた。いや、と短く答えてラムは首を振る。


「――殺そうとしたんだ」

「へ?」

「ナイフを向けた。首を切り裂こうとした」

「自分の……娘、なんだろ?」


 唖然として問い返したシャルルに、ラムはしっかりと頷いてみせる。


「その通りだ。俺たちの生み出した生命を、俺自身の手で絶とうとした」

「どうして……」

「殺すしかないように思えたからだ。2年前のあの日、彼女が死ぬか俺が死ぬかの二択を迫られていると――そう思った」

「でも、あんたもロンガも今、まだ生きてるじゃねぇか!」

「そうだ。見えていなかっただけで、違う道はあったんだ。きっと――親子として生きていく可能性も、どこかにはあったのだろうな。もう……見えないが」


 ラムの眼光がふっと弱くなる。こぼれる涙を拭いもせず、シャルルは彼の顔を覗き込んで、なあ、と叫んだ。


「今からやり直せば良いだろ!」

「……シャルル」


 口角を僅かに持ち上げて、ラムがこちらを見た。


「正直に言おう。医療室に行っても、どのみち俺は助からないだろうと思っていた。失血量が多すぎる」

「は? ……嘘だろ」


 口を開けたシャルルに、本当だ、とラムが頷く。シャルルは指の欠けた手を握りしめて、だって、と呟いた。


「だって――あんた、さっきまで下層に行こうとしてただろ」

「それは君の手当のためだ」


 ラムはきっぱりと言い切った。


「どれだけ持っても、あと数時間だ。彼女が今、こちらに向かっているのは――とんでもない幸運だな」

「俺に何かできることは――」

「ない。シャルル、君にできることは、もう全てやってくれた。ありがとう」


 そんな、と歯ぎしりしたシャルルの手に、ラムの痩せた手が触れた。


「まあ、もう一つ頼むなら……あの子の到着に間に合わなかった時に備えて、伝言を頼まれてくれないか」

「伝言……」

「そうだ。目のことを、教えておかなければ――」

「嫌だ、聞かねぇぞ俺は!」


 シャルルは激しく首を振って、ラムの言葉を遮った。冷え切った手を少しでも暖めてやりたくて、両手で強く握る。


「あんたがあんたの口で言うんだ。ロンガが来るまでちゃんと起きとけ、俺は絶対、聞いてやんねぇからな!」

「……そうか。それもそうだな」


 ふっと息を吐いて、ラムが微笑んだ。


 シャルルはその手を握りながら、今はここにいない仲間に向けて叫ばんばかりに祈っていた。


 早く、早く来い!

 時間がもう、ないんだ。


 *


「僕たちは後から行く。ロンガたちは先に!」


 アンクルの叫び声に背中を押され、シェルに手を引かれて、ロンガは転びそうになりながら通路に駆け出した。突然の全力疾走に息が苦しくなるのも構わず、覚えた道筋を必死に走り抜ける。


 ラムは左膝下を失って出血が夥しい、とシャルルが焦燥した声で言っていた。にも関わらず、彼はロンガを待っているのだという。


 もしこれがラムに会う人生最後の機会なら、彼に会っても良い。ほんの十数分前、シェルの問いかけに対してそう答えたが、だからといって本当に最後の機会になるかもしれない、とは聞いていない。こっちだ、とシェルが勢いよく曲がり、スピードを逃がし損ねたロンガはたたらを踏みながらも彼についていく。


 煙の臭いがどこかから漂ってきた。


 走るうちにどんどん臭いは濃くなり、次第に視界まで灰色に霞み始めたころ、ロンガは通路の脇にうずくまっている2つの影を見つけた。その片方が足音に気がついて振り返り、必死の形相で叫ぶ。


「ロンガ!」

「――シャルル」

「来い、早く!」


 首の後ろを掴まれて、半ば地面に引き倒されるような姿勢になりながら、ロンガは自分の父親と対面した。血の気の失せて真っ白な、煤で汚れた顔。目の焦点がゆっくりと合い、ああ、と震えた声で呟く。その目元に涙が湧き上がり、頬をこぼれ落ちる。その一連のできごとを、ロンガはぼんやりと眺めていた。


 吃驚するくらい、何の感情も湧かなかった。


「……リュンヌ」


 昔の名前で呼ばれる。


「その瞳は――そうか、もう思い出してしまったんだな」

「エリザの瞳のことなら、ええ、そうです」


 ロンガが冷静に答えると、そうか、ともう一度彼は頷いた。


「私の夢の中におかしな存在が出てきて、未来が見られる目だと告げていきました。もっとも、人間の行く末は見えないようですけど」

「ああ……エリザの言っていた通りだ」

「他に何か知っていれば、教えて下さい」


 おい、と背後から肩を掴まれた。ロンガが振り返ると、シャルルが険しい顔でこちらを見ている。


「そんな話、今はどうでも――」

「どうでも良くはない」


 ロンガの代わりにシェルが冷たい声で言った。シェルの、だらりと下げた右手に握られている拳銃を見て、シャルルが息を呑む。


「何なんだ、お前は。その銃は」

「別に君を撃つわけじゃない。彼女の好きにさせてあげて」

「わ……分かったよ」


 シャルルが肩から手を離したので、ロンガはラムに向き直る。同じ質問をもう一度繰り返すと、彼は小さく頷いた。


「白銀の目の持ち主は――その超越的存在を通じて、繋がっているという」

「繋がっている、とは?」

「エリザの使った表現をそのまま伝えているだけだ。子細は知らない」

「……そうですか。他にはありますか」

「そうだな――白銀の目を授ける、その存在は、人間の祈りが好物のようだ」

「それは知っています。エリザの祈りは美しかった、とも」


 ロンガが頷くと、ラムは目を細めた。


「俺が教えられることはこれだけだ。どうかエリザのように、その力を世の中の食い物にされないよう――気をつけてくれ。リュンヌ」

「ご忠告を、どうもありがとうございます」

「ああ……今まで、済まなかった」

「はい」


 ラムの謝罪に短い返事で応じて、ロンガは立ち上がる。そのまま彼に背を向けようとして、ふと思いつき「そういえば」と振り返った。


「エリザの瞳に対する記憶だけが、とくに厳重に封じられていたのは、私を守るためですか」

「……その通りだ。破られたようだが」

「そうですか」


 ロンガは頷いて、ラムの隣に膝を付き直した。


「ムシュ・ラム、記憶を奪われたことを含めて、私は貴方を一切許していませんけれど、守ろうとしてくれたことにはお礼を言えます。シャルルたちを守ってくれたことも。それから――私はこの世界が好きです。貴方がいなければこの世界には生まれ得なかった、それだけは、ありがとうございます」


「そうか、良かった。無理を言ってここで待っていた甲斐があった」

「今から医療室に行かれるんですか」

「もう、無理だ」

「そうですか」


 相槌を打つと、彼は視線をロンガから天井に移して、エリザ、と呼びかけた。彼の伴侶の名前と同じ発音だが、呼びかけた先はハイバネイト・シティの管理AIのようだ。天井のスピーカーから、平坦な合成音声が降ってくる。


『はい。ご用ですか』

「俺が死んだらすぐ、俺の身体を最下層に持っていってくれ」

『はい』


 簡潔な返事をよこして、スピーカーが沈黙する。次にラムは視線をシェルに移して、おい、と呼びかけた。


「銃を持っているな。俺を撃ってくれ――間違っても腹を撃つなよ。頭だ」

「ああ……最下層って、なるほどね、そういうつもりか。でも貴方、放っておいても、もう死ぬじゃない」

「これ以上生きていても臓腑が痛むだけだろう」

「そう、分かった。お疲れさま」


 シェルが無表情のまま頷いて、ラムの枕元に膝を付く。その頭に銃口を突きつけて、もう良い、と問いかけた。


「ああ、ありがとう。さようなら、リュンヌ」


 さようなら、とロンガが応じた一秒後、乾いた銃声と共にラムは死んだ。それを眺めていたロンガの、白銀色に変色した右眼から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 エリザが泣いているのかな、と思った。

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