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ラピスの再生論  作者: 織野 帆里
Ⅶ 未来は塵となって
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chapitre92. 阻む暗流

 どこかで水の流れる音が聞こえている。空気も水も、ハイバネイト・シティでは自然な存在ではなく、誰かが――すなわちELIZA(エリザ)が管理している。想像も及ばないほど巨大な施設を作り上げた旧時代の人間に、一度でいいから話を聞いてみたかったものだ。


 荷物運搬用スロープに揺られている間、ロンガは水晶端末(クリステミナ)を使って、ハイバネイト・シティ内部に滞在している人々の一覧を眺めていた。すでに一万を越える地上ラピス市民が地下に来ており、リストから目当ての名前を見つけるだけで一日が終わりそうだった。だが、検索機能の存在に気がつき、ロンガは地下に来ているという友人のうち、ひとりの名前を入力して、無事に彼らを発見した。


 表示を切り替えると、寄り添った三つの光点がスロープの内壁に照らし出される。彼らの滞在している階層を確認して、ロンガは思わず声を上げた。


「え? 中間層にいる」

「……どうしたの、ルナ」


 膝を抱えていたシェルが目を開けて、顔を僅かにこちらへ動かす。後頭部で括っただけの長い髪が、背中に羽のように広がった。

 彼にあまり負担をかけたくないと思いつつも、気がついてしまったものを放っておくわけにもいかず、ロンガは投影された像の一部を指さした。


「バレンシアのいた頃の知人が地下に来てるんだ。でも、居住区域じゃなくて、中間層にいるように見える」

「……見せて。えっと、"Ancre"と"Satalitte"――もう一人は未登録か」

「あれ、本当だ。シャルル、名前を言ってないのか?」


 ロンガが首を捻ると、シェルは自分の水晶端末(クリステミナ)を出して調べ始める。ややあって、「この人?」と自分の端末から映像を投影した。見ると、ユーザ名"Chaleur"と、もう一人未登録の人間が一緒にいて、居住区域にあたる第22層に滞在していることになっていた。


「どういうことだ」


 鼓動が早くなる。


「みんな一緒じゃないのか。じゃあアンたちといるのは誰だ? しかも中間層にいる。どうなってるんだ」

「えっと……ルナにとって大切な人なの?」

「もちろん。2年間、ずっと救われてきた」


 迷いなくロンガが頷くと、シェルは視線を逸らして考え込む顔になった。


 *


 中間層の脅威は日に日に増していた。


 娘の仲間であり、つまりは自分の恩人であるアンクルたち3人の住む第22層は、もはや安全な場所とは言えない。持ちうる全ての労力を使って彼らを守ると決めたラムは、彼らを上の階層に移す方法を模索していた。


 住人の滞在場所は思ったより厳格に管理されており、割り当てられた部屋に戻らない日が続くと、管理AIであるELIZA(エリザ)に勘づかれるようだ。その場合どうなるか分からないが、ロボットアームで強引に撤去されたら厄介だ。彼らは戦闘の訓練は受けていないので、丸腰で中間層にでも放り出されたら、間違いなく死ぬだろう。特にサテリットは片足が不自由で、しかも妊娠している。あまり無理をさせられない。


 強引にシステムに介入しようとしては、失敗する日々が続いた。


 そんな折、どういうわけかELIZAが一時的にダウンした。突然に灯りが消え、数秒後に赤っぽい非常灯に切り替わった。一瞬にして色彩の抜け落ちた居室で、まずは焦らないよう彼らに呼びかけ、ラムは水晶端末(クリステミナ)を確認しながら「おそらく」と切り出した。


「非常時に備えたモードに切り替わったのだろう。何が変わっているのかは未知数だが――上層に移るには、この上ない好機かもしれん」

「ラム!」


 扉を確認していたアンクルが、驚愕の声を上げた。


「施錠が解除されてます」

「それはまずいな」


 舌打ちをして、立ち上がる。しばらく試行錯誤したが、扉をロックすることが不可能になっていた。部屋の内側から塞ぐことは可能だが、長くは持たないだろう。


「逃げなければ。しかし、どこに……」

「昇降装置は使えるのか?」

「いや、この調子では望み薄だな」


 シャルルに首を振って、ラムはベッドに腰掛けているサテリットにちらりと目をやった。彼女がいる以上、強引に上に向かう方法は絶望的だ。しかし、このフロアのなかで逃げ回ったところで、根本的な解決にはならない。ELIZAが復帰して正常なセキュリティが機能するまで、どれだけ掛かるかも未知数だ。


「上に行くのは厳しく、横に逃げても意味はなく――下はもっと危険だ」

「では、ここに残るのはどうなんですか?」

「サテリット、それは一番駄目な――いや、待て。たしかに賭けだが、下手に移動するよりはまだ良いかもしれんな」


 少し考えて、なぜなら、と言葉を続ける。


「昇降装置が止まっているなら、中間層の奴らもそう簡単に上ってこれない可能性があるからだ。ここでシステムの復帰を待つのも選択肢としてはありだな。ただ……物資が不安だが」

「アン、食料はどんなもんだ?」

「安全なものはほとんどない。記憶を阻害するものか、どちらとも判別がつかないものばかりで」

「弾丸や水もないな。物資の調達だけ、何とかしなければ」


 ラムは立ち上がって装備を調えながら、どう人員を割り振るのが最適か考えていた。サテリットを連れて行くのはリスクだが、かといって彼女を置いて行ってしまうのも心配だ。アンクルやシャルルを残したところで、サテリットや彼ら自身を守れるかどうか分からない。銃の取り扱いは教えたものの、流石にまだ一人前というわけにはいかない。


 結局、体格に比較的恵まれたシャルルに彼女を背負ってもらい、全員で物資の確保に向かった。暗い通路の空気は、静かに張り詰めている。安全を奪われた人々の、(つつ)けば破裂しそうな緊張がひしめいていて、息苦しく感じられた。


 人のいない食堂に踏み入り、放置されていた食材から保存の効きそうなものを選んでリュックサックに詰める。ソファの陰に、頭を撃ち抜かれて倒れている“春を待つ者(ハイバネイターズ)”を見つけて、こっそりと物資を奪った。見られて困るわけではないが、若者にあまり見せたいものでもない。肩掛けの鞄のなかに収められていた銃弾や手榴弾を、自分のリュックサックに素早く移し替えた。


「終わったか。次に行くぞ」


 ずっしりと重くなったリュックサックを背負い、食糧を詰めていた若者たちに声をかける。ハイバネイト・シティ居住区域に点々と存在している食堂を、いくつか回って物資を集めていく。


「だいぶ居室から離れてしまいましたね。戻るのが大変だ」


 リュックサックを背負い直して、アンクルが苦笑する。ラムが頷き返して、水晶端末(クリステミナ)で地図を見ようとしたとき、通路の向こうで影がうごめくのが見えた。心の中で舌打ちして、静かにするようジェスチャで伝えつつ、曲がり角の陰に戻る。


「騒ぐな、誰かいる――向こうを回るぞ」


 ラムの言葉に、彼らは三者三様の真剣な顔を浮かべて頷き返す。その表情に少しの頼もしさを感じながら、背後を警戒しつつ道を引き返した。先頭を歩いていたアンクルが、微かな声を上げて立ち止まる。


「あちらにも……誰かがいます」

「前後を挟まれたか」


 ラムが苦々しく呟くと「どこかの部屋に入りませんか?」とサテリットが問いかけた。


「こちらに気づかれていない。やり過ごすのが良いと思います」

「ああ――」


 だがその瞬間、人影の動きがとたんに速くなった。暗くて表情は見えないが、たしかにこちらを見ていると分かる。


「見つかった」


 シャルルが舌打ちをする。

 通路の向こうに立つ人影は、見たところ二人連れだ。人間のものだと思えない、甲高く調子の外れた笑い声を立てている。背筋が冷たくなるのを感じながら、ラムは銃を下ろした。


「アン、サテリットを連れて部屋に隠れろ」

「――分かった」


 シャルルが背負っていた彼女を下ろし、アンクルがその身体を支えながら近くの部屋に入っていく。こちらに近づいてきたひとりの足を狙って撃った。人影がそこに崩れ落ちたのを確認して、一旦アンクルたちと同じ部屋に身を引き、マガジンを交換する。どうやら倉庫らしい部屋の床は、なぜか濡れていた。天井の隙間から水が垂れていて、数秒に一度、床にしずくが落ちる。


 あっ、と小さく息を呑む声がする。


 床が滑るせいで杖を付き損ねたのか、サテリットがよろめいて壁にぶつかった。アンクルの手を借りて立ち上がった彼女が「もしかして」と目を見開く。


「音が違った。この向こう、空洞かも」

「え、何だって?」

「こっち照らして、アン!」


 言われるままアンクルがペンライトを向ける。


 すると、パネルの一部だけ明らかに構造が異なっているのが見て取れた。ラムが歩み寄り、隙間に指をかけて力を込めると、パネルごと外れる。向こう側には、細い通路が斜めに走っていた。通路の床にはベルトコンベアがあり、下に向かってゆっくりと動いている。中の様子を伺うと、ベルトコンベアに乗って、上の方から金属の箱が降りてきていた。


 荷物を運搬するための経路だ、と判断する。


「ふたりとも、中に入れ!」


 ラムは言うが早いか、彼らの身体を無理やりスロープに詰め込み、リュックサックをひとつ放り込んでパネルを閉めた。密閉性が高いのか、待ってください、と叫んでいた声がとたんに聞こえなくなる。叫び声を聞きつけたのか、シャルルが部屋に駆け込んできた。

 なあ、と荒い声で問いかけてくる。


「あいつらは!」

「下に向かわせた。物資を運搬するためだろうな、壁の裏に、下に行く道がある。シャルル、君も行くんだ。あちらは任せろ」

「いや、あんたを置いていけねぇだろ」


 シャルルがきっぱりと言って、まだ慣れない手つきで拳銃を構える。気持ちは嬉しいが、と彼の腕を掴むと、シャルルは強いまなざしでこちらを見返した。


「なんだか分かんねぇけどさ! おっさん、何か理由があって俺たちを守ってくれるんだろ。そうしなきゃいけない理由があるんだろ」

「……その通りだ。だから、君は下に」

「じゃあ尚更、一緒に逃げなきゃダメだろ」


 そう言ってシャルルが部屋の外に戻ろうとしたとき、パキッという破砕音がどこかで聞こえた。やけに近い、その音の方向に振り向いた瞬間、天井のパネルが凄まじい音を立てて吹き飛ぶ。


 一瞬、向こうに暗闇が見えた。


 そして暗闇は四方に膨らみ、唖然として立ち尽くしたラムの身体を飲み込んだ。何が起きたのかも分からないまま、とっさにシャルルの腕を掴んだ。圧倒的な力に押し流されながら、ようやく事態を理解する。

 理由は分からないが、水道管がやられたのだ。行き場を失った水が天井裏に渦巻き、その水圧が天井の強度を上回って、パネルを吹き飛ばしたのだろう。水が滴っていたのだから、もっと早く現状に気がつくべきだった。


 もがきながらも、どうにか水面に顔を出し、シャルルの身体を引き上げて支える。正確な時間は分からないが、数分ほど流されたところでようやく水深が浅くなり、ラムは床に足を付けることができた。水を飲み込んだのか、シャルルは酷く咳き込んでいる。ようやく咳が治まると、何が起きたんだ、と蒼白な顔で呟いた。


「水道管が傷ついていたのだろうな」

「……死んだかと思った」

「無事で何よりだ。まあ、不幸中の幸いと言うべきか、奴らもこちらを見失ってくれたようだな」

「ああ。でも――あいつらと離れちまったな」


 そう言って、シャルルはとたんに心細そうな表情を浮かべる。


「なあ、さっきの部屋に戻れるか」

「それは……難しいな」


 ラムは自分たちが流されてきた方向を見返した。さっきアンクルたちを見送った部屋がどこで、ここからどう動けばあの部屋に戻れるのか、見当も付かなかった。

 水晶端末(クリステミナ)も見当たらない。どうやら、アンクルたちに渡したほうのリュックサックに入れたままだったようだ。壁に打ち付けられている金属プレートを参照して、自分たちの居場所は分かったが、周りには似たような倉庫が無数にあり、そのどれが彼らの元に通じているのか分からない。

 嘘だろ、と呟いてシャルルが壁にもたれかかる。まだ浸水している床に、彼はずるずるとへたり込んだ。


「下に、行ったんだろ。ここよりずっとヤバい奴が多い場所で、あいつら2人だけで、どう生き残るんだよ……」

「時間はかかるが、ひとつひとつ倉庫を当たっていこう。それしかない」


 彼の肩を叩くと、ああ、と掠れた声が返ってくる。


「なあ、おっさん――あいつら、無事かな」

「死んでいることにして、期待せずにおくか。生きていると信じるか、どちらが君好みかで決めると良い。どのみち俺たちには、真実が分からないのだからな」


 あえて淡々と答えると、シャルルは喉を詰まらせたような顔になったが、淀んだ水面に目を落としたまま「生きてるよ」と呟いた。


「アンもサテリットも、()っせえし弱いけど、俺よりずっとしっかりしてるんだ」

「そうだな。彼らは無事だろう」

「――ありがとな」

「感謝されるようなことではない」


 ラムは答えて、さあ行くぞ、とシャルルの腕を引き上げた。

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