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ラピスの再生論  作者: 織野 帆里
Ⅶ 未来は塵となって
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chapitre90. ガラスの檻

 ――ハイバネイト・シティ中間層 第11層


 金属製の靴底が、無遠慮に床を踏む音。壁にもたれてじっと目を閉じていたカノンは、近づいてくる足音を察知し、重たい目蓋だけを持ち上げた。暗闇のなかに唯一ある光源は、赤色の長方形をしている。奥の扉の上に点灯したそれを、ちらりと確認してから、再び耳を澄ました。


 ポケットを探り、ペンライトの場所を確認する。隣に立てかけた銃を、音を立てないように取り、静かに息を吐きながら立ち上がった。


 足音は近づいている。


 この暗い場所で既に数十時間を過ごしているので、かなり目は慣れた。わざと開けたままにしている扉から、慎重に通路の様子を見る。奥は袋小路なので、足音の主がこちらに来るとすれば一方向だ。じっと耳を澄まして、足音の種類を数える。やや不規則で数えづらいが、4人といったところか。


 必要であれば、撃つ。


 何度目か分からない決意を抱いて、カノンは通路に静かに踏み出す。中間層にいる連中は、大抵はろくでもない性質をしている。任務中に手に入れた認可銃の武力に頼って、非正規なルートで中間層に流れ出し、お互いに痛めつけあうことを楽しんでいる奴らだ。


 医療技術が発達したハイバネイト・シティでは、すぐに処置をすれば大概の怪我は治る。だからこそ彼らは、恐怖感も罪悪感もどこかに投げ捨てて、武力衝突に刹那的な快楽を求めているのだ。


 カノンの唇の端に、決して喜びからではない笑みが浮かんだ。


「あんたらが便利に使い捨ててる医療は、どこかの誰かが、死ぬほど欲しがったものなんだけどねぇ……」


 心の中だけで呟いて、通路の端に置いておいたものの隣に屈み、持ち上げる。曲がり角の手前まで()()を背負って運び、再び足音の方向を確認する。彼らが遠ざかってくれれば、それで良かったのだが、確実にこちらに近づいていた。


 背負っていたものを下ろし、足音がすぐ次の曲がり角を越えた瞬間、カノンはそれを――誰かの死体を、通路の向こうに突き飛ばした。とうに絶命した、人間の形をした肉体は、支えを失って床に崩れ落ちる。


 歓喜の声が聞こえる。


 数秒も経たないうちに、いくつもの弾丸が飛来し、その肉体を抉っていった。目の前で人の形を失っていく()()を見つめて「やっぱりね」とカノンは呟いた。


「まともじゃない奴ばっかだ」


 使い切ったマガジンが床に落ちる、硬い音。それと同時に、曲がり角に躍り出て、一切の躊躇いなく頭を撃ち抜く。足音から予想した通り、ぴったり4人を4発で仕留める。彼らは足音を殺す知恵すらないようだ。いや、争い合うことが目的なのだから、わざとお互いを見つけやすいようにしているのだろうか。


 殺した相手にあまり思いを馳せてやる気にもならず、いちばん小柄な死体を、次の()()()にするために担ぎ上げた。何かの間違いで、真っ当な人間が中間層に迷い込むことも、ないとは言えない。なので、この部屋に誰かが近づいてきたとき、まずは様子を窺うことにしている。だが今のところ、百発百中で人間の良心を失った連中だった。


 カノンは溜息をついて、通路を戻る。


 定位置にまだ温かい身体を座らせてから、再び引き返し、残る3人の持ち物を物色した。弾丸と携行食に水分、それにバッテリーを拝借する。ここにあと何日いるか分からないので、備えは万全にしておきたかった。


 元の部屋に戻ろうとした瞬間、首の後ろがざわついた。


 勢いよく振り返るが、それより一瞬早く、脇腹に鋭い痛みと衝撃が走る。思わず舌打ちをした瞬間に、今度は身体の正面で痛みが弾けた。怯まず銃を構え直し、立て続けに3発撃ったが、身体が大きく傾く。頭の奥が痺れて、ただでさえ暗い視界がますます暗くなっていく。

 まだひとり、撃ち損ねた相手が残っているようだが、これ以上追うのは不可能だと判断して、後退に転じる。部屋に倒れ込んで、扉の鍵を素早く回す。ぜいぜいと荒い息を吐きながら、扉にもたれかかって、通路の音を聞いた。


 足音を殺す知恵がある奴もいるらしい。


 腹部で脈打つ痛みを堪えながら、見込みの甘さを反省した。


 扉に銃弾がめり込む衝撃を感じた。そう簡単に破れるような薄さではないが、扉が歪めば鍵をこじ開けられてしまう。扉の強度と相手の弾、どちらが先に尽きるかの耐久勝負だ。


 しかし――どうやらこちらの分が悪そうだ。


 意識が遠ざかるのを必死に握り止めながら、カノンは床に転がっていた銃を手に取る。弾が充填されていることを確認し、撃鉄を上げた。身体を引きずるようにして移動したのと同時に、扉が大きくひずむ。その瞬間、視界のはしに何か違和感を覚えたが、構っている余裕はなかった。


 扉がこじ開けられる。


 すき間から見えた腕に、撃つ。銃を取り落とした音がする。それでも相手は諦めず、反対の手で銃を拾ったかと思うと、照準もろくに定めないまま発砲した。顔の横30センチで壁にめりこむ。続けてカチカチと引き金を引いているが、どうやら弾切れのようだ。


「……出て行け」


 カノンは銃口を相手に向けたが、引き下がる気はないようだ。言葉すら、もう聞こえていないのかもしれない。ただの金属の塊と化した銃を振りかぶり、こちらに振り下ろす顔に浮かぶ、ひどく歪んだ笑顔。その中央を目掛けて発砲したが、外し、体重の乗った打撃が肩にめり込む。木の枝を折ったときのような、乾いた衝撃と痛みがはじけ、引き金から力が抜けるのを感じた。拳銃が指をすり抜け、床に転がる。くそ、と悪態をついて、無事なほうの手で相手の肩を掴んだ。


 頭突きを食らわせようとした瞬間、楽しそうに笑っていた相手の顔が驚愕に歪む。そのまま、相手の身体はずるりと床に崩れ落ちた。


 同時にカノンも身体的な限界を迎えて仰向けに倒れる。天井を見上げた視界のはしに、長方形の照明が映り込む。


 その色が赤から緑に変わっていた。

 さっき覚えた違和感の原因は、これのようだ。


 静かになった部屋で、どの敵とも違う第三の足音が、こちらに近づいてくる。やや小柄なシルエットが、倒れた相手の脇に手を入れて抱え上げ、引きずるようにして部屋の外に連れて行く。体格差のためか運ぶのに難儀しており、最後は半ば蹴りつけるようにして、無理やり扉の外に出していた。部屋の奥からソファを持ってきて、歪んだ扉を塞ぐように置いている。


 乱暴なやり方を眺めていたカノンが、ふっと笑いをこぼすと、彼女は額の汗を拭ってこちらに振り向いた。手術のためか、長かったはずの髪が短く切りそろえられている。


「間に合って良かった」

「ああ、間に合ったねぇ」

「ええと。治療をお願いできる?」


 彼女が天井のスピーカーに慣れない様子で呼びかけると、合成音声が『はい』と答えて、壁の一部から寝台がせり出した。成り行きを見守っていた彼女が、え、と困惑の表情を浮かべる。


「担ぎ上げろってこと? 私の体格だと、ちょっと難しいなぁ……」

「はは……努力するフリくらい、してくれても良いんじゃないの? アルシュちゃん」

「そう言われても」


 彼女――アルシュは困ったように眉をひそめながらも、こちらに近づいてきたので、良いよ、とカノンは片手を広げて見せた。天井からロボットアームが降りてきて、カノンの身体を軽々と持ち上げ、寝台に乗せる。骨の折れたらしい肩に負荷が掛かって、思わず呻き声をこぼした。


 安堵と苛立ちがない交ぜになった顔で、アルシュがこちらを見ている。頭を打った後遺症で意識が不鮮明になり、手術を受けていた彼女だが、どうやら快復したようだ。


 彼女の処置が終わるまでのあいだ、銃を持った奴らのひしめく中間層で、何があってもこの部屋を守り通す。


 その目標を達したことを悟り、良かった、と呟いてカノンは意識を手放した。


 *


 6時間後、カノンは再び目を覚ました。医療室の電灯が復旧しており、それを不思議に思いつつも、急いで服を着直して部屋を出る。


 扉の向こうは薄暗く、扉を塞いだソファに誰かが倒れていた。暗い影が血溜まりのようにも見えて、血の気がさあっと引いたが、どうやら彼女は眠っていただけらしい。目を開いた彼女は起き上がって、外側に跳ねた髪をかき回しながらこちらを見た。


「こんなにすぐ治っちゃうんだ。骨が折れてなかった?」

「ああ、人工骨に置換したんだろうね」


 カノンが痛みひとつない肩を回しながら答えると、アルシュは感嘆の声を上げた。


「それが地下の医療なんだ。凄い」

「あんたの方は?」

「頭痛が嘘みたいに消えてる。意識もすごくハッキリしてる」

「良かったじゃないの」

「――カノン君」


 アルシュはソファに座ったまま姿勢を正して、こちらにまっすぐ顔を向けた。


「本当にありがとう」


 本来はやや垂れているらしい眉を、ぴしりと釣り上げて真剣な顔になる。地上では300人を束ねていたという、特段目立つわけではないが心根の綺麗さを感じさせる目が、まっすぐカノンだけに向けられた。


 率直な感謝を述べられるのがどこか気恥ずかしくて、カノンは思わず視線を逸らした。アルシュは膝の上で両手を握りしめて、緊張した面持ちで口を開く。


「その――迷惑をかけないようにって、そのつもりだった。でも、結果として、貴方とロンガにとんでもない苦労をさせてしまった。ごめんなさい」

「まあ、お礼ならあの子に言ってあげてよ。あの子が助けようって言ったんだ」

「もちろんロンガにも感謝してる。でも、運んでくれたのはカノン君だよね」

「まぁね。流石に俺じゃないと無理だから。あんたは嫌がるかなぁと思ったけど」


 言ってから、ふと気がついて言葉を挟む。


「ああ、もし気にしてたらと思って言うけど、着替えさせたのは俺じゃないよ」

「……なんでそんなに話をややこしくするの? 助けてもらったのに嫌だなんて思うわけないし、ロンガが着替えさせてくれたのだって知ってるよ」


 人差し指をあごに当てて、アルシュが首を捻る。


 カノンは正直なところ、真っ正面から誰かに感謝されることに、あまり慣れていなかった。少し文句を言ってもらった方が気楽だったりするものだから、つい話を逸らしてしまったのだ。


 いつものように口の端を持ち上げて「どういたしまして」とだけ言うと、視界の端でアルシュが満足げに頷いた。ああ、これだけで相手の感謝に応じたことになるのか、と不思議な気づきを得る。


 そのとき、ふとカノンは、アルシュの言い方に引っかかりを覚えた。


「あの子が着替えさせてたのを、知ってるって言った? あんたはずっと寝てたでしょ」

「えっと――確かに意識は不鮮明だけど、時々は周りの音が聞こえてたよ」

「……そう」


 彼女から顔を背けて、カノンは自分の荷物の整理を始めた。アルシュの雰囲気が、今までとは少し変質したのを、嫌でも感じ取ってしまったのだ。


「あの、だから、ごめんなさい」

「……何のことかな」

「ロンガと話してるの、聞いてた。黙っておこうかと思ったけど、その、それこそ、カノン君が気にしてるかなって」

「ああ……」


 長い時間をかけて言い逃れる方法を考えたが、何一つ浮かばなかった。結局「そうかい」と、自分でも淡泊すぎると感じる相槌だけを返した。


 アルシュを守るという当面の目的があったので、しばらくは忘れていられたのに、それを達成したことで、また思い出してしまった。


 月のイヤリングが揺れる。


 オリーブ色の長い髪をきっちりまとめた、長い三つ編みと、深い空の色をした瞳に、遊び心のない地味な服装。話しかけてもめったに笑わない、現実よりも本の世界に広がりを求めていた彼女。本を好んで読むためか、歴史学を中心に成績は悪くなかったが、周囲と折り合いが悪すぎて優等生とは言えない。


 一方、軍部のなかでも成績が良く、研修生だったころから要人の警護に就いていたカノンは、綺麗なだけではないラピスの裏側を知っていた。


 彼女がいくら本を読んだって、統一機関に都合の良いことしか書いていないし、いくら真面目に講義を受けたって、大人が真実だと決めつけたことしか教えられない。目を輝かせて、貪欲に知識を欲したって、結局は誰かの手のひらの中でしかない。


 平凡かつ地味で、そのうえ無知な彼女を最初は下に見ていた。


 どうしてそんな相手に惹かれたのか、カノン自身も良く分からない。唯一覚えているのは、彼女が新しい知識を得るとき、必ず瞳が煌めくこと。その瞳を、正面から見てみたいと思ったことだ。


 いつの間にか。

 軽蔑は関心に変わり、やがて恋心になった。


 そして彼女がラ・ロシェルからいなくなっても、感情だけは残り続けた。めまぐるしく変動する社会のすき間を生き延びながら、自分にはほとんど向けられなかった彼女の笑顔と、好奇心に煌めく瞳が、いつまでも、心の隅で光り続けた。


 だから会いに行った。


 制限された世界のなかでひたむきに生きている彼女に惹かれたつもりが、再会した彼女の世界はぐっと広がっていて、その変わりように驚いた。静謐なガラスの檻を飛び出して、複雑で賑やかな現実世界で生きていた。


 記憶の中と大きく乖離した彼女を目にして、カノンは少し安堵したのだ。


 これで忘れられる。


 そう思ったのに、彼女の瞳が以前にも増して大きく輝いていることと、友人になれたこと、お節介な奴に背中を押されたことが相まって、忘れるどころか却って思いの強さが増した。自分よりずっと彼女に近しい人間がいると分かっていても、感情を止められず、夜のラ・ロシェルで彼女が涙を見せたときに最高潮に達した。


『あんたひとりのために生きたい』


 本気でそんなことを言ってしまえるほどに。


『私ひとりのために生きる……って、なぜ、わざわざ人生の幅を狭めるようなことを言うんだ?』


 泥に埋もれていく街を眺めながら彼女が首を傾げた、まさにその通りだった。その時になって、ようやく理解したのだ。


 狭い世界に囚われていたのは自分の方だった。


 自分たちを囲っていた、統一機関という檻はもう壊れたのに、自分はまだ当時の狭苦しい世界から逃れられていなかったのだ。


 気がつけただけでも良かった。

 そう思わなければ、悲しみで潰れてしまいそうだった。


 はあ、と溜息をついた。待機室の壁にもたれて天井を見上げる。


「拒絶されてから丸2日、あの子とここで過ごしたんだ。それはそれは楽しい地獄だったよ」

「……そうだよね」


 アルシュが苦笑いして相槌を打った。政治部の人間らしく、人を見抜くことに長けている彼女には、カノンの心情は以前から筒抜けだったようだ。その数万分の一でも良い、多少の敏感さがあの子にあれば、また何か違ったのかな、とも思う。


「俺との話なんてなかったみたいに笑ってて、地下の施設の話を聞いて楽しそうでさ。いっそ強引に襲ってやろうかと思ったよ」

「貴方が冷静で良かった」


 笑っていない目でアルシュが言う。


「……命の恩人を呪いたくないから、私」

「しないよ、そんなこと。外でうろついてる奴らと同じになっちまう」


 カノンが扉の向こうにちらりと視線をやると、アルシュも真剣な顔に戻って小さく頷いた。ブランケットの中に手をやって、バッテリーに繋がれた水晶端末(クリステミナ)を取り出す。見覚えのある形状に、おや、とカノンは目を見張った。アルシュが申し訳なさそうに眉を下げる。


「ちょっと借りた。ごめんね、でも、おかげで大体の事態を把握した。ここはハイバネイト・シティと呼ばれていて、普段はELIZA(エリザ)という管理AIが見張ってる。でも、下層のコアルームで何かが起きて、非常時モードに切り替えられた。ロンガがいなくなってるのもその関係なのかな。ここが危険になったから、貴方が逃がした?」


「ああ……流石に理解が早いね」

「うん、それで、これが6時間前の話。1時間と少し前かな、誰かがELIZAを再起動したみたいだよ」

「だから部屋が明るいんだね。ちょっと見せてくれるか」


 アルシュが頷き、立ち上がって水晶端末(クリステミナ)をカノンに渡した。一般の“春を待つ者(ハイバネイターズ)”よりは強い権限を貰っているので、ELIZAのログをかなり詳細に見ることができる。起動後すぐのログは、ユーザ名“Ciel”と“Survivor”から構成されていた。壁に投影された文字列を、アルシュが見えるように辿ってみせる。


「これはソレイユ君が地下で使ってる名前だ」

(シェル)ね、なるほど。こっちの名前は?」

「未登録の人間を示す汎用ユーザ名だね。ただ、シェル君と一緒にいるらしいところを見るに、あの子だ――と思いたいね」

「ロンガ……無事だと良いんだけど」


 アルシュが胸元で祈るように手を組んだ。カノンも頷きつつ、詳細な成り行きを調べるために水晶端末(クリステミナ)を操作した。ELIZAがダウンする直前のログを読み返していて、総権の持ち主がサジェスから、“春を待つ者(ハイバネイターズ)”の慕う女性、エリザに移動していることに気がつく。


 ということは、おそらく彼は、もういない。


「……そうかい」


 呟いて額を押さえたカノンを、アルシュが不思議そうな表情でちらりと見た。それから何かを察した顔になり、口元を抑えて視線を逸らした。最下層で何か、とんでもない事態が起きたことは、鋭いアルシュなら分かるだろう。シェルがまだ生きていることの方が奇跡と呼べる程度には、おそらく酷い混乱があったと思われる。


 ソファに座り直して、アルシュが静かにこちらに問いかけた。


「カノン君。これからどうするべき?」

「逆に、あんたはどうしたい」

MDP(メトル・デ・ポルティ)の仲間が地下に来ているはず。彼らとコンタクトを取りたい。でも、それ以上のことは――今は少し、良く分からないな」

「まあ……俺もだね。分からないことが多い」


 カノンは肩を竦めて、ただ、と言葉を続けた。


「今後の方向性として、ひとつアイデアがある。そのためには最下層に行きたい。で、あんたの目的も、コアルームに行くのが手っ取り早いだろうな」

「分かった」


 アルシュは頷き、さっと立ち上がる。どこから持ってきたのか、すでに支度を済ませていたらしいリュックサックを持ち上げた。


「下に行こう」

「決断が早いねぇ、あんたは……」


 カノンが苦笑しながら水晶端末(クリステミナ)の投影を消そうとすると、気になる情報を見つけた。靴をはき直しているアルシュに、ちょっと待って、と言葉をかける。


「その前にひとつだけ、用事ができた」

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