chapitre88. 誰かの祈り
銃弾が掠ったらしい傷に、シェルは拾ってきた包帯を巻き付けている。まだ傷が痛むのか、眉をひそめながら「そっか」と呟いた。
「あの夜にルナが来たの……ここだったんだ」
「そう、マダム・カシェに連れられて来た。中央の部屋にはエリザが眠っているんだろう? ビヨンドの啓示を受けて、四世紀眠り続けている、ということにされて」
「ああ、そこまで知ってるんだね……」
小さく息を吐いて、彼はロンガの顔を覗き込んだ。
砂まみれになった眼帯は捨ててきたので、次元飛翔体ビヨンドの干渉を示す、白銀色を呈した右眼は丸見えだ。シェルが興味深そうに顔を近づけるので、ロンガは気まずくなって視線をそらす。至近距離で彼が瞬きをして、長い睫毛が揺れた。
「不思議な色だなぁ……悪い意味じゃないよ、綺麗だと思う。エリザの瞳もこんな色をしていたのかな」
「きっとそうだろうな」
「ねえ、未来が見えるってどんな感じ?」
好奇心なのか、シェルの目が心なしか輝いて見えた。良い兆候かもな、と思いながらも、ロンガは肩を竦めてみせる。
「思ったよりは役に立たないな」
「へえ?」
「人間のやることは、彼らには予測できないらしい。例えば、ソル――この包み紙から手を離したらどうなると思う?」
「床に落ちる?」
「そう。その程度の未来しか見えない」
「流石に、嘘でしょう」
彼は唇だけを動かしてそう言った。表情が硬いせいだろうか、口調はいつも通りなのに、妙に責められている感覚に陥ってしまう。
「旧時代の“春を待つ者”は、エリザの目を使って未来の気候変動を予測しようとしたんだから。それだけなわけがない」
「んん……まあ、要は、不確実性の問題なんだと思うよ。私の能力がエリザと同程度なのか分からないけれど、明日の天気くらいなら分かるな」
「砂が降ることも?」
「それは、人間が降らせているんだから、見えないよ……というか、よく、その冗談を言えたな」
泥の底に埋もれて形を失っていくラ・ロシェルの景色を見た衝撃は、まだロンガの心から消え去っていない。上手く笑顔を作れず、ロンガが口元を引きつらせると、ごめん、とシェルが唇を噛んだ。
「冗談のつもりじゃなかった。ルナの目で見えてたら、最悪の事態を避けられたのかなって思ったんだ――ごめんね。それを止められなかったのは、ぼくらなのに」
「ああ……」
彼が“春を待つ者”側の人間だと、心のどこかで思っていたロンガは、無意識にシェルを責めるような口調になっていた。
だけど、ラ・ロシェルを大切に思う気持ちは、シェルだって同じだろう。MDPに協力していたロンガと同様、立場は違えど彼もラ・ロシェルを守りたかったはずだ。感情を内側に押し込めるように、シェルは硬く目を閉じている。その肩に手を回して、ロンガはできるだけ優しい声音で話しかけた。
「今、お互いに傷つけあってしまったな。悪かった」
「――ううん」
彼は小さく首を振って、自分の膝を引き寄せる。気まずいのに、どこか心地よい沈黙がじわりと部屋に広がっていった。
たまに、わざわざ声を介して会話をしなくても、空気を通じて考えていることが伝わるような気分になることがある。今もまた、その錯覚が訪れていた。たまには沈黙に甘えてしまおう、とロンガは肩から力を抜いた。穏やかに、緩慢に、時間が流れていく。
2年間も待ったのだ。
ほんの少し時間を無駄にすることだって、きっと許される。
*
「……何となく、なんだけどさ」
寝台に横たえていたシェルが、ふと起き上がって瞬きをした。時刻は午後5時。そろそろ夕食を食べたいな、と思っていた頃合いだ。とはいっても食べられるものは、腹持ちだけは良い、ひどく甘ったるい焼き菓子しかないのだが。
居室のクローゼットを物色していたロンガが振り返って「どうした?」と訪ねると、シェルは決まりが悪そうに眉をひそめた。
「ぼく――地上に行きたい、ような気がする。ううん、そんな弱い言い方じゃなくて、行かないといけないような」
「それは……妙な表現だな」
まるで自分自身の意志ではないような言い方だ。ロンガが首をひねると、うん、とシェルも頷く。彼は自信なさげな声で、適切な言葉を探しかねているように、ぽつりぽつりと呟いた。
「ぼくのなかで誰かが言ってるんだ。地上に向かって、って」
「誰かが?」
「……そう」
「うーん……」
ロンガは目を細めて考える。まだ彼は少し混乱しているようなので、あまり真っ向から取り合うべきではないのかもしれない。だが、どちらにせよロンガは、この薄暗い場所にいつまでも残るつもりはなく、シェルの心身がある程度回復したら、上に向かう方法を模索しようと考えていた。
「うん、良いんじゃないか?」
だから、シェルが地上に向かいたいと言ってくれるのは、経緯はどうあれ、ロンガの意向とも一致していた。
「地上に戻ろう、ソル」
「……良いの?」
同意を表す返答に反して、彼の口調はひどく覚束なかった。ほつれた三つ編みを背中に流して、ぼんやりとした顔で上を仰ぐ。
「でも、もう、ラ・ロシェルは」
「ああ……確かにラ・ロシェルには戻れないけど、他の街なら、きっとここよりは安全だよ。それに、ここと違って孤独じゃない」
「孤独……じゃないよ? “春を待つ者”の仲間がいっぱいいるよ。カノン君も、ティア君も」
「……ソル?」
不吉なものを感じて、ロンガが彼の顔をのぞき込むと、ああ、と彼は溜め息のような声を返した。肉の落ちた頬に、長い睫毛が色濃い影を落とす。シェルは眉根を小さく寄せて、ごしごしと目元を擦った。
「ごめん。聞かなかったことにして。何だか、記憶がごちゃごちゃしてて……ちょっと力を抜いたら、忘れちゃいそうなんだ」
「ああ……分かった」
そう言いつつも、見て見ぬふりをするにはあまりに不安で、ロンガはシェルの隣に腰を下ろし、その表情をそっと伺った。強すぎる衝撃から立ち直れず、記憶の前後関係が壊れかけているのかもしれない。
今の彼はまるで飴細工のようで、ふとした瞬間に砕けてしまいそうだと感じるほど頼りなかった。彼を壊さないために、自分には何ができるのだろう、と思案する。いっそ、全て忘れてしまった方が、彼にとっては楽なのだろうか。
そうだとしても――
シェルは真実を愛し、虚偽を嫌った人だった。そんな彼が、忘却によって救われるのでは、あまりに救いがない。辛いことに対して正しく悲しまなければいけない、と言っていたのは誰だったか。全てをなかったことにしてしまうのは、本来のシェルなら、きっと不誠実だと思うはずだ。
『色んなことを、ぜんぶ、受け止めないといけないって思って』
昨日、シェルが言ったのも、きっとそういう意味だろう。目の前で起きたことや、世界のどこかで起きたことを、ありのまま飲み込んで、悲しみも苦しみも自分の中に取り込む。思い返せば彼は、めったに取り乱さない人だった。それこそ空のように、端が見えないほど広い器を持っていて、どんな事実でも問題なくそこに収められたのだろう。
その空が、ついに曇ってしまった。
そういうことかもしれない。
シェルは目元を擦り、壁に背中を預けてそのまま動かなくなった。目を閉じているが、眠っているというよりは機能を止めているように思える。ロンガと大差ない小柄な体躯のなかで、破裂しそうなほどの悲しみがひしめいている様子が見えるようだった。
その心の中に飛び込んで、悲しみをひとつひとつ、掃除してやれたら良いのに。どれだけ長い時間を一緒に過ごしたって、やっぱりロンガとシェルは他人で、彼の心に触れられる手段はごく限られている。
「……ソル」
その、数少ないひとつの手段である、言葉は――彼にとって、救いになれるだろうか。ロンガが声をかけると、シェルは小さく身じろいで目を開けた。
「なあ――もし苦しいなら、忘れてしまってもいいと思うんだ」
「ダメだよ、そんなの」
案の定、彼は首を振る。
「ここで起きたことを覚えてるのは、ぼくしかいないんだ。今だって、少しずつ記憶がこぼれ落ちてる感じがするけど……それでも、ぼくが覚えてなかったら、死んじゃった人たちが、ほんとうに全部、消えちゃうから」
「うん、そう言うと思ったよ」
ロンガが頷くと、シェルは少し不満そうな顔をした。じゃあ何で聞いたの、とでも言いたげな、なかなかに珍しい表情だった。その眼差しを受け止めて「だからね」とロンガは言葉を続ける。
「だから、ソル――代わりに私が覚えておくのはどうだ。不確かでも、纏まってなくても良いから、覚えていることを、全部私に話してほしい。受け止める準備ができたときに、もう一度、教えるよ」
「ありがとう――でも、やっぱりダメ。ごめんね、心配かけちゃってるんだよね。でもね、例えばさ、心臓が溶けてなくなっちゃったみたいに痛い、この感じを……言葉にして、ルナに伝わる? 空気が金属の塊みたいに重たくて、肩が砕けそうに痛いのが、分かる?」
「それは……」
「友達だった人の顔とか、喋り方の癖とかを、言葉で説明すれば伝えられる?」
「ごめん。想像できない」
「うん、あの、責めてるわけじゃなくて――そういうのまで含めて、きっと、死んでいった人の声なんだ。飲み込めるまで、ずっと抱えておくしかないんだ。無性に地上に行きたいのも、きっと、ぼくじゃない誰かの祈りなんだと思う」
「そうか……」
ロンガが曖昧に言葉を濁すと、シェルは頷いた。
どんな大きな苦しみだろうと受け止める、そう彼が言っているのなら、ロンガにできることは何もないのかもしれない。
だけど、このハイバネイト・シティ最下層で起きたのだろう、幾つともしれない死を全て抱え込んでしまったら、本来の彼はどこに行くのだろう。死んでしまった仲間を心の中で生かし続ける代わりに、彼自身が消えてしまうような――そんな嫌な予感がして、ロンガは額を押さえた。
右眼の視界は無意味に揺らめいている。だけど、いくら力を込めて見つめても、シェルの行く末は見えないのだ。
未来が見える、エリザから継いだ目。
でも、大切な人の未来が見えないのなら、それが何の役に立つというのだろう。
*
翌朝、見つけたシャワールームで身体を洗い流した。温度調整のやり方が分からず、冷水しか使えなかったが、地上と違ってハイバネイト・シティ内部は20度前後の気温に保たれているので、どうにか我慢できた。
着替えがなくなったので、部屋を漁っていて見つけた適当な服装に着替える。居室に戻り、シャワールームが空いたことをシェルに伝えて交代する。一人きりになった居室で荷物を整理していると、ふと、寝台に彼のイヤリングが落ちていることに気がついた。血で汚れ、光沢を失ったイヤリングを、湿気の残るタオルを使って拭いてみる。いくらもしないうちに、イヤリングは元の金色を取り戻した。
「……良かった」
ほっと息を吐いて、ロンガは自分自身のイヤリングを外し、手のひらの上に太陽と月を並べてみた。堂々とした金色に煌めく太陽、さりげない銀色を跳ね返す月。今はもう、彼も自分もあの頃の名前ではないけれど、だからといって捨てられるようなものではない。
この一対のイヤリングは、名前も立場も昔とは変わってしまった自分たちを、あの頃の2人と繋ぐ、唯一と言っても良い存在だからだ。
「ソル、獄中にいたって言ってたっけ……よく、奪われなかったな」
牢獄グラス・ノワールについて詳しいことは知らないが、それが余計な装飾品と見なされれば、看守に取り上げられるのではないだろうか。そうでなくても、余裕はなかっただろう2年間の獄中生活の中で、シェルが太陽のイヤリングを守り続けたことを思うと、つい嬉しくなってしまった。
綺麗になったイヤリングを見たらどんな反応をするだろうと想像しながら、しばらく彼の帰りを待ったが、30分ほど経ち、少し遅いのではないかと思い始めた。
心配になり、シャワールームの前まで行くと、水の流れる音が聞こえてきた。
扉を手で叩き、声をかける。
「ソル? 大丈夫か」
もし室内で気でも失っていたら大変だ。血の気が引いていくのを感じたが、幸いにして返事はあった。ルナ、と細い声が応じる。シェルの声が聞こえた位置が低かったので、彼が扉にもたれるようにして座っているのだろうと推測できた。その高さに合わせるため、自分も腰を下ろしながら、大丈夫か、ともう一度尋ねる。
「ごめん、無事だから――部屋で待っていて」
「平気なら良いんだけど。何かあったか」
「……血の匂いがね、肌に染みこんじゃって。洗っても落ちないんだ、擦れば擦るほど、刷り込んじゃって」
「匂いか……」
たしかに彼は、血で汚れた服をしばらく着続けていたから、少しは匂いがついているかもしれない。とはいえ、気にするほどではないと思うのだが、おそらくロンガの客観的な意見とは無関係に気になるのだろう。
ふう、と息を吐き出して、ロンガは部屋から持ってきた携行食に口を付けた。
「分かった。ここで待っているよ」
「え、いや――部屋にいてよ。悪いから」
「そうは言っても、帰ってこないと心配になるんだよ。私はここでゆっくり朝食を食べるから、気にしないでくれ」
「……ルナ、ずるいなぁ」
ぽつりと呟いた声には、ほんの少しだけ昔の彼の面影が残っていた。
「気にしないでって言われて、気にせずにいられると思う?」
その声と同時に、絶え間なく聞こえていた流水音が途絶える。しずくが床に落ちる、ぽたりぽたりという音に混じって、布が擦れ合う音が聞こえた。いくらもしないうちに扉が開いて、シェルが顔を出す。冷水を浴びていたからか顔は真っ白で、長い髪からまだ水が滴り、シャツの生地に染みている。
彼は扉の横に腰を下ろしていたロンガを見下ろして、少し呆れたようにも見える顔で「ホントに待ってたんだ」と呟いた。食べ終わった携行食の包み紙を潰して、ロンガは笑ってみせる。
「嘘はつかないからな」
「……それ自体が嘘じゃん。とんでもない嘘ついたの、言っとくけど、忘れてないからね」
「ごめん。もうしないよ」
ロンガが素直に認めて頭を下げると、シェルは小さく頷く。
通路を歩く帰り際、ふと思い出して、ロンガはポケットに収めていたイヤリングを彼に手渡した。彼は「ああ」と呟いて、垂れ下がる長い髪を億劫そうに背中に流し、右耳にイヤリングを付ける。
「綺麗にしてくれたんだ。ありがとう」
「まあ、拭いただけだけど」
「……血のにおい、しないね」
「ソルだってしないよ」
ロンガがさりげなく口に出してみると、シェルは意外そうに目を見開いて「そう」とだけ答えた。シャツの襟元から見える背筋が、引っかいたような無数の傷に覆われて腫れている。シャワールームで躍起になって皮膚を擦った痕だろう、いくつかの傷からは血が滲んでいた。
痛々しいけど、身体の組織は再生するようにできているから、その傷はいつか治る。だけど心に刻み込まれた傷は、帰ってこないものを想うがゆえの痛みなのだから、もしかしたら一生治らないのではないか。忘れることも、痛みを和らげることも良しとせず、辛い記憶を背負い続けることは――本当に、最善の選択なのか。
今のシェルは一応、正気を保っているように見えるし、最低限の生活はできるようだ。とはいえ、未だに食事もほとんど受け付けず、目元は黒ずみ、顔は痩せて頬骨が浮き上がっている。本来の彼に戻ったとは言い難い。
やはり、一刻も早くここを離れるべきだな、とロンガは思った。
惨劇の痕跡が、ここには色濃く残りすぎている。もちろん、そこから目を逸らすことはシェルの本望ではないはずだが。通路に出るたびに死体の顔を拝み、床の血痕を避けて歩くような環境では、シェルが本来覚えていたかった、彼らの生前の顔まで記憶から薄れてしまうだろう。彼が正しく悲しみを受け入れるためには、ここから距離を置くことも必要なのではないか。
地上に向かおう。
太陽が照らし月が見守る、2人の故郷へ。
「しかし――上に向かうのか」
そう決めると今度は、手段が問題になってくる。少なくともロンガがここにやってきた当時、上下に移動する唯一の手段であるらしい昇降装置は停止していた。降りてきたときに利用したワイヤーが残っていれば、中間層までは登れるが、そこから先の手段がない。銃を持った連中の徘徊している中間層まで行ってから路頭に迷うのは、あまりに危険だ。ここにいるうちに、計画を立てておく必要があった。
「ハイバネイト・シティ内に、昇降装置以外の非常通路とか、ないか?」
居室に戻り、髪を結いながらシェルに尋ねると「あるよ」と彼は答えた。
「人が移動するためじゃなくて、荷物を運搬するためのルートだけど」
「使えるなら、何でもいいよ。それは地上まで通じているのか?」
「えっと――詳しい構造は、ごめん、分かんない。コアルームに行こうか、そこで地図を閲覧できるはずだから」
「コアルーム?」
シェルが頷き、先に立って通路を歩いて行った。床に広がった血痕を避けて、ふと、そこにあったはずの死体がなくなっていることに気がつく。先を行くシェルに気がつかれないよう、歩く速度は緩めないまま、ロンガは静かに通路を見回した。記憶のなかの映像と比較すると、通路に転がっている死体の数は、数日前に立ち入ったときに比べて明らかに減少していた。
背筋を冷たいものが駆け上がる。
死体が独りでに動いた――いや、あり得ない。マダム・カシェのように、ロンガたち以外にもこの層に残っている人がいて、彼らが死体を動かした? いや、人が動かしたにしては、痕跡が残っていなすぎる。血痕が引きずられた様子すらない。
その答えは、偶然にも数分後に得られた。
ガシャン、と硬質な機械音がして、ロンガは思わず立ち竦んだ。無言で歩いていたシェルが跳ねるように顔を上げて、音の聞こえた方角、斜め後ろに顔を向ける。彼の後に続いて、ロンガが視線を動かすと、金属の壁の一部が横にスライドして開くのが分かった。
その中から、奇妙な形の金属が現れる。まるで巨大な指のように動いて伸び、ゆっくりと通路の奥に向かった。
「何だ……あれは?」
ロンガは暗闇に目を凝らして、金属の腕が向かった先を見た。しばらく伸び続けたそれは、途中から逆向きに動き、その先端に何かを掴んで戻ってきた。だらりとぶら下がる黒い影の正体を理解して、内臓を突き上げる吐き気に口元を抑えた瞬間、背後でどさりと音がした。
「ソル?」
慌てて振り返る。
地面に膝を付いた彼は、真っ青な顔をしていた。眼球がこぼれ落ちそうなほど開いた目の端から、涙が一筋落ちる。ロンガが肩をつかむと、彼はこちらに崩れ落ちた。粗くなった呼吸の間に、思い出した、と呟いた。
「連れて行ったんだ。みんな、あいつらが――」
「あれ……死体を回収する、システムか」
指の黒ずみはじめた死体が高く持ち上げられ、壁に空いた穴に飲み込まれていく様子を、ロンガは吐き気を堪えながら見つめた。爪先までが壁に飲み込まれ、金属パネルがスライドすると、通路はもとの静寂に戻る。
シェルは頭を抱えて、涙混じりの声で叫んだ。
「そうだよ。地上に、地上に行こうって言ったんだ! ぼくは、そのお願いを叶えたかった! なのに、あれが連れてっちゃったんだ」
「地上に――」
シェルが、誰かに操られたように地上を目指す理由はそれなのか。ロンガは息を詰めて、核心的な問いかけを発した。
「なあ、それは、誰の願いだ?」
「……サジェス君、だよ。ルナ」
彼はゆっくりと顔を上げて、乾いた唇で呟いた。
「今まで、自分がなんで生き残ったのか分からなくて……でも、今、思い出した。サジェス君がぼくを庇ってくれて、だから、ぼくは生きているんだね」




