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ラピスの再生論  作者: 織野 帆里
Ⅴ この手に太陽を
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chapitre59. 啓示の地

 2週間ほどかけて、リジェラをコラル・ルミエールで受け入れる準備が進められることになった、と翌日の朝食の席でアルシュが教えてくれた。もう決まったのだからさっさと移動してもらえば良いのに、とロンガが感じたのは現場を知らない人間の発想であるらしく、口に出した瞬間にアルシュに叱られた。


「それ、MDPの本部で言わないでね? 士気に関わる」

「……はい」


 鋭い眼光で睨みつけられて、ロンガがいつになく弱気な返事をすると、アルシュは「全くもう」と不出来な研修生を指導する講師のように苦笑した。今まで以上の忙しさに追われたためか、彼女の目元は黒ずんでいた。

 敵の一味を受け入れるという過去に例がない事態に遭遇して、MDPは創立以来の大混乱の中にあるらしい。かといってリジェラひとりにいつまでも構っている場合ではなく、昨晩またティアが水晶端末(クリステミナ)にメッセージを寄越した。


「今度はサン・パウロが標的らしい。何でも上水道が汚染されるとか」

「何でもありだなぁ……」


 アルシュが呻いて机に突っ伏した。もはや配電系統を乗っ取っただけでできる規模の攻撃ではないから、隠密に地上で行動している“ハイバネイターズ”の仲間がいるということだろう。しかしリジェラ以来“ハイバネイターズ”の目撃情報はなく、MDPも、他の地上の人間も、そこまで構っている余裕はなかった。


 ハーブティの水面を吹いて、フルルが顔を上げる。


「目で見て分かるようなものだと良いですけど、何かの菌をばらまかれるとかだと厄介ですね」

「お水って大事だから大変だね。それは、いつ予定されてるの?」

「遅くても明後日の朝、らしい」


 リヤンの疑問に答えると、その横でアルシュが口元を抑えて欠伸をした。頭がぐらぐらと揺れている。涙でかすんだ目を擦り、明後日ね、とうわごとのように呟く。


「アルシュ、流石に寝たらどうだ」

「そうですよ。本部には私から言っておきますから」


 フルルが同調したが、アルシュは首を振って立ち上がった。昨日から睡眠不足が続いているように思われるので心配だが、彼女が自分自身に課してしまった役割がある以上は動いていたいのだろう。あまり良い傾向とは思えなかったが、止めるのもはばかられた。


 外套を羽織って出て行ったアルシュを見送り、フルルが心配そうにため息をついた。彼女を追いかけるつもりなのだろう、マグカップの中身を飲み干してから立ち上がって靴紐を結び直す。


「あまり睡眠を削れるタイプの方ではないと思うんですが。研修生だった頃はどうでしたか?」

「まあ、人並みに寝ていたかな」

「ですよね。MDP創立後もそんな感じです」

「アルシュさん、大丈夫かなぁ」


 リヤンが表情を陰らせて、彼女が出て行った扉の方を眺める。つられてロンガもそちらに視線をやった。

 10年来の友人であるはずのアルシュが、やけに遠く感じられた。MDP総責任者になって三百人の同胞を束ねていると聞いても、友人は友人のままだと思っていたのに、今は、それ以上の距離を感じていた。

 昨日MDP本部に顔を出したことで、アルシュの苦境は間接的ながら感じ取れていた。地下と和平を結ぼうとする彼女の考え方は、おそらくMDP全体から見ると少数派で、総責任者を名乗るアルシュといえども簡単には意見を押し通せないのだろう。


 それは、議論の場としてはとても健全なこと、のはずなのだが。


 MDP構成員たちの意見の流れには、ロンガもどことなく危機感を覚えていた。最初から対話を諦めてしまい、実力でねじ伏せようとする姿勢。先に向こうから仕掛けてきたのだから、こちらは何をしても許されるという感覚。“ハイバネイターズ”の側にも言い分があるはずなのに、そこから目を逸らしているか、あるいは見えてすらいない。一方的な押し付け合いに相互理解はなく、片方を踏みつけることで勝利を宣言する非対称性しか生まれない。強者を勝者とする方程式しか成立し得ない。


 どうしてだろう。


 そんなにラピス市民は愚かじゃないはずだ。リジェラたち“地底の民”が、その存在すら今まで理解されていなかったものだとは言え、誰がどう見ても紛れもなく人間なのに、そう理解することすら拒絶しているように見える。


 それは、彼らが言葉を介さないから?

 得体の知れない技術を持っているから?


 きっと違う、と思う。

 地上の人間はみんな不安で、みんな怒っているんだ。そうだ、こんなに冷静でいられるつもりのロンガだって、もしバレンシアの火災で第43宿舎の誰かが亡くなっていたら、果たしてリジェラに掴みかからずにいられただろうか。大切な人たちがまだ被害に遭っていなくて、そうと知っているから怒らずにいられる。それだけだ。


 情報。

 そして安心。


 今もっとも足りなくて、もっとも必要なものだ。しかし、どうすれば手に入るのか、それが分からなかった。

 

 *


 真円だった月が欠けていき、昼間の空に細い下弦の月が浮かび上がる10月(オクトブル)の終わり、リジェラの住居がMDP本部からコラル・ルミエールの教堂に移されることになった。ロンガが護送に同行するというと、特に予定がなかったらしいリヤンもついてきた。

 一応部外者なのでMDP本部には入らないようにと頼まれ、2人は本部の扉の前でしばらく待たされた。昨夜も雪が降って、湿った冷たい空気が地面近くに漂っていた。立ち尽くす足元から体温が奪われていく。


「もう何度も立ち入っているんだから、せめて室内に入れてくれてもいいのにな」


 寒空の下で待たされて、自然と恨みがましい口調になってしまう。横をちらりと見ると、リヤンは誰が見ても分かる浮き足だった表情で、手袋に包まれた指をそわそわと動かしていた。憧れの唱歌団(コラル)の面々に会えるのが楽しみで仕方ないのだろう。その微笑ましい表情を見ていると心が暖かくなって、少し待たされる程度のことはどうでもいいような気がしてきた。


 十数分後、3人の付き添いと共にリジェラが出てきた。サイズの合っていない外套を羽織っており、手錠で手首を繋がれている。ロンガと目が合うと、リジェラは小さく口の端を持ち上げてみせた。頬の腫れはかなり引いたようだが、まだ痕が残っていた。彼女らの後ろからアルシュが出てきて、扉を施錠してから一行を見回して「行こう」と言った。


「総責任者直々に出向くのか」


 アルシュが同行するとは聞かされていなかったロンガが、小声で話しかけると彼女は苦笑を浮かべた。


「やっぱり最初はね。形式的と言われればそれまでだけど」

「ふぅん、そういうものか……」


 そういったバランス感覚は、開発部出身のロンガにはあまり身についていないものだった。ただ、忙しそうなアルシュがさらに仕事を背負い込んでいるのが心配だった。最近はさらに忙しさを増したようで、並行して進むいくつもの仕事に追われた結果、睡眠時間は減った上に不規則になり、従者であるフルルとも別行動が増えたようだ。いつか本当に倒れてしまうのではないだろうか。明らかに肉の落ちた横顔を眺めていると不安になってしまう。


 しばらく歩いて、コラル・ルミエールの教堂に辿りついた。扉の前でアックスが待っていて、MDP一行の姿を捉えると大きな身体を丸めてお辞儀をした。

 コラル・ルミエールでリジェラを迎え入れるにあたって、実際に色々支度やら相談をしなければならなかった。その際に、唱歌団(コラル)側の窓口になってくれたのがアックスだった。ルージュやロマンよりは幾分か年長である彼は、いざ一緒に仕事をしてみるととても頼れる人間で、子供たちに散々振り回されていたのは何だったんだと言いたくなった。


 アックスは下げていた頭を上げて、リジェラに温厚なまなざしを向けた。リジェラはどんな表情を取るべきか戸惑っているように見える。アックスは彼女の前に右の手のひらを差し出して、静かに息を吸った。


『初めまして、リジェラ。アックス・サン・パウロです』


 ラピスの公用語ではなく、リジェラの使う異言語で語りかける。ここ十日ほどで練習してくれたのだろうか、ロンガよりも洗練されて聞き取りやすい発音だった。小さく息を呑んだリジェラが、ややあって微笑んだ。拘束されて不自由な右手を差し出し、アックスの手のひらを握り返す。


『リジェラです。よろしく、アックス』


 教堂入り口の小部屋で、しばらく申し送りがあった。リジェラの待遇は複雑だ。現状では敵と見なされる“ハイバネイターズ”の一員だが、こちらに敵意を向ける様子はなく、また彼女を不当に傷つければどんな報復があるか分かったものではない。そういう「今分かっていること」「分からないこと」を色々な立場の人間がすり合わせて、予測される事態に対しどんな方針で対処するかについて納得のいく決定を下すために2週間が必要だったのだ。

 もちろんアックスもその議論に参加しているから、今ここで申し送られるのはほとんど知っていることの反復だが。


「――なんで知ってることを確認してるんだ、って思ってるでしょ?」


 部屋の壁にもたれたロンガがそんなことを考えていたら、横から図星を指された。隣に立っているアルシュが小声で話しかけてきたのだ。


「表情に出てたか?」

「ロンガは分かりやすいよ」


 アルシュは苦笑して、話し合うアックスたちの邪魔にならないよう声量を抑える。自分はそんなに分かりやすいのか、とロンガは頬をひっかく。どちらかというと表情に乏しいほうだと思っているのだが。


 あのね、とアルシュが口角を上げる。


「ひとつは、言った言ってないの喧嘩にならないように、最終的な決定案を共有する場所を設けることが目的。もうひとつは心の問題」

「あぁ、まあ前者は分かるけど。後者はどういう意味だ?」

「文章をピリオドで区切ったり、街に名前を付けたり、食事の前に祈りを捧げるようなものかな。形式ばった儀式をすることで、連続的なものに節目を与える。大きな変革にはそれが必要だと、私は思う」

「節目ね……」

「まあ、面倒ではあるよね」


 アルシュは小さく肩を竦めてみせた。

 ロンガは視線をテーブルで話し合っているアックスたちに移し、その表情を眺めてみた。MDP側から3人、コラル・ルミエールからアックスを含んで3人が同席し、テーブルの左右に分かれて座っている。資料を一つ一つ指でたどり、読み上げて確認する。ふと気付くと、最初の会議に出席していたときに比べて、アックスの表情はずいぶんと落ち着いたものになっていた。やがて一連の確認が終わったらしく、彼らは席を立ってしっかりと握手をする。


「では、よろしくお願いいたします」

「はい。お任せ下さい」

「何かあればすぐにご相談を」

「勿論です。引き続きお世話になります」


 きりっと引き締まった顔で頷き合って視線を交わす。彼らの表情を見ていると、無意味としか思えなかった申し送りの意味がロンガにも分かった。まだ誰も知らない境地に飛び込むときに決意を固めるための節目というものが、たしかに、必要なこともあるようだ。


 立ち上がったアックスが、「では」と言ってリジェラの拘束を解除する。


 手首を繋いでいた金属の輪が外され、自由になった細い手首をリジェラは軽く振った。コラル・ルミエール側が強く求め、MDP側が迷いながらも認めた条件のひとつが、リジェラをコラル・ルミエールの一団員として迎え入れることだった。それはつまり、手錠で繋がれた捕虜の立場ではなく、対等な仲間と見なすことを意味する。


「共存。その姿勢を示すためにも、私は賛成する」


 そう言ってアルシュは肯定派に立ったが、議論は荒れに荒れた。リジェラが今のところ敵意を示さないことが、地上ラピスに致命的な一撃を加えるための演技でないとも言い切れない。しかし、リジェラを迎え入れる側のコラル・ルミエールが拘束解除を提案してきたことが結局は効いて、議論はひとまずの終着を見せた。


『では、こちらへ』


 アックスが言って、リジェラを教堂の扉の前に(いざな)う。コラル・ルミエール側の人間がその左右に立ち、MDP側の人間は一歩引いた場所で彼らを見守った。どちらの団体にも属していないロンガとリヤンは、とりあえずMDPに(なら)っておく。


 重たい扉がゆっくりと開き、美しい装飾をされた教堂内部がその向こうに見える。今日は数日ぶりの晴天で、南中した太陽光をまっすぐに受け、ステンドグラスが華やかに室内を彩る。扉がすっかり開かれると、アックスは一歩踏み入れて振り向き、リジェラに手を差し出した。


 その瞳が当惑に見開かれた。


『リジェラ?』


 アックスが呼びかけるが、リジェラは凍りついたように動かない。分厚い外套に覆われた背中が小さく震えたように見えた。「何かあったのかな」とリヤンが小声で聞いてくる。ロンガは自分が口を出すべきか躊躇(ためら)ったが、リジェラの隣に歩み寄ってその顔を覗き込んでみた。


『大丈夫ですか? リジェラ』

『あ、あぁ、ロンガ――』


 息を呑む。リジェラは泣いていた。


 大きく見開いた瞳から、いくつも涙がこぼれ落ちる。ぎゅっと寄せた眉根に皺が寄っていて、日焼けしていない白い顔が紅潮していた。リジェラは口元を抑えて、よろめくように膝を付き、胸の前で指を組んだ。感情があふれ出して歪んだ唇から、絞り出すように言葉を紡ぐ。


教会(チャーチ)……まだ、まだあったなんて』


 どういうことですか、とアックスが肩を叩いて小声で聞いてきた。ロンガにもリジェラが突然泣き出した理由が分からず、首を振ってみせる。リジェラが涙に濡れた目元を拭い、真っ赤になった目を上げた。


教会(チャーチ)よ。400年の昔、真祖エリザが祈ってD・フライヤの啓示を受けた場所』


「……エリザ? 祈り?」


 聞き覚えのある言葉を思わず繰り返すと、途方に暮れた表情のアックスとコラル・ルミエールの団員たちがこちらを見ていた。


 *


 MDPの構成員たちは心配そうな顔をしつつも、次の仕事があるらしく本部に帰っていった。リヤンは気になる素振りを見せていたが、彼女はリジェラの言葉を全く理解できないので残っていても話について行けない。ロンガが諭したのではなくてリヤン自身がそう判断し、手を振って帰って行った。最後に「後で連絡してね」という言葉と共にアルシュが外套のすそを翻し、構成員たちの後を追いかけた。


 ひとり連絡役として残されたロンガは、去って行く彼らを見送った。


 MDPに協力しているが正式な構成員ではないために比較的暇であるというロンガの身分が、最近どうも都合良く利用されている気がする――どんな形だろうがアルシュの手伝いをできるのだから、全く構わないのだが。


 寒風の吹き付ける屋外から教堂に入り、少し落ち着いたらしいリジェラの隣に座った。ふたつ前の席に腰掛けたアックスが、身体を後ろにねじってリジェラに視線を向ける。リジェラは、コラル・ルミエールの誰かが出してくれたらしい紅茶のマグカップを両手で包み込んでいる。


『……取り乱してごめんなさい。私たちは、真祖エリザの名の下に行動している。この建物は、彼女の伝承に出てくる教会(チヤーチ)というものによく似ているの』

『詳しく聞いても? 不都合でなければですが――』


 アックスの言葉に、リジェラは頷いた。湯気の立つ薫り高い紅茶を一口飲んで、その暖かさに強ばった頬を緩める。


『真祖エリザ。“ハイバネイターズ”の生活する地下施設の、なかでも最深部で眠っている女性の名前』


 リジェラは、ロンガと話すときよりも多少早口で話した。アックスのほうが異言語が上手いから、おそらく彼に合わせて自然と流暢になるのだろう。ロンガは耳に集中し、リジェラの話を聞き逃さないように努めた。


 エリザが眠る部屋。


 それはおそらく2年前、マダム・カシェと対面したときに辿りついたあの部屋のことだろう。広大な円柱形にくり抜かれた形状で、中央にある小高いステージにベッドがあり、そこにエリザが眠っていた。


『それは、巨大な水晶がある部屋ですか?』


 しかし、ロンガが割り込んでそう尋ねると、リジェラはきょとんとした顔で首を振った。


『え? いや、ないよ。ただ真祖が眠っているだけ』

『……そうですか』


 意外な答えだった。しかし、同じ場所のことを話していることは間違いないようなので、ここ2年で撤去されたのかもしれない。会話の流れを止めてしまったことに気がつき、ロンガは手のひらを上に向けて『ごめんなさい。続きをどうぞ』と微笑んだ。


『真祖は400年前から眠っていると伝えられている。つまり、新都ラピスが成立する前から、ということね。そして、ラピス市民の幸福を祈り続けていると』


 それはきっと嘘だ。


 エリザは時空間異常に飲み込まれて旧世界からラピスにやってきて、ムシュ・ラムと恋をしてロンガを産み、病気をしたために生命凍結の処置を受けて眠りについたのだ。たった10年前の話なのに、それを400年の眠りとはずいぶん大きく出たものだ。


 だが、リジェラの言うことを間違いだと断じる気にもならなかった。地底ラピスで地上への報復を目論む“ハイバネイターズ”は、エリザが400年間眠っているという伝承をすり込まれて信じているのだろう。リジェラが真実だと確信していることを、一刀両断に切り捨ててしまうのは、何というかあまりにも傲慢だ。


『総代が言ったの。現在のラピスは(いびつ)だ、私たちを地底に閉じ込めて一生働かせている、それを真祖エリザはきっと望んでいない――と』

『総代というのは?』

『“ハイバネイターズ”の代表者という感じかな。元は地上の人間なんだけど、私たちの仲間になると約束してくれた。優しく賢い人で、私に名前をくれたの、でも』


 リジェラは表情を曇らせた。


『私たちにも太陽の光を浴びる権利があると言ってくれた、その輝かしい正義がどうして、こんな闘いに発展したのか、私は分からない。最初はすごく嬉しかったよ。もっと自由で楽しい暮らしがあるって言われて、みんな歓喜したのに、何だか最近は怖いの。貴方たち地上の人間なんて殺してしまえばいいって吐き捨てる仲間もいた。多分、私も地下に戻れば殺される――と思う』


「……なるほど」


 ロンガは小さく呟いて足を組んだ。多分、その総代という人は集団の力を見誤ったのだ。大規模な集団では、よほど気をつけていないと同調作用が働く。磁石に触れたただの金属が磁力を持つように、ひとつのベクトルに揃おうとするのだ。教化のためにエリザを神格化したらしいことも、もしかしたら暴走に一役買っているかもしれない。絶対的な正義があればあるほど集団はまとめやすいが、それゆえに総代の意思とは違うところに集団が向かうと、もう止められなくなったのだろう。


 何か書き付けていたアックスが顔を上げて、では、と切り出した。


『当分はここで過ごしたい、ということで問題ありませんか?』

『あぁ、ええ。勿論です、でも何だか、本当に良いのかしらという感じ。真祖ゆかりの地で過ごすなんて身に余るわ』

『そういえば、誰かの啓示を受けたと言っていましたね』

『ええ、(ディメンシヨン)・フライヤの啓示。400年前にまだ少女だった真祖が、教会(チヤーチ)で果てなき祈りの末に辿りついた啓示よ。D・フライヤはその証として真祖に白銀の瞳を授けたと、そう伝承されている』

『白銀色の瞳。それは何ですか?』

『未来を見通すと言われているわ。また、真祖の周囲にいた7人の人間が彼女の眼の力を利用したとも』

『にわかには信じがたい話ですね。でも、ええ、理解しました』


 アックスが苦笑してみせる。

 ロンガは足を組み替えて、彼らに見えないような角度で眼帯に覆われた右眼に手を当てた。次元飛翔体ディメンシヨン・フライヤ。それに未来を見通す白銀色の瞳、祈りといういくつかのキーワードも共通している。ほぼ間違いなくビヨンドのことだろう。


「あの子がまだ、ほんの子どもだった頃に、それはそれは美しい祈りが届いてね。僕たちはその美しさに感動して、彼女に目を捧げたのさ。純白で清潔で、崇高で善なる祈りが、ああ――今から思い出しても、あんな素敵な、歌のような祈りを捧げられる人はいないのだろうな」


 夢の中でビヨンドが言っていたことを思い出して、思わず顔をしかめる。非常に気持ち悪い言い回しをする奴だが、その内容はリジェラが言っていたことと見事に合致する。多少脚色されたり改変されているが、伝承の大筋は真実だと捉えても良いようだ。ビヨンドの存在と性質を正確に認識しているぶん、地上ラピスの人間が信じる歴史より正確であるとすら言える。


 そう仮定すると、今リジェラが語った内容は、地底ラピスで語られる神話は、ロンガすら知らないエリザの物語なのか。ざわりと胸が躍った。もっと知りたい、という好奇心がうるさいほどに高まり、身体の中で反響して鳴り渡った。

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