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ラピスの再生論  作者: 織野 帆里
Ⅴ この手に太陽を
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chapitre49. その手を取るために

「マダム・アルシュの相方(パサジェ)を殺した少年、ですか」


 フルルが口元を抑えて言った。


「よくMDP(メトル・デ・ポルティ)に協力を仰ぐ気になれたものですね。ああ、いえ嫌味とかではなく――純粋に、自分のことを恨んでいる相手の前に出てこられる勇気がすごいなと」

「リヤンが説得してくれたからな」


 なあ、と同意を求めるようにリヤンに顔を向けると、「言わないでよ」とリヤンは唇を尖らせた。それから不安げに視線を滑らせる。


「ねえ、あたし、合ってたかな。やっぱり、隠しておいた方が良かったと思う?」

「分からないけど……少なくとも、ティアがアルシュに謝るなら、これが最後の機会だったと思う。あとはアルシュが塞ぎ込まないことを祈るばかりだ」

「きっと、大丈夫だと思います」


 フルルが明るく笑って見せた。リヤンの肩に、励ますように手を置く。


「マダム・アルシュは確かに少し、気弱なところがあります。でも、自らに使命を課すことで誰よりも強くなれる人です。だから、大丈夫。――ね」


 言葉の最後はリヤンに向けたようだ。いつの間にか、2人の間に交わされる言葉は気を遣わない、フランクな口調になっている。こうして見ると年齢の近い者は仲良くなるのが早いな、とロンガは4つ年下の2人を眺めて感心した。


 励まされたリヤンは目を丸く見開いた。


「気弱な人――本当に? とても、そうは見えない」

「心の弱さと強さをどちらも兼ね備えた人だよ。そういう意味では、MDPの総責任者に誰よりも相応しい」


 アルシュはこの少女にずいぶん信頼されているようだ。ロンガは2人の話を背後で聞きながら、お茶を入れようとキッチンに向かった。カセットコンロで湯を沸かして、ハーブティーを入れる。ドライハーブは、第43宿舎にいたときのかつての同居人、サテリットが手土産にくれたものだ。天井まで広がる匂いを楽しみながら、手持ち無沙汰になって壁にもたれた。


 談話室から2人の話し声が聞こえてくる。


 アルシュの従者であるフルル・スーチェンについて、ロンガはまだ詳しいことを知らない。知っているのはもともと軍部の研修生だったこと、メトル・デ・ポルティの方針に共鳴し、今はMDP(メトル・デ・ポルティ)総責任者であるアルシュの護衛と世話を買って出ている、ということくらいだ。

 加えてフルルから窺える気質は、苦しそうなほどの正義感の強さ、そして信じたものに対する絶対的な信頼だ。軍部の研修生という「役割」を与えられている時点で、多かれ少なかれ似たような気質を持っているものだが、フルルはそれらの典型的な特徴をとくに強く示している。


 フルルは自分の主人、アルシュのことを「自分に使命を課すことで強くなれる人」と形容したが、おそらくフルルも同じだろう。そういう意味では、強制的に「役割」を割り当てる、ラピスのかつてのシステムと相性が良かった人たちと言える。


 ロンガはふと、MDP(メトル・デ・ポルティ)がどのようなラピスの再建を思い描いているのか、それを想像した。


 統一機関の権威が失墜し、辛うじて再建されつつあった秩序も再び“ハイバネイターズ”に打ち砕かれようとしている今、ラピス市民はそれを問われている。さまざまな太さのリンクによって結びついていたラピスという共同体は、8万個のピースにまで分割された。ここから一体どこへ向かうのか。あるいはこのまま滅びていくのか。


 それを左右する最初の一歩が、ティアとアルシュが和解できるかに賭けられている。と言ったら大袈裟だろうか、と思案しながら、ロンガはトレイを持って談話室に戻った。


「これ、うちのハーブ?」


 マグカップに口を付けて何気なく問いかけたリヤンが、苦いものでも噛んだように頬を引きつらせた。口をついて出た「うちの」という表現で、かつての同居人たちのことを嫌でも思い出したのだろうか。


「うちの、というと?」

「向こうを出るときにもらった手土産なんだ」


 不思議そうに眉を釣り上げたフルルに説明してみせる。一度乾かしたからか少し風味が異なるが、そのなかにも親しみ深い味が広がっていて、そのためか、談話室が懐かしい宿舎の大部屋(サロン)と一瞬重なって見えた。胸の辺りに、じわりと暖かいものが広がる。


 不意に、宿舎を発つ直前に言われたことを思い出した。

 

 愛し合う2人が堂々とそれを言えるように。

 野生(ソヴァージユ)の生まれを持つ人間が大手を振って暮らせるように。――どうか頼むよ。


 ()()ったつもりだった。


 そうあってほしいし、それが可能だとも思った。だがそれを実現するためには、具体的に何が必要なのだろう。「役割」を廃止し、「役割」ありきの人間生産を止めるだけでは不足なのだ。一人ひとりに割り当てられた「役割」があり、さらに地下の民に労働を強いて、ようやくラピスは形を保っていたのだから。

 ラピスが都市として、人類を包含する社会として存続しつつも、人間を直接的に管理しない――そんな絵空事のような未来は、ソレイユと2人で思い描いた理想は、理想でしかないのだろうか。


 気がずしんと重くなり、ロンガは気を紛らわすようにハーブティーに口を付けた。談話室では相変わらず、同い年の2人が会話を続けている。主人の安否が心配なのか、フルルの口調はどこか沈んでいた。


 夜も更けていた。


 ロンガが霞んだ目をこすってカップの中身を飲み干すと、扉の開く音が聞こえた。それを聞いてロンガが立ち上がり、廊下に出ると、ちょうど階段を降りてきたティアと出くわした。目を真っ赤に腫らせたティアは、ロンガの顔を見て、強ばった表情を少し緩ませた。両の目尻から涙が筋を描いて、丸みを帯びた頬を流れ落ちる。ロンガは廊下に膝を付き、自分より頭ひとつぶん以上小柄なティアと視線を合わせた。


「――ロンガさん。って、今は言うんですね」


 ティアは濡れた目元を擦って、僅かながらも笑みを浮かべて見せた。


「教えてもらいました」

「その調子だと、アルシュと話せたのか?」

「ええ」


 アルシュの前を立ち去るまで堪えていたのだろうか、ティアの目から拭う手が間に合わないほど大粒の涙がこぼれ落ちる。外套の裾でざっくりと顔を拭って、ティアは自分を落ち着けるように、首を小刻みに左右に振った。涙のあとが残る頬に、まだ10歳過ぎとは思えないほど落ち着いた表情を浮かべる。


「――話は聞いていただけたので、あとはMDPとロンガさんたちの判断に委ねたいとお伝えしました。僕はもう時間がないので、行きます」

「地下に戻るのか。どこかに出入り口が?」

「僕でないと通れないような場所ですけど、あります。そこから荷物運搬用のトロッコに乗って、仲間に拾ってもらいます」


 暗闇に紛れていく、暗い色の外套をまとったティアの後ろ姿を、ロンガは見えなくなるまで見送った。話を聞く限りでは、地下組織のなかに仲間がいないわけでもないらしい。だが彼ひとりに交渉を任せている辺り、あまり余裕はないのだろう。


「――上手くやってくれよ」


 ティアが消えていった方に小声で呼びかけた。


 玄関の扉を施錠して、仮眠室に向かう。いつもはまとめている髪を下ろしたまま、ベッドに腰掛けたアルシュが真剣に何かを書き付けていた。廊下から部屋の様子を伺ったロンガに気付くと、「手伝って。2人も呼んで」と有無を言わさぬ口調で言った。


 アルシュが書いていたのは手紙だった。


「MDPの仲間に連絡する。――間に合えば良いのだけど」


 彼女が書いた1通を原本として、合計6通。ラピスにある街は7つだが、そのうちの一つであるハイデラバードにはMDPの構成員が配置されていないので連絡ができない。各都市に送るための最低数を、みんなで手分けして書き写す。


「――ちょっと待って。アルシュ、提案なんだが」


 ロンガはひとつ思いついたことがあり、アルシュを廊下に連れ出した。手のひらに指で文字を書いて、とある提案をすると、アルシュは喉を詰まらせたような表情をしたが、気が進まない顔のまま「そうだね」と頷いた。思いついたアイデアの実行はアルシュに任せ、ロンガは手紙を写す作業に戻った。


 書き付けた紙を持って屋上に出ると、アルシュは胸元からペンダントを引き出した。

 チェーンの先の、ペンダントトップの部分が笛になっている。ロンガはその形状に見覚えがあった。伝報局員が伝令鳥(ポルティ)を呼び集めるのに使う、人間の可聴音域を越えた音が鳴るホイッスルだ。


 アルシュが金属の吹き口を咥え、強く息を吹き込む。


 すると十数秒ののち、芥子粒のような鳥影が木々の彼方に現れた。それが引き金になったかのように、何十羽もの伝令鳥(ポルティ)が四方八方からこちらに飛んできた。満月を少し過ぎた月の照らす夜空を鋭く切り裂いて、彼らは主人の待ち受ける屋上に飛来し、止まり木に着陸する。


 MDPが直接管理している伝令鳥(ポルティ)は、地名の刻印された金色のリングを足につけている。4人は手分けして各都市に住んでいる伝令鳥(ポルティ)を一羽ずつ探しだし、それぞれの足に細く畳んだ手紙をくくりつけた。


 一連の作業が終わると、アルシュが再び笛を吹いた。


 何十羽もの伝令鳥(ポルティ)の中央に立ち、背筋を凜と伸ばして彼らに合図する。彼女の、その様子はなかなか様になっていた。十年来の旧友は今や伝令鳥(ポルティ)を、ひいてはラピスの情報網を(かしず)かせる伝令鳥の主人(メトル・デ・ポルティ)なのだ、と再び思い出すような光景だった。

 その間、ロンガたちは彼女を邪魔しないよう、屋上の端で見守っていた。鳥に限らず動物というのは繊細だ。自分たちがおかしな行動をすればせっかく躾けた伝令鳥(ポルティ)が混乱してしまう。


 合図のあと、一瞬の間を置いて伝令鳥(ポルティ)が一斉に飛び立った。


 鳥たちが七都の彼方へ去ると、先ほどまで羽ばたきの音であふれかえっていた屋上はすっかり静かになった。余韻を残すように抜け落ちた羽が散っている。ロンガは肩に落ちてきた一枚の羽を払いのける。


 フルルが笑顔を浮かべて言った。


「――これで、フィラデルフィアの災禍は回避できましたね」

「ええ。明日の朝にも住人分の防護マスクが届く」

「良かったぁ……」


 本当に安堵したのだろうと誰が見ても分かる、緩んだ頬でリヤンが微笑んだ。緊張が抜けたのか、ふわぁ、と欠伸をする。眠たそうな彼女の背に手をやって、フルルが「まだ屋上に残られますか?」とアルシュに声をかけた。

 振り返ったアルシュの表情は、ロンガからは影になっていて見えなかった。


「そうだね。戸締まりはするから、先に寝ていて」

「はい。お先に失礼します」


 がしゃり、と重たい音を立てて扉が閉められる。階下に降りていった2人を見送ってから、アルシュは柵にもたれて立っていたロンガに振り返った。肩にかかる髪を煩わしそうに払って、唇をまっすぐに引いた。ほとんど唇だけの動きでロンガに告げる。


「――フルルには気づかれたかも」

「そうか……」


 ロンガは目を伏せて自分のつま先を見つめた。今さらのように、罪悪感が強い痛みを伴って押し寄せたが、もう後には引けなかった。


 フィラデルフィアに明日の夕刻、有毒ガスが散布される。


 肌や粘膜に付着すると痛みを発すると同時に、激しい咳と涙を伴う炎症を起こす、いわゆる催涙ガスの類いだ。そこまでがティアが伝えてくれた情報である。それに対抗して、アルシュは軍部保有の防護マスクをフィラデルフィアに運び込むことで対応しようと考えた。

 その計画の実行自体には一点の問題もなかった。各都市の伝報局で待機しているMDP構成員が迅速に対応すれば、夕刻までには十分に間に合うだろう。


 だが、ロンガにはひとつ懸念事項があった。


 フィラデルフィアはもともと、配電を司る街だ。他の街と同じく自警組織は存在するが、ラピスの中央都市ラ・ロシェルや防衛の街スーチェンほどではない。住人全員分の防護マスクが初めから用意されているように見せかけるのでは、少し不自然なのだ。“ハイバネイターズ”の誰かがその違和感に気づけば、誰か内通者がいる、という結論にたどり着いてもおかしくない。

 そこで、全てを同じ手紙に見せかけて、アルシュが一通だけ違う内容のものを作成した。ラ・ロシェルに向かった伝令鳥(ポルティ)の背負う手紙だけは、ほか五通の全てに優先して実行されるよう、総責任者アルシュの権限で命じたものだった。


『防護マスクの輸送先はフィラデルフィアではなく隣接するスーチェンに。フィラデルフィアに駐在するMDP構成員のうち対処する者を3名決め、その3名分だけをフィラデルフィアに準備する。明日の夕刻、()()()()()()()()、スーチェンからフィラデルフィアに防護マスクを順次輸送せよ』


 催涙ガスが散布されると予告されたフィラデルフィアではなく、その隣接都市であるスーチェンに防護マスクを準備させる案だ。ロンガの懸念した、“ハイバネイターズ”側に内通の疑問を持たれる恐れは、この策によってある程度回避できる。防衛を担うスーチェンであれば、防護マスクが多く備えられていても違和感は薄い。さらにフィラデルフィアから近く、迅速な運搬が可能だ。


 だが。


 問題が起きてから防護マスクを輸送するということは、多少の被害者を許容するということでもある。それを知ればフルルとリヤンが戸惑うだろう、と踏んだからこそ、迅速に話を進めるためにアルシュだけに計画を伝えた。結果的に彼女らを騙すような形になってしまった。


「フルルは何と言うだろう。リヤンはきっと怒るだろうが」

「あの子は軍部の子だからね。リスクを天秤に掛ける、それ自体は分かってくれると思う。でも、そうだね、やっぱり怒るかな……」

「――でも私は」


 ロンガは視線を落としながらも言った。


「少なくとも間違ってはない、と思う」

「うん、今回はこれで良い。これ以上は、多分ない」


 アルシュは赤くなった目元を手の甲でこすった。「今回」という言葉を強調する言い回しに、そうだよな、と心の中で頷く。

 幸いというべきか、催涙ガスは直接命に関わる被害を出すようなものではないので、ロンガたちも思い切った判断ができた。だが今後、より甚大な被害をもたらしうるだろう攻撃が予告されたときに、可能な限り被害を食い止めながらも“ハイバネイターズ”側に違和感を抱かせない――その実行はどんどん難しくなっていく。


 明確な事実がひとつ、2人の間に横たわっていた。


 いつまでもこれを続けるわけにはいかない。いつかは必ず破綻し、ボロが出る。両方の都合を果たしきれないときが来る。臨界点とも呼ぶべきそこにたどり着く前に、こんな場当たり的な対処ではなく、何とかして抜本的な解決をしないといけないのだ。


「――どうしろって言うんだろう」


 隣で、ロンガと同じく屋上の柵にもたれていたアルシュが、溜息と共に座り込んだ。両膝を抱えて、小さく身体を丸める。


「勝手に恨んで、勝手に攻撃して、あげく、バレないように防衛しろって。何なんだろ、ああ、嫌になっちゃう……」

「アルシュ、大丈夫か」

「――ごめんね。でもさ、地上の人の本音じゃない? 恨まれていたって、今まで、悪いことしてる自覚なんてなかったんだよ。それで責められて、当事者として反省できるほうがおかしい。それより、開き直って逆恨みするでしょう」


 自棄になったのかと思ったが、アルシュの言い分が思った以上に理路整然としていたので、ロンガは言葉に詰まった。開き直って逆恨みする、たしかにその通りかもしれなかった。


「こうして攻撃されると、こちらとしても被害者意識を持ってしまう。向こうに同情し、申し訳ないと思う余地がなくなっていくよな」

「そう。なんて言うのかな。こうして地上に攻撃を加えることで、“ハイバネイターズ”側が迫害されていたという、ある意味で向こうにとって強みとなりうる点を相殺している気がする」


 アルシュはあごに指を当てて考えていた。ロンガも隣に腰を下ろす。夜の空気に冷え切ったコンクリートの床が、服を挟んでいても冷たかった。


「喧嘩したいわけじゃないのに」


 ぽつりと呟いたアルシュの言葉が、ロンガにとっても本音だった。


「剣を構えて盾を持たないと、向かい合うことも叶わないのかな。何となく、話せば誰とでも友だちになれる気がしてたんだよね。MDPを設立した頃からずっとそう。でも、うん、やっぱり違ったんだろうね」


 長年の友人、ソレイユが聞いたら反発しそうなことだ、とロンガは聞きながら思っていた。相手が誰だろうと、どんな年齢のどんな立場の相手だろうと友人になれた彼だ。手を取り合えない相手がいる、だなんて意地でも認めないような気がする。オレンジの髪に縁取られた顔、そこに浮かんだ屈託のない笑みは今でもそのままに思い描くことができる。今はどんな表情をしているだろう。ロンガと大差ない小柄な背丈は、少しは伸びただろうか。


 ――ありがとう(メルシィ)ごめんね(ディズリ)を大切に、だよ。


 座右の銘、と呼ぶにはあまりにも当然で子供っぽい彼の口癖を、ロンガはまた思い出す。誰かが自分にかけてくれた親切をきちんと受け止めて、感謝を表すこと。誰かに自分がかけてしまった迷惑をきちんと自覚して、反省を示すこと。当たり前すぎて忘れてしまうそれが、人にとってもっとも大切だと、あの人は信じていた。


「謝ることは、できないのかな……」


 あまり深く考える前に発した言葉に、アルシュが怪訝そうな顔を上げた。


「何それ。誰に謝るの。地下の人たちに、ってこと?」

「……え、今、謝るって言ったのか。私は」

「そうだよ。もう、しっかりしてよ」


 アルシュがくすりと笑った。


「ロンガ、もしかして疲れてる?」

「いや、うん。ごめん。あまり考えずに話していた」

「――でも、待って。そっか、謝るのか」


 おかしなことを言ってしまった、とロンガが気まずく思っていると、アルシュはひとりで何事か呟き始めた。そっか、そうだ、と肯定的な相づちを打って、覚束なかった口調が次第に確信に満ちたものに変わっていく。


「そうだよね。私たちと地下の人たちが、もしも和解できるなら、どこかでその課程は踏まないといけない。早ければ早いほどいい」

「ごめん、何の話だ?」

「ねぇ、ロンガが言い出したんだよ。ついてきてよ。謝るっていうのは悪い案じゃないと思ってるの」


 ロンガは驚いた。今まさに自分たちを攻撃している相手に頭を下げるなんて、理想論どころの話ではない、世迷い言だと自分では思っていたので、肯定的に受け入れられるのが意外だった。


「考えてみればさ」


 アルシュは地面に膝をつき、立ち上がった。


「結局、取り返しのつかないことをしたときに、謝る以外の解決方法ってないんだよね。言葉で埋め合わせはできないけど、失ったもの、そのものが帰ってこないんだから、結局どんな償いをしても無意味なんだ」

「無意味か……。確かにな」

「うん、謝罪は無意味だけど、悪いことをした、とこちらが認めることには意義があるよ。そこを認めないと、価値観がずっと平行線だから。同じ立場に立って初めて、その後を考えることができる。うん、どうかな? この方向性で行こうよ」


 ロンガは圧倒されながら、友人の顔を眺めた。彼女の後を追って立ち上がると、視線の高さはほとんど同じになるが、見えている景色はずいぶん違うようだった。かつてはあんなに気弱で神経の細かった彼女が、こんなに素早く決断したことに驚きながらも、ロンガはしっかりと頷いた。


「分かった。一緒に考えよう、どうやって謝意を伝えるか」

「うん。あ、あと、フルルたちにも明日謝ろうね。騙しちゃったから……」


 今日に限っては共犯者だった二人は、青白い月光の下に顔を見合わせて、それからどちらともなく笑った。

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