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ラピスの再生論  作者: 織野 帆里
Ⅳ 七都の目覚め
43/217

chapitre41. 呼びかける声

 晴れた空に空砲が打ち上がる。

 軽やかな三つの破裂音と共に、創都344年度、第81回バレンシア収穫祭が幕を上げた。


 別に参加が義務づけられている訳ではないが、収穫祭の日は仕事が特別休暇になるので、他にすることもないからとやってくる住民が多かった。


 第43宿舎の面々も例年それに(なら)っていたが、今年ばかりはリヤンと他3人が連れ立って出かける訳にいかず、おのずとロンガとリヤンの2人で向かうか、アンクル・サテリット・シャルルの3人で出かけるかの二択になった。

 そうなると、やはりアンクルたちがリヤンに譲る形となる。旅立つ前の最後の思い出として、ロンガはリヤンを連れて収穫祭に参加することにした。


 リヤンには先に荷物を持たせて会場に向かってもらい、ロンガは新しく仕立てた外套を羽織って、宿舎の玄関で別れの挨拶を交わした。


 陳腐な内容ではあったが、やはり、今まで世話になったことへのお礼はちゃんと伝えてから出かけるべきだ、そう思った。ロンガと同じくそれを分かっているはずで、それでも面と向かってお礼を言えないリヤンの分まで伝えるつもりで、ロンガは言葉を尽くして感謝を伝えた。


 ――ありがとうと、ごめんねを大切にね。


 心の中で友人が言った。分かっているよ、と頷き返す。当たり前のようなことを改めて言葉にする大切さが、今のロンガには身にしみて分かっていた。


 これ、と言いながらサテリットが小袋を差し出した。


「うちのハーブを乾燥させたの。もし邪魔じゃなかったら持って行って」

「ああ、ありがとう。このくらいなら鞄に入るし、もらっていくよ」

「元気でね。寒さに気をつけて。リヤンのこともよろしく」


 サテリットの差し出した手を握る。冷えた小さい手のひらが、ロンガの手をしっかりと握り返す。

 彼女の肩の後ろで、「しっかし、参ったなぁ」と言ってシャルルが笑った。


「お前らがいなくなったら俺、たった一人でこいつら恋人たちと一つ屋根の下、だぞ? 愚痴れる相手もいねぇしよ」

「シャルル……?」

「何よ、その言い方」


 指摘されたアンクルとサテリットは、片方は苦笑し、もう片方は眉をつり上げた。だが彼は「だからさ」と言葉を継いだ。


「アンとサテリットみたいに愛し合う2人が堂々とそれを言えるように、リヤンみたいな野生(ソヴァージュ)の生まれを持つ人間が大手を振って暮らせるように。ロンガの友だちが目指してる、役割に囚われないラピスってのはそういう場所でもあるんだろ? どうか頼むよ」


 もう少し素直な言い方はできなかったのか、と喉元まで出かけたのを飲み込んで、ロンガは「たしかに、聞き届けたよ」とわざと畏まって言ってから、笑った。


 宿舎を出たロンガは、振り返らずにバレンシア中心部へ歩いて行った。


 小川に沿って踏み固められた道を下っていく。途中でリヤンと合流し、人の声が聞こえるほうへ歩いて行った。

 収穫祭の会場についたとき、時刻は昼を少し回ったところだった。開会のあいさつや来賓のスピーチといった面倒な催しはすでに終わっており、舞台は屋外の広場に移って、バレンシアの食材をふんだんに使った料理が供されているところだった。リヤンとはぐれないように気にする程度には多くの住人がやってきている様子で、2人はふかした芋や串に刺したフルーツを楽しみながら、屋台を冷やかして回った。


 日が傾く頃には歩き疲れて胃も満たされたので、喧噪から少し離れて、用意されていた椅子に腰掛けた。どの料理が美味しかった、などと話していると、背後から「マダム・ロンガですか?」と話しかけられた。


「ええ、そうですけど」


 言いながらロンガが振り返ると、黄昏(たそがれ)の空を背景に、髪を短く切り揃えた少女が立っていた。彼女はフルル・スーチェンと名乗り、MDP(メトル・デ・ポルティ)総責任者アルシュ・ラ・ロシェルの身辺を世話していると自己紹介してから、「そちらは……」と背後のリヤンに目をやった。リヤンがロンガに同行することはすでにアルシュに許諾してもらったが、もしかしたらこのフルルという少女にまでは伝わっていないのかもしれない。

 ロンガがリヤンを紹介しようとすると、リヤンは一瞬早く機敏に立ち上がり、フルルに頭を下げた。


「リヤン・バレンシアです! 私の()(まま)で、その、一緒に連れて行ってくださいとお願いしました。ご迷惑をかけますけど、お手伝いなら何でもします、よろしくお願いします!」

「ああ、いや」


 当惑したようにフルルは眉を下げた。


「そんなに……気にされることではないです。助けを求める人であれば誰だろうと受け入れるのが我々メトル・デ・ポルティの、そしてマダム・アルシュの理念ですから」

「ありがとうございます。ええと……」

「フルルと呼んでください。お気を使わずに、私のほうが年下ですから」

「ああ……うん。ありがとう、フルル」


 敬う・敬われるの上下関係や、ましてや年齢による序列など、この2年すっかり遠ざかっていたから忘れてしまった。だが彼女がそう言うのなら、とロンガは多少砕けた口調に切り替えた。


「フルル、年下と言ったが君はいくつなんだ?」

「私ですか? 17です」

「じゃあ、リヤンと同じだ」

「そうなのですか。私はてっきり――いえ」


 言いかけてフルルは口をつぐんだ。リヤンを実年齢より上に見たのか下に見たのか気になるところだが、おそらく後者だろう。顔立ちの幼いリヤンは年下に見られやすい。リヤンもそれに気づいたのか、む、と少し口元を引いた。


 こほん、と古典的に咳払いをして、フルルが話題を切り替えた。


「そろそろ出立したいのですが、よろしいですか? 流星(メテオール)で向かうので、できれば明るい内に行きたいんです」

「ああ、もちろん。リヤンも良いな?」


 すでに広場の屋台は撤収を始めており、残されたイベントは浄火だけとなっていた。浄火とは、捧げ物として集められた作物をやぐらで焚き上げる習わしだ。恵みの一部を天に返す意味があると共に、亡くなった人々への手向けであるとされている。


 広場の中央で、着々と浄火の準備が始められていた。リヤンは広場の様子をちらりと見たが、すぐに顔をこちらに戻して「大丈夫。行こう」と頷いた。だが、彼女が後ろ髪を引かれているのは誰が見ても明らかで、フルルが小さく息を吐いた。


「……少しなら構いませんよ。マダム・アルシュもまだ挨拶で回られていますし」


 そんな経緯で、3人は広場の片隅で佇み、高く積み上げられたやぐらに火が点されるのを眺めた。リヤンはいつになく真剣な顔で、やぐらで燃え上がる炎を見つめていた。ぱちぱちと木の弾ける音がした。暗くなっていく空と反比例して、炎は高く伸びていく。


 リゼ、と小さく呟く声が聞こえた。

 横を見ると、リヤンは見開いた目からひとつ涙を零して、目元を擦りながら笑った。


「あの火は、リゼに見えてるかな」

「――きっと見えているよ」

「ロンガは優しいね。あたし、今までずっと、そんなわけないじゃんって思ってたんだよ。いっぱい穫れてるわけでもない食べ物をわざわざ燃やして、何やってるんだろう、って。――でも」


 火は高く、天に舞い登る。


 決して無限の上昇とはなり得ず、それでも鳥のように龍のように人のように、空を目指して()けて、尽きてゆく。報われない足取りを繰り返して、たった一瞬の閃光と熱だけを残す。

 その姿に、生命というもの、それ自体を重ねずにはいられない。


「リゼ――」


 絞り出したような声を抱えて、とうとうリヤンは膝を突いた。彼女を襲った喪失を、ロンガは知らない。嗚咽して震える背中を撫でることはできても、リヤンの悲しみは決して分かってやることはできない。

 それでもせめて隣にいようと、ロンガは彼女の横に腰を下ろして、同じ視線の高さで浄火を見つめ続けた。


 しばらくして――体感時間は長かったが、おそらく数分もしないうちにリヤンは立ち上がり、充血した目を隠そうともせず「待たせてごめんなさい」とはっきりした口調で告げた。


 黙って待っていたフルルが頷く。


 3人は浄火が佳境に入るなか、あちらこちらへと歩き回る人々の群れを抜け出した。広場の出口でアルシュと合流し、町外れの森に向かった。木を切り倒してできた狭い空間に小型航空機(メテオール)が留めてあるのだという。


 すでに夕焼けも終わりかけの森は暗く、しばしば木の根に足を取られそうになりながら一行は小道を進んだ。木の枝伝いに外灯がぶら下がっているが、電気がやってきていないのでもちろん暗いままだ。暗闇に目を凝らしながら進み、やっとの思いで小型航空機(メテオール)までたどり着く。


 運転はフルルがするらしく、彼女は何か支度するからと先に乗り込むよう3人に告げた。前部座席にアルシュが、後部にリヤンとロンガが乗り込む。

 ロンガは窓から外を眺めた。線状にぽつぽつと灯りが点されているのは七都をつなぐ道路沿いだろうか。ひとつ丘を越えた向こうにある一群れはスーチェン、地平線沿いに見えるのはきっとフィラデルフィア、夕闇に浮かび上がるラ・ロシェルの三塔。どれも2年前に比べて乏しい灯りだ。こうして眺めると、電力不足の深刻さが改めて分かる。


 少し疲れたので両目を閉じ、バレンシアへの別れを心の中で改めて告げようとした。


 その瞬間。

 まぶたの向こうで、昼間かと勘違いするほどの光が弾けた。


 *


「なに、この明るさは?」


 アルシュがほとんど叫ぶ勢いで言いながら小型航空機(メテオール)を飛び降りた。


 ロンガとリヤンも遅れて降りる。先ほどまで消えていた枝伝いの外灯がひとつ残らず点灯していた。それだけではない。木々の向こうに見えていたラピスの景色が、異様なまでの明るさに包まれていた。


 ロンガは信じられない思いで呟いた。


「電力が復旧している……?」


 それ以外にあり得なかった。電球、蛍光灯、その他ありとあらゆる電気を必要とする灯りが点灯している。夜の闇を振り払う、文明の生み出した明るさがバレンシア中に、いや、ラピス中に満ちていた。


「良かった、のかな?」


 リヤンがいぶかしげに首をかしげる。

 その言葉にはっと顔を上げたアルシュが、「違う」と呟いてかぶりを振った。


「MDPは感知していない。それに電力不足の原因はずっと不明だった。こんな形で突然復旧しているってことはひとつしかない。今まで、人為的に止められていたんだよ。そして、根元を抑えていた誰かが、今、手を離したってことじゃぁ――」


「マダム・アルシュ、こちらを見てください!」


 周囲を見回っていたフルルが、鋭く叫んだ。

 アルシュに続いてロンガとリヤンも、フルルの方に向かう。彼女はラピスを見下ろせる場所に立って、眼下の景色を呆然と眺めていた。


 その景色に、ロンガも思わず言葉を失った。


 指向性の高い真っ白い光が、宵の空に7本、槍のように伸びていた。その光がラピス七都のそれぞれから発せられている、と容易に理解できた。そして光の槍の先は、ラ・ロシェル上空、統一機関の塔の上で一本に交わり、真っ白い光球を成している。


 次の瞬間、耳をつんざくほどの大音量で雑音が聞こえた。


 どこかから音が出ている。途切れ途切れに発せられる、ざらついた雑音の元を辿ると、小型航空機(メテオール)の通信機のスピーカーが発信源だった。フルルが運転席によじ登り、いぶかしげに眉をひそめる。


「故障でしょうか? ……いや、これは」


 はじめは雑音にしか聞こえなかった音は、やがてひとつの波形にまとまり、意味を成す言葉として語り始めた。




【私は――真祖の志を継ぐものたち、地の底より来たる真の人類の代表だ】




 統治を司る街、ラ・ロシェル。

 文化を司る街、サン・パウロ。

 防衛を司る街、スーチェン。

 動力を司る街、フィラデルフィア。

 製造を司る街、ハイデラバード。

 生命を司る街、ヴォルシスキー。

 耕種を司る街、バレンシア。


 ラピスを構成する七都の、ありとあらゆる電気で動くデバイスを発信源として、その声は新都じゅうに響き渡った。誰もがその声を聞き、立ち止まり、振り返り、戸外に歩み出て、呆然と目を見張った。煌々と宵の街を照らし出す、忘れかけていた文明の灯りに、束の間喜びかけるもすぐに異常性に気づく。高台に人だかりができていると気づいて、我先にと押しかけ、口元を抑えた人や、膝を震えさせる人が見つめるほうに視線を投げる。


 八万弱のラピス市民が、それを見た。


 ラ・ロシェル上空に浮かぶ、圧倒的に明るい光球を。それは均一な球から、少しずつ下に伸びていき、途中でくびれてまた広がった。広がった場所から2本、分岐して円柱が生えていき、本体と斜めの角度を成して長く伸びていく。分岐した円柱の先が5つに割れると同時に、光球の上部から無数の細い線が四方八方に広がった。




【ラピス七都よ! ラ・ロシェル、ハイデラバード、バレンシア、スーチェン、フィラデルフィア、ヴォルシスキー、サン・パウロにて、恐れと困窮の中に眠る市民たちよ、目を覚ませ。私たちは貴方がたにより良い生活を与え、安心と満足を与えるすべを持っている】




 その言葉の後半を正確に理解した者はラピス中にほとんどいなかった。誰もが、異様な事態に茫然自失となり、白い光の織りなす芸術に見入っていたからだ。

 屋上に押しかけた群衆のうち、言葉の意味を理解できた希有(けう)なひとりが「つまり、統一機関みたいなもんか?」と呟いた。「そりゃメトル・デ・ポルティよりも凄いのか?」と見知らぬ誰かが問い返す。そう言われて初めて、最初に言った者は疑問を抱く。

「あ? これ、誰が喋ってんだ……?」




【――だが】




 白い光が織りなした形は、女性の上半身だった。


 藍色の空を背景に、三次元立体として顕現した巨大な女性像は、頭部から伸びた光糸を美しいロングヘアとしてなびかせ、2本の腕をなめらかに動かした。それを見ていた一部の者は、彼女の動きが、スピーカーから響く超音量の声と同期していることに気づいた。




【貴方がたを助けたい、その一方で私たちは――】




 女性像は右手を空に高くもたげ、美しい所作で指先を広げた。

 ラピスの西端に位置する街、ヴォルシスキーでは、弧を描いて伸びる上腕と、触れれば体温を放ちそうな横顔の間でくりぬかれた空にちょうど満月が浮かび、幻想的な光景に何人かが息を呑んだ。今や()()は新都中の市民を観客とし、異常事態に惑った彼らを魅了しきっていた。

 スピーカーから流れる声は女性にしてはあまりに低い、にも関わらず、あたかも彼女が自分たちに向かって話しているように感じていた。そう勘違いするように、わざと演出されているのだ、と気づいている者はごく少数だった。

 すっかり調整されてクリアになった音質で、ラピス中の耳に次の言葉が届けられた。




【復讐がしたい】




 女性像は高く掲げた右手を伸ばしたままゆるやかに下ろし、差し渡り数キロにもなる腕を東側に伸ばした。手のひらを上に向けて、軽く握った左手は胸元へ。まるで救いの手を差し伸べる女神のような姿勢になる。360°あらゆる方向から、その美しい像に陶酔の視線を注ぎながら、遅れて市民は考える。

 あれ、今、何と言ったのだろう、と。




【私たちは地底の民、貴方がたの生活を長きに渡り支え、ひと知れず働き続けた勤勉なる存在。だが、地上における統治権力が崩れ去り、進歩の坂を転げ落ちていく貴方がたラピス市民に、今、私たちは使役する必然性を感じない】




 女性像の指さす先。

 ラピス東端に位置する街であるバレンシアの市民は、伝統行事であるはずの収穫祭の浄火にはもはや目もくれず、自分たちめがけて差し伸べられた手のひらを見つめていた。()()の言葉が非常に物騒な意味を孕むことに気づかず、ただ、続く展開を待つだけの存在と化していた。




【貴方がたの愛するラピスを、貴方がたが自身の手で捨てることによって、私たちの復讐は成されると考える。私たちの元に下るがよい、ラピス七都の市民よ。その道はすでに開かれた】




 バレンシアの外れ、森の中に立ち尽くす、それぞれ異なる経歴を持つ4人のラピス市民は、誰より早く異常性に気づいていた。つい数分前まで動いたはずの機器が何一つ動かないのだ。彼女らは、しかし結局として事実を傍観する以上のすべを持たず、スピーカーから流れる言葉を1つも聞き漏らすまいと集中していた。




【――道を探せ。地下世界のオアシスへ。生き残るために】




 バレンシアにまっすぐ手を伸ばした女性像は、差し伸べるように優しく開いていた右手を突然握る。手首をくるりと返して、人差し指を突きつける。




【真祖エリザの名の下に、私たちは新しいラピスを形作る】




 その言葉と共に女性像は消えた。

 次の瞬間、ロンガたちの背後で爆発音が響いた。

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