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ラピスの再生論  作者: 織野 帆里
はじまりの祈り
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断章

「後悔していることはありますか?」

「そのとき、もしも、自分が夢想したとおりの世界があると言われたら」


 少女は眠りから目を覚ました。


 何だか不思議な夢を見た気がした。誰かの声を聞いた気がした。まるで宇宙の果てから帰ってきたような、長い旅の後みたいに喉が渇いていた。


 色とりどりのステンドグラスが見下ろす教会。


 そこで、たった一人、彼女は祈りを捧げていた。他に祈る者も、聖歌隊も、牧師さえもいない静かな教会で、硬い椅子に座り、見よう見まねで手を組んでいた。


 去年、いくつかの死が身の回りにあった。


 ずっと忘れられなくて泣いていた折、ふと教会に行くことを思い付いた。

 蝶番が壊れて開いたままになった扉のすき間に身体を滑らせ、埃の薄く積もった床に足跡を残しながら中に入った。十字架と、よく分からない像は初めは恐ろしく感じられた。

 だけど、椅子に座って死んでいったものたちのことを思い描くうち、だんだんと温かい気持ちが胸を満たして、気がついたら眠っていたのだ。


 目を覚ました少女は慌てて立ち上がった。袖をまくって腕時計を見ると、時刻は4時。


「もうお日様が沈む頃合いだわ」

 呟いて、彼女は小走りに教会を飛び出した。


 夜は恐ろしい。


 昼の間、空はずっと灰色でそれもあんまり好きではないのだけど、夜はもっと駄目。


 家の方まで走って行くと、彼女の叔母が少女を見つけて、ひどく安心した顔になって、それから「こらぁ!」と叫んだ。このおてんば娘、どこに行ってたの、と叱られる。

 教会に行っていたことは秘密にしておいた方が良いかな、と少女は考えた。


「おばさん、ごめんなさい」


 本当のことを言う代わりに、少女は素直に頭を下げた。


「あと、迎えに来てくれて、ありがとう」


 ありがとう、とごめんね、を大切に。

 それが少女の、幼いながら思う「人にとって大切なこと」だった。感謝と謝罪を聞いた叔母は、全くもう、と眉を下げる。


「早く帰るわよ。帽子、ちゃんと被ってる? マスクもね」


 少女は頷き、革のブーツで積雪を踏みしめて、叔母に着いていった。


 夜になれば荒れ狂う吹雪が、街中を閉ざしてしまう。

 冬だけじゃない。一年中、ずっとそうなのだ。


 寒さと、それによる餓えは色々な命を殺してしまった。叔母さんの若い頃は違ったらしいけど……。


 寒さに耐えながら歩く少女の名前は、エリザ。

 彼女の祈りが、とある者に見初められたことなど、知る由もない。


 そして、時代は変わり、その街は名前を変えて新都ラピスと名乗った。



 はじまりの祈り 了

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