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ラピスの再生論  作者: 織野 帆里
Ⅱ 幻像と時間
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chapitre11. 幻影のなかへ

「ソル、何処にいった?」


 リュンヌは人の気配がない部屋を見渡した。数秒前まで手に届く距離にいたはずの相方の姿は、何処にも見当たらない。彼を探そうとしたが、そこでふと気がついた。


 天窓から差し込む光の明るさが、さっきまでと全く違う。太陽は沈みかけ、部屋は薄暗くなり始めていた。太陽高度が違う、ということは、時間が違うということで――


 すると、とリュンヌは思考を巡らせる。


 ソレイユの姿が消える寸前に、リュンヌを飲み込んだ白い光。あれは、昨日の夜見たのと同じ、装置の暴走ではないのか。あの時も、同じように装置が作動していないにも関わらず、とつぜん青白く光り始めた。装置の暴走に巻き込まれてしまった、ということだろうか。


 部屋を見回すと、突然なにかの作動音がした。音はどうやら床下から聞こえているようだ。何かが震えるような低音に混じり、誰かの話し声が近づいてくるのに気づいて、リュンヌは廊下に身を隠した。


 陰から部屋の中を窺う。部屋の中央が上にせり上がるのが見えた。この機械音はどうやら、リュンヌたちも昨夜乗ってきた、あの昇降装置が発する音のようだ。


「ふざけているのですか」


 叩きつけるような険しい声色に、自分が言われたわけでもないのに、思わず身を竦める。


 昇降装置から降りてきたのは2人。ムシュ・ラムとひとりの青年だった。深紅のバンダナを巻いている。赤系統の装身具は開発部の正装として指定されているので、彼もリュンヌやソレイユと同じ、開発部の人間だろう。


「ふざけて聞こえるのであれば、君がこれまで無知だった。それだけのことだ」


 ムシュ・ラムが冷たい声色で諭すように言う。


「信じられません。時間を操る技術など」

「別に信じる必要はない。だが、この装置に誰も近づかないよう見張る人間が必要だ。サジェス、君に求める仕事はそれだけだ」


 その名前を聞いて、リュンヌは思い出した。彼、サジェスは2年前に幹部候補生として選出された人間だ。日に焼けた肌、黄金色の瞳、暗い髪の色、大柄ではないが鍛えられた体格に、油断のない目つき。どれも記憶と一致している。


 だから、おそらく。


 いま目の前にあるのは2年前の景色だ。サジェスは2年前の同じ日に、開発部の幹部候補生に選ばれ、塔の上に連れてこられたのだ。昨晩のリュンヌたちと同じように。


 ムシュ・ラムの話を聞いたサジェスは首を振る。


「馬鹿げた話を仮に信じたとして、それを市民に隠し通せと言うのですか?」

「市民だけではない。統一機関の他の構成員に対しても機密だ」

「そんな道理が通ると考えるのですか!」


 あっ、とリュンヌは声に出しそうになる。サジェスがムシュ・ラムの胸ぐらを掴んだのだ。体格はサジェスの方が良いのだが、ムシュ・ラムは眉一つ動かさず冷たい目で彼を見ていた。


「……それ以上したなら、記憶を消させてもらう」


 リュンヌはそれを聞いて、息をのんだ。そうか、記憶を奪われたのは自分たちだけではないかもしれない。


「記憶? そんなことが許されると――」

「悪いがもう不合格だ。サジェス、期待しすぎたよ」


 ムシュ・ラムは背後に向かって、おい、と呼びかけた。


 数秒後、奥の入り口から顔を隠した人間が無言のまま入ってくる。部屋が薄暗いために良く見えないが、体格からして軍部の人間だろうか。リュンヌが息を詰めて見守っていると、顔を隠した人間は混乱した様子のサジェスに突然襲いかかった。鍛えられたその太い腕が、サジェスをあっという間に拘束する。


「何をする!」


 サジェスの叫び声と、リュンヌの声が重なった。


 直後に口を抑える。

 隠れているのに、思わず大声を出してしまった。だが、3人がリュンヌに気づく様子はない。リュンヌは過去のできごとを見ているだけで、そこに干渉はできないようだ。何か嗅がされたのか、彼女の目の前でサジェスが崩れ落ちた。


「連れて行け」


 覆面の人間は頷き、気を失ったサジェスを背負って昇降装置に乗り込んだ。リュンヌは2人を追いかけようとしたが、彼の頭部を覆う布がめくれ、その下にある顔を見て、雷に打たれたように動けなくなった。


「カノン……?」


 一瞬だったが、布の下から覗いた目は間違いなく彼の目だった。剣呑でない言葉を交わした回数は少ないが、それなりに親しみを抱けそうだと思っていた人間。


「まさかムシュ・ラムに加担しているのか?」


 リュンヌは呆然としたまま、過去の映像を見つめた。

 ムシュ・ラムが昇降装置に乗り込んでいき、装置は床に吸い込まれる。


 再び部屋は無人になった。


 さて、どうしたものか、とリュンヌは床に座り込む。かなり重要な事実を、図らずも手に入れたが、それはそれだ。ここから帰れなければ意味がない。部屋に視線を巡らしていると、腰に何か紐のようなものが当たるのに気がついた。先端に小さな重りがついた、金属製の紐のようなものだ。リュンヌがそれを掴んで引くと手応えがある。遠くで「ルナ!」と呼ぶ声が聞こえた。


「ソル」


 声が思わず上ずる。


「そこにいるのか?」


 紐の先は、部屋を出て廊下に向かい、二メートルほど先で空中に吸い込まれてそこで途絶えていた。どうやら、そこに空間の境目があるようだ。


「ルナ、そのまま、辿ってこっちに来て」


 半信半疑だったが、リュンヌは彼の言葉に従って歩く。紐が消えている辺りに壁があり、始めは弾かれるように感じたが、ゆっくり身体を押し込むと弾力性のある壁に沈み込んでいくのが分かった。やがて視界が晴れ、リュンヌは早朝の光に包まれた。


 彼女が外に出たのと前後して、光も消失する。

 光の欠片のようなものが舞い散って、溶けるように消えた。


 紐の反対側を握っていたソレイユは、安心したように長い息を吐いた。そのまま、廊下の壁にもたれてずるずると座り込む。


「大丈夫か?」

「よ、良かったぁ……」


 リュンヌが隣にしゃがみ込むと、彼は半泣きの笑顔を向けた。


「もう帰ってこないんじゃないかと思った……」

「助かったよ。中で動きすぎなかったのが良かった。これは、何処にあったんだ?」


 リュンヌが金属製の紐を掲げると、ソレイユはああ、それね、と微笑んだ。


「これ護身用の鞭だよ。いつもベルトに隠してるんだけど、ムシュ・ラムには秘密だよ」

「そんなもの持ってたのか?」


 頷いてソレイユは紐、いや鞭を腰の周りにしまい直す。改めて見てもそこに道具を収納しているようには見えなかった。


「どのくらい役に立つかは分からなかったけど、持っておいて良かった」


 ソレイユが疲れたように床に両足を投げ出した。リュンヌはその隣に腰を下ろし、ソレイユの肩に手を回した。あの光の中で過去を見ていたときは人に干渉できなかったから、彼に触れられることに安堵した。ソレイユが、心配そうな顔で隣に座ったリュンヌを見る。


「ルナ、無事? 怪我とかしてない?」

「いや、大丈夫だ」


 両手を広げ、身体に問題がないことを強調した。良かった、と彼が笑う。


「だが……変なものを見た」


 信じてもらえるか分からないが、と前置きして、リュンヌは光の中で見た過去の映像について説明した。サジェスという青年、ムシュ・ラムの告げた内容、そして――カノンについて。リュンヌが話し終えると、ソレイユは複雑な表情になった。


「過去が見えたってのは今さら、そこまで変な話でもない。ムシュ・ラムの話についてもぼくたちの知っているとおりだ。問題はそのサジェス君がどこにいったのかと、カノン君が本当に加担していたかどうかだね」

「……信じてくれるのか」


 突拍子もない話だと分かっていたからこそ、リュンヌは驚いた。

 ソレイユは真剣な顔をして頷く。


「あのね、ぼくは絶対にルナを疑わない。そんな無意味なことに時間を割かない。だから、今すぐルナの見たことについて考えよう」

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