83話 コロナvsローレン②
――正直に言って、アタシことコロナ=イグニスは天才だ。過ぎた謙虚さは、美徳でも何でもない。アタシは自分自身を一切包み隠さず、誇りを持って天才である事を自覚している。
傲慢だと言われても良い。アタシが力を求めれば求めるほど、この身に秘める才能はどこまでもアタシに応えてくれる。これがあれば、滅んだイグニス家を再興することも、‟もう一つの目的”を果たすことも夢じゃない。
無神論者だというのに、この才能を授けてくれたどこかの誰かさんには感謝してもしきれないというものだ。
……けれど、弊害もある。目的を果たすために無限の力を追い求める反面、その自分と並ぶ者が居ないという現状に、どこか鬱屈とした感情を持っていたのも事実だった。
周囲の人間が向けてくる嫌悪感や疎外感も相まって、アタシが孤立するのにさして時間はかからなかった。それでも、身寄りの無いアタシを引き取って、本当の家族のように接してくれるリネアや彼女の両親には、どこかの誰かさんと同じくらいの感謝がある。
無論、魔法の世界は何よりも広く、そして何よりも深い。今はまだ未熟なアタシ程度の存在を軽々と超える化け物が、この世界にはゴロゴロと転がっているだろう。世界に広く目を向けてみれば、アタシの隣に並び立つ者などごまんと居るに違いない。
そんなアタシにとってローレン=A=フェルグラントは、同世代の中では一際特別な人間だった。こんな自分を隣で支えてくれるリネアのような特別とは違う、初めて全力を出してぶつかり合えるかもしれない特別だった。
思い返しても、彼女とは色々あった。まだ幸せだった幼少期の出会いからそれぞれ紆余曲折を得て、アタシ達は今、魔法科学院という同じステージに立っている。互いに切磋琢磨し、チームを組んで一緒に戦い、分かり合えないまま離れて……そして今、一人の好敵手として戦っている。
恐らく何かしらの方法でローレンを焚きつけ、この決闘を仕組んだ「騎士」の少年には、聞きたい事が山ほどある。後で絶対にとっちめてやるつもりだ。
……嗚呼、この時を待っていた。経緯も理由も、最早どうでも良い事だ。今はただ純粋に目の前の少女との戦いに全力を尽くそう。アタシはずっと、ずっと、ずっとアンタと――
◆◇◆◇◆◇
「はぁああああああああ!! 【幼き紅竜の息吹よ】――【燃え盛れ】ッ!」
「【寄りて阻みし風よ】ッ!!」
――白熱する魔法戦の最中。コロナは炎熱《幼竜火吹》の呪文を叫び、ダメ押しの「律令詠唱」で威力を増幅する。より激しさを増した火炎流が渦を巻いて猛然と迫り、ローレンは空気障壁を展開して辛くもこれを凌ぐが、
「ぐぅぅぅ……!!」
叩き付けられるような炎熱の余波に肌をジリジリと焦がされ、ローレンの身体がそのまま十数メトリアは押し下げられ、靴底を盛大に擦り減らされる。
「【【唸れ風よ】】ッ!!」
更に、コロナの突き出す左掌から放たれた風魔《風戦鎚》――収束する突風がローレンに真正面から肉薄する。対し、ローレンは効力が残っていた空気障壁を緩衝材に、突風の勢いが減衰した隙に距離をとって反撃の呪文を唱えようとするが、
「まだまだぁああああああああーーッ!!」
「――ッ!?」
間髪入れず続く、コロナが繰り出した右掌からの二撃目の《風戦鎚》――「共鳴反唱」だ。反撃を潰す絶妙なタイミングで切られた彼女の切り札に、ローレンは対応出来ず全力の横飛びで躱すしかない。
ひっきりなしに呪文を応酬――否。コロナの猛攻に防戦一方の大苦戦がもたらす、激しい魔力消費に息を切らしかけながら、焦燥を滲ませたローレンはどんどん切羽詰まっていく。
(マズイ……再計測する暇が、無いッ!?)
多少の能力値の誤差なら想定内だった。だが、「共鳴反唱」という学生同士の魔法戦では反則級の手札の存在がある以上、これまで収集した情報は殆ど意味を失ってしまった。下手な先読みで仕掛けても、予想外の反撃を喰らうのがオチだ。
《機動定石》は戦場や敵の様々な要素を収集・分析、そこから精確な戦略を組み立てるという魔法だが、想定外のイレギュラー要素に弱いという欠点を持っている。これは術者の技量次第で対応可能ではあるものの、まだ未熟なローレンが修正し切れないのも道理であった。
再計測のために召喚術で足止めしようとしても、術を行使するには手間と時間がかかる。先程は様子見と牽制を主体としていたコロナの隙を突いて召喚出来たが、今は違う。積極的に勝ちにきている彼女の相手をしながら、片手間に済ませるなど不可能だ。
まさに八方塞がり。ローレンは自力でコロナの攻勢を凌がざるを得ない。結果、後手後手に回るしかない。気付けば、両者一歩も譲らない互角かと思われていた戦いは、コロナのワンサイドゲームとなりつつあった。
(ここまでなの……!? どうやったって、私じゃコロナには勝てないの……!? これが、私の限界なの……!?)
戦闘中に余計な事を考えるな――頭では拒否していても、ひび割れた心の壁の隙間から、考えないようにしていた雑念が入り込んでくる。昨日の一件から心の奥底に固く封じ込めていた、‟諦め”が湧き上がってくる。
(もう駄目なの……? 私が今までやってきた努力は、全て無駄だった……いや違う!! そんな筈は絶対に無い! でも……でも、私は、私はぁ……ッ!!)
焦燥、苦悩、諦観、後悔……ぐちゃぐちゃに渦巻く感情で顔を悲痛そうに歪ませ、戦闘思考だけは際限なく加速させていくローレンは、頭と心のズレを抱えたまま抵抗を続けるのだった。
(――どういう訳か知らないけど、随分と情けない顔になってるわね)
一方。勢いを緩めることなくローレンを攻撃魔法で激しく攻め立てていきながら、コロナは彼女の様子を観察していた。ある時から急に動きの精彩を欠きだした己が敵に、違和感を覚えたからだ。
呼吸が荒い、詠唱が遅れている、狙いが甘い――単に魔力消費の問題だけじゃない。殆ど意識せずとも当たり前のようにやっている事が出来なくなっている。どう見ても通常の精神状態じゃない。
魔法は、心の在り方を世界に変革としてもたらす神秘。その原動力とも言える心が乱れれば、必然的に魔法も乱れてしまう。如何なる状況下でも、常に氷の如き冷静さを……感情の制御は魔道士の基本中の基本だというのに。
そしてコロナは、その反応をよく知っている。普段の魔法戦教練や校内選抜戦にて、自分と対峙した生徒が同じような反応を示した……隔絶した力の差を前に諦めた、心が折れかけた者の反応だ。
実際、間違ってはないのだろう。ローレンが決闘を持ちかけた時、自分をして怯ませる程に熱く燃え上がっていた闘志が、明らかに消えかけている。今は、辛うじて残った火種を必死に守っているような状態だ。
(……でも、アンタはその程度で折れるほど、柔じゃない筈。さぁ、いつまで燻ってるの? いい加減、目を覚ましなさい!!)
特殊な間柄とはいえ、何故ここまで相手の事を意識してしまうのか、二人は気付いていなかった。ただ、得体の知れない強迫観念にも似た感情に突き動かされるように、両者はひたすらに呪文を括る、括る、括り続ける。
そして――もう何合目かも分からない壮絶な魔法の撃ち合いの果てに、
「ぜぇ……ぜぇ……けほっ……」
あの手のこの手でコロナの猛攻を凌ぐも、遂に万策尽きたローレンは、円形フィールドの壁際に追い詰められていた。魔力の枯渇がもたらす虚脱感に肩で荒い息を吐き、完全に回避出来なかった魔法を受けて身体は傷付き、満身創痍一歩手前であった――もっとも、
「はぁ、はぁ、はぁ……こほっこほっ……」
満身創痍寸前なのは、コロナも同様であった。身体こそ目立った傷は無いが魔力の消費が際立って激しく、ローレン以上の強烈な虚脱感に襲われていた。ローレンが見せた想像以上の粘りが、結果的に彼女の余力を削っていたのである。
(魔力は、多分コロナよりも残ってる。呪文も、唱えられる。まだ、戦える……)
身体を走る激痛と虚脱感に耐えつつ、冷静に場の状況と自身の手札を分析する……だが、粘って何になると言うのか。反撃しようにも、《機動定石》が導きだした状況分析は、既にこの戦いが詰みかけている事を無慈悲に告げていた。
持久面という点では運よくリードを取ることが出来たが、まだ次の一合を戦い抜くだけの魔力はコロナも残っているだろう。彼女は必ず決着をつけにくる筈だ。そうなれば、純粋な魔法の撃ち合いで自分に勝ち目は無い。
それに……決闘が始まった当初はあれだけ漲っていた力と自信が、今はまったく出せない。何をしてでも‟勝ちたい”という欲求が薄れている、自分自身が勝つ事を諦めてしまっている何よりの証拠だった。
(……もう、諦めても良いよね。曲がりなりにも、あのコロナとここまで張り合うことが出来たんだから。何も出来ない、何も成せない私にしては、よく頑張った方よね。だから……)
これ以上は互いにとっても無益な戦いだ。諦観にそっと瞳を閉じ、ローレンが降参を宣言しようとした――その時。
「目を背けるなッ!!!」
怒気を孕んだ少年の大声が、競技場内に響き渡った。
「「「――ッ!??」」」
何事だと観客は勿論、聞き覚えのあった声にコロナとローレンでさえも、声の発生源に目をやると――そこには、フィールド湧きの待機席で、極めて真剣な表情でローレンを鋭く見据えるアクトの姿があった。
「精も根も尽き果てるその時まで、倒すべき相手から目を背けるな! 見ろ、コロナの目にはまだお前の姿が映っているぞ! お前を倒すべき相手として見ているぞ!! だったら、お前がコロナから先に目を背けてどうするんだ!!」
決闘の立会人は、勝負の公平性をたもつために中立でいなければならない。どちらか一方の肩を持つような行為をしてはならない。
今のアクトの行為は、明らかに公平性を欠いた越権行為。それを咎めようと声を上げる者は……観客の中に誰一人として居なかった。殺気とは違う、彼らに有無を言わせぬ濃密な気迫が、アクトから放たれていたからだ。
「俺は言った筈だ、悔いの無いように戦れと。なのに余計なモノ抱えて、自分の全力を出せないまま、諦めと失意の底に沈んでいくような戦いが、悔いの無い戦いだと言えるのか? そんな茶番、俺は立会人として断固認めない!」
「……ッ!!」
遠くから放たれるアクトの言葉一つ一つが、諦めかけていたローレンの心に深々と突き刺さる。だが、それは傷ではなく支えとなって、折れかけた彼女の心を強引に繋ぎ留める。
「また、逃げるのか? また、理由を付けて現実を受け入れるのか? そのクソッタレな道理を踏み潰して理想を叶える為に、お前はこの場所に立っているんじゃないのか!!」
――分かってる、自分でも分かってる。じゃあ、どうすれば良いの? 自分に出来る全力を尽くして、コロナに対する作戦も考えに考え抜いて、それでもまだ届かなかった。天才の素養に、凡人の理屈は届かなかったというのに。
「全部出し切る前に諦めるような奴に、勝利の女神サマは微笑まない! 思いの丈が弱い奴に、魔導の力は応えない! 本当に心の底から勝ちたいと願うなら、あらん限りの全てを注ぎ込んでみせろ!」
――無理だ。闘争心も何もかも、私は全部出し切ってしまった。もう、心の火にくべる思いは何一つ残っていない。
「テメェのコロナへの思いは、その程度なのかぁあああああああああ――ッッ!!!!」
――いや、違う。この思いだけは、絶対に消えない。親愛も、憧れも、嫉妬も、私がコロナ=イグニスに抱く嘘偽りの無い思い。たったこの一戦で尽きよう筈も無い、憧憬への思い。
初めて出会った時から、超えたいと思っていた目標。どれだけ頭で否定したって、思いだけはずっと変わらなった。
嗚呼、そうだ。今まで余計な事を考え過ぎていたせいで、ずっと忘れていた。始まりはもっと単純だった。
何かが欲しい訳でも無い。誰かに認めて欲しい訳でも無い。ただ、コロナに勝ちたい! ただ、コロナを超えたい! もう憧れの後ろを追いかけるだけの存在ではいたくない!! 憧れの隣に並び立ちたい!! それだけだ!!!
「……まだよ……ッ!」
途端、魂が燃え上がるような感覚が、心が熱くなるような衝動が、ローレンを再び支配していた。誰の目から見ても弱々しい気配しか感じられなかった総身には、静かながらも激烈な覇気が漲りつつある。
――まだ終わってない。少しの被弾なんて気にするな、私の命と魂は燃えに燃え滾っている。どれだけ傷付き泥に塗れようと、折れずに立っている限り負けじゃない。
余計なモノは捨てろ。格好なんてつける必要無い。使える物は何でも使って泥臭く、力を振り絞ってみっともなく最後まで足掻く。それが、凡人の私が天才と張り合うための唯一の手段なのだから。
どんな時も、倒すべき目標から絶対に目を逸らさない。それが、挑戦者の最低条件だ……!!
「フッ!」
ぱんっ!! 突然、ローレンは自分の頬を思いっきり引っ叩いた。一切力加減なく張った平手の痛々しい音が競技場に響き、本人以外の者達はぎょっと目を丸くした。
「ローレン……」
「ふぅ、ごめんなさい。みっともない姿を見せてしまったわね」
放たれる気迫からして一変したローレンの様子を窺うコロナに、彼女はこれまでの己の不甲斐なさを素直に謝罪した。どこか、憑き物が落ちたような顔で。
「思うところが消えた訳じゃない。楽しかった事も嬉しかった事も悲しかった事も含めて、貴女とは色々あったから……」
「……」
「でも、そういうのは一端置いといて、少し馬鹿になってみることにしたの。今はただ、ずっと追いかけてた目の前の強い魔道士と、全力でぶつかり合ってみたい。今のローレン=A=フェルグラントにあるのは、それだけよ」
確かな自信と決意を漲らせ、ローレンは微笑むようにそう告げる。先程までの憔悴しきった姿は影も形もなく、何の混じり気も無い純粋な闘争心の塊が、そこには居た。
「――ッ!!」
と、そのようなローレンに対しコロナは、何かが骨の髄から震えとしてこみ上げてくるのを感じた。それは‟恐怖”か――否。それは、何物にも勝る‟歓喜”だった。
「……はっ、やっと良い顔になってきたじゃない。そうよ、難しい事なんて今は忘れなさい。アタシとアンタ、関係無いこと全部抜きにして本気で戦ったらどっちが勝つか、アタシはそれが楽しみで堪らなくてこの決闘に乗ったんだから!!」
待ちに待った好敵手との、本気の戦い。念願だった対決を目の前に、好戦意欲旺盛な赤髪の少女が燃えない訳が無い。ありったけの戦意を込めて、コロナは牙を剥いて獰猛に笑い返した。
「次で決めるわよ、コロナッ!!」
「望むところよ、ローレンッ!!」
互いの激烈な覇気が空気をピリピリと張り詰めさせる。両者の気迫がもたらす極限の緊張感に、観客達は全員押し黙って戦いの行方を静かに見守っていた。
「【大気よ・集いて爆ぜよ】ッ!」
先に仕掛けたのはローレン。追加節を加えて改変した風魔《爆裂気弾》――地面に解放された圧縮空気弾が巻き起こす爆風が、激しく砂塵を巻き上げた。
「……!」
突然の視界不良から土煙に紛れての魔法攻撃を警戒したコロナは、すぐさまバックステップで後退し、追撃に備えていつでも対抗魔法を唱えられるように備えるが……追撃は来ない。それでも、油断なく左手を構えていると、
「はぁあああああああああああ――ッ!!」
「――ッ!?」
土煙の尾を引いて中から飛び出して来たのは……なんとローレン本人だった。両腕を交差させて前面を守り、躊躇なくコロナ目掛けて一直線に突進してくる。
「【~~・……・――】」
そして途中、コロナに悟られないよう隠した口元で何事かの呪文を囁くように唱える。
「立ち直ったその意気は認めるけど、それで思いついたのがただの特攻? 舐めんじゃないわ、【幼き紅竜の息吹よ】!」
「……ッ!!」
これにはさしものコロナも面食らったが、瞬時に的確な判断を取り戻して冷静に炎熱《幼竜火吹》を発動。放射状に渦を巻いて放たれた火炎流が、突進するローレンを容赦なく呑み込む。
残り少ない魔力で確実に魔法を当てるために強引に距離を詰めるには、あまりにも無謀な突撃。これは流石に決まったかと、誰もがそう思った――次の瞬間。
「う、うぁああああああああああああああああああ――ッ!!!」
――次の瞬間、燃え盛る炎波を突き破り、ローレンが姿を現した。彼女は制服や肌を少し焦がした程度で大したダメージを追っておらず、勢いを微塵も緩めずにコロナとの距離を再び詰めようとする。
「なぁっ!?」
その光景を目の当たりにし、ローレンも観客達も目を剥いた。先の《幼竜火吹》は、事象改変の不確定な一節詠唱だった。炎を少しでも避けるために、ローレンが姿勢を低くして走っていたのも見えた。
だが、それらを差し引いても、戦闘不能にするには十分な威力だった筈……と、そこで、コロナは燐光の如くローレンの身体を覆う魔力の輝きを目視し、愕然とした。
(まさか、さっき召喚した小精霊みたいに《守災加護》を予め何重にも付呪して!? アタシの視界を奪ったのは、魔法の正体を悟られないようにした上でアタシに絶好の隙だと思わせる為に!?)
それだけではない。コロナが切り札とする「律令詠唱」、「連続詠唱」、「共鳴反唱」などの魔導技能は強力な反面、決して少なくない魔力を消費する。ローレンは魔力量が限界なコロナがそれらを使わないという判断を読み、そして賭けた。
なんて奴なのだろうか。彼女の突撃は無謀でも何でもない。冷静な判断力と聡明な頭脳、そして、ここ大一番の度胸が導き出した勝利のための最善手だったのだ。
(マズイ! ここは落ち着いて防御を……)
――結論から言えば、コロナの対応は悪手だった。防御という消極的な手段をとった事に加え、目くらましからの身を挺した特攻という急激な環境変化に認識が遅れたことで、ローレンに呪文を唱える充分な時間を与えてしまった。
「【吹雪け銀風・麗しき氷精に従い・激しく踊れ】――ッッ!!」
コロナが守勢に回ったと見るや、凛とした声でローレンはその呪文を叫んだ。
それは、既存の汎用魔法には存在しない未知の呪文。氷結《氷精凍霧》の術式と呪文をベースに、ローレンが独自にアレンジした魔法式を組んで編み出した強化改変魔法が発動する。
その名も、氷結・改《銀精氷嵐》。凡人に過ぎないローレンが天才であるコロナの横に並び立つために、ずっと前から考えていた彼女だけの魔法。
「私だってぇえええええええええ――ッッ!!」
「よ、【寄りて阻みし風よ】!?」
形成されたゲートから拡散ではなく、指向性を持って解き放たれた冷気波動の奔流が、驚愕の表情を浮かべたコロナが咄嗟に展開した空気障壁を、いとも容易く消し飛ばした。
「きゃあああああああ――ッ!?」
その威力は位相固定の不完全な空気障壁だけでは相殺しきれず、荒れ狂う冷気の衝撃でコロナは吹っ飛ばされる。何度か地面をバウンドしながら、華奢な身体が転がっていく。
「ぐぅぅぅ……」
ただ、これで勝負が決まった訳では無い。コロナもローレン同様、予め《守災加護》を自身に付呪していたため、魔法防御なしの直撃という敗北判定には抵触しない。まだ、コロナは折れてない。
「げほっ……まさか、アンタが一番嫌いそうな特攻をしてくるとは思わなかった。しかも、改変呪文でこれ程までの魔法を編み出してるとはね。
「ごほっ、ごほっ……切り札は必中の距離とタイミングで使え。貴女が昔、私に教えてくれた事よ」
コロナは激痛に、ローレンは魂が抜け落ちるような魔力消費に耐えながら、ボロボロの両者はそれでも呼吸と魔力を整える。どちらも、その双眸には不屈の闘志が漲っており、折れる気配は無い。
「……もっとも、こんな魔法、最初は使うつもりはなかったんだけどね」
「え?」
これは自身の魔法適正を利用した固有魔法ではなく、元は誰にでも使える汎用魔法だ。フェルグラントの魔法教育で培った知識を活かし、術式の構想自体は随分前から完成していた。
……だが、この魔法がコロナへの劣等感を紛らわせるために作った物である事に気付き、封印することに決めた。何も生みだせない、何も成せない自身の醜い性根をわざわざ露呈したくはなかった。
「でも、ある男が私に言ったの。本気で誰かを超えたいと欲するなら、自分自身の持てる全てを燃やし尽くさなければならないって。貴女への劣等感から生まれた産物でも、今の私にとっては力の一つ。そう思ったの」
もう想いに理由を付けて誤魔化すのは止めた。憧れも嫉妬も、コロナに抱く嘘偽りの無い想いだからこそ、その本人にこそ最初にぶつけるべき力なのだと。
「さて、即興改変魔法って言っても、術式の精度はまだまだ低い。既存の呪文を大きく崩すのだから、魔力消費の効率は最悪よ。今ので私の魔力は殆ど底をついてしまった。後は……分かるわよね?」
「……えぇ、そうね」
二人の目と目が合う。そして、瞬時に悟り合った。激しく消耗しているのはお互い様。ならば――
「「次で決めるッ!!」」
決着は次の一手。次の一手に自分の全てを尽くすのみ。
「【燃ゆる焔よ・風焼き裂いて・敵を斬れ】ぇえええ――ッ!!」
コロナがありったけの魔力を乗せて、炎熱《飛翔炎剣》を唱える。恐るべき熱量を内包し形作られた炎の長剣が、コロナの周囲に多数生まれる。
「【吹雪け銀風・麗しき氷精に従い・激しく踊れ】ぇえええ――ッ!!」
対するローレンも、限界まで魔力を込めて再び《銀精氷嵐》の呪文を叫ぶ。本来なら広範囲に拡散するところを一方向に収束された凍霧が、凄まじい冷気波動となりてローレンの前方に生じる。
「はぁあああああああああああああああああああ――ッ!!」
「やぁあああああああああああああああああああ――ッ!!」
コロナが放った炎剣が、ローレンが放った渦巻く氷嵐が、互いの全身全霊の一撃が真っ向から激突し――大爆発。壮絶な炎と冷気の余波が 逃げ場を求めるように乱舞四散し、それに巻き込まれた観客席から悲鳴が上がる。
――そして。氷の嵐が炎との衝突によって蒸発・気化したことによって生じた大量の水蒸気が収まっていき、一面真っ白な視界が晴れたその先には、
「うっ……」
「……っ」
吹き飛ばされて力なく地面に倒れ伏す、決闘者二人の姿があった。相手が繰り出した全力の一撃がほぼ直撃したことで、どちらも《守災加護》の効力は消滅しており、全身ボロボロで土に塗れている。
初めはまだ辛うじて意識があっだが、それも長くは続かなかった。ある時を境に、両社はほぼ同じタイミングで完全に気を失ってしまう。この瞬間、どちらか一方が立ち上がって戦闘復帰する可能性は潰えた。つまり――
「勝負あり! 双方のほぼ同時の戦闘不能によって、この決闘、引き分けとする!」
立会人であるアクトの宣言により、一年越しに渡る二人の因縁の戦いは引き分けという形で幕を閉じるのだった。




