82話 コロナvsローレン①
実力が拮抗した魔道士達の、魔法のみを使用した純粋な魔法戦は、詰まるところ魔力配分のペースと事象干渉強度の崩し合いだ。
短時間に連続・または強力な魔法を行使しするたび、術者の事象を歪める改変力はどんどん損なわれていく。この度合いを事象干渉強度と言い、個人差はあれど、許容量を超えればどんな魔道士でもしばらく魔法を行使出来なくなる。
そのための道筋を戦いの中で瞬時に組み上げ、迷いなく実践出来た者が勝つ。理と先読みを重ね、相手に生じた僅かな隙に必殺の魔法を叩き込む、これが現代魔法戦の在り方だ。
これらの能力が高い卓越した技量を持つ魔道士ほど、戦いにおける有効打は減っていく。実力が拮抗しているのなら尚の事、戦いは泥沼の様相を呈してくる。
魔法戦とは、一瞬の油断も許されぬ、死力と知力と魔力を尽くした術者同士の知恵比べなのだ。
「【氷精の振るいし腕よ】!」
「【寄りて阻みし風よ】!」
――白熱する魔法戦の最中。ローレンは最も得意とする氷結系統の《氷精凍霧》を放つ。対するコロナは、極めて冷静に風魔《集風防壁》を展開。
コロナをくるりと覆う強固な空気障壁が冷気波動の霧を受け流し、風にいなされたことでより広範囲に拡散した白霧が、両者の視界を一時的に奪う。
「【逆進せよ・原初たる力に従いて・正しき理に還れ】――」
それに構わず、ローレンは対抗《破魔ノ消波》を発動。結界、障壁などの場に展開された領域干渉系魔法を強制解呪する魔力相殺波が発生し、コロナの纏う空気障壁を払い飛ばし――
「――【駆けろ閃光】!」
矢継ぎ早に呪文を唱え、指先から紫電の矢を飛ばす。この視界不良の中、高速で飛来する雷撃系魔法を見切って躱すのは困難だ。白き冷気の残滓を貫き、雷閃は一直線にコロナを打ち据えんと迫るが、
「【災禍零に帰せ】!」
先んじてコロナが唱えていた対抗《回帰霧散》が打ち消した。タイミングを合わせた鮮やかな手並みの打ち消しで、雷閃は魔素となって雲散霧消する。
と、その時。辺りを包んでいた白霧が晴れ始めた。これで一先ずは仕切り直し、ようやく視界が戻ってきたコロナの視界の先に――ローレンの姿はなかった。
「【走れ疾き雷獣よ・――」
その声の出所は、コロナの右斜め後方から。ローレンは《紫電閃》を唱えると同時に、付呪として身体に刻んでおいた《剛力ノ解放》を魔力全開で発動。強靭な身体能力で、コロナの死角に一瞬で回り込んでいたのだ。
「【汝が過ぎ去りしは・――」
今、自分は確実にコロナの先手を取っている。時間はかかるが、至近距離で確実に倒し切れるだけの威力を出せる三節の呪文を紡ぎ――自分の姿を見失っていた筈のコロナと視線を合わせた。
(まさか、読まれてた!?)
「【起動】ッ!!」
ローレンは呪文詠唱を即時中断し、地面を転がりその場から全力で離脱。直後、半瞬前まで彼女が立っていた地面に展開された紅蓮の魔法陣から、火柱が勢いよく立ち上った。
「《焦地火陣》……危なかった。あそこに魔法罠を仕掛けてたって事は、私の動きを読んでいたのね?」
「当然よ。アタシの《集風防壁》をわざわざ節句数のかかる《破魔ノ消波》で無力化したのは、霧が晴れるまで防壁の中に籠られるのを嫌っての選択だったんでしょ? かと言って、アンタは正面から突っ込んで来る脳筋でも無い。読めてたわ」
激しく凌ぎ合うコロナとローレン。学生同士の魔法戦とは思えない、開幕からひっきりなしに繰り出される高度な魔法の応酬に、観客も沸きに沸いていた。
「でも、流石ね。絶好のカウンターだと思ってたのに決まらなかった。視線合わせなきゃよかったかしら?」
「それはこっちの台詞よ。単純な魔法の撃ち合いだけじゃ、一生崩せる気がしないわ」
魔法行使で乱れた魔力と精神を整えつつ、互いの腹の内を探り合いながら、両者は言葉を交わす。
先の攻防での手ごたえはどうか? 少しでも相手に付け入る隙はなかったか? 言葉を交わしながらも、頭では次の作戦を必死に模索し続けている。
……この時。二人は気付いていなかった。勝利への道を探すべく極限まで白熱加速する戦闘思考は、戦闘に関係の無い彼女達を縛る複雑な関係性やしがらみを、全て忘れさせていた。両者はただ純粋に、相対する一人の魔道士へ賞賛を送っていたのだ。
(分かってた。この程度で、コロナが倒せるなんて思ってもいなかった。でも、何も出来ずにやられてたまるものですか。その為に、この状況を打開する布石も打っておいた……)
頭が焼き切れんばかりに脳内を疾走展開中のとある魔法式は、自分に様々な情報を与えてくれる。もうすぐコロナの能力の再計測が終わる。それさえ済めば、この戦いを有利に立ち回れる筈だ。だが、彼女の猛攻を凌ぎながら計測を行うには危険が過ぎる。
「だから、ここからは趣向を変えるわよ!」
不意にローレンは、左右の手で複雑な印を結び始め、その手を地面へ付ける。
「【来たれ麗しき冬の盟友・我が招致に応え・此処に現界せよ】」
そして、淡々と三節の呪文を唱えた。すると、その手から魔力光が輝く線となって無数に縦横無尽に地面を走り、たちまち五芒星の魔法陣を形成。完成した法陣が眩い光を放ち、虚空に‟門”を開く。
「……!」
魔法が発現するゲートとは別種の‟門”より現れたのは……氷で作られた五体の骸骨だった。二本の足で立ち、同じく氷の剣、槍、斧などの武器を携える骸骨達は、ローレンを守る騎士のように、コロナの前に立ち塞がる。
「召喚術、か。そういえば、アンタの得意分野は氷結系統の魔法だけじゃなかったわね。でも、この数は……」
「ええ。貴女に負けないように、ずっと練習だけは続けてきたの。さぁ、この数の氷精霊達を倒せるかしら?」
発動したのは、召喚《精霊呼来》。非物質界を生きる存在規格の低い小精霊との間に霊路を繋いで魔法的契約を結び、魔力を与えて一時的に受肉・使役するという魔法だ。
精霊を始めとする、‟あちら側の世界”に住まう霊的存在を呼び出す召喚術は、学生でも数える程しか習得していない高等技術だ。しかも、ローレンは召喚に触媒を用いない簡易契約で、これだけの小精霊を使役している。恐るべき技量だ。
「【行きなさい】!!」
「……ッ!!」
ローレンが唱えた命令式に応じ、骸骨らしく顎をカクカクさせながら突進を開始した氷精霊達は、身構えるコロナ目掛けて殺到する。巨漢が如き体躯の集団が迫り来る様は、まるで氷の壁であった。
「数が多いなら、まとめて焼き払うまで! 【幼き紅竜の息吹よ】ッ!!」
圧倒的物量の不利を悟ったコロナは、直ぐに距離をとりながら炎熱《幼竜火吹》の呪文を唱える。氷精霊達を一掃せんと、猛き火炎の波が渦を巻いて迸り、容赦なく氷精霊達を呑み込み――
「なっ!?」
燃え盛る炎の中を氷精霊達がものともせず突き抜けた光景に、コロナは目を見開いた。氷精霊達は表面を少し溶かしただけで、消滅させるには至っていない。五体のうち先陣を切った一体が振り下ろした剣を、コロナは間一髪のところで躱した。
(殆ど効いてない……そうか、召喚と同時に《守災加護》を……!)
氷精霊達の追撃を凌ぎながら、コロナは自分の炎が通らなかった理由を見抜く。対抗《守災加護》は、「変化」を司るエネルギー変動・増幅系の炎熱・氷結・雷撃の損傷を軽減する付呪だ。
ローレンはこれを、氷精霊達を呼び出す召喚術の術式パラメータに手を加え、召喚と同時に遠隔付呪したのだろう。こうなった以上、耐性付呪系の防御魔法の効力を貫いて標的にダメージを与えるのは困難となる。
「このぉ! 【紅の厚壁よ】ッ!!」
間合いを空けようにもここは円形の闘技場、逃げ場は皆無。苦し紛れに、コロナは炎熱《焦赤ノ壁》を唱える。放射状に広がる炎の壁が、コロナを横から取り囲もうとする氷精霊達をまとめて吹き飛ばした。
(これで間接的にローレンの視界を塞いだ! 後は距離をとってコイツらを三属性以外の魔法で倒す!)
先程と同様、コロナの炎は氷精霊達に届いていない。だが、それでも次の呪文を唱えられるだけの十分な隙は稼いだ。彼女はバックステップで大きく跳び退りながら、攻撃魔法の詠唱を始め――
「【氷の牙よ】!」
「――【阻め光の障壁よ】ッ!?」
いつの間にか炎壁を避け、自分の側面に回り込んでいたローレンが放った複数の凍気弾を認識し、瞬時に詠唱中の呪文を防御魔法に切り替えた。
本当にギリギリで、凍気弾が目と鼻の先まで迫ったところで魔力障壁の展開が間に合い、殺到する魔法を防いだ。
「これでも決められないなんて……本当にとんでもない反応速度ね」
「お褒めに預かり光栄よ。アンタこそ、何でアタシの動きがここまで読めるのよ?」
互いが魔法を行使し終わった一瞬の邂逅。額に冷や汗を浮かべるコロナの問いに、無言の不敵な笑みを返したローレンは再び氷精霊達の背後へ下がっていく。仕切り直しだ。
(今のはかなり危なかった……思えば、決闘が始まってからそうだった。一手二手、それ以上に動きを読まれてるような感覚……単純な読み合いなら、アタシとローレンにそこまでの差は無い筈……やっぱり、ローレンは何らかの術を使ってる? だったら、自分から積極的に仕掛けて来ないのも納得が出来るわ)
コロナは、一年前の「校内選抜戦」でローレンとチームを組んでいた時の事を思い返す。当時の彼女は、作戦立案能力に非常に優れていた。たとえ人数差が不利であっても、驚くべき先読み能力と相手の何手先を行くかのような作戦で自分とリネアを支えていた。
その絡繰りが、こうして自分を追い詰めつつある先読みと作戦能力を高める何らかの魔法をローレンが使っているのなら、辻褄が合ってくる。戦いは他者に任せ、自分は後方から情報収集に徹して相手の隙を探る……なるほど、彼女の好きそうな戦法だ。
(と、コロナは考えているのでしょうね。無理もないわ。私も、コロナと同じ立場ならそう考えるだろうし。……でも、実際は違う)
――種を明かせば、コロナの読みは半分当たっていた。一年前のローレンは何の小細工もしていない。ただ、‟とある術”の練度を鍛え上げたことによる経験が、彼女の根本的な能力を高めていただけの事。
だが、今は違う。コロナの読みが捉えた通り、ローレンは自身が持つ能力の原点とも言える、その‟とある術”を決闘が始まってからずっと発動していたのだ。
それこそが、眷属秘術《機動定石》。一軍の将と在るべくしてフェルグラント家が編み出し受け継がれ続けてきた、拡張並列思考演算魔法。
術者の魂に根差す魔法適正を組み込む固有魔法と違い、眷属秘術は術者の生命に根差す魔力特性を組み込む魔法だ。その性質上、一代限りの固有魔法と違い、同質の魔力を持つ血族に連なる者が代々伝え、発展させていくことが可能なのである。
そして、《機動定石》は自身の感覚と思考演算能力を極限まで増幅することで、戦場のありとあらゆる情報を取得し、普通の人間には見えないモノが見えるようになる。
この術の恐るべき点は術単体のみにあらず。取得した情報を、数秘術などを組み合わせたフェルグラント独自の戦術方式で処理することにより、相手の何手先もの行動を読み、戦いの流れを組み立てることが出来る。それら全て含めてフェルグラントが誇る秘術なのだ。
情報が揃えば揃うほど精度は飛躍的に上がり、極めれば未来予知にすら匹敵する行動予測が可能になる。対人は勿論、対軍にも絶大な効果を発揮し、フェルグラントはこの術を用いることで、戦場で多大な戦果を挙げてきたのだ。
(局所的な反応速度と魔法戦能力では、私はコロナに遠く及ばない。でも、その場その場で行動を考える貴女と、常に大局的に状況を把握出来る私とでは、総合的な反応速度が違う。なら、上回ることは理論上可能よ!!)
眷属秘術は文字通り、その魔道士の家系が後世に代々伝え、秘匿してきた奥義とも呼べる術。このような多くの目がある中で、おいそれと見せるような物では無いが……構うものか。どうせ自分は半ば勘当された身、使える物は何でも使う。
(コロナ、貴女に勝つ為に、手段は選ばないわ!!)
(見事に統制された精霊の動きに、ローレン自体のスペック……厄介ね……)
時間を与えれば与える程、手の内を見せれば見せる程、ローレンの行動予測は精度を増していく。氷精霊達の攻勢を捌きながら、コロナは彼女の強さの秘密を直感的に察した。その上で、
(流れを変えたいのなら、ローレンに考える暇を与えたら駄目ね。兎にも角にも、先ずはコイツらを速攻で片付ける!!)
逃げてるだけでは永遠に勝てない――一つの決心をしたコロナは後退の足を止め、あろうことか自ら氷精霊達の懐へと突っ込んだ。
これだけ近ければ、辛うじて牽制に使えていた呪文を唱える暇も無い。判断ミス、完全な自殺行為、観客にはそう思われたが、
(確かに数は多いけど……一体一体は、アクトの足元にも及ばない!)
今も自分を見守る「騎士」の少年の剣に比べたら、コイツらの動きなど止まっているも同然だ。ここまでの攻防から氷精霊達の太刀筋を見切ったコロナは、至近距離で繰り出される氷精霊達の連続攻撃を全て紙一重で躱した。
『嘘っ……!!』
『危な過ぎるだろ今の……』
観客席からどよめきが上がる。氷刃が掠めた赤髪が宙を舞う、刃と肌がもう少しで触れようかという際どい回避だった……それでも、コロナの身体には傷一つ付いていない。戦闘は続行している。
「【駆けろ閃光】――【疾く速く】ッ!!」
すかさずコロナは、雷撃《紫電閃》を唱える。更には「律令詠唱」の後付け改変で威力を落とす代わりに速度を増加。左指先から飛ばされた雷閃は、密集したことで僅かに体勢を崩した氷精霊達の隙間を抜け、一直線にローレンを襲った。
「くっ!?」
まだ未完成な行動予測を超えたコロナの一撃に、不意を突かれたローレンは身を捻って躱すしかなかった。自我の薄い小精霊を思いのままに動かすには、術者が随時、彼らに与える命令式を更新する必要がある。
だがこの瞬間、ローレンは回避に専念したことで集中が切れ、命令式を更新するのが遅れてしまった。結果として、命令を与えられる前の待機状態に移行した氷精霊達の動きが、ぴたりと止まった。
「【舞えよ風神・我、風纏いて・天に踊らん】!」
この隙を見逃す道理は無い。呪文を唱えると同時にコロナは激風を全身に纏い、疾風の如く空に舞い上がる。風魔《暴風飛翔》による機動力加速だ。
「【風よ荒ぶれ・驟雨となして・遍くを打ち据えろ】――ッ!!」
そして、宙に放り出されたままさらなる呪文を括る。上方から撃ち降ろすように発動する風魔《散風吠撃》。ゲートから無数に放たれた突風の散弾に胴体を打ち砕かれ、存在を維持出来なくなった氷精霊達は一体残らず消滅・送還された。
「くっ……!」
(今よ!!)
直後、契約した精霊が元の次元に送還され、自身の術が破られたことによるフィードバックで大きくのけぞるローレン。決闘が始まってから初めて見せた、彼女の隙らしい隙。
「【朱き魔弾よ】――【第二射】――【第三射】ッ!!」
ここを好機と見たコロナが、遂に切り札を切る。魔導技「連続詠唱」で《火炎弾》を連唱。コロナの着地と同時に放たれた火球の三連射が、ローレンへと殺到する。
対抗魔法でも全ては打ち消せない。かといって防御魔法を唱える間も無い。これは決まったか、コロナを含むこの場の誰もがそう思った――ただ一人、それを受けるローレンを除いては。
「……ふっ。その手は予測済みよ! 【起動】ッ!」
「――ッ!?」
あわや、魔法が直撃する半瞬前、ローレンが短く呪文を叫んだ――直後。彼女の眼前に光り輝く魔力障壁が展開された。本当にギリギリのタイミングで、殺到する火球は目と鼻の先の光壁に炸裂した。
(条件起動式の防御魔法!? でも、この高速戦闘中に罠を仕掛ける余裕なんて……まさか!?)
コロナの脳裏をよぎるのは、ずっと前の攻防でローレンが唱えた《氷精凍霧》だ。あの一瞬の視界不良の中、彼女は何手先も前からこの展開を読み、予め仕掛けておいたのではないか……
(そうよ。貴女は、この程度で封殺出来るような甘い相手じゃないから)
ローレンはコロナが何らかの手段で氷精霊達を退けるのを読んでいた。当然だ、コロナ=イグニスは、召喚術一つに翻弄されるような弱い魔道士ではない。必ず打ち破ってくる。そこには、魔法による行動予測を超えた彼女自身の確信があった。
(だけど、次の一手で終わり! 貴女の力を全て引き出した上で、私が勝つ!!)
(畏れ入るわ。ここまでアンタの手の平の上とはね……だけど、いつまでも思い通りに行くと思ったら大間違いよ!!)
両者、思い描く未来はまったく別の光景であった。互いの思惑が交錯し――戦況を揺るがす渾身の一手が交錯する。
「【【駆けろ閃光】】――ッッ!!」
「無駄よ――【災禍零に帰せ】ッ!」
読んでいたとばかりにローレンが発動する《回帰霧散》。ここまでの絶え間ない超連続魔法行使によって、コロナの事象干渉強度は限界まで負に振れ切っている。
この《紫電閃》を撃ち終わったが最後、コロナはしばらく魔法が使えない。絶対的な隙を晒す。
(もらった、これさえ凌いでしまえば!!)
そう、自分の勝ち――だからこそ、ローレンは驚愕に目を剥いた。完璧なタイミングで雷閃を打ち消し、勝利の確信と共に反撃の呪文を唱えようとして――遅れて飛来した、鋭き一条の雷閃に。
「~~~~ッ!??」
それを反応して躱せたのは、殆ど奇跡に近かった。咄嗟の横飛びで転がったローレンの身体を、呪文も唱えずに続いたコロナの右手から放たれた雷閃が際どく掠める。
地面を転がりながらも、直ぐに態勢を立て直して反撃の構えをとるのは流石の一言に尽きるが、左手をコロナに向けるその相貌には驚愕・動揺・狼狽、様々な感情が色濃く滲んでいた。
「今のはまさか……『共鳴反唱』!?」
信じられない物を見たような驚愕収まらぬ目でコロナを見据えながら、ローレンはその正体に辿り着いた。
魔導技「共鳴反唱」。特殊な呼吸法を用いた発声と過剰な魔力消費で、一度の呪文詠唱で同じ魔法を二度発動する高等技法。
帝国軍では三大魔導技と呼ばれる「連続詠唱」、「瞬時展開」、「共鳴反唱」――一つでも習得していればどんな戦闘部署でも重宝されるこれら特殊魔導技能の内、その二つをコロナは学生にして既に習得しているという事実に、ローレンは愕然とした。
「御明察。『若き魔道士の祭典』を確実に勝ち抜く為に、出来れば然るべき時まで隠しておきたかった奥の手だったのだけど……今がその然るべき時だと判断したわ。アンタは全力を以て倒すに相応しい紛うことなき強敵よ」
「……「連続詠唱」を習得しているのは知ってた。だけど、「共鳴反唱」まで……コロナ貴女、もうその域に至ってるというの!?」
何という事だろうか。自分がどれだけ沢山の情報を集めても、どれだけ念密な策を張り巡らしても、眼前の少女は更に高みの次元へと上って行ってしまう。必死に努力して考えて足掻いても、終ぞ追い付けない。
分かっていた事じゃないか。自分が今戦っている少女は、‟ちょっと出来の良い凡人”の浅はかな思惑など軽々と超えてくる、掛け値なしの大天才なのだと。あろうことか、まだ自分の中には油断があった……自惚れていたのだ。
私は、こんな化け物に勝てるつもりだったのか――
「さて、これで何ラウンド目かしら? こうなったら、とことん戦り合いましょう。ローレン!!」
「くっ……!」
理論と戦術を突き詰めた魔道士と、規格外の直感と能力に突出した魔道士――ベクトルは違えど、非常に秀でた能力を持つ若き魔道士達の戦い……互角だと思われていた両者の形勢は、徐々に傾き始めていた。




