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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
3章 学院生活編(下) 〜奇なりし絆縁〜
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81話 決闘

 

 気候や大地を流れる霊脈の関係から、春終わりのギリギリまで肌寒さを感じさせる朝のオーフェンも、夏季を目前にしたこの時期では関係無い。照り付ける日差しの下、道行く人々は一様に半袖を始めとした通気性のよい薄着に身を包んでいた。


「うっ、日差しがキツイ……オセアーノも大概だったけど、アタシ、やっぱり夏って嫌いだわ……」


 しかし、その季節感をガン無視した、いかにも暑そうな黒い長袖の制服を纏って歩く男女が四人――エルレイン邸の住人達だ。今日も今日とて、大体いつも通りの時間で学院に続く歩道を行く。


「意外だな。そんな如何にも暑苦しい髪色で炎の魔法が得意なんだから、こういう暑さには強いもんだと思ってたんだが?」

「仕方無いじゃない。炎の熱さには問題なく耐えられるけど、アタシが昔住んでた地方は年中寒い所だったから、自然の暑さには弱いのよ……」

「あはは、確かにコロナって、夏季休暇の時は殆ど外に出なかったもんね」


 眠たげな顔でうとうとしているエクスの手を引いて歩くアクトの問いに、照り付ける日差しを腕で隠しながらコロナが呻く。隣を歩くリネアも苦笑いだ。


 ガラード帝国魔法学院の学生制服には、着用者の身体周りの気温・湿度を一定に保つ空調魔法が常時付呪されている。そのお陰で夏は涼しく冬は暖かいという、とても便利な代物なのだが、限界はある。度を越した熱気・冷気は効力を貫通してくるし、対策しなければ普通に日焼けもする。


 とりわけ今日は、夏季を前にした中でもかなり高い気温。制服の効力を微妙に貫通して、長袖が故に通気性の悪い彼らの肌を、初夏のジメジメとした暑さが焼いていた。


「まぁ、俺も暑いのに別段強い訳じゃないからな……ところで、エクスは大丈夫なのか?」

「んにゅ……問題ありません、マスター。魔力を得て受肉したこの身体には、周囲の環境情報を取り込む機能がありますが、魔力体に反映される情報伝達を遮断すれば全て解決ですので」

「お、おう……流石、精霊だな」


 寝てるのか起きてるのか分からないような状態からのエクスの饒舌な受け答えに、アクトは僅かにたじろいだ。このように、暑さ寒さなんかとは縁の無い例外も居る訳である。エクスは大概何でもアリだ。


「……で? そろそろ観念して教えなさいよ」


 新古に富んだ風景の街並みを抜け、他の生徒達と混じりながら北地区の学院正門へと続く上り坂を歩いている途中、不意にコロナがアクトに向けてそんな事を言った。


「藪から棒に何だよ?」

「何だよ、じゃないわよ。決まってるじゃない。昨日、アンタが夜遅くに帰って来た理由についてね」


 昨日、魔法薬調合の補講実験を受けていた筈のアクトの帰りはかなり遅かった。夕飯時はとっくに過ぎ去っており、先に食事を済ませてしまった三人の住人を大いに心配させたものだ。


「だから言ったろ? 実験が思ったよりもかなり長引いただけだって。それ以上でも、それ以下でもねえよ」

「嘘言ってんじゃないわよ。実験の時間が伸びたにしても、あんな時間まで続く訳無いでしょうが。吐くならもう少し分かりにくい嘘を吐きなさい」


 アクトはおどけたようにシラを切るが、眉根を寄せたコロナは当然の如く食い下がってくる。内心、本当に分かりやすい男だと呆れてはいるものの……今の彼女には、アクトに対する心配の思いの方が強かった。


 昨日、屋敷に帰って来たアクトはボロボロに汚れていた。今着ている制服の補修痕が何よりの証拠。応急処置で取り繕ったような脇腹の痕には、色合いだけ似た布が縫い付けられている。


 問いただそうにも昨夜は上手くはぐらかされてしまったが、耐久性に優れる制服が破損する出来事など……‟戦闘”しかない。昨夜アクトは、自分達の知らない場所で何者かと戦っていたに違いない。


 相手がただのチンピラだったなら、杞憂で済ますことも出来ただろう。問題なのは、その程度の連中なら指一本触れさせず瞬殺してしまえるであろうアクトが、一撃を喰らわせられる強敵と戦ったであろう事だ。


「アクト君、私からもお願いするよ。何があったのか教えてくれないかな?」

「そうよ。いつものバレバレな嘘で、アタシ達に何を隠し通そうっていうの?」

「……」


 二人の会話の雰囲気からただならぬ何かを感じ取ったのか、深刻そうな表情でリネアも追及してくる。これで二対一、じりじりと詰め寄ってくる少女らの圧力に、アクトは押し黙った。


 アクトは、からかい目的でつまらない嘘や冗談は息をするように吐くが、コロナやリネアを心配させるような嘘や隠し事は決してしない。それでも未だ謎に満ちた行動が目立つが、二人を置き去りにする独断専行はしてこなかった。


 そんな彼が、嘘がバレている事を察知しておきながら重大な秘密を隠そうとしている。嫌な予感がせずにはいられない二人であった。


「……いや、こればっかりはお前らにも言えない。ていうより多分、片方はそのうち、嫌でも分かる事だろうからな」


 しばらく無言でいたアクトは、意味深な言葉を含めて己の嘘を貫いた。そして、はぐらかすように話を打ち切り、エクスの手を引いて小走りに駆け出した。


「片方? それってどういう……あ、ちょっと、待ちなさいよ!」

「アクト君!?」


 やっぱり隠してる――アクトの予言めいた言葉へ呆気に取られながらも、これは絶対に何か秘密を抱えているという確信を持って、少女らは彼の後を追いかけた。


 ……結局、二人がアクトの抱えている秘密を暴くことは叶わず、そうこうしているうちに一行は学院に到着してしまうのだった。



 ◆◇◆◇◆◇


「おはようさん、皆」


 アクト達が教室に到着した直後、いの一番に元気よく声をかけてきたのは、マグナだ。どうやら、また早めに登校して魔導工学系の作業をしていたらしく、明るく朗らかな笑みを浮かべる頬は黒く薄汚れていた。


「おはよう、マグナ君」

「はぁ、はぁ……ちょっとアンタ、何とかしてくれない? この男、アタシ達に隠し事があるみたいなの。散々問い詰めてもまるで口を割らないし……しかもその隠し事、一つだけじゃないみたいなのよね」


 マグナに、にっこり笑って応じるリネア。すると、暑さに加えてアクトを全力で追いかけたことで息が上がり、ぐったりした様子のコロナが、批難めいた視線でアクトを睨み付ける。


「アクトが隠し事? おうよ、任せとけ。ほれほれ、悩みならお兄さんに相談してみ? ん?」

「うぜぇ、投げるぞ。ていうか、俺達同い年だろうが」


 マグナが自分の肩に手を回して絡んでくるのを、アクトは嫌そうに振り払う。そんなこんなで、授業が始まるまで一行は雑談もとい大騒ぎしていた――その時。


「少し、良いかしら?」


 冷ややかで静かな声が一行に浴びせられる。彼らが毎日のように聞く声のした方を向くと、一人の少女――ローレンがやって来た。


 普段は滅多に明るい表情を見せずいつもむすっとしているローレンだが、今日は更に険しい表情をしていた。それだけではなく、いつもは身に着けていない手(・)袋(・)を何故か左手だけに嵌めていた。


 ああ、またいつものお説教が始まるな……と、アクトとローレンが繰り広げるいつもの光景が脳内再生余裕な他の生徒達は、呆れの混じった生暖かい目で事の成り行きを見守ろうとする――だが、


「コロナ、私と戦いなさい」


 生徒達の予想を大きく裏切ってアクトを無視したローレンは、嵌めていた手袋を外し、それを対面するコロナに向けて投げつけた。


「……!!」

「ローレン!?」

「いきなり何すんだ!?」


 手首のスナップを効かせて鋭く放たれた白い手袋は、コロナの胸元に当たって床に落ちる。手袋をぶつけられたコロナは驚愕に目を剥き、居合わせたリネアとマグナは揃って素っ頓狂な声を上げた。


「ローレン……アンタ、どういうつもり?」

「貴女ともあろう者が、この意味が分からない? 見ての通りよ。私は、貴女に『決闘』を申し込むわ」


 しん、と静まり返る教室の中、ローレンはコロナを指差し、力強く言い放った。次の瞬間、その様子を注視していたクラス中から、徐々にどよめきが湧き起こり始める。コロナも眉をひそめ、真剣な表情で床に落ちた手袋を注視している。


 魔道士の決闘――それは、古来より連綿と続く魔法儀礼の一つである。魔道士とは世界の法則を歪め、強大な力を振るう者達。呪文と共に放たれる魔法は、天を裂き地を割り何もかもを消し飛ばす。彼らが野放図に争い合えば、国一つなどあっという間に滅びてしまう。


 そんな魔道士達が互いの軋轢を解消するために、争い方に一つの規律を敷いた。それこそが「決闘」である。


 狙いを付ける役割を持ち、より濃密な魔力が通う心臓により近い左手は、魔法を発現行使するのに適した身体的部位。その左手を覆う手袋を相手に投げつける行為が、魔法による決闘を申し込む意思表示となっており、相手が手袋を拾えば決闘成立という事になる。


 帝国が近代国家として法整備を進めた現在では、決闘は半ば形骸化しつつあり、魔道士の争いで決闘が行われる事例は滅多に起こることではない。そんなことをするなら、然るべき法的機関で争った方が遥かに効率的で強制力が高い。


 だがそれでも、古き伝統を守る生粋の魔道士達の間では今も尚、決闘は一つの解決手段として続けられている。例えば、魔導武門の棟梁たるフェルグラント家の令嬢――ローレンのように。そして、同じく魔導の名門たるイグニス家の令嬢――コロナのように。


「……アンタ、本気なのね?」

「ええ。本気と書いてマジよ」


 ローレンがとった行動と手袋の意味をいち早く理解したコロナの問いに、ローレンはコロナを真っ直ぐに見据えて頷く。その水色の双眸には、蒼き理知的な闘志の炎が宿り燃え滾っていた。 


 普段の物静かで落ち着き払ったローレンとは思えない彼女の好戦的な態度を目の当たりにして、他の生徒達は唖然としていた。


(どういうつもりなの……!? ローレンがアタシに決闘を吹っ掛けるなんて……)


 平静を装ってはいるが、コロナも内心ではかなり動揺していた。無理もない、秘密をはぐらかすアクトを追って登校したかと思えば、いきなりクラスメイト――しかもあのローレンに戦いを挑まれたのだから。


 自分とローレンの間に因縁など無い……と言えば嘘になる。一年前の出来事が関係しているのは間違いないが、自分達は相容れない存在としてお互いに割り切ったつもりでいた。それを何故こんなタイミングで掘り返すのか……


 生徒達が固唾を呑んで動向を見守る中、ローレンの意図を図りかねたコロナが彼女を見据え返した瞬間、コロナはその背後に回り込んでいたアクトの姿を見た。


 クラスメイトは勿論、あのリネアですら目を見開いて驚いているというのに、彼だけはまったく動じていない。むしろ、どこか納得といった様子であった。そうまるで、こうなる事が分かっていたような……


「「……」」


 ふと、コロナとアクトの視線が合う。アクトは何も言わない。ただ目線だけをコロナに真っ直ぐ合わせ、曇りなき緑色の眼は、無言の何かを必死に訴えかけようと煌めき――


「……ふっ。そういう事ね」


 ホント、面倒臭い男――何かを察した様子のコロナは、誰にも気付かれることなくほんの僅かに口元を緩めた。


「どういうつもりかは知らないけど……良いわローレン、望むところよ。その決闘、全力で受けて立つわ。全力で打ち負かしてあげる」


 口の端を吊り上げ、渾身の不敵な笑みを浮かべたコロナは、床に落ちた手袋を拾い上げそれを頭上に放り投げる。そして、眼前に落ちてくる手袋を横に薙いだ手で掴み取った。


「……! えぇ、こちらこそ。私も、私の持てる全てを尽くして、必ず貴女に勝ってみせる」


 躊躇いもなく剥き出しにされたコロナの戦意を正面から叩き付けられ、ローレンは体を震わせて僅かにたじろいだ。だが、氷の如き冷静さと烈火の如き闘争心を以て、彼女の戦意に応えるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 コロナ=イグニスとローレン=A=フェルグラント、高等部二年次生トップクラスの実力を持つ二人が決闘を行うという噂は、瞬く間に学院中へと広まり、学年分野問わず生徒達や教師陣の耳へと入った。


 決闘という物自体、大方の魔道士にとってはカビの生えた古臭い儀礼となって久しい。ましてや学生同士の決闘など、ガラード帝国魔法学院の長い歴史でも十数年に一度あれば良いという珍事である。しかも、戦うのがあの二人なのだから、その注目度は他の比ではなかった。


 ただの野試合に余計な都合など不要。戦いの日時は今日の放課後に決まり、その場は一先ずお開きとなった。いつもと違うピリピリした空気感の中、二年次生一組の生徒達はコロナとローレンの様子に視線を左右させながら、着々と授業をこなしていった。


 午前の授業を終えて昼休みになる頃には、噂を聞き付けた多くの生徒達が一組の教室を訪れる。特に、記者魂旺盛な広報部のヘレン=アルコニスの食いつきは凄まじく、それはそれは目を輝かせてあれこれ聞き出そうと果敢に二人へ迫った。


 だが、そこは必ず彼女が食いついてくると予見していたアクトによって、あっさりと追い返された。他人のいざこざには滅多に興味を示さないあのアクトが、この時ばかりは真剣に二人の間に入り込む異物を排除しようとした事に、クラスメイトは少なからず驚いていたりした。


 その後は、午後の授業も滞りなく消化されていき、遂に迎えた放課後――


「はぁ……何でこう野次馬が多いんだ?」


 雲一つ無い快晴な大空の下、アクトの深い溜め息が零れ落ちる。呆れたような視線の先には、がやがやと時間経過で続々と集まりつつある沢山の大人子供の姿があった。


 広漠とした楕円形のフィールドを、階段状の観客席が囲むこの場所は、学院の魔法競技場。主に実習系の授業や自主訓練などに使われる所を、今はローレンが利用申請を出して借りている状態だ。どうやら、コロナに決闘を持ちかける前から予約をしていたらしい。


「仕方無いよ。コロナもローレンも、有名人だから」

「ったく、見世物じゃ無いってのに……物好きな奴らだ」


 フィールド端の待機席に設けられた椅子に腰を掛けるアクトのボヤきに、同じく隣の椅子に腰掛け、自身の膝の上にエクスを座らせたリネアは苦笑いで言った。


 観客席には、決闘の見物に来た観客でほぼ満員状態となっていた。学年を超えた生徒達は勿論、中には学院の教授・講師の姿まで散見され、決闘の開始を今か今かと待っている。


 彼らの気持ちも、分からないではない。一年前の校内選抜戦では、二人はチームメイト同士だった。授業における魔法戦教練でも、成績上の関係から二人が組まれることはなかった。実質、二人が真っ向からぶつかるのはこれが初めてなのである。


 コロナとローレン――ベクトルは違えど非常に秀でた力を持つ者同士の戦いを、後学のために見物しようという向上意識逞しい者。後は単純に興味半分で見物しようという者……割合としては一対四といったところか。


「あの……私までここに居て良いんでしょうか?」


 アクトがそんな事を考えていると、リネアとは反対側の椅子に座り紫炎色の長髪を風になびかせる小柄な少女――アイリスがおずおずと尋ねてくる。


 決闘の噂は彼女の耳にも入り、自分達下級生にとっては憧れの存在であるコロナの戦いを見るために魔法競技場を訪れたところ、偶然通りかかったアクト達に連れてこられたのである。


「構わねえよ。この決闘の結果次第じゃ、アイリスにも関係無い話じゃなくなってくるかもしれないからな」

「私に関係してくる、ですか? どういう意味……?」

「まぁ、後で追々説明するよ。それより、しっかりと見ておくんだぞ。お前らが憧れる学院トップクラスの実力を持つ奴が、そいつと肩を張れるだけの実力を持ってる奴が、どういう魔道士(人間)かってのを。良いな?」

「……分かりました。先輩がそう仰るなら」


 深くは聞いてこないアイリスの返事に、満足そうに腕を組んで頷くアクト。すると今度は、そのやり取りを見ていたリネアが、横からじっとアクトを見つめる。


「不躾に何だよ? リネア」


 当然、その視線にアクトは気付くが、


「ううん、ちょっと、ね……もしかしてだけど、アクト君には、こうなる事が分かってたんじゃない?」

「……どうしてそう思う?」

「だってアクト君、やけに落ち着いてるんだもん。ローレンがコロナに決闘を持ちかけた時も、まったく動じてなかったでしょ? だからそうなんじゃないかって思ったの」


 予想外の反応に言葉を詰まらせた。正直、返答に困っていた。この短時間で自分の思惑に感付いた者など、意図して干渉したコロナしか居ないと思っていたからだ。


 それでも感付いたリネアの聡さを賞賛すべきか、あっけなくバレてしまう己の隠し事の下手さを呪うべきか……


「……さあな。ローレンの奴が、コロナの事で何か抱えてるのは薄々気付いていた。今回の決闘は、溜まりに溜まったそれが爆発しただけだろう。仮に俺が何かしようとしてまいと、起こるべくして起こった事だ。勿論、俺は何もしてないけどな」


 ――切っ掛けは、本当に些細な物だった。元々、いがみ合ってるローレンに干渉するつもりなどなかった。だが……目標を失い、停滞した時を無意味に生きるその空虚さが、昔の自分と似ている気がした。だから手を貸してみた、それだけの事。


 そして、彼女を焚きつけたのは、他ならぬ自分だ。良くも悪くも彼女の価値観をぶち壊したのも自分だ。なら、言いたい事だけ言って後は放置は、いささか卑怯に過ぎる。少なくとも、自分に出来るぐらいのお膳立てはしておかねば――


 なんて、口が裂けても言えないアクトの不器用さを察したのか、思わずリネアは顔を穏やかに綻ばせる。彼女もまた、自分の嘘が通じない存在になりつつあるのを、アクト本人が気付くことはなかった。


「そっか。じゃあ、そういう事にしておくね」

「ああ、そういう事にしておいてくれ。……そろそろ、行ってくるとするか。エクスを頼む」

「うん、任せておいて」


 リネア達がその背中を見送り、アクトは決闘フィールドの中央へとゆっくり歩きだす。そこには、観客が集まるかなり前から来ていたコロナとローレンが、向かい合って静かに対峙していた。 


 互いに十歩分の間隔を開けて真っ直ぐ視線を合わせる二人に、観客の声はまったく聞こえていなかった。余計な雑音は排除され、目の前の敵を倒す事だけに全神経が総動員されている。


 目測で見切れる相手の力量から、どのような立ち回りをとるか? どの魔法を選択するか? 絡め手を挟める相手か? 魔力消費のペースは? ……などなど。勝負が始める前から、戦いは既に始まっているのだ。


 どちらも準備万端。霊的な視覚を研ぎ澄ませば、両者共に練り上げられた力強い魔力が漲っているのが分かる。


「準備は良いな? 本決闘における全ての判定は、双方の了承を得た立会人であるアクト=セレンシアが左右するものとする。そして、この場に居る全ての人間の監視の下、判定の中立性を担保するものとする。双方、相違無いか?」

「問題無いわ」

「こちらも」


 顔見知りだけなら手早く済ますことも出来たが、こうして多くの人の目がある手前、雑な仕事は出来ない。中間に立って儀礼的な前向上を述べるアクトに、決闘者達は短く返す。


「よし。一応、ルールを説明しておくぞ。使用出来る魔法は、初等の攻撃魔法とその他の各支援魔法のみ。俺が死亡判定を出すのは、魔法防御なしの状態における攻撃魔法の直撃だけ。その他の被弾に関しては、本人の意思次第で試合続行可能とする」


 つまり、実戦では死に至るレベルの攻撃さえ受けなければ、体力魔力の続く限り戦い続けられるという事である。かなり実戦に近いこのルールは「若き魔道士の祭典(フェスタ)」でも採用されており、決闘を受ける側となったコロナが設定したのだ。


「掟通り、勝った方は負けた方に一つ要求が出来る。本来、相手への要求は先に開示しておくものだが、両者の合意の元ということで、決闘が終わるまでそれは伏せておくこととする」  


 決闘のルールは、決闘を受けた方が優先的に決めることができ、勝者は自分の要求を相手に一つ通すことが出来る。決闘は申し込む側よりも受ける側に相当な有利があり、余程の実力差が無い限りは誰もが安易に仕掛けるのを躊躇う形式となっている。


 古来より、魔道士達はこのようにして互いを牽制し、魔法による私闘を律してきたのである。


「危険な魔法行使や限界を超えた戦闘続行については、一切禁止とする。ヒートアップして度を越そうものなら、横から割って入ってでも止めるからそのつもりでいろよ」


 そう言って、アクトは鞘からアロンダイトを抜き、ギラリと光る白刃を僅かに出して見せる。コロナは勿論、校内選抜戦を観戦しているであろうローレンも、彼の《魔道士殺し》については認知している筈だ。


「他に質問はあるか? ……無いな。じゃあ、行くぞ」


 喧騒に包まれていた観客席も、どんどん張り詰められていく鋭利な気配に応じて、次第に静けさを取り戻していく。そのタイミングを見計らって、アクトはズボンのポケットからセリス銅貨を一枚取り出した。そして、


「最後に、俺から言える事は一つだけだ――悔いの無いように戦(や)れ」


 それを親指に乗せて勢いよく弾いた。くるくる打ち上げられた銅貨は、空中で一瞬、静止。重力に従って地面に落ちた――直後。


「【朱き魔弾よ】――ッ!!」

「【氷の牙よ】――ッ!!」


 ほぼ同じタイミングで左手から放たれた魔法が、丁度中間で激突した。



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