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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
3章 学院生活編(下) 〜奇なりし絆縁〜
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79話 招待

 

 そこから先は、流れるような出来事だった。駆け付けた警備官達によって、襲われた女性は速やかに街の法医院へと運ばれていった。当然の如く、現場に居合わせたアクトとローレンを待っていたのは、彼らによる事情聴取である。


 変に疑われないためにも、二人はこの空き地で起こった戦闘については嘘偽りなく真実を述べた。幸い、アクトの傷と二人が学院生であることもあり、話は殆ど抵抗なく受け入れてくれた。……だが、話を聞いた彼らは頭の痛くなる思いをしているに違いない。


 何故なら、この街に潜伏しているかもしれないのは特級危険種の「吸血鬼(ヴァンパイア)」――軍の精鋭部隊などが入念な作戦計画を立て、それ相応の装備を整えた上で討伐にかからなければ返り討ちに遭う――そこいらの暴漢などとは危険性の次元が違う相手だからだ。


 いくらオーフェンの警備官が優秀といえど、魔導の道に疎く一般人に近い彼らでは、束になっても敵うまい。警戒を呼び掛けようにも、下手に住民の警戒心を煽るとパニックが起こりかねないし、警邏庁では慎重な会議が行われることだろう。


 そんなこんなで、身元確認と一通りの事情説明を済ませただけで、二人は割と直ぐに解放されるのだった。



(――‟騎士王”って、一体何なんだ……?)


 日は落ち、辺りはすっかりと夜の帳に包まれていた。オーフェン南地区3番街――セリーヌ通りから居住区に続くサン=ゾルアス通りを歩きながら、アクトは物思いにふける。彼の脳裏を巡っているのは、謎の吸血鬼――フェリドが自分に言ったあの単語だ。


(俺には、エレオノーラに拾われた頃からの記憶しか無い。それより前の出来事が関係しているのかもしれないが、騎士なんて言葉自体、きょうび聞かない言葉だしな。俺には騎士道精神なんてモンも無いし、王様なんてもっての外。マジで何なんだ……?)


 いっそ人違いでしたと言われた方が、まだ納得出来る。存在からして意味不明なあの吸血鬼が告げた単語の意味を、アクトが声を唸らせ察しかねていると、


(人違い……もしかして、本当に俺の方じゃ無いのか?)


 ‟騎士王”という単語が自分に向けた物では無いとするなら、残る可能性は一つしかない――己が契約精霊である上位精霊エクスだ。


(エクスには、一切の記憶が無い空白の時間がある。……奴は目覚めたって言ってた。それが、何らかの長き封印から解き放たれた事を指すのなら、奴は俺の中に潜む気配からエクスの存在を感知したとするなら、全ての言動に説明が付く)


 そして、もう一つの単語‟彼”とは、恐らく自分より前のエクスの主……未だエクスと自分との契約を不完全なモノとせしめる「呪い」を受けた人物の可能性が高い。


(……ふっ、よくよく考えれば、俺達って記憶無い無いコンビだな。けど、あの吸血鬼をとっ捕まえて情報を引き出せば、消えたエクスの記憶について分かるかもしれない……!)

「どうしたのよ?」


 ようやく、これまで自分を支え続けてくれた精霊の力になれる、と吸血鬼捕縛へ意気込むアクトに横から声をかけるのは、訝しげな様子で彼を見つめるローレンだ。学院からかなり離れた今も尚、二人が隣り合って同じ道を歩いているのには理由があった。


 そもそもこの道、アクトが居候しているエルレイン邸の建つ東区5番街からはどんどん離れていっている。事情聴取から解放された後、さっきの話の続きを再び切り出すのもどうかと思い、仕方なくアクトは帰ろうとしたのだが、


『用があるから私の家へ来なさい』


 まさかのローレンの方から話が切り出されたのである。という訳で、クラス内で最も仲の悪い女子生徒に家へ招待されるという展開に、首を長くして待っているであろうコロナ達に後で何と説明しようか、と悩みながらもアクトは付いていくことにしたのだ。


「そのお腹の傷、まだ痛むの?」

「ああいや、治癒魔法を掛けた時の神経痛は感じるけど、傷自体は完全に塞がってる。良い腕だな」


 制服が切り裂かれた所から覗く、包帯が巻かれた脇腹の傷を指摘するローレンに、アクトはニヤリと笑い傷口を叩いて強がってみせる。まぁ、それで悶絶してローレンに呆れられていたが。


 治癒魔法は、予め適切な前処置を行ってから施術することで、何も無しに施術する時と比べて格段に効力が上がる。その前処置における手際のよさも含めて、アクトはローレンの腕を高く評価した。


「別に。道具一式は警備官の人から借りたし、手間さえかければ誰だってあれぐらいの処置は出来るわ。そう、誰だって……」

「痛てて……何で俺の周りには、素直じゃない奴が多いんだ。ここは、どういたしましての一言ぐらいで良いんだよ。とにかく、ありがとな」

「……ふん」


 卑屈気味に素っ気なく返すが、謙虚過ぎるのもどうかと思ったのか、ローレンはバツが悪そうにそっぽを向いた。


 その後は特に喋るようなこともなく、二人は3番街を抜けて労働者階級の一般住宅地が広がる西区へと入っていき――


「さっ、着いたわよ」

「こ、ここが、お前の家……?」


 辿り着いたのは、そんな住宅地が密集する一画にある二階建てのアパートだった。


 築二十年程度は経っているだろう。比較的新しいようだが、ひび割れた建物の壁には所々に蔦が張り巡っている。いかにも低家賃のボロアポートといった外観だ。


「どうなってんだよ? お前の家のフェルグラント公爵家って、帝国有数の大貴族だろ? その家の公女サマが、何でこんなボロアパートなんかに一人で住んでるんだ?」

「色々と事情があるの。ほら、良いから行くわよ」

「お、おい!?」


 殆ど取り付く島もなく、ローレンは階段を登っていく。それに置いていかれじと、アクトも彼女を追ってギシギシと嫌な音が鳴る錆びついた階段を登って二階へと上がる。そして、二階の一番奥の扉の前で彼女は止まった。


「ここよ。入って」

「ほ、ホントにこんな所で生活してるのな、お前……ん? 待てよ。今の俺って、結構ヤバい事してるんじゃ……」


 今更過ぎる状況の確認の後、アクトの動きが固まった。

 

 奇異な生い立ちの元に育ったとはいえ、アクトとて年頃の男子。同い年の女の子が一人暮らししている部屋に、男一人で上がり込む事に思わぬところが無い……訳でもなく。


(でもまぁ……コイツの場合、下手に気にしてたらむしろキモがられそうだしな……ったく、今日一日だけで補習受けたり、吸血鬼に襲われたり、犬猿の仲の女子生徒の部屋に呼ばれるし、俺、ちょっと生き急ぎ過ぎじゃね?)


 躊躇しても仕方ない。招待したのは彼女なのだから、自分がやましい思いをする必要など無い。アクトは努めて平静を装い、さっさと扉を開けて部屋に入ったローレンに続き、アパートの中へと消えた。


 そこは、いわゆる1DKの部屋だった。そのボロくて殺風景な部屋はきっちり整理整頓が為されていて、生真面目な性格であるローレンの綺麗好きが見て取れる。ただ、年頃の女の子が生活しているにしては、少し生活感が希薄なように見える。


「見ての通り狭苦しい部屋けど、適当にかけておいて」

「お、おう」


 促されたアクトは部屋に入って直ぐの所にあるテーブルの席につき、ローレンは自室らしき奥の部屋へと引っ込んだ。そして、二つの部屋の間にある仕切りのカーテンを閉めた――その数分後。


 ぽふっ、しゅるり、ばさっ、がらがら――


「……」


 鞄をベッドに放る音、衣擦れの音、クローゼットを開ける音……カーテン一枚挟んだ向こう側から、着替えの音が聞こえてくる。「黒の剣団」時代、野戦中に女性団員が背後で着替えてる最中に素っ裸になった経験のあるアクトにとって、この程度で心を乱す事は無いが、


(普段は生真面目なクセに、妙なところでガードの緩い奴……堅物委員長にも、案外抜けてる部分があるんだな)


 いがみ合っていた普段の生活では、絶対に分からなかった事。人間、深く接してみないと根の部分は分からないものだ。アクトは呆れつつも妙な親近感を抱いていると、しゃっ、とカーテンが勢いよく開かれた。


「お待たせ」

「……え? お、おう」


 そこには、制服を脱いですっかり私服姿となったローレンの姿があった。水色を基調とした薄袖のワンピースは、落ち着いた‟青”印象が強いローレンにピッタリで、実に美しく映えていた。左手には、そこそこ大きめの木箱を持っている。


「貴方にも都合があるだろうし、さっさと済ませてしまいましょう。とりあえず、その制服脱いで」

「……はい?」


 柄にもなく一瞬見惚れてしまったところからの、突然の要求。慣れない状況下で二重の困惑に襲われ、まともな判断能力を失ったアクトは、とんでもない爆弾発言をかました。


「もしかして……お前ってそういう趣味持ちなのか? 言っとくが、俺は誰かれ構わず相手にするような奴に付き合うクズじゃねぇぞ」

「――はぁあああああああああ!?? 何勘違いしてるのばっかじゃないのッッ!? さっきは貴方に助けられたから、せめてのお返しにその破れた制服を縫ってあげようって言ってるのよ!!」

「え? あぁ、そういう事か……すまん」


 顔を真っ赤にしてまくし立てるローレンの剣幕を受けて、アクトは自分の壮絶な勘違いに気付いた。だったら最初から言っとけよ……とも思ったが、今の発言は流石に失礼過ぎたので、素直に謝っておくことにするのだった。


 相当お冠らしく小言を零しまくるローレンに、申し訳なさそうにインナー姿となったアクトは制服を預けた。いつも自分をこき使う赤髪の少女然り、名家出身のお嬢様ならこういう作業は不慣れなイメージが強い。だが、


「驚いた。流石というべきか、コロナとは大違いだな」

「一人暮らしだと、嫌でもこういう事はしなければならないから。これでも、最初は結構苦労したのよ」


 アクトの考えとは裏腹に、ローレンの手際はかなりよかった。制服と色合いの似た当て布を添え、裁縫箱から取り出した針を通して正確に縫い合わせていく。本人の言う通り、かなり練習しているようだ。


「……はい、出来上がり。これでどうかしら」

「おぉ……バッチリじゃねぇか。ありがとな」


 ものの数分で、吸血鬼に切り裂かれた痕は綺麗さっぱり消えていた。制服の付呪(エンチャント)機能は調整のために学院の整備部署に持っていかなければならないが、応急処置としては充分だろう。


「二人分の夕飯を作れるだけの食材は無いけれど、紅茶ぐらいなら出せるわ。要る?」

「ああ。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうとするぜ」


 そして、ローレンは石の調理台の上に炎の魔法陣を描き、それを熱源にしてやかんに湯を沸かし始めた。緊急時を除いた学院外での許可無しの攻撃魔法行使は固く禁じられているが、生活に関係する初歩的な魔法の行使は認められている。魔導の道を進む者が得られる恩恵の一つだ。   


 棚から茶道具一式を取り出し、沸いた湯を銀製のポットとカップに注いで温めておく。人数分の茶葉を蒸らすこと三、四分……


 茶こしを通しながら、温めた二つのカップに、淡々と深紅に澄んだ紅茶を回し注いでいく。カップから仄かな湯気が立ち上り、爽やかな芳香が鼻腔をくすぐった。


「どうぞ。安物の茶葉だから、味は期待しないでね」

「構わないさ。服まで直してくれた上に、お茶まで淹れてくれたんだからな」


 ローレンは砂糖壺から砂糖をさじ一杯、カップに入れてかき混ぜ、そのカップをアクトの方に差し出した。


 エレオノーラの元で生活していた頃、彼女のお茶の相手をするために、一通りの作法は叩き込まれた。アクトは匂い立つ香りを楽しみながら、そっとカップに口をつける。


(……おっ、美味いな)


 安物の茶葉と言っていた割には、上品な香り高さとまろやかな風味が鼻と舌を優しく包み込んだ。素材は平凡でも、それを補うローレンの淹れ方の上手さが伺える。


「ん……」


 流石、貴族令嬢。ローレンもお手本のように優雅な所作でカップを傾ける。しばらくの間、二人は同じテーブルで顔を突き合わせながら、無言で紅茶を啜り続ける。


 やがて、心身共に温まり、一心地ついたところで、


「……貴方は、強いのね」


 かちゃり――ローレンはカップをソーサーに置き、いきなりそんな事を言い出した。


「急にどうした?」

「さっきの事よ。相手は強大な力を持つ吸血鬼だというのに、貴方は少しも怯むことなく立ち向かっていたわ。それなのに、あの時、私は何も出来なかった……」

「んな事か、あんまし気にすんなよ。吸血鬼なんて、軍の精鋭が頭数と装備を整えても尚、手を焼く化け物だ。俺が異常ってだけで、何も出来ないのが普通なんだよ」


 むしろ、無闇やたらに魔法を乱射せず冷静な判断を保てていただけ、賞賛に値する胆力であったとアクトは思う。だが、慰めの言葉はこの少女に対しては何の気休めにもならない事も分かっていた。


「……そうね。今も昔も、私には何も出来ない。誰かが大きな何かに立ち向かって、そして傷付いていくのを、無力を噛みしめて端から見ているだけ。……コロナから離れたように」

「!」


 その瞬間、アクトはローレンの意図を察した。制服を直すというのはあくまで建前。本当は、誰にも邪魔されず話の続きをするために、彼女はわざわざこうしてアクトを部屋に呼んだのだ。


「改めて、聞かせてくれないか? お前が何を思ってアイツの元を離れたのかを」

「……分かったわ。なんとなくだけど、貴方には知っていて欲しいような気がするから……」


 カップの乗ったソーサ―をテーブルに置き、姿勢を正したアクトの頼みに、ローレンはこくりと頷く。そして、静かに語り始めた。自分が憧れて止まなかった少女の事、その憧憬から逃げ出した自らの思いを……


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