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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
3章 学院生活編(下) 〜奇なりし絆縁〜
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幕間⑥ 友人からの贈り物

 

 とある日の昼下がり。その日は帝都から政府のお偉方が訪問するということで、学院の授業は昼過ぎで終了となった。特にする事も無いので帰宅しようとしたところ……アクトとコロナは、放課後にある人物に突然呼び出された。


「アタシ達をこんな所へわざわざ呼び出した理由、何だと思う?」

「さあな。遠征学習が終わってから妙に忙しそうにしてたし、それ関係かもな」


 呼び出された理由を予想しながら二人が訪れた先は、学院校舎の離れに存在する魔法競技場だ。魔導演習場のような規模も特筆すべき機能も無いが、主に魔法の実践系授業や、生徒や教師が訓練や課外活動などで申請して、よく使用される施設である。


「――おっ、来たな」


 正面ゲートを通って中へ入り、広々とした円形のフィールドに二人がやって来ると……そこには、既に先客が居た。   


 焦げたような少し濃いボサボサの茶髪に、頬に大きな傷のある比較的大柄な少年――アクト達の友人、マグナ=オルビスだ。制服の上に清潔感皆無な汚れだらけの白衣を羽織る彼は、アクト達を呼び出した張本人でもあった。


「おう、来たぜマグナ」

「それで? アタシ達に何の用よ? こんな所に呼び出した時点で何をするかはある程度想像出来るけど」


 学生鞄を競技場の端に置き、手招きしているマグナが立つフィールドの中央に歩いて来たアクト達は、早速マグナに自分達を呼び出した要件を尋ねた。だが、


「‟百聞は一見に如かず”ってな。とりあえず、アクトにはこいつを付けて欲しいんだ」


 誤魔化すようにそう言って、マグナは左手に提げていた謎の金属製ケースを地面に置いた。そして、留め具を外して中身を取り出し、それをアクトに手渡した。


「二人に来てもらったのは、コレの性能テストをしてもらいたいからなんだ」

「これって……もしかして手甲(ガントレット)か?」


 アクトが手渡されたのは、銀色の鈍い光沢を放つ一つの手甲だった。ただ、防具としての役割を果たすには、これは随分と軽くて薄い。錬金術製の魔法金属を使っているらしき装甲の表面には、幾何学的な図形や紋様――ルーンがびっしりと刻まれている。


「そうだ。勿論、ただの防具じゃないけどな」

「何だよ、さっきから勿体ぶりやがって」


 半眼となったアクトの追及に、マグナはまるで悪戯好きな子供のようにニヤリと嫌らしく笑う。ぶん殴ってやりたい、この笑顔。


「さて、アクトには早速そいつを付けてもらうとして。コロナには、何でも良いから魔法でアクトを攻撃して欲しいんだ。勿論、威力は怪我しない程度に抑えてくれよな」

「「はぁ?」」


 突然何をぶっそうな事を言い出すんだ、この男。眉根を寄せた二人の口から、疑問の声が同時に漏れた。ここまでくると疑問を通り越して不信感すら湧いてくる。


「まぁまぁ、そう邪険にしないでくれよ。魔道具を使うのと同じ感覚で、コロナの撃った魔法に合わせてタイミングよくそいつに魔力を注いでみてくれ」

「あ、あぁ……分かった」

「的役のアンタが良いって言うのなら、アタシは一向に構わないけど……」


 疑っていても仕方ない。本当に何らかの目的があるようだし、何よりマグナには日頃から大きな借りがある。顔を見合わせた二人は、半ば疑惑を抱えながらも、マグナの言葉に乗せられることにした。


 そんなこんなで、アクトとコロナは広大な円形のフィールド上において、互いの距離を十分に空けて相対した。片や左腕に例の手甲を装着して悠然と佇み、片や目を閉じて静かに瞑想をしている。


「……よし。良いぞ、始めてくれ!!」


 準備が整ったところで、両者のほぼ中間の位置に立って記録媒体らしき魔晶石を取り出したマグナが、開始の合図を出した。


「それじゃ、行くわよ。……【駆けろ閃光】――ッ!」


 それが契機となり、広々と広がる競技場にコロナの凛と通る呪文が響いた。身体を大きく開いてアクトの方に伸ばされた左手の指先から、一条の紫電が迸る。


 速い、詠唱速度も発動速度もまるで隙が無い。日頃の鍛錬とここ最近の騒動によって、元から高かった能力(ポテンシャル)がめきめきと向上している証拠だ。


 コロナの放った《紫電閃(ライトニング)》の雷閃は、彼我の距離約50メトリアを一直線に貫き、寸分違わず正確にアクトの身体を捉える軌道を描いて飛翔する。


(この辺か……?)


 見た感じ、威力は相当に抑えられているようなので、万が一、被弾にても怪我は無いだろう。迫り来る雷閃を落ち着いて見据えながら、アクトは装着した手甲に自身の魔力を通した――その時。


「うおっ!?」

「――えっ!?」


 バチッ! 手甲に刻まれたルーンに魔力の光が疾走した直後、アクトの前方に銀色の魔力障壁が出現し、飛来する雷閃を弾いた。予想だにしなかった展開に、アクトとコロナは揃って目を剥く。


「よっしゃ! 動作試験成功! コロナ、そのまま続けて頼む!」

「え、えぇ……【駆けろ閃光】! 【駆けろ閃光】――ッ!」


 心底嬉しそうにガッツポーズをしたマグナに促され、コロナは更に雷閃を二発、三発とアクトに打ち込む。それと同時に、アクトも先程と同じタイミングで手甲に魔力を通す。直後、同じ規模・形状を持つ銀色の魔力障壁が再び出現し、飛来する雷閃を弾いた。


「よしよし、連続動作も特に問題は無いな! ふぅ……研究室で粘りまくった甲斐があったぜ!」

「おいマグナ、これって……」


 魔晶石を親指で弾き、全てやり切ったというような清々しい笑みを湛えるマグナの元に、驚愕冷めやらぬままのアクトが戻って来る。その後、同じ様子のコロナも近付いて来た。


「俺が魔導工学を専攻してるのは知ってるだろ? そこでやってる、‟実用的な魔道具制作の研究”の過程で生まれた産物さ」

「いやまぁ、お前の専攻分野は知ってるけど、何てったってこんな物……」

「『校内選抜戦』でのお前達の活躍は、一クラスメイトとして見てるし応援してる。その上で思ったんだが……アクト、お前って案外、純粋な魔法防御手段に乏しいんじゃないか?」

「……!」


 マグナの指摘通り、《魔道士殺し》を除けば、アクトにまともな魔法防御手段は存在しない。その《魔道士殺し》も、大海を斬っても僅かな揺らぎが生じるだけのように、ある一定の威力規格を超えた広範囲殲滅系の魔法は、一太刀で消滅させられない事がある。


 それ故に、アクトの対魔道士における戦闘スタイルは、超人的な身体能力と魔力放出による高速機動で相手の狙いを攪乱し、隙を突いて必殺の一撃を叩き込む、というものだ。《魔道士殺し》はあくまでも緊急の防御手段であり、積極的に使う物では無いのだ。


「だからさ、その防御手段を防具みたいに外付けする形で補強出来ないかって考えたんだ。でも、盾みたいなデカ物を持ってたら、せっかくの機動性を損なっちまう」

「それで、重量ゼロの魔法障壁を展開する魔道具って訳か。なるほど、面白い発想じゃねぇか」


 別に魔法を使わなくても、敵の攻撃を防ぐ魔法防御手段はある。だが、その殆どは護符(アミュレット)巻物(スクロール)のような、一度使えば効力を失う即席系(インスタント)の消耗品である事が多い。そういう点において、連続して使用が可能なこの魔道具は、非常に便利な代物だ。


 どこまでいっても道具である以上、決められた機能を決められた規格でしか発揮出来ない。詠唱型魔法のように、その場で機能を改変したり、魔力を注いで強化、ということも出来ない……だが、それを差し引いてもこれは画期的な発明。アクトは素直にそう思った。


「名付けて、魔道具『銀輝魔甲(シルト・ガントレット)』。アクト、お前の新しい装備だ」

「俺の、新しい装備……」


 装備で戦闘力を補う発想は、今までなかった。小手先の付け焼き刃を作ったところで、返って足を引っ張るからだ。だが、この装備は純粋な自身の戦力アップに繋がるという予感が、アクトにはあった。


「お察しの通り、カバー出来る範囲は前方だけだから広範囲作用系の魔法は防げないし、障壁の形を変えるなんて事は、流石に出来なかったけどな。その代わり、耐久性は折り紙付きだ。理論上では、込める魔力量次第で軍用魔法すらも防げる筈だぜ」


 かなり高い防御性能。服の下に隠せば隠蔽性も十分だし、何より重量も軽くて殆どかさばらない。疑似的な盾を構えていると考えると、アクトの戦闘スタイルと合わせても実に理にかなっている装備と言えた。


 そして恐らく、意図してこの配色にしているのだろう。自身の魔力光と同じ銀色の手甲に、アクトは不思議な親近感を覚えた。


「マグナ、アンタ凄いじゃない! 学生でこんな実用的な魔道具を作れるなんて、今までアタシ達に引っ付いてくる地味なモブだと思ってごめんなさいね」

「酷っぇなオイ!? ずっとそんな風に思ってたのか!?」


 さらっと吐いたコロナの猛烈な毒舌に、マグナは苦笑を浮かべて全力のツッコミを入れた。まぁ、二人の付き合いは高等部に上がった頃から続いていたらしいので、マグナもコロナが本気でそう思っている訳では無い事には気付いているだろう。


「確かにこいつは便利そうだ。けど、どうしてこれを俺に?」


 思い返せば、これは野暮な問いだったのかもしれない。それでも、誰かが自分のために頑張って作った物を贈ってもらえるというのは、アクトとしても初めての感覚だった。


「いや、な……お前達の活躍を見てるとさ、充実した研究環境に甘えて、のんびり構えている自分の事が急に情けなくなってきたんだよ。このままじゃいつかお前達に、絶対に届かない程の差を付けられると思っちまったんだ」

「……」

「それは絶対に嫌だった。俺も、お前達に負けないくらい必死に上向いて足掻かなきゃ駄目だって、な。偶然にも、遠征学習の研究所見学でアイデアを得てな、この熱意を直ぐにでも形にしたくて研究室に籠ってたんだ」


 色々な出来事や事件があった遠征学習での一件は、アクト的にはあまり思い出したくない記憶となっている。その反面、マグナは与えられた環境を存分に活かし、学ぶべき事をきっちり学んでいたようだ。


「こいつは、俺が本気で上を目指して作った作品の第一号だ。どこか停滞していた俺に本気の熱量を与えてくれた、他ならないお前に使って欲しいなって思ったんだ」


 照れ臭そうに後ろ頭をさするマグナの思いに対し、アクトは何か温かいモノが心の底からこみ上げてくるのを感じた。具体的に何なのかは分からないが、悪い気はしない。強いて言うなら……一抹の‟くすぐった”さだった。


「……そっか。だったらありがたく使わせてもらうぜ、マグナ」

「おうよ! 決勝戦、絶対に勝ってくれよな!」


 負けられない。こんな在り方に少しでも感化され、自分に想いを託してくれた友人のためにも、この戦いは絶対に負けられない。来たる戦いに向け、アクトは改めて気を引き締め直した。



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