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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
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06話 いきなり始まる同居生活

 

 コロナを追いかけてリネア達クラスメートと合流したアクトは、心境の変化もあってか、少しだけ彼らと打ち解け、食堂で賑やかな昼食を満喫することが出来た。


 予想外だったのは、コロナは思いの外大食いだった。なけなしの所持金を殆ど使い果たし、二度とコロナには奢らないと誓うアクトであった。


 そして、再び授業が始まり、クラサメとは別の講師が授業を担当する。


 意外な事に、魔法関係の授業は終始非常に嫌そうな顔をして受けるアクトだったが、その他の一般教養は意外と面白かったらしく、熱心に板書を取ったり、聞き入っていた。


 幼少期にエレオノーラから必要最低限の教養を教えられてからは時間の殆どを訓練に費やし、まともな勉学などする暇も無かったアクトにとって、学院の授業は大変興味深い物だったのだろう。


 唯一算術の授業では、額に脂汗を浮かべながら受けていたのは余談である。それが後にちょっとした事件を招くのだが、それはまた別の話……


 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ行き、変わり者の転入生を加えたガラード帝国魔法学院の一日が終わった。ホームルームにて担任のクラサメが簡単な連絡事項を伝えて今日は解散となり、生徒は各々の行動を起こし始めた。


 ちなみに、アクトの隣の席のマグナは何か用事があるらしく、短い挨拶だけしてそそくさと帰ってしまった。


「お疲れ様、アクト君。授業どうだった?」


 特にやる事もなく席に座っていたアクトの元に、一人の生徒が歩み寄って来る。リネアだ。


 昼休みや授業の合間の休み時間で判明した事だが、リネアは真性の優しさの塊のような人物で、誰とも分け隔てなく接していた。容姿端麗でおまけに成績は超優秀らしく、率先して動く行動力もあり、物事の分別もしっかりとわきまえている。


 校内にはリネア専用のファンクラブすらもあるらしく、男女問わず高い人気を得ているようだ。もっとも彼女の隣には近寄る男共を一蹴する番犬が控えているのだが……


「お、おう。レベル高いけど、興味深い内容だったよ。流石、帝国随一の魔法科学院だな……魔法以外は……(ボソッ)」

「そっか。色々有ると思うけど、これからゆっくりクラスの方にも馴染んでいってね……ん? 今、何か言わなかった?」

「いや、気のせいだろ。じゃあ、また明日な」

「うん、また明日ね」


 リネアは一瞬不思議な表情を浮かべたが、アクトに挨拶を返して去って行った。彼女の性格的に自分が魔法嫌いだと教えても良さそうなものだが、余計なリスクを背負いたくはなかった。


 そんな彼の元に、リネアと入れ変わるようにして唯一自分の素性をある程度知っている人物――コロナがやって来る。


「ちゃんと明日も来なさいよ。あんな事言った手前、不登校にでもなったら格好悪い事この上無いわよ」

「分かってるよ。そっちこそ、今日の事はあんまり言いふらすなよ。特に講師の前ではな。あのババアが何処で聞き耳立ててるか分かったもんじゃねえし」

「アンタ……いくら親族でも、よくも学院長をそんな呼び方出来るわよね。それを看過してるアタシもとばっちり喰らいそうでちょっと怖いわ……分かってるわよ。口の軽い女だと思われたくないしね」


 「それじゃ」と言い残し、コロナも去って行った。もう分かり切ってる事ではあるが、リネアに言い寄る男子生徒を近づけないようにしてるのはコロナだ。誰が呼んだか「聖女の番犬」、文字通りの意味である。当の本人はと言うと、アクトの予想通り、コロナは学院の中でも最上位の実力を持っていた。


 全ての成績が満遍なく良いリネアと違い、コロナは分野ごとにむらっ気があるタイプだが、魔法分野――こと実技や筆記においては中等部からずっとトップを誇る天才少女だった。


 しかし、彼女の破天荒な性格もあってか、時折浮いてしまう事があるそうだ。まあ、その辺りはリネアが上手くフォローしているのだろう。


 暫くしてからアクトも自身の荷物(大した物は無いが)を纏め、教室を出る。廊下では談笑している生徒がちらほら見受けられた。その中を一人通り抜け一階に降りようとしたアクトの脳裏に、ふと何か妙な違和感が走る。


(……あれ? 何か大事な事を忘れてるような気がするぞ。何だ、今の俺に気に留める様な事なんて殆ど無いと思うぞ。強いて言うなら、去り際にエレオノーラが残したあの言葉ーーッ!!)


 アクトをこの学院に呼び寄せた張本人の事を考えた瞬間、何かを思い出したようにアクトはいきなり血相を変えて走り出した。そこそこ段差のある階段を一息で飛び降りて周りの女子生徒を驚かせたり、校舎から出て遊歩道を全力疾走して周囲の視線を集めるアクトの目的はたった一つ、


「住む場所、アイツに聞いてねええぇぇ!!??」



 ◆◇◆◇◆◇



「うおおおおおおおおおお――ッ!?」


 教室棟から出たアクトは、一流の陸上選手もかくやという速さで職員棟へ全力疾走していた。棟に入った瞬間、講師陣から奇異の視線を向けられてもお構いなし、一目散に最上階へと急ぐ。


 そんな中、幸運と言うべきか、アクトは見知った顔を発見した。


「あっ! えっと、副会長さん! 良い所に!」

「あら、君はさっきの転入生さん? 確か、アクト君でしたか」


 出会ったのは、艶やかな紫髪に大人びた雰囲気を持つ生徒――アクトより一学年上らしい三年次生にして、生徒会副会長を務めているシルヴィ=ワインバーグだった。


「学院生活初日はどうでしたか? まさか、転入一日目にして呼び出しでも受けましたか?」

「えっ、まあそこそこ楽しませてもらってますって、違う! そうじゃないんだ! 副会長さん、エレオノーラ……学院長が何処に居る……いらっしゃるか知りませんか?」


 所々ボロと言うか素を出しながらアクトが尋ねると、シルヴィは何故? と不思議な物を見る表情を浮かべながら、


「学院長なら、午後の職員会議をあっという間に済ませた後、帝都に出張なさりましたよ。何でも大事な会合があるとかで暫くの間帰って来ないそうです。私は留守の間に頼まれた書類を受け取って来た帰りなのですが……」


 彼にとっては絶望的な事実を話した。


「なん、だと……」

「だ、大丈夫ですか?」


 ガクッと力なくその場に崩れ落ちるアクト。それを見たシルヴィが、まさか朝の発作がまた!? と若干慌て気味に彼に寄り添おうとするが、その前に立ち直ってしまったアクトを前に固まった。朝の一件や今の行動を見ていると、存外優しい人物のようだ。


「えっ? あ、はい。何とも」

「そ、そうですか」


 目当ての人物が居ないのではどうしようもない。アクトはシルヴィと短い会話をしつつ、来た道を引き返すこととなった。職員棟を出て二人が分かれる直前、シルヴィがこんな話を切り出してきた。


「そうだアクト君。今行われている『校内選抜戦』に出てみる気はありますか?」

「校内選抜戦?」

「はい、この王立ガラード帝国魔法学院を含め、各魔法科学院で行われている集団魔法模擬大会です。予選を勝ち抜いた上位二チームは、帝都で行われる本戦『若き魔道士の祭典(フェスタ)』に出場することが出来ます」


 つまり、一般的な教育機関で言う所の「クラブ」や「部活」の全国大会なる物だろうか。


 一般的な教育機関と違い、魔法科学院にはそういった普通のクラブ活動はあまり盛んでは無い。その代わりに、同じ志を持つ学生同士が集まって魔法について研究する「研究会」などがある。


 競技種目はおよそ一般人にとっては非常識極まりないロクでもない物だが。ふと、アクトの脳裏にあの好戦的で図々しい赤髪の少女の姿がよぎった。いかにもこういう催し大好きと言った感じだが……


「もう予選は始まっているので一からチームを作ることは出来ませんが、まだ人数が揃ってない所も多いですし、アクト君の腕が確かなら、何処かのチームに入れると思いますよ」

「なるほど……ちょっと考えてみます」

「是非お願いします。我が校は創立以来、毎年非常に優秀な成績を残してはいるのですが、どうにも今年は志のある生徒が少なくて……一部を除き、最上級生である三年次生も今はそれぞれの研究や卒業後の進路で精一杯なんです。それでは」


 まだ生徒会の仕事が残っているらしいシルヴィは、校舎の方へと戻って行った。生徒会長が不在な為に仕事が山の様にあるそうだ。「失踪……」と彼女がこぼした気がするのだが、聞かなかったことにしようと決めるアクトだった。


 そんな事より、今のアクトには名も知らぬ生徒会長よりも重要な死活問題があるからだ。


「住む場所どうすんだよ……」


 学院がある丘陵地帯から降り、オーフェンの街の一角にある石垣の上に座り、建物同士の隙間から見える夕陽を眺めながら、アクトはこれからどうしたものかと一人頭を悩ませる。


 シルヴィの話では、オーフェン市街区にはガラード帝国魔法学院が運営している小さな学生寮が幾つかあるらしいのだが、今はどの部屋も満員なのだという。仮に押し掛けたとしても門前払いされるのがオチだ。


(何処か宿を取ろうにも、エレオノーラがいつ帰って来るか分からない以上、手持ちの予算が持つとは思えないし、何より宿で生活する学生とか、考えたくもねえな……)


 黄昏時に肘を膝に乗せて顎を手で支え、深刻そうに悩む少年……青春の一ページにも見えるし、少しアレな人にも見える、実にシュールな光景である。


 最早、野宿するしかない(此処に来る前はよく野宿していた為、慣れている)のかと、アクトがある種の覚悟を決めようとしたその時、


「あれ? 何してるの、アクト君?」

「アンタ、また悩んでるの? 」


 聞き覚えのある声が二つした。アクトが顔を上げて見ると、アクトが学院でエレオノーラの次によく知る人物、コロナとリネアだった。二人とも制服ではなく私服姿で、如何にも麗しの町娘と言った風貌だった。アクトも思わず一瞬見惚れる。


「……あ、あーいや、ちょっと困っててだな……ってか、お前らこそ何してるんだ?」

「私達は夕飯の買い出しだよ。この先にこの街で一番大きな市場があるからね」

「余り物でも良いって言ってるのに、何故かリネアのやる気が上がって困ってる所なのよ」

「なるほど……なあ、ちょっと聞いてくれるか?」


 最早相談する相手を選んでいる場合では無い。聞いた限り生活力が高そうなリネアなら何処か住めそうな場所を知っているかもしれないという淡い希望だった。


「「……?」」


 別段隠す必要も無いので、アクトは二人に今の状態を説明した。エレオノーラ辺りの話を持ち出す訳にはいかないので若干改変しながら。


「……とまぁ、そんな訳だ。何処か住む場所知らないか?」

「えーっと、流石にちょっと知らないかなぁ……コロナは知ってる?」


 困り顔のリネアがコロナに尋ねるが、コロナは無言でお手上げのポーズをとる。どうやら知らないらしい。


「引き留めて悪かったな。じゃあ、俺は行くよ」

「アテはあるの?」

「いいや。でも動かない事には始まらんしな。最悪、野宿でもするさ。じゃあな、また明日」


 そう言ってアクトは立ち上がり、彷徨う様に動き出す。夕陽に照らされるその後ろ姿を細い目をしながら見ていたコロナが呆れの混じった溜め息を吐いて口を開き、


「……アンタ、アタシ達の――」

「なら、アクト君。ウチに来ない?」


 リネアに遮られた。リネアの言葉に反応したアクトが振り返り、反応を示す。


「リネアの家? でも、両親とか居るんじゃないのか?」

「大丈夫! 実は私達、同じ家に住んでるんだ。正確には、コロナが居候なんどけどね。ウチ、両親が帝国の魔導工学者で、普段はずっと帝都にある別邸に住んでるんだ。だから、家にはコロナと私の二人しか居ないんだ」


 色々明らかになる衝撃の新事実に、さしものアクトも情報の処理が追いつかずにフラっとしそうになるが、何とか踏み留まる。


「でも、俺みたいな得体の知れない男なんかが住み着いたら迷惑だろ?」

「良いよ良いよ! むしろ大歓迎! そこそこ広い屋敷だから住む場所には事欠かないんだ。最近、コロナと二人だけでちょっと寂しかったんだよね……それに、得体の知れないって言うけど、私からしてみれば当時のコロナだって十分得体の知れない子だったよ」

「ちょっとリネア? 何故かアタシの方にまで飛び火してるんだけど」


 突然浮上した同居生活の話。実質の家主たるリネアも許可を出してるし、ありがたい事この上無い話ではあるのだが……


「本当に、俺なんかが住んで良いのか?」

「勿論!」

「アタシが言おうとしたのに……(ボソッ)まあ、リネアが良いって言うなら居候のアタシが口挟む権利も無いしね。変な気を起こそうものなら焼き払えば良いだけだし」


 大歓迎らしい満面の笑みを浮かべるリネアと、何かを呟いたかと思えば次には何やら物騒な話をするコロナを前に呆然とするアクト。


 そして、アクトはふと悟った。朝の事件からクラスまで一緒、挙げ句の果てに同居生活まで、これが何かの「縁」と言わずしてなのだろうと。ならば、この流れに身を任せてみるのも良いのではないか、と。


「……だったら、お願いするよ」

「やった! これからよろしくね、アクト君!」

「……まぁ、よろしく」


 かくして、誠に奇妙な縁からアクト=セレンシアの新たなる生活が始まるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 リネアとコロナの買い物に居候が決まったアクトも同行することになり、三人は商業区へと向かった。巨大な防壁が囲むオーフェンの街にはいくつかの区域が存在する。


 三人達が向かおうとしている商業区、都市の殆どを占める居住区、役員や警官達が働く行政区に分かれており、一般市民にはあまり関係無いが、倉庫街などもあったりする。


「……なぁ、お前らって、鬼?」


 陽も沈み始め、街のあちこちに設置されたガス灯に火が灯り始める頃。大型市場からの帰り道、アクトが恨めしそうな表情で呟く。両手に随分と重くなった買い物袋を持ちながら。


「男なんだったら文句言わない。ほら、もっと早く歩きなさいよ」

「あはは……ごめんね、アクト君」


 対する二人娘と言えば、それはそれは楽しそうにガールズトークに花を咲かせていた。図々しさの塊のようなコロナは勿論、こういう時、手を貸してくれそうな聖女リネア様までも、申し訳無さそうな苦笑を浮かべていた。自覚はあるようだが手を貸してくれる気は無いらしい。


「……まぁ、こっちが居候する身だから文句は言わないけど。次からはちゃんと分けて持ってくれよ?」


 そういう点では居候一号のコロナも少しは持っても良いものだとは思うが、そこは年月の差が勝ったようだ。


 終いにはコロナが軽やかなステップでスキップをし始めたので、軽くキレたアクトが大荷物を持ちながらとんでもない速度で追いかけたりしたが、無事に一行は目的地に到着した。


「うおぉ……で、デケェ……」


 リネアの家を見たアクトの第一声はそれだった。敷地面積に限りがあるオーフェンの一体何処にこれだけの屋敷を建てられるだけの余裕があるのだろうか。


 目の前にそびえ立つ厳かな正門の先にはしっかりと手入れされているらしい優美な庭園が広がっており、さらにその先には周囲の家屋が完全に浮く程の豪邸が建っていた。


「コロナを居候で住まわして、俺が来ても大丈夫って時点で薄々察してたけど、リネアってマジもんのお嬢様だったんだな……この庭、誰が手入れしてるんだ? 見た感じ、丁寧に施されてるみたいだが、両親は居ないって言ってたから使用人でも居るのか?」

「ううん、お手伝いさんを雇ってる訳じゃないから基本は私達二人だけだよ。あ、丁度良いところに。アレを見て?」


 リネアが門の向こうを指差した先に「それら」は居た。大きさは成人男性の握りこぶしよりやや大きめ、色とりどりの帽子を被り、背中から一対の「羽」が生えていた。


 羽をはためかせ、優美な庭園を縦横無尽に駆け回る姿はさながらお伽話に出てくる妖精のようだった。というより実際、彼らは妖精なのだ。


「《御使いの妖精(ピクシー)》か…… しかも、あれだけの数をよく使役出来たな」

「時間はかなり掛かったわよ。リネアと協力して少しずつ数を増やして、最近ようやくこの屋敷を全てカバー出来るくらいの数が揃ったの」


《御使いの妖精》とは、魔法の一種である「召喚術」によって呼び出された幻想の住人。この世界を密かに見守る「精霊」に近い彼らは、事象を歪める魔力を以って、こちら側と「あちら側」との世界とを繋ぐことによって現実世界に顕現させる事が出来る。


 あの妖精達は召喚したコロナとリネアと契約し、何らかの「報酬」を得て彼女達に力を貸しているのだろう。


「これからはアンタも此処の家事を手伝うのよ。言っとくけど、妖精の助けがあるとは言っても結構大変なんだからね」

「へいへい……なあリネア、一つ聞きたいんだが、お前の両親って、「貴族」なのか?」

「違うよ。さっきも言ったけど、私の両親は魔導省のお役人で、あちこちから引っ張りだこにされてるの。『貴族』の位を貰ってもおかしくない程の功績を残してはいるんだけど、二人はそういう名誉とかにまったく興味が無いから」

「なるほどな……ん? そういえば、何でコロナが居候してるんだ? 別に親族って訳じゃ無いんだろ?」


 アクトがその話を切り出した途端、平静を装ってはいるが、二人娘に明らかな動揺が現れる。特にコロナの方は表情に黒い影が差していた。それを見たアクトは一瞬で、この話が二人のとっての地雷だという事を察した。


「……悪い。変な事聞いたみたいだな。別にこれ以上詮索する気は無いから安心してくれ」

「……ありがとう」


 豪邸を前に、三人の間に微妙な空気が流れる。それを無理矢理に払うようにリネアが口を開く。


「さあさあ、早く入ろう? アクト君にも部屋を案内してあげなきゃね」

「お、おう。そうだな」

「そうね。早く入りましょ」


 気まずい雰囲気を破る為に会話をリネアが会話を切り出し、ここぞとばかりに同調するアクトとコロナ。正門を開いて一行は中へと入っていく。


(……ん? 何だ、誰かに見られてるような。それに、体に違和感が……)


「ほら、何してるの? 門閉めるわよ」

「お、おう。悪い悪い」


 一瞬感じた奇妙な気配に不気味さを覚えるアクトであったが、コロナに急かされそれを見極める間も無く、屋敷の中へ入って行った。


 ……三人は終ぞ気付くことは無かったが、遅れて今まで彼らの背後を付いて来ていた「何か」も、その後を――アクトの後を追うようにして屋敷の中に溶けるようにして消えていった……


 重い荷物を提げながらアクトがリネアに案内された屋敷内は、割と見慣れた物だった。アクトが想像していたような、貴族が好む豪華な調度品の類は殆ど見られず、一般家庭にもよくあるばかりが置かれていた。


 屋敷自体の大きさも相まって若干見劣りしている点は否めない。勿論、外観に相応しい豪華さを兼ね備えた部分もあったのだが。


「ざっとこんなものかな。どうだった?」

「うーむ……外見の割に、中は意外と凝ってないんだな」

「一般的な貴族様のお屋敷に比べると確かに質素なのかもね。ウチの両親はそういう絢爛さとか豪華さとかは殆ど意識してなかったから、内装は割と普通なの」

「なるほどね……で、此処が俺の部屋?」


 一通り案内が終わったリネアはアクトをとある一室の前に連れてきた。流れ的にこの部屋がアクトの住むことになる部屋なのだろうが、そこでアクトは小さな違和感を覚える。


(何だ、この部屋……? 他の部屋の間取りに比べて、部屋同士の間隔が不自然に広いような……)


 まるで、素人が突貫工事で無理矢理作ったような、そんな感じの違和感だった。これ程の屋敷を建築出来る者ならば、この程度のミスなどする筈も無いだが……


(……まあ、大方、設計上は完璧だったが施工の段階でミスが出ただけか)


 そう結論付け、アクトはこの些細な違和感を記憶の片隅に追いやることにした。リネアに一声掛けて、部屋に入る。


 部屋の中は特に良くも悪くもなく、普通だった。白塗りの壁に包まれた一室に一般的な中型のベッドに作業机、本棚と、少なくとも十六歳の少年が生活するには何一つ不足無い空間だ。


 おまけに立派なバルコニーまで付いて至れり尽くせりだ。一つ特別な物と言えば、天井に吊り下げられた照明が、まだ帝国内では珍しい「魔石灯」である事だった。


「魔石」とは、生物や霊的な場所などから滲み出た魔力が大気中を彷徨い、結晶化した物だ。世界には人間を初めとする生物が使う、生命力を糧とした魔力と、大気中――外の世界に存在する魔力がある。


 これら二つの間には性質が若干違っている部分があり、世界に空気が当たり前に存在するのと同じように、世界は常に一定濃度の魔力が存在している。


これを「魔素(エーテル)」と呼び、その影響を受けてこの世界には数多くの魔法的物質が多々存在するのだ。


 魔導技術が生み出す魔道具の殆どには、この魔石が関係している。魔石灯とは、その名の通り、魔石から濃縮された魔力の代替物たる魔素を取り出して、それを専用の術式に当てはめて光源とする代物だ。街道や各家庭で使われるガス灯に変わる新たな光源として開発が進められている。


「この部屋は元々、遠方から来た客人を泊める為の部屋だから、大した物は揃ってないんだけど、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。むしろ、居候の身にしては揃い過ぎてびっくりしてるくらいだ」


 一通り部屋を物色して満足気なアクトにリネアは薄く微笑む。リネア程の美少女が時折見せる薄い笑顔と言うのは破壊力抜群なのでやめていただきたいと、目を逸らすアクトであった。数奇な運命を背負っているとはいえ、一応彼も年相応の男児なのである……


「じゃあ、これから夕飯の支度をするけど…アクト君って、何か嫌いな物とかある?」

「いや、特に無いぞ。というか、リネア一人で用意するのか?」

「コロナにも手伝ってもらった事があるんだけど……ちょっとあの子、アレなんだ…」


 何処か遠い目をするリネアにアクトは直ぐに察した。要はアレなのだろう。「飯マズ」と言うやつなのだろうが、そこは言わぬが花であった。そこでアクトは、


「それって俺も手伝って良いか?」

「え? それは勿論助かるけど……アクト君、料理の腕は?」


 若干警戒気味に後ずさるリネアにアクトは思わず苦笑した。此処まで露骨に反応されるとは、一体あの赤髪の少女はどれだけの料理下手だったのだろうか。


「大丈夫だよ。俺、この街に来る前は野宿とかよくしてたし、師匠……俺に剣を教えてくれた人の飯も俺が作ってたしな。腕の方は信頼してくれて良いぜ」

「ほ、本当に大丈夫? 包丁が飛んだりとか、お鍋の中身が名状し難き何かになったりとか、厨房が爆発したりとかしない?」

「料理するだけなんだよな!? 本当にどういう状況だそれ!?」


 その後も怪訝な眼差しを向けてくるリネアを何とか説得し(いきなり居候しだした身で食事を任せきりにするのは悪いと思った為、此処は引けなかった)、アクトは晴れてエルレイン邸の厨房を任されたのだった。


 そこそこ広い厨房を借りて、アクトとリネアは夕食の準備を始める。新・居候記念という事で多めに食材を買ってきたので忙しくなりそうだった。流石、長年一人で頑張ってきた賜物と言うべきか、リネアの手際は実に見事だった。速くて正確、あっという間に下ごしらえを済ませてしまう。


 対するアクトも、中々の腕だった。少々粗さが目立つものの、リネアのサポートをするような形で手際よく用意を進めていく。そして、ものの一時間程で、食卓には豪勢な料理が揃った。


「んっ……お、美味しいじゃない」

「うん! アクト君に手伝ってもらったお陰で早く作る事が出来たし、ありがとうね、アクト君」

「気にするな。これぐらい居候としては当然だよ……お、これ美味いな」


 出来立ての料理に舌鼓を打ちながら、しばしの間、三人は賑やかに食事を楽しむのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



「ふう……疲れた……」


 短い溜め息と共に、アクトは自室のベッドに座り込む。その顔は赤く火照り、黒髪には僅かに水滴が残っており、風呂上がりだ。


 賑やかな食事を楽しんだ後、食後の紅茶で一服した三人は食器を片付け、それぞれ思い思いの行動をし始めた。コロナは別の授業で与えられた課題の消化を、リネアは中庭の花壇に水やりと、どうやら日課のようだ。


 そして、まだ此処に住み始めたアクトに何かが出来る訳でも無く、かといって風呂に入ってさっさと寝ようにも、エルレイン邸の新ルールにより男子は女性陣が全員入浴した後に済ますという制限により、彼は仕方なく屋敷内を歩きまわったりしながら何とか時間を潰したのだ。


「……にしても、今日一日で色々あり過ぎだろ……」


 時刻はもうすぐ深夜に差し掛かろうというところ、火照った体を冷ます為に備え付けられたバルコニーに出て、春のまだ若干寒い夜風に身を晒しながら、アクトは今日の出来事を振り返っていた。


(エレオノーラに呼び出されてはるばるこんな場所まで来たかと思えば、今度はいきなり魔法科学院に転入しろって言われて……今度は居候生活ときたもんだ。まったく、前途多難だな……)


 だが、それでも、これから始まるであろうトラブル続きの生活も悪くないと思い始めている自分が居た。勿論、魔法に対する憎しみが消えた訳では無い。自分から大切な物を奪い続けた魔法を、彼は終ぞ許す事は無いだろう。


 まだ齢十七の小僧が何を言っているのだろうと自分でも時折思うが、それでも止まりはしない。その為に剣の腕を磨き、「アレ」を生み出したのだから。


 ただ……昼の出来事――コロナのあの言葉によって、自分の憎しみの一部には、戦争に多く使われる現代魔法に対する強い偏見が含まれている事に気付けた。コロナの言う通り、魔法も、財力・知力・武力ーー理不尽なこの世界で何かを為すための「力」の一つなのだろう。


(だから俺は、この目であの学院を見極める。エレオノーラが、帝国が築き上げてきたあの場所を見極めることで、「あの日」からずっと止まっていた俺の時間がようやく先へ進める気がするんだ……)


 そんな思いを胸に、そろそろ冷えてきたので戻ろうとしたその時、アクトの部屋から三部屋程離れた部屋のバルコニーの扉が開き、人影が出てくる。夜空に浮かぶ月の元に晒し出されたその影は……


「コロナ……?」


 人影の主――コロナ、は薄い寝間着姿でバルコニーの手すりに身を任せて遥か遠くを見つめていた。この屋敷が立っているのはオーフェンの中でも比較的高い為、此処から大壁の先に広がる景色を一望出来る。


 月光を受けて照らし出される幼いながらもその美貌は、まるで東方に伝わる童話に出てくる月の都の姫君の様だった。


(何処を、見ているんだ……?)


 一見、ただ景色を眺めているだけに見えるだろう。だが、優れた視力を持ち、人の表情に潜む意思を鮮明に読み取れるアクトには、彼女がただ景色を見ているのではなく、ある一点……遥か北方に広がる「イルヴェリア山脈」を見据えてる事が伺えた。


 アルテナ大陸の丁度中央辺りに位置するガラード帝国と、北に広がる、竜と人とが共生する「ドラグニア竜王国」を隔てる大山脈だ。


 イルヴェリア山脈の険しさと、竜を操る「竜騎兵(ドラグーン)」と呼ばれる強力な兵士が守護する彼の国は、何処の国にも手出しする事が出来ず、長年、排他的な関係を保つ謎多き国だ。


(北方に、何がある……?)


 アクトが更に表情を読み取とろと僅かに気配を発すると、はっ、と何かに気付いたようにコロナが辺りを見渡し始めた。


「……?」


 コロナが視線を周囲に配らせ、自身の部屋から三部屋離れた部屋のバルコニーに視線が止まるが、其処に、人の居た気配は微塵も存在しなかった――



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