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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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71話 これから

 

 澄み切った青い空、燦然と照り付ける太陽、焼けた白い砂浜。清らかな潮騒と共に寄せては引き、引いては寄せを繰り返して千変万化し、陽光を受けて煌めく波。


 ビーチリゾート「青海大楽原(マリン・ブルー)」のビーチは、学院生の少年少女の楽しげな声で大いに賑わっていた。その中には、彼らに混じってこれまでの疲れを癒す教師の姿もあった。先日の大嵐で多くの者が去ったことで観光客の姿は殆どなく、ほぼ彼らの貸し切り状態と言っても過言では無い。


 遠征学習最終日。天候によるトラブルはあれど、異例づくしの遠征学習は、つつがなく全日程を無事に完了した。現在は大嵐で到着の予定が大幅に遅延した、隊商(キャラバン)の馬車の到着を待つための時間――特に予定も無い事実上の自由時間だ。


 生徒や教師達は海水浴に興じたり、観光街を散策したりと、思い思いの時間を過ごしていた。


 ……至極当然な話ではあるが、帝国軍とルクセリオンとの戦闘については、全面的に情報が伏せられることとなった。この一件に関わった民間人のコロナやリネア、当事者たるアイリスには厳しい箝口令が敷かれ、一応は「黒の剣団」に所属しているアクトにもそれなりの口止めを命じられた。


 全面的にかなり熾烈なドンパチを繰り広げたので、山間部の異変に気付いた近隣住民が何名かはいたようだが、そこはお偉方お得意の情報操作によって事なきを得るだろう。


 オセアーノ魔導工学研究所所長のヴォルター=エヴァンスは突然の‟失踪”。政府上層部により一時稼働停止命令が下った魔導工学研究所には、示し合わせたかのようなタイミングで帝都から派遣された、物騒な装備で身を固めた‟調査隊”が介入。研究員達は強制退去を余儀なくされた。


 研究員達にはこの一件に魔法犯罪組織ルクセリオンが裏で噛んでいた事実は全て伏せられ、アイリスと魔導工学研究所を巡って行われた大規模な騒動も、こうして無数にある事件の一つして闇に葬られていくのだろう。


 ――そんな、事件が終わった後もうんざりするようくらいに張り巡らされた謀略とは無縁の平和な砂浜にて、


「マスター、私はあの三段重ねアイスクリームという物を食べてみたいのです」

「ああ、今回はエクスにもかなり頑張ってもらったからな。それぐらいお安い御用だ」


 水辺で遊ぶ水着姿の彼らとは対照的に、海沿いに建てられた屋台で買った食べ物を制服姿のエクスに渡す、同じく制服姿のアクトは、片腕に木製の杖を付いている。ズボンに隠れて今は見えないが、右脚には包帯がぐるぐると巻かれていた。


「相変わらずエクスちゃんには優しいのな、お前」

「そうか? これぐらい普通だと思うが」

「傍目から見れば、学院でもお前ら二人は仲の良い兄妹みたいなもんさ。……それにしても災難だったな、アクト。行方不明になったアイリスちゃんを探すのに夢中になって、階段から落っこちるなんてよ」

「ん? ま、まぁな。ははは……」


 同じく屋台で飲み物を買った水着姿のマグナに、アクトは乾いた笑いを零す。事情を知るコロナやリネアと違い、マグナは純粋な民間人だ。巻き込む訳にいかない。かといって、そこそこ長い付き合いをしているので追及は他のクラスメイトよりも深く、誤魔化すのに色々と苦労した者の一人だ。


 事件終息の後、アクトの傷は「黒の剣団」に所属する治癒魔法使いに治してもらったお陰で、単純な外傷は綺麗に治った。ただ、不完全な自損技でぶっ壊れた右脚だけは直ぐにとはいかず、暫くは絶対安静を言い渡されている。


「その脚じゃ、海に居ても出来る事無いだろ。観光街へ行った方が良いんじゃないのか?」

「まぁそうなんだが、アイツら放っておいて一人で観光ってのも味気なくてつまらねぇし、この脚だからな。動くのが面倒だ」 

「アイツらって、コロナ達の事だろ? お前、俺とアイツらしかまともな友達居ないのか?」

「うるせぇ、ほっとけっての。それに、今は大事な約束が――」


 お互いに軽口を叩き合いつつ、アクト達が賑やかに談笑していたその時。


「アクト先輩、お待たせしました。あ、マグナ先輩もいらっしゃったんですね」

「おっ、来たなアイリス……って」


 自分を呼ぶ声にアクトが振り返ると――其処には、麦わら帽を被った水着姿のアイリスが居た。


 控えめなカーブのラインが清楚なそのスレンダーな肢体に、腰に巻かれた赤色の丈長なパレオがお洒落な花柄の水着。明るい太陽の下に、透き通るにように白く張りのある健康的な肌が惜しげもなく晒されている。その首元には、アクトが贈った結晶細工の首飾りがぶら下がっていた。


 暴走時の無茶な動きで自身に刻んだ傷も、簡単な応急処置と治癒魔法をかけただけで今や痕一つ残っていない。どうやらレパルド族の少女は、運動能力のみならず回復能力も桁外れに高いらしい。


「アイリス、それ……」


 アクトが驚いたのは、アイリスの長髪が地味な黒ではなく、彼女本来の地毛である紫炎色であった事だ。今までは暗く陰鬱とした場所でしかそれを拝むことが出来なかったが、こうして明るい場所で見ると、実に鮮やかに映えて人目を惹いていた。


「え、アイリスちゃんってそんな髪色だったか……おっと。この雰囲気、もしかして俺はお邪魔虫か?」

「……あぁいや、別にそういう訳じゃないんだが……」

「良いって良いって。この場は若い者に任せて、俺は退散しますよっと。また後でな」


 お前も同い年だろうが、とアクトがツッコむ前に、非常に空気の読める気の良い友人は向こうの方に去って行った。


「ったく……アイリス、もうあの眼鏡は必要無いのか?」

「はい。あれ以来、血は自分でも驚くぐらい沈静化しています。それに……私の事を受け入れてくれる人が居るのなら、こちらも本当の私でいた方が良いかなと思いまして」


 アイリスの身体に内在する二つの魂、その一つ――「神獣」の魂を、彼女は頑なに拒んできた。今までのアイリスは言うなれば、常に肉体と魂が噛み合っていない状態だったのだ。


 その結果、霊魂に想定外の負荷が生じ、「精神体」が損傷して魔力が抜け落ちるという現象が起こったのだ。


 だが、己が内に秘められし血の力と向き合い、受け入れた今はまるで違う。魔法も通常通り使えるだろうし、これから彼女は、強さを手に入れるだろう。それは暴走などという不完全なものではない。真に己の意思で振るうことの出来る本物の強さだ。


 時間的にはたった一晩だというのに、一皮も二皮も剥けた後輩の目覚ましい心身的成長に、アクトは頼もしさを覚えると共に口元へ笑みを浮かべた。


「……うむ。あんな野暮ったい眼鏡かけてるより、そっちの方がずっと可愛いと思うぜ」

「ふぇっ!? か、かわいい!? そ、そうですか……」


 何故か突然、アイリスの頬に僅かな朱色が差す。しかしすぐに気を取り直し、こほん、と小さく咳払いした。


「アイリス。なんだ、その……カイルの事は残念だったな」

「……っ」


 ヴォルター=エヴァンスが「失踪」したのと同時に、ガラード帝国魔法学院教師であるカイル=ミラーノの「失踪」……その実態は、戦闘が終了した後に到着した事後処理部隊による連行。結局、アイリスが彼ともう一度言葉を交わすことはなかった。


 これから始まるのは、軍による念入りな事情聴取。彼は洗脳され利用されていただけの一般人なので、大事には発展しないだろうが……アイリスがカイルと会えるのはずっと後の事になるだろう。


「……大丈夫です、先輩。私は、もう平気ですから」

「アイリス……そうか。お前がそう言うなら、俺からは何も言わない」


 依存対象――恩師から離別を果たしたアイリスに、カイルの記憶をわざわざ掘り起こすような真似は出来ない。アイリスが立ち直ったという事に任せ、アクトはこれ以上の深堀りはしなかった。


「先輩……改めて過去と向き合ってみても、両親と離別してからの空白の期間は、やはり私には大きかったみたいです。まだ私は、この世界での新しい生き方というのを見つけれずにいます」

「そりゃそうだろ。まだ十七のガキが言うのも何だが、本当の生き方なんて、長い人生の中で考えに考え抜いて、それでも答えを出せるかどうか分からないようなもんだろ? 昨日の今日でそんなの見つけられたら誰も苦労しない。だから人間は、その日その日を何かに依り所にして生きてるんだ」

「ふふふ……それもそうですね。だから決めました。今までのように惰性で生活送るのではなく、毎日色々考えて、精一杯生きてみようと思います。その上で、私には何が出来るのかを、この力の使い道と一緒に探していきます」


 砕けた語り口のアクトに、アイリスは含むように笑う。そして、思いっきり吹っ切られたような澄み切ったその表情には、以前のような端々に滲んでいた暗い影は少しも見られなかった。


「でももし、私が力を制御出来ずに暴走したら、また道を踏み外しそうになったら……その時は、こうして私を助けてくれた責任、取ってくださいね?」

「……!」


 アイリス両手を後ろ手に組み、アクトの正面に向き合い、上目遣いで茶目っ気交じりに破顔した。それは少女なりの意趣返し、歯の浮くような台詞を平然と吐く少年への仕返しだった。これで少しはどぎまぎしてくれれば良いと期待していたアイリスだが――


「あぁ勿論だ。お前が望むなら、いや、望まなくても何度だって止めてやる。だから心配すんな」

「~~~~!!」


 ぼっ! 何故か突然、アイリスの相貌がその道も顔芸師もかくやという早さで真っ赤に染まった。今度はアクトから顔を隠すように、いそいそと麦わら帽を目深に被り直す。


「そっか……そういう事、やっぱり無自覚で言っちゃう人なんだ……」

「ん? 何か言ったか?」

「い、いえ! ……はぁ、これは苦労しそう……」


 溜め息と共に零れたその呟きを、この場で聞いた者は一人として居なかった。


「おーい、アイリス~!」

「こっちにおいでよ~!」


 その時。遠くからアイリスの事を呼ぶ少女の声が二つ。見やれば、キラキラと輝く海の中から、こちらに手招きしているコロナとリネア、後は数名の女子生徒の姿があった。帝国の流行の最先端をいくデザインな彼女らの水着姿も非常に優美で、その一角は水の妖精の社交場のように華やいでいた。


「俺は良いから行って来いよ」

「え? で、でも……」

「泳げない奴の事を気遣っても仕方無いだろ? 俺だけじゃなく、アイツらとも仲良くして来いって」

「先輩……はいっ!」


 元気よく返事をしたアイリスは、彼女らの元に向けて小走りに駆けだした。


「さて、と……行くぞエクス」

「マスター、次はあのヤキソバなる物を食べてみたいのです」

「分かった分かった。後で何でも買ってやるから。ちょっと付き合ってくれ、な?」


 その背中を見送ったアクトは、相変わらず食欲旺盛なエクスを連れて、先程からずっと自分達の事を遠巻きに見ていた人物――ヤシの木陰に佇む夏場用の簡素な半袖シャツとズボン姿の男に近付く。


「グレイザー、いつも堅苦しい格好のお前にしては随分と珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」

「……なるほど。あれが、お前が命を懸けて守り抜いた光景か」


 不思議なモノを見るアクトの追及をガン無視し、鋭い目つきの青年――グレイザーは素直にそう口にした。他者を拒絶するような底冷えする口調・事務的・嫌味皮肉……面白みに欠ける三拍子が揃う彼にしては、珍しい物言いである。


「そうだろ? きっとアイリスを救えなければ、こうまで美しい光景は作れなかっただろうさ。……悪い。お前達がずっと追っていた『九魔鬼(ナイン・ヘル)』の一人、ミラージュ=スぺクルムを逃しちまった」


 楽しげな様子の彼らから穏やかな視線を切ったアクトは、打って変わって真剣な眼差しで告げる。


「気にするな。元よりそれは、俺達の役目だった。何より、負傷したお前程度でも、長らく歴史の表舞台に出てくることがなかった『九魔鬼』と互角に渡り合えることが判明しただけでも上々だ」

「何か癪に障る言い方だなオイ。……だが、渡り合えるってのは間違いだ。奴らの力の全容は、恐らく単純な能力の高さだけじゃない。もっと別の、ヤバい何かだ」


 今回はああいった手合い全般が苦手とする正面戦闘に持ち込むことで退けることが出来たが、もしもミラージュの幻術が正面戦闘ではなく、暗殺や裏工作、不意打ちなどに振るわれた時、どれだけの猛威を振るうか……想像もつかない。


 ミラージュの魔法能力が他の「九魔鬼」の純粋な魔法能力水準であるという事はあるまい。然るべき場所と状況で運用された時、「九魔鬼」はそれこそ一騎当千、帝国最強戦力の「七魔星将(セブン・スターズ)」と同等の恐るべき力を発揮するのだろう。


「その辺りの報告と今後の対策も含め、俺達は一度、帝都に帰還する。結果的に逃げられたとはいえ、『九魔鬼』の一人を手負いにしたのは大きな意味を持つ。暫くは奴らも、鳴りを潜めることだろう」

「そうか。他の奴らにも助かったって伝えといてくれ。……それで、これは詫びって言っちゃなんだが、一つ教えられる情報ならあるぞ」


 それが意図的あったのか否かは最早調べようも無いが……あの秘密研究所でミラージュと相対した時、彼は確かにその名を呼んだ。


「『天導師』……それが、奴らを束ねる親玉の名だ」

「……」


 敵の首魁の名を知っても表情一つ変えないグレイザーが何を考えているか、アクトには分からなかった。傭兵の頃から、グレイザーは素性が知れない人物(あの界隈ではまともな経歴の人物の方が稀なのだが)だった。


 もしかすれば、自分の知らない何処かでルクセリオンとの因縁もあるのかもしれない。


「……なぁ、全てが終わった今だからこそなんだが、一つ良いか?」

「何だ?」

「三年前……俺が『黒の剣団』を脱退するって決めた時、どうして俺をすんなり行かせたんだ?」


 多くの団員、そして大切な「彼女」を失ったあの戦いの後……「黒の剣団」は著しく弱体化していた。当時、最年少とはいえ前線のエースを張っていた自分を遊ばせておく余裕など無い筈。強く引き止められると思っていた。


 だが、どう折り合いを付けようか考えていた自分の懸念とは裏腹に、彼らは特に何も言うことなく脱退を認めてくれた。あまりにあっさりしていて当時は思い至らなかったが、弱体化した彼らが軍属の道を余儀なくされたのも、元を正せば自分の身勝手な行動が原因だ。 


「傭兵団は、何かに従属した時点で傭兵団としての価値を失う。お前や『団長』、ガレスのおっさんみたいに聡明な奴なら、それに気付かない筈が無い。自惚れてる訳じゃないが、当時の俺だってそれなりの戦力になれた筈だ。なのに何故……」

「……二つ訂正しておこう。第一に、俺達の中で戦場を去ったお前を責めている者は誰一人として居ない。第二に、軍属の道を選んだのはあくまで俺達の意思によるものだ。お前の懸念は、勘違いも甚だしい」


 深刻な表情で負い目を感じているらしいアクトの考えを否定するように、グレイザーは冷ややかに答えた。


「ど、どういう事だよ?」

「其々の目的や大義はあれど……あの時の俺達は所詮、金で動くだけの傭兵だ。相手は選ぶが、いたずらに世界へ争いと死をばら撒き、人々の平穏を貶める事が本質の存在。『彼女』を失い、そんな血みどろの世界に嫌気が差したお前を止める者は誰も居ない」

「……」

「まぁ、それでも連絡の一つも寄越さなかったのは、流石に腹も立ちはしたがな」

「そ、それについては悪かったと思ってるって!」


 初めは手紙を書くなりして連絡を取ろうと思っていた。だが、時間が経つうちに、あっさり脱退を認められた自分は彼らにとって必要とされていないのかという思いもあって、いつの間にか手紙を書く手は止まっていた。


 それからはずるずると引き摺っていき、気付けば三年も経っていた。


「自分達の意思で、と言ったな。俺が抜けた後、大陸を転々としていたっていうお前らに何があったんだ?」

「お前が抜け、長らく世界各地を放浪していくうちに……俺達は知った。この世界には、そしてこの国には、俺達の想像を遥かに超えた底知れない‟悪意”が跋扈している事を。人間の醜い悪意など生温い、世界を真に破滅へ導く存在だ」

「世界を破滅へ導く……何なんだそれは?」

「……すまない、上手く言葉に出来ない。恐らく皆も同じような言葉を返すだろう。だがしかし、それらについて調べていると、決まって名前が挙がってくるのが、件の組織――ルクセリオンだ」

「……! そうか。それでお前らはミラージュの事を……」


 彼らの狙いがルクセリオンなら、つい最近襲撃を受けた学院が存在するオーフェンに居たのも、奴らの最上級構成員である「九魔鬼」の一人が標的としていたアイリスの監視任務に就いていたのも納得だ。


 それにしても、「黒の剣団」のスーパーエースにして、幾度も修羅場を潜り抜けてきた超一流の魔道士であるグレイザーをして、底知れないと言わしめるモノ……この三年の間に、彼らは一体何を見たのだろうか。


「奴らを含めた邪悪を帝国から殲滅するには、同じ‟悪”の面を持つ傭兵である俺達には無理だ。皆も同じ思いだったからこそ、俺達はエレオノーラ女史の手を取り、『黒の剣団』は軍属の道を選んだのだ。無論、軍が‟善”である訳では無いが、少なくとも俺達はこの選択に後悔は無い」


 淡々と語るグレイザーの言葉には、強固な信念を持ち誰よりも苛烈な正義の道を征く彼の、絶対に譲らないという決然とした静かな覚悟が滲んでいる。そんな生粋の堅物は、「ただ」と最初に付け加え、


「だが……そうだな。あの血に塗れていながらも、騒がしくも暖かった傭兵としてのあの時間が失われてからは、確かに少し物足りない毎日ではあったがな」

「――ッ!」


 思いを素直に出せない不器用な彼なりの気遣いだったのか。近寄りがたい雰囲気を放つ鋭き相貌の冷徹なる仕事人は、この時ばかりは僅かに口元を緩めて言った。もしかすればそれを言いたかったがために、回りくどい台詞を吐いたのかもしれない。


「はっ、素直じゃねぇ奴。普通に寂しかったって言ったらどうだ?」

「誰がそんな事を言った?」


 自分の気持ちを伝えるという点では、アクトの不器用さも相当なもの。されど近しい者は引かれ合う。不器用な者同士、旧知の輩の間に無言ながらも穏やかな空気がその場に流れる。アクトの傍らで佇むエクスは不思議そうに小首を傾げていたが。


「そういう話なら分かった。俺は一応、軍団としての『黒の剣団』に所属している事になるんだよな? 何にせよ、ルクセリオンの連中は俺にとってもただのテロリストじゃないんだ。改めて力を貸すと約束するぜ」

「ふん、暴走しがちなお前の手綱を再び握らなければならないと思えば、俺としては頭の痛い話なのだがな。聞けば、近く帝都で行われる学生大会とやらに参加していると聞いたぞ。精々、チームの足を引っ張らないことだ」

「お前は口数は少ないクセに、昔からいっつも一言余計なんだよ。もうちょっと思いやりというのをだな」


 手の平に拳を突き合わせて意気込むアクトの前で、グレイザーは不機嫌そうに鼻を鳴らし、彼に背を向けて歩き出した。話は終わりという事らしい。最後の最後まで嫌味の得意な男だと思わずにはいられないアクトであった。


「……アクト」

「ん、何だ?」


 その去り際、グレイザーはふと足を止め、


「また会おう」

「……ふっ。あぁ、またな。皆にもよろしく」


 ――こうして、三年の時を経て再会した戦友は互いの身の内をようやく語り合った。三年という月日は非常に長く、彼らは互いに様々なモノを得て、様々なモノを失い、その関係はかつての形とはかけ離れてしまっているのかもしれない。


 だが、何も心配する必要は無い。どんな形に変わろうと、背中を預けて困難に立ち向かった‟戦友の絆”は、決して切れることは無いのだから。


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