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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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68話 幻鏡

 

「一之秘剣――《縮地》ッ!!」


 戦闘開始直後、聖剣を構えたアクトの姿が突如、掻き消えた。魔力放出による超加速で瞬時に最高速へ達し、彼我の距離を一直線に駆け抜け、ミラージュに迫る。


 アクトの経験則的に、精神干渉や幻術などを始めとした「絡め手」を好んで用いる魔道士は、総じて近距離での戦闘に自信が無い場合が多い。ならば、時間を与えて厄介な小細工を弄される前に、相手が反応出来ない程の速度で接近し始末するのが上策。


 まさに先手必勝――だが、アクトは考慮しておくべきだった。アイリスとの戦闘で受けた傷によって、自身の戦闘能力が大きく低下している事を。《縮地》の要たる最高速への到達時間が、万全時と比べ遅くなっている事を。


 そして……相手もまた、そのような単純な策が通じるほど甘い相手では無いという事を。


(遅いッ!?)

「遅い。【愚かしき蛮勇の者・眠神の腕にて消沈し・久遠の眠りに堕ちよ】」


 先んじて詠唱を開始していたミラージュが、三節の呪文を括った瞬間、


「ぐぁ……ッ!?」


 最後の数メトリアを踏破しようとするアクトの動きから、急に速度が失われた。ふらふらと失速し、片膝を付いたアクトの視界は激しく明滅し、まともに立つことすらままならない虚脱感が彼を襲う。


「なんだ、これはぁ……!!」

「どうです? 私の魔法、操意《強制昏倒催眠(ヒュプノティズム)》の味は。並の精神防御なら五度貫通して余りある強力な催眠術です。どれだけ屈強な戦士であろうと、どれだけ強力な魔導の技を振るう者であろうと、一度眠ってしまえば関係ありません。さぁ、その衝動に身を委ね、静かに眠りなさい。次に起きれば、全てが終わっていますので」

「先輩ッ!!」


 余裕の表情で自分を嗤うミラージュの声も、アイリスの悲痛な声も、自身が漏らす苦悶の呻きすらも、今のアクトの耳には遥か遠い。気絶だけはしないよう必死に意識を繋ぎとめようとするが、表層意識どころか魂に根差す深層意識すら眠りにつかせようとする揺り籠への誘いが、それを許さない。


(ま、マズイ! 堕ちる……!!)


 抗い難き暴力的な睡魔、不意を突かれ術中に嵌ってしまったアクトは、不自然過ぎる眠気に意識が暗転する。為す術なく、安寧の闇に手放そうとする――


『起きてくださいマスター!!』

「…………ぐっ!!」


 刹那、脳内に大音量で響き渡るエクスの声。魂を震わせる剣精霊の言霊に、沈みかけていた意識の闇から僅かに浮上したアクトは、総身に戻ってきたなけなしの気力を全身全霊で振り絞った。


「う、うぉ……うぉああああああああああああああ――ッ!!!」


 ぶちっ。何かが鈍く弾ける音と共に、アクトの口端から流れる数滴の鮮血。これだけ術が決まってしまえば、生半可な手段での覚醒は不可能。故に、アクトは出血するくらい舌を強く噛み、何とか表層意識への覚醒を果たした。


「――はッ!? はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……あ、危なかった……!」

「まさか、初見で私の精神干渉をはねのけるとは。これは、私も全力の幻術で相手をする必要があるようですね」


 肩で荒い息を吐くアクトに、ミラージュは感心したような眼差しを向ける。別に強力な攻撃魔法を喰らった訳でも無いというのに、アクトの消耗ぶりは凄まじいものだった。


(これが、奴の力……迂闊だった。そりゃ、魔力はすっからかんだし、腹には穴が開いてんだから、動きが精彩を欠くのは道理か)


 先の動きから測るに、出せる能力(ポテンシャル)は万全な状態での約四割減。《限界突破》に回せる程の魔力も無いし、激しい動きを繰り返せば傷口も開きかねない。全力での攻撃や回避は、残り数回といったところだろう。この時ばかりは、簡単な治癒魔法すら習得していない自分が恨めしかった。


 だが……より確実な傷を与えられる攻撃魔法を使わず、わざわざ眠らせて無力化を図ろうとしたという事は、やはりこの男には自分を確実に殺せるだけの魔法戦能力が無いのだろう。


(だったら、このボロボロの身体でも何とか渡り合える筈だ!)


 とはいえ、ミラージュは自身を世界最強の幻術使いと称する程、小細工を弄することが得意な相手な事に変わりは無い。それに対し、これが何処まで通用するかは分からないが、無いよりはマシだ。


「【我が魂に応えよ】」


 アクトが呪文を唱えた直後、聖剣から紅き魔力光が走り、白き刀身に混じりて宿る。前時代の象徴たる剣士を、数多の魔道士にとっての天敵たらしめる切り札。アクト=セレンシアが魂の結晶、固有魔法《魔道士殺し》。


「仕切り直しだ、行くぞッ!!」


 自身の魔法適正を媒介にした《魔道士殺し》は、ほぼゼロの魔力消費で起動することが出来る。紅光の上に銀の魔力光を纏い直したアクトは、地を蹴ってミラージュに肉薄する。


「はぁああああああ――ッ!!」


 《縮地》程の高速移動ではなくとも、この距離では悠長に呪文を唱えている暇も無い。懐に入り込んだアクトは、反応すら出来ずに佇んでいるミラージュ目掛け、袈裟懸けに聖剣を振り下ろした。だが――


「なっ、幻影!?」


 肉を裂き骨を断った筈のミラージュの姿がぐにゃりと揺らぎ、まるで幻のように雲散霧消。あまりの手応えのなさと共に、聖剣は虚しく空を斬った。


「先輩後ろ!!」

「【穿て雷槍】」

「――ッ!!」


 声と(呪文)が聞こえたのと同時に、アクトは咄嗟に横へ跳び転がる。直後、半瞬までアクトが立っていた地面を、一条の閃光が容赦なく穿った。間髪入れず、避けた場所へ襲い掛かる第二射。アクトはそれを正確に斬り、《魔道士殺し》を受けた雷閃は魔素(エーテル)となって消滅した。


「惜しい。もう少しだったのですが」

「助かったぜアイリス! ――今のは操意《認識攪乱(コンフュージョン)》、俺に幻影を見せたのか……何故だ? 俺はお前に斬りかかるまで、一度たりとも視線を切ってなかった。視界が遮られた訳でも無いのに、何故幻術を仕掛けることが出来た!?」


 幻術は基本、術を仕掛ける瞬間を相手に悟られれば成立しない。人間が認識する現実は虚構よりも強固、それが幻術の大原則だ。何の障害も無い状態では、どれだけ強力な幻術であろうとかかる道理は無い筈……アクトが抱くその疑問を、精霊の第三視座から物事を俯瞰出来るエクスは、正確に答えを見出していた。 


『マスター、分析完了しました。あの者はマスターが攻撃を仕掛けるより前にこちらの精神に干渉、攻撃の瞬間にマスターの認識をずらしたのです』

「なに……?」


 攻撃するよりも前に幻術に嵌っていた……加えて、あのタイミングで警告を発せたという事は、傍目からこの戦いを見ていたアイリスにはミラージュの姿が認識出来ていた事になる。つまり、幻術はアクト一人にかけられていたものであって――


「眠らされた時か!」

「御明察。一度術を仕掛けた相手の精神に、それとは別の幻術を予め仕掛けておき、二重三重の幻を見せ続ける魔導技。私はこれを、固有魔法《潜伏幻術(ミラージュハック)》と名付けています」

「……ッ!!」


 化け物だ。世界の理によって修正されやすい幻術の上に幻術を塗り重ねるなど、どれ程の事象改変能力と干渉強度を持っていれば為せる技なのか。しかも、一流の幻術使いすら軽々と凌駕する魔法技巧を見せておきながら、この男はまだまだ奥の手を隠し持っている気配すらある。


「さぁ、どんどん行きますよ。私が操る現実と虚構、果たして貴方に見分けられますか?」

「ちぃぃ……ご丁寧に、技に自分の名前を入れやがってッ!」


 ぱんっ、とミラージュは両手を真ん中で合わせる。直後、ミラージュの前方に天井を衝く勢いで発生した分厚い炎壁が、猛然とアクトに押し寄せてくる。


「フッ――ッ!?」


 対し、アクトは聖剣を縦に一閃し、斬り裂いた灼熱の炎壁に突破口を見出し――白刃が触れた瞬間、肌を焦がすような熱量を含んでいた炎壁は、まるで嘘のように霧散した。それが幻術だと気付いた時には既に遅く、炎壁を突き抜けたアクト目掛け、無数の氷弾が撃ち出された。


「ぐぅぅ――ッ! 四之秘剣――《烈波》ァ!!」


 殺到し、視界をバラバラに細断する氷弾に肌を裂かれながらも、致命傷となる物だけを避けたアクトは、反撃の《烈波》を放つ。水平に薙がれた聖剣の延長線上に生み出された魔力の刃は、空気を裂いてミラージュの上半身と下半身を泣き別れさせ――ミラージュの姿は霞と消えた。


「クソッ、これもかよ!?」

「さぁさぁ、踊りなさい!」


 恐らく、そびえ立つ炎壁によって一瞬の視界不良が起こった内に虚像を貼り直したのだろう。それを推察する間もなく、アクトの左手側で生じた壮絶な雷嵐がアクトを呑み込まんと地を蹂躙する。それを幻か本物か判断し切れないアクトは、全て避ける。避けるしかない。


 超高熱の爆炎、絶対零度の凍気、極太の収束雷撃砲、破滅の空間エネルギー爆破――次々と生み出される虚構の攻撃は、当然、本当に物理的エネルギーを内包している訳では無い。結局はそれを捉える認識の問題なのだから、術者のやり方次第でどうとでもすることが出来る。


 故に高速、故に自由自在。だが、鍛え上げられた精神の持ち主を相手に、いつまでも虚構は通じないのが常識……だというのに、ミラージュの幻術は、実際に肌が触れようかというその寸前まで、まるで本物がそこにあるかのように錯覚させてしまうのである。


 肌を焼く熱気も、凍える冷気も、全てが限りなく本物に近い偽物。無数の嘘に翻弄されているうちに、その中に一滴混ぜた小さな小さな本物(魔法)を見分けることすら危うくなる。


 アクトが身と精神を削って空っぽの魔法の嵐を掻き分け、ミラージュに再度肉薄出来たとしても、


「ふふふ、何処を狙っているのですか?」

「クソがッ!! 遊んでんじゃねぇよ!!」


 今度は、系統外《幻惑(イリュージョン)幻歩(・ステップ)》。光操作で生み出した虚像に攪乱されてしまう。まるで雲を掴むが如く、斬っても斬ってもその身体は幻か認識をずらされるかで、本物はまるで見当違いな場所に出現する。


 アクトに降りかかる幻術の根幹――固有魔法《潜伏幻術(ミラージュハック)》は、自身の振るう幻術を視認した者にも間接的に作用するのだろう。これでは何時まで経ってもアクトは刃を突き立てることが出来ない。


(ああクソッ!! 幻だと分かっていても対処出来ない! コイツの生み出す幻術は、魔力の質から迫りくる圧迫感まで、まるで本物みたいに再現してやがる。あり得ないと分かっていても、つい本能的に避けちまう!)


 これまで幾度も自身の命を救ってきた鋭敏な直感や反射神経が、逆に仇となった形だ。《魔道士殺し》は事象改変を経由する魔法全般、つまり幻術にも消滅作用を発揮するが、こう連続で放たれては対処が追い付かない。


「どうしました? たかが幻術、幻の攻撃如きに一々動揺していては、身が持ちませんよ? それに、強く心を保たなければ、今度こそ私の幻術が貴方の精神を絡め取りますよ?」

「くっ……!」


 それだけは絶対に避けなければならない。表層意識を欺かれるならともかく、細かな制御が効かない深層意識を掌握されれば、一環の終わりだ。最悪、幻術を幻術とすら認識出来なくなる可能性がある。


 習得難度が高く、実戦で運用出来る程の効力を出せる者は限られているが……幻術という系統魔法は、魔道士に対し極めて有力な対抗手段となり得る。「精神体」に根差す心象風景――心の在り方によって世界の法則に介入する魔道士にとって、精神や魂とは最大の武器にして最大の弱点なのだ。精神が不安定では如何なる魔法も制御を失い、暴発してしまう。


 幸い、魔法を使わないアクトはその点に関して心配する必要が無いが、それを差し引いても幻術の厄介さを身を以て思い知らされていた。


(それでも、それでも俺はコイツに勝たなくちゃならねぇ! 新たな道を歩み始めたアイリスの為にも、この戦いだけは絶対に負けられない!!) 


 悠然と、無数の虚構と一つまみの本物を繰り出すミラージュ、それを必死に見分け捌くアクト。構図は完全に防戦一方、アクトが折れるのは時間の問題……のように見えるが、実態は少し違う。


 アクトは見せる手札を最小限にしつつ、ミラージュに攻めさせ続けることで手の内を暴き、逆転の一手を探っていた。


(余裕ぶった様子だが、コイツは意外と俺の反撃を警戒してる。万に一つも失敗は許されないからだろうが……となれば、このボロボロの身体で奴に一発入れるには、やはり奴が絶対の自信を置く幻術を利用するしか手は無い)


 ほんの一瞬で良い。何か、何か一手、奴の動きを止められる方法は無いか――ミラージュが放つ虚構の火炎流を避け、避けたその先で待ち構えていた雷閃を《魔道士殺し》で消した瞬間、最悪の方法を思いついてしまった。


(これで良いのか、俺……我ながら分の悪過ぎる賭けだ。さっきのアイリスの時とは比にならねぇ。ミスれば敗北は必至だ)


 何より、失敗して失われるのは自分の命だけではない。自分が倒れれば、アイリスを守る者が居なくなる。そうなれば、少女を助けるためこの戦いに臨んだ多くの者の尽力が全て無駄になってしまう。


(……いや、元より今の俺に、選択肢を選ぶ余裕なんてあってないようなものだ。アイツらの期待と信頼に応える為にも、こうなったら腹括ってやるしか無いだろうが!! エクスッ!) 


 素早く意を決したアクトは、心の中でエクスに呼びかける。そして、「博打」という名のとんでもない作戦の概要を手短に説明した。


『マスター、失礼を承知でお聞きしますが……正気ですか?』

(俺がトチ狂ってこんな事言ってると、本気で思ってんのか? んな訳無いだろ。全部勝つ為だよ! だが、俺一人では絶対に奴の幻術に耐えられない。だからエクス、お前の力が必要なんだ!)


 当然の反応と言うべきか。主の正気を疑う精霊に、アクトは怒り気味に返す。ただしどんな理由があろうと、アクトがエクスに怒ることは絶対に無い。作戦の要たるエクスを説得するべく、それだけ必死なのだ。


『……分かりました。私は貴方の剣、この選択が正しいと信じるマスターの意に従います。どうか私の力を存分に利用し、貴方が信じる道をお進みください』

「エクス……ありがとう。よし、【……・――・~~~】」


 自分とエクスは主と契約精霊の関係であると同時に、互いに対等な関係だ。だというのに、最終的には自分の意思を優先してくれる剣精霊に複雑な頼もしさを覚えつつ、アクトは小声で何事かを唱え……全力で地を蹴ってミラージュに接近した。


「おやおや。これは随分と必死です、ね!」

「うぉおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」


 突然反撃に転じてきた事に少々面食らうも、ミラージュは動じず冷静に呪文を唱える。その場に渦を巻いて荒ぶる虚構の暴風、奈落の底まで大地を裂く虚構の地割れを、アクトはものともせず強引に突破し、果敢に斬りかかる。


(怯むな!! どれだけ奴の幻術が強力であろうと、奴が実際に放つ本物の魔法攻撃は、どれも汎用的な軍用魔法だけだった。強大な魔力反応には構うな、微笑の魔力反応だけを嗅ぎ分けろ! 当てられなくても良い! とにかく迫れ!)


「止まりませんか……なら、これでどうです!?」


 中々アクトが捕まらない事に焦れたミラージュは、更に苛烈な幻術攻撃を仕掛ける。そのどれもが、耐性の無い者なら即座に幻惑へ絡め取られる強力無比な術ばかり。よしんば動きを止めることは出来なくても、どれか一つにでも嵌れば「潜伏幻術」で幅を広げられる。どうという事は無い――筈だった。


「おぉおおおおおおおおおおおお――ッ!!」

「くっ……!」


 止まらない、止まらない。アクトは幻に一切目もくれず、猛然と本物のミラージュだけを見据えて一直線に迫って行く。最早、今の彼には場に展開される幻術の殆どが目に映っていなかった。


 理屈としては簡単な話だ。ミラージュの幻術がこちらの視覚情報の偽装を媒介とすることで成立しているのなら、その視覚情報を操作して自分の方から切ってしまえば良い。多少の視覚情報の差異など、気配と呼吸で敵の挙動を読む練達の武人たるアクトにとって、何の障害にもならない。


 幻術に嵌らなければ、「潜伏幻術」による多重幻術にかかることもない。構わず、怯まず、突進するアクトはミラージュを聖剣の斬撃範囲に捉えんとする。


(これは、拙いですね……!)


 こうまで自分の幻術が通用しないとなると、出せる手はかなり限られてくる。こうなれば、通用するか分からない威力しか出せない本物の魔法を混ぜるか――それを実行しようとするも、時既に遅し。


「もらったあぁああああああ――ッ!!」

「しまっ――!!」


 それは、純粋な戦闘型魔道士では無いミラージュの弱点、一瞬の判断の遅れから生じた致命的な隙。そして、どれだけ手酷い傷を負っていようが、アクトが敵の晒した隙を逃さない訳がなく、


「《八岐大蛇》ッ!!」


 瞬間八連撃。渾身の力で薙ぎ払われた斬閃はミラージュの身体を八つに解体し、剣圧の余波を受けて生じた激風が疾く駆け抜け――


「なっ!?」


 斬り裂かれた筈のミラージュの姿がぐにゃりと歪んで幻のように霧散し、振り下ろされた聖剣は虚しく空を斬った。これも幻術が作り出した、ただの虚像。本物のミラージュは、


「【■■■■・■■・■■■】」

「っ……」


 アクトの背後に回り、理解不能な何らかの呪文を唱えた。《潜伏幻術(ミラージュハック)》で残しておいた幻術に上書きする形で発動した謎の術。直後、ミラージュから吐き気を催すような邪悪な魔力が生じ、束ねられてアクトに流れ込んでいき―― 


「……」

「操意《道化ノ欺言(トリック・ワード)》、言葉に乗せて放つ幻術の一つです。まさか私の幻術の種類が、視覚を媒介とした物だけだとでも? 貴方はずっと私の掌の上だったのですよ」


 全身から力という力が萎えるように、アクトはその場に項垂れ、瞳からは一切の生気と光が失われた。アイリスを操った時と同じ、洗脳の魔法だ。アイリスの場合は動揺した精神の隙を、アクトの場合は事前に受けていた幻術によって生じた僅かな精神の隙を突かれ、無力化されてしまったのだ。


「……」

「先輩ッ!! 駄目です気をしっかり持ってください!!」

「無駄ですよ、アイリスさん。今の彼の状態は、先程の貴女とまったく同じ。急なものだったので深く術をかける余裕はありませんでしたが、そう簡単に目覚めるものではありません」

「先輩ッ!!!」


 (きし)む身体にも構わず、アイリスは悲痛の表情で叫ぶが、アクトには届かない。何度も何度も呼びかけるが、その行為を無駄と一蹴すべくミラージュが無慈悲に告げる。その言葉には一切の虚飾がなく、今のアクトは完全にミラージュの操り人形であった。


「残念です。剣士と戦う機会は早々無いので、もう少し手の内を勉強しておきたかったのですが。まぁ、これも我らが理想の為。仕方ありませんね!」

「……」

「先輩ぃーーーッ!!」


 ミラージュの指先に紫電が宿り、眩き極光の槍がアクトの頭部を貫かんと放たれようとし――刹那、意識を失っていた筈のアクトの姿が、ブレるようにして掻き消えた。


「なぁ――ッ!?」


 ミラージュがその姿を認識した時には、いつの間にかアクトはミラージュの側面に回り込んでおり、


「残念。もう少しだったな」

「がっ!?」


 アクトの振り抜く拳が、盛大な殴打音を響かせる。顔面のど真ん中に拳を叩きこまれたミラージュは、派手に吹っ飛ばされた。


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