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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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64話 剣士vs獣の少女

 

(――強い)


 荒ぶる風を巻き、高速で応酬される無数の剣戟と拳撃。


(――強い!)


 交錯する剣閃と拳閃。膨大な魔力が満ちた互いの得物が激突する度、大気を震わす衝撃波が生まれる。


(アイリス、クソ強ぇええええええ――ッ!?)


 心の中で叫ぶアクトは、眼前に迫りくる拳の壁を片っ端から撃ち落とす。紫炎色の長髪をなびかせ、四肢に超高密度の魔力を纏ったアイリスは、酷く虚ろな表情で乱打と脚撃を打ち込む。


  その小柄な身体からは考えられないような強烈な膂力を受ける度に、重い衝撃が彼の腕を走った。 


「うぉおおおおおおお――ッ!!」

「……」


 両者、強大な力の根底にあるのは人智を超えた超常の神秘。この騒動を引き起こした男二人が見下ろす視線の下、広大なドーム状空間の中央にそびえ立つ「永久機関」の真横では、少年と少女の壮絶な戦闘が繰り広げられていた。


 アイリスは、近接戦闘における誘導や立ち回りなどの駆け引きを一切してこない。超人的な身体能力と魔力が小癪な駆け引きを必要としない程に強さを引き出し、純粋に速く、重く、鋭く、強い。


 技と呼べる技も無いが、獣の本能に根付く天性の勘が無駄の無い最善の挙動を選び取る。


 当然だ、彼女の身体にはかつての最強の戦闘民族の血が流れているのだから。振り抜く拳、蹴り上げる脚の一つ一つが全て必殺、あらゆる小細工を真っ向から粉砕する絶対王者の戦闘スタイル。


  その持ち主が精神干渉によって凶悪な‟獣性”を封じられ、その戦闘能力だけを引き出された結果、冷徹なる無欠の戦士が誕生したのだ。


 アクトが持つ技の中でも最速を誇る剣技、二之秘剣《雲曜》を以てようやくの拮抗……いや、アイリスを傷付けず無力化するために発動させている《慈愛》で実際に斬れない分、真っ向から打ち込まれる乱打を受け流すのに余計な体力を使わせられる。アクトが劣勢であった。


 ――だが、己が最も得意とする間合いで相手に好き勝手を許すほど、アクト=セレンシアは大人しい使い手では無い。


(ここだ!)


 高速戦闘の最中、間合いを計り直すべく一度アイリスが距離をとったタイミングで、アクトは聖剣を右下段に落とし、自らの正面をガラ空きにした。


「六之秘剣――《渦旋刃》ッ!!」


 そんな態勢からでは自分の攻撃に対応しきれない、アイリスはこれを絶好の機会と刹那の間にアクトの懐へ飛び込み――狙い通り、アクトは大気を引き裂いて放たれた亜音速の貫手を身体を捻って躱し、その勢いで一回転、超速の左回転斬りを見舞った。


 駆け引きと呼ぶには杜撰な一撃、だが今のアイリスなら必ずこの誘いに乗ってくると確信しての一撃。両腕の筋肉を総動員した膂力と遠心力を乗せて薙がれた渾身の刃は、不可視の斬閃を描いてアイリスの無防備な横腹に入り込み――  


「マジかよ!?」


 だが、これにもアイリスはまるで予定調和の如く神速で反応し、閃く聖剣に魔力が漲った拳を打ち合わせる。インパクトの瞬間、膨大な魔力と魔力が激しく競り合って弾け、その衝撃でアクトは靴底を削って数メトリア滑り下がり、アイリスは反動を活かして宙に大きく跳び上がった。


(尋常じゃねぇ反応速度、あれを間に合わせるか!! 今の誘導は危険過ぎてもう使えないな)


 息を整えつつアクトが次の作戦を組み立てているその時、アイリスが謎の行動に走った。跳び上がり宙を彷徨ったままの状態で、アクト目掛けて全力の拳を振るったのだ。当然、其処は間合いの遥か外。振り抜かれた剛拳は大気を抉りながら何も無い虚空を穿ち――


「がふっ……!!」


 瞬間、腹部を重い鈍器で殴られたような痛みがアクトを襲った。突然の衝撃に肺から空気が吐き出され、よろめくアクトは一瞬息が出来なくなる。着地したアイリスは地を蹴って彼我の距離を一息で潰し、隙だらけのアクトの目掛け魔力光が漲った渾身の上段回し蹴りを放つ。


「くっ、おぉおおおおお!!」


 直後、宙を舞う微量の流血。アイリスの一撃がアクトを捉えた。だが、致命傷には至らない。すんでの所がアクトが引き戻した聖剣を攻撃の軌道に挟んで逸らすことで、頭部を容易に粉砕出来る威力を秘めた剛脚は、彼の頬を浅く掠めるに留まった。 


(今のは……魔力を超高密度に圧縮させた拳を振るうことで、その先の空間にある大気を撃ち出したのか!?)


 すぐさまアイリスの間合いから逃れたアクトは、先程自分を襲った攻撃の正体を瞬時に看破した。


 理合いとしては、刃に乗せた魔力を‟斬撃”という事象として固定、遠くに飛ばす四之秘剣《烈波》とほぼ同じだろう。だが、それを拳一つで為そうと思えば、どれだけの膂力があればそんな真似が可能なのか……やはりアイリスの直撃だけは絶対に貰ってはいけない。


(命に関わるような威力じゃ無いが厄介な攻撃だ。それに、さっきからこっちの最有効距離(クリティカルゾーン)を悉く掻い潜って、拳の届く零距離まで入り込んで来ようとしやがる。懐まで入られたら終わりだな……)


「弱点」を突いても尚、圧されている。近寄らせないよう長剣の広いリーチを存分に活かし、間合いを抜かれたとしても拳を受ける力で、アイリスの間合いから逃れるような立ち回りを意識しているが、徐々に対応が間に合わなくなってきている。


(このままじゃジリ貧過ぎる! 逆転の手はあるにはあるが、その為にはもう少し手の内を暴かねぇと……情報を収集しつつ、アイリスの攻めのリズムを崩す!)


 ‟攻撃は最大の防御”、鵜呑みには出来ないが、事実の一側面ではある。アイリスの態勢を崩すことが出来れば、この流れを変えることが出来るかもしれない。滾る魔力を纏い直し、アクトは地を蹴り砕いて一直線に駆け出した。


「ははははははっ!! どうだ!? これこそが、「神獣」と呼ばれる強大な存在の加護を得たレパルドの力だ!! 生物の規格を超えた原始的で圧倒的な力、力、力ァ!!。間違いない、膨大な魔力リソースに満ちたアレを生体部品として組み込めば、我が『永久機関』は遂に完成する!!」

「……」


 疾風怒涛、嵐の如きアイリスの猛撃をアクトが必死の形相で捌いているのを高台から見物するヴォルターは、実に愉快そうに狂気に満ちた哄笑を上げる。その傍らで佇むカイルは、無言を貫いたまま眼下の戦いをどこか虚ろな表情で見下ろしていた。


 ――霊的器官「二之獣魔臓(セカンド・ハート)」。「神獣」と呼ばれし存在から賜れし血と魂に根差す‟魔力特性”は、それを有する者の世界に対する存在強度を高める力を有している。それによってアイリスは、人間でありながら存在の次元が人間よりも高みにあるのだ。


 要は、その者を構成する霊的な存在要素と、流れる魔力(燃料)の質が極めて高いという事だ。故に、アイリスはただ其処に‟居る”だけで強い。常人なら死に至るような攻撃も彼女にとっては致命傷になり得ず、ちゃちな刃物では彼女の薄皮一枚傷付けることすら叶わないだろう。


「うぉおおおおおおお――ッ!」


 そんな超常的な力の持ち主を相手に、アクトは一歩も引かず全力で喰らい付く。アイリスの間合いに近付いたことで彼女の攻撃を肌が掠めるようになるが、総身に小さな傷を刻まれながらも持てる「技」を駆使して可能な限りギリギリの近距離(クロス・レンジ)での戦いを演じる。


「……」


 果敢に攻めかかるアクトに己の領域を侵害される事を嫌ったか、拳撃の間に繰り出した蹴りを聖剣の白刃に打ち付けて跳び退ったアイリスは、間合いの遥か外側であるにも関わらず、拳に溜めを作り始めた。


(あの動き、来る! だが――)


 先程と同じ、拳での中・遠距離対応攻撃。超高密度の魔力が圧縮された拳が正拳突きの要領で虚空を鋭く穿ち、その先の空間の大気が塊となって撃ち出された。更にアイリスは一連の動作を両拳・超高速で繰り返すことで、空気弾を次々と撃ち出す。


 その様はまるで人間大砲。僅か一呼吸で放たれた空気弾は都合十五発。されど、アクトは極めて冷静に「特定動作」で呼吸を整え、腕を伸ばすように聖剣を右上段に構え――


「もう通じねぇ!! 四之秘剣・改――《螺旋烈波》ッ!!」


 不規則な軌道で振るわれた雷光一閃。その斬撃より生み出されし高密度の魔力の刃は、一直線ではなくまるで渦を巻くように空間上をうねり、殺到する空気弾と激突。これを一つ残らず相殺した。


「……!」

「はぁ、はぁ、どうだ!」


 非実体エネルギーである魔力と圧縮された空気が霧散し、空間内を一陣の颶風が吹きすさぶ。さしものアイリスも、アクトが為したこの芸当には僅かに目を見開いた。


 《烈波》は本来、魔力の刃を単発斬撃の延長線上に打ち出す技。それをアクトは螺旋を描くように聖剣を振るうことで、より広範囲に斬撃を届かせる防御手段としたのだ。元々は対魔道士戦において、光速で飛来する雷撃系魔法を迎撃するために編み出した秘剣の応用技だ。


「……」

「はぁ、はぁ、はぁ……こんだけやり合ってんのに、そっちは息一つ乱れてないのか。一体どんな体力してるんだ?」


 やがて、空気弾を撃ち出し続けて流石に消耗したのか、この攻撃が有効打になり得ないと判断したのか、アイリスはある時を境に動きを止めた。追撃を加えてこない間隙を利用し、アクトは肩で荒い息を吐きながら静かに思考を巡らせる。


 ――ここまでの攻防で察した。この戦い、最終的に負けるのは自分だ。


 今のアクトは、まだ剣精霊エクスの力に振り回されている。学院襲撃事件で己の力不足を自覚して以来、日頃から鍛錬を積むことでアクトの魔力制御は向上したとはいえ、未だ彼は《限界突破》が引き出す絶大なる力を御し切れていない。


 纏う魔力を最大限作用させられなければ、結局は無駄な魔力を垂れ流していることになる。そう遠くないうちに魔力切れを起こすだろう。助けを望めない状況下では、魔力切れは死と同義だ。


(このまま続けても泥沼だ、こっちが先に尽き果てる。本気でアイリスを止めたければ……こっちも捨て身でアイリスの間合い、近距離の更に先……零距離での戦いに飛び込むしか無い。近距離に張り付いたお陰で、ある程度の「筋」は見切った。後は俺の集中次第、か)  


 これは賭けだ。この状況を打開するには、魔力制御に割いている集中を他に回す必要がある。当然、ただでさえ馬鹿げている魔力消費量は増大し、ひいては自身の全力戦闘可能時間を削ることに繋がる。故に、短時間で決着をつけなければならない。


(俺にやれるのか? ……いや、やれるかやれないのかの問題じゃない……やるしかねぇ。決めただろ、俺の全力を尽くしてアイリスを救うって。俺を信じて行かせてくれたアイツらに応える為にも、俺も命の一つや二つくらい賭けてやる!!)


 決めた覚悟を行動に移すべく、アクトは己の契約精霊に告げる。


「エクス。ここ数ヶ月の特訓の成果を見せる時だ」

『マスター、例のアレを為さるおつもりなのですか?』

「ああ。俺に出来る全てを注ぎ込まなければ、アイリスを抑えることは出来ない」

『……分かりました。主たる貴方の意のままに。魂の同調は、私が担当します。マスターは魔力制御のみに集中してください』


 アイリスが攻撃を仕掛けてこない事を確認したアクトは、表層意識に最低限の警戒だけを残して静かに目を閉じる。精神を研ぎ澄ませ、魂を深層意識の奥深くへ落としていく――


 ――選び取るのは、この戦いにおける「手段」。細かい調整は必要ない、補佐はエクスがしてくれる。自分はひたすらに魔力を聖剣と精霊へ流し込み、自らが操る「最善」の造形を思い浮かべる。


 時間にして僅か約三秒。次の瞬間、アクトの手に握られた聖剣が金色の粒子となって消滅し――代わりに現れたのは、彼の両腕に装着された「篭手」だった。絢爛優美な金色の装飾を基調とし、碧色の宝玉が埋め込まれたその意匠はどことなく聖剣カリバーンと似ている。


「よし、上手くいったな」

『……同期完了。魂の同調、正常域。精神乖離の前兆は見られません。《形態変更(モード・シフト)》、いけます」


「篭手」を纏った両手を握っては開いてを繰り返し、アクトは身に着けた新たな得物の感触を確かめる。


 剣精霊エクスが司る権能は‟金属”と‟武力”の概念。上位精霊故に他にも様々な権能があるようだが、表立って現出しているのはこの二つだ。これらを併用することで、エクスは契約者が望む最適な形に変化することが出来るのだ。


 アクト達はこれを《形態変更(モード・シフト)》を名付けている。そして今回、彼が望んだのはゼロ距離での戦い。それを行うのに最も適した武器が「篭手」だったという事だ。


 つまるところ、これより繰り広げられるは真っ向からの殴り合い。「篭手」への形態変化は長く持たない上に消費魔力も凄まじい。アクトは自身が戦闘不能になるギリギリまで身を削ってアイリスを止めようという魂胆だ。


「さぁ、戦闘続行だ。アイリス、思う存分打ってこい!!」

「……」


 拳と拳、互いの渾身をぶつけ合う第二ラウンドが幕を開けた。



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