59話 策謀と矜持
「何でお前がこんな所に居るんだ、グレイザー!?」
「落ち着け。それを議論している余裕は、今の俺達には無い」
つい先日、約三年ぶりの再会を果たしたかと思えば、こんなにも早く再会する両者。当然の反応を示したアクトの追及を、グレイザーは冷ややかな視線で受け止める。
今は軍団となった「黒の剣団」副団長、団員の中でも屈指の実力を誇る超一流の魔道士が、何故こんな場所に?
此処は言わずと知れた国内屈指のリゾート地、グレイザーもバカンス目的でこの地を訪れ、アクト達と偶然行き先が被った……いや、事はそう単純なものではないだろう。
今のグレイザーの装いは、強力な各種耐性能力を持つ戦闘用の魔道士礼服に、ベルトに仕込んだ各種魔道具など、どう見ても完全武装だからだ。
ならばどうして……だが、グレイザーが此処に居るというその事実が、アクトの中で膨れ上がっていた疑惑を半ば確信に変えた。
「……このタイミングで接触してきたって事は、どうやらお前は、俺がこうして焦ってる理由を知っているようだな?」
「そうだと言ったら?」
「話せ」
「時間が無いと言った筈だ。……と、言いたいところだが、これは俺達の不手際が招いた事態故、致し方あるまい。手短に話すぞ」
そして、周囲に人が居ないことを一通り確認すると、グレイザーはアクトの正面に向き直り、淡々と語り始める。
「俺達『黒の剣団』は軍の命令を受け、誘拐されたあの少女――アイリス=ティラルドの監視任務に就いていた」
「なっ!? あ、アイリスの監視、だと……!?」
開口一番、いきなり度肝を抜かれたアクトの言葉に、グレイザーは無言の首肯を返す。……いや、自分達の置かれている状況とグレイザーが自分の接触してきたタイミングを鑑みれば、彼らがアイリスの突然の失踪に関係しているのは明白、とアクトは開きかけた口を無理矢理を閉じて、グレイザーに続きを促した。
「事の発端は、魔導工学研究所系列に流入する資金に微かな違和感があった事が始まりだ。その齟齬を辿り、国家特別保安局情報分室による極秘裏の内定調査の結果……オセアーノ魔導工学研究所所長ヴォルター=エヴァンスが件の組織……『ルクセリオン』と密かに繋がっている可能性が示唆された。どうやら奴は不正に入手した資金と連中の支援を受け、何か大きな計画を画策しているようだ。その計画成就の為に、アイリス=ティラルドの身柄が必要不可欠であるという事らしい」
「あの所長が……!?」
衝撃的だ。あの人の好さそうな男が裏ではそんなとんでもない事をやっていたとは。表では善人ぶった人間ほど、裏では何をやっているか分からないとはよく言ったものだ。
そして、その事実以上にアクトを驚愕せしめる事実がグレイザーの言葉に含まれていた。
「ルクセリオン……またあのテロリスト共の名が挙がってくるとはな」
「ああ。どうやら連中は、兼ねてより少女の身柄を狙っていたようだ。お前たちが現在実施している遠征学習とやらも、連中にとっては絶好の催しだったのだろう」
事実、そうなのだろう。高等部生と比べ、まだ本格的な魔法教養を受けていない中等部生のアイリスは、何も事情を知らない学院側からは注目されにくい存在だ。
それに加え、遠征学習は大勢の生徒が参加する都市の郊外へ出て行く大規模行事だ。その中から精神的にも能力的にも拙い中等部生一人を攫うなど、造作も無い。
「連中の動向を嗅ぎ付けて足取りを追ったものの、とある事情で俺達が遅れてオセアーノ入りを果たした時には、既に少女は敵の手に落ちた後だった。以前、頃合いを見計らってあの少女に持続性・隠蔽性の高い魔力信号を付呪しておいたのだが、誘拐された時点で解呪されている。どうやら彼女を攫った輩は相当な手練れらしい。現在、捜索を行っている段階だ」
「……」
グレイザーが状況を説明し終えると、アクトは重々しい表情で押し黙った。外面では辛うじて平静を装ってはいるが、彼の胸中は乱れに乱れていた。自分達が呑気に観光をしている間に、裏ではそのような重大な陰謀や思惑が絡んでいるとは夢にも思わなかったからだ。
長らく戦場を離れて勘が鈍ったか、アイリスの一件はそうまでアクトの心を搔き乱していたのか、真相は彼自身ですらも分からない。
「……今、アイリスが何処に居るのか知っているのか?」
「大方の見当は付いている。連中が誘拐した少女を連れ込むとするなら、恐らくヴォルター=エヴァンスの手が及んでいる魔導工学研究所の何処かだろう」
そして、変わらず淡々と応えるグレイザーを、アクトは怒りの灯った眼で鋭く睨みつけた。
「……おい、グレイザー。そもそも何故、俺に所長のヴォルターがルクセリオンと繋がってることを話さなかった!? お前らがアイリスを監視してたなら、オーフェンに居るうちに俺に接触することも出来ただろ! 俺に事情を説明してさえいてくれれば、アイリスが攫われるなんていう最悪の事態だけは避けられた筈だ!」
そう、グレイザー達や軍部の作戦には不鮮明な点がある。何を隠そうアクトの存在だ。
全てを知った今だからこそ言えることだが、あの研究所見学は、ヴォルターに獲物であるアイリスの存在を見せびらかすような行為だ。あの時は偶然にも他の生徒達よりも早く遭遇してしまったが、いずれは研究所内で必ず遭遇していただろう。
そんな百害あって一利なしの杜撰な真似、軍上層部がする訳が無い。そこに事情を知っているアクトが居れば、アイリスがヴォルターと接触する前に彼が介入し、何らかの行動を起こせていたかもしれない。
逆にヴォルターに関する何らかの情報を得ることも出来ただろうし、彼らにとってもアクトの存在は手札の一つとして有用な筈なのである。
(「黒の剣団」がエレオノーラ直轄の「軍団」なら、当然、俺のことを計算に入れてない訳がねぇ……まさか、軍上層部の真の狙いは……)
提示された少ない情報を元に頭を全力で働かせ……アクトの脳裏に、はらわたの煮えくり返るようなある可能性が浮き上がると、
「本作戦は、軍上層部における準機密事項だ。『軍団』の一員ではあるが、まだ一般人寄りに過ぎないお前に教える訳にはいかなかった。それに……昔から血気盛んなお前のことだ、今になってもその性根は変わっていないのだろう。仮に情報を共有したとして、俺達の指示を待つより早く、先走って何かをしでかさないと言い切れるのか?」
「うっ……そ、そんなことは……ッ!」
「奴らは極悪非道のテロリストだ。必要とあらば、無関係の市民ですら平気で殺害する外道共の集団。魔法の持つ凶悪な暴力の矛先が、何の力もない一般市民に向けられたらどうなるかは、他らなぬお前がよく知っているだろう。そして、少女を強引に連れ去ろうとする連中と戦闘になったその時、周囲に巻き込まれる者が、お前が学院で知り合ったという者達でないと断言出来るのか?」
「そ、それは……ッ!」
否定出来ない。アクト自身、自分の暴走癖については理解している。もしこの数日間、アイリスの周囲に居る自分が警戒心を振りまいていれば、分かる手合いには感づかれてしまう。人目を忍んでの誘拐は困難と判断した連中が強引な手段をとってきた時、周囲への被害ゼロで賊を制圧出来る保証はどこにもない。
コロナ、リネア、エクス……自分が守ると心に決めた者達の存在を引き合いに出されては、強くは出られない。……だが、可能性に思い至ったアクトには、どうしても知らなければならない事が一つあった。
「……最後に、聞いて良いか? 今回の作戦、軍の連中にとっちゃ、アイリスという貴重な存在を撒き餌に、アイツを狙う何かしらの敵対勢力が釣れることを期待したような作戦じゃなく、限りなく確信を持って行われた『釣り』だって事だよな?」
「そうだ」
「……だったら、そのあからさまな確信犯的『釣り』の作戦……お前らはアイリスの『素性』を全て知った上で、ヴォルターと手を組んでるっていうルクセリオンの連中が、必ずアイリスに何かを仕掛けてくる事まで計算に入れて、今まで敢えてアイリスを泳がせていたのか?」
「御名答だ」
直後、アクトの姿が霞と消え――刹那、アクトはグレイザーの懐まで詰め寄っており、彼の胸倉を掴み上げた。
「ふざけんなッ!!」
今まで抑え込んでいた激情が破裂する。堪えきれなくなった怒気に身を任せ、アクトは鬼気迫る表情で怒鳴っていた。
「お前らの都合で、あんな子を巻き込んでんじゃねえよ!! これ以上、アイリスを苦しめるような真似をしてどうするんだ!? 全部失って、今もまだ過去に囚われてるアイツは、前を向いて幸せにならなきゃ駄目なんだ、その義務があるんだ!! なのに――ッ!?」
「黙れ。俺とて、こんなやり方が間違っているというのは重々承知だ」
だが、グレイザーが放つ氷点下を振り切った気迫に、アクトの怒気は一瞬にして掻き消された。そして、気付いた。非道な冷血漢に見えるグレイザーの氷の形相……その瞳の奥には、蒼々とした憤怒の闘志が燃え滾っている事に。
「お前も分かるだろう。年々、彼の組織の勢力は加速度的に増大してきている。政府側が手詰まりになりつつあるのも事実だ。子細不明な謎の『神』とやらを崇め、帝国有史以来、世界各地で暗躍しているあの邪悪極まりない組織だけは、如何なる手段・犠牲を払ってでも必ず滅ぼし尽くさなければならない。年々、帝国に不信感を募らせる周辺諸国への威信を示す為にも、今の軍部や政府は必死なのだ」
「……ッ!」
「否定はしない。家族も故郷も何もかもを失った、運命に翻弄される哀れな少女を囮にするような命令を下す軍上層部も、それに分かっていながら従う俺達も外道だ。……だが、今の俺達は帝国軍人だ。どれだけ悪と罵られようと、帝国の為に、帝国に生きる人々の未来を守る為に、俺はより多くを救う為に己が全力を尽くす。それだけだ」
決意に満ちた眼差しを向けるグレイザー。アクトは顔を俯け、無言で彼を解放した。
(……三年前と、何一つ変わってねぇな、コイツは)
言いたいことは分かる。そのための致し方ない作戦である事も理解出来る。自分とて、数ヶ月前の学院襲撃でルクセリオンの異常性は思い知った。確かにあの組織の力は未知数であり、近い将来、何かロクでもない事を画策しているのは容易に想像出来る。ただ、それでも何かやりようはあっただろうと、
――そうだ、すっかり忘れていた。グレイザー=アインシュバルトという男は、苛烈で報われない信念を貫く男なのだ。それは傭兵から軍人という、何かに縛られた身分に変化したにも関わらず、何も変わっていない。
そして、自分は昔からこの男のそういう部分がとても憎らしく、とても羨ましかった。
少数精鋭、一人一人が一騎当千の力を持つ怪物達の巣窟……最強の傭兵団として名を馳せた「黒の剣団」。だが、どれだけ名声を得ようと、どこまでいっても自分達は一介の傭兵団に過ぎなかった。救いたくても救えなかった命の数は、この手で奪った命の数は、一つや二つでは済まない。その度に、自分は己の無力さに打ちひしがれていた。
だが……彼は、彼らは違った。必要悪を貫き、己が手で重ねた犠牲・殺戮の重圧と罪悪感を真正面から受けいれ、それを善と正当化する真似も絶対にしない。築き上げられた仲間と敵の死体の山に立ち続ける偽悪者――‟真に強き者”に、自分は強く焦がれていたのだ。
嫌でも分かる。仲間の犠牲を乗り越えて逃げずに戦い続けた彼らと、底意地悪く全てを救おうと足掻き続け、‟あの時”に折れてしまった自分とは、根本的に格が違うのだと。……けれど、今は違う。
(きっと、以前の俺ならこういう状況に陥った時、あっさり心が折れていただろう。あぁ、分かってる。矮小な人間に全部を救うなんざ、出来る訳が無い……でも、その行為自体を悪だと罵ることは、この世界の誰にも出来ねぇ。だから、俺はそれを諦めるつもりは無い!)
――人間は群れる生き物だ。されど所詮、根本的に「他人」同士である。そんな人と人とを繋げる物は、目を凝らさなければ見えないような糸の如きか細い「縁」。それに執着し、「他人」に横から手を差し伸べようとする自分は、俗に言う偽善者という奴なのだろう。自分の場合、全てを救おうと浅ましくも足掻き、そして失敗しあらゆる事から逃げたどうしようもないクソ餓鬼だ。
……だがしかし、だ。偶然にも出会い、共に同じ時を過ごした時間は短くとも、アイリス=ティラルドという少女は、自分が守りたいと思う彼ら彼女らにとって、勿論、自分自身にとっても、今やかけがえのない存在になっている。もう彼女は、彼女と結んだこの「縁」は、切っても切り離せないのだ。
何と言われようが構わない、偽善者であっても構わない。だが、己が為す偽善の果てに、一人でも多くの人が笑っていてくれるのなら、その偽善は何にも替え難い「本物」の筈なのだから。
(そうだ。アイツらの為にも、俺はアイリス=ティラルドを最後まで諦めない。何としても救ってみせる!)
もう迷わない。自分に出来る全力を以て、誰もが笑う未来を掴み取ってみせる。そんな決意を胸に、アクトはグレイザーに背を向けて歩き出した。
「待て。何処へ行く?」
「決まってんだろ」
当然、グレイザーが怪訝な表情で問うが、アクトは振り向かずに答える。
「グレイザー……俺は、お前やガレスのおっさん、ラフィールさんや他の団員のように、聞き分けの良い人間にはなれない。これは俺の性みたいで、最後まで割り切れはしないだろうな。けど……か弱い年下の女の子一人救えないで、何が『軍団』だ、何が『黒の剣団』だ……何が『魔道士殺し』だよ……! 俺はもう、自分の周りで誰かが傷つくのは御免なんだ!!」
「……」
「誰かを助けるのに理由を求めたら、それは終わりってもんだ……陰謀? 作戦? 知ったことか。俺は俺の、アクト=セレンシアの矜持にかけて、必ずアイツを救い出してみせる。……決めたんだ。誰かの為に、もう少し諦め悪く足掻いてみようってな」
そう吐き捨て、アクトは足早に去っていく。角を曲がって姿が完全に見えなくなるまで、グレイザーは彼の背中を最後まで無言で見送っていた。
――その時、グレイザーが立っている場所から少し離れた廊下のある部分が突如、陽炎のようにぐにゃりと歪み――いつの間にか、一人の女性が姿を現した。赤みがかった濃い茶髪が特徴の女性――「黒の剣団」団員ラフィール=レイネスだ。
「……良いんですか? 今の様子だと、アクト君、私の気配遮断にすら気付いていなかったみたいですよ? やっぱり彼、冷静じゃないんじゃ……」
「いや、構わない。アクトは斬り込み要因、余計な事を考えさせず、ただ一つの目的の為に動かした方が御しやすい」
素知らぬ顔で乱れた胸元を整え、グレイザーは淡々と、それでいて少し暖かみのある声音で言葉を続ける。
「それに……奴は自分の為ではなく、他者の為に力を発揮出来る人間だ。以前の任務ではその真意を見極めることは叶わなかったが……なるほど、奴は三年前と何一つ変わっていない。『彼女』の一件で中途半端に折れているような状態なら、今この場で床に転がしておくところだったが、あれなら使い物になるだろう」
そう言いつつ、左掌に魔法で生み出した紫電をバチバチとスパークさせながら、グレイザーはほんの僅かに口元を緩める。その様子をラフィールは呆れた表情で見ていた。
(はぁ、相変わらず不器用な人達……アクト君も、心の何処かではちゃんと分かってるんだろうけど)
三年前、あの二人は団員の中でも犬猿の仲だった。喧嘩口論は日常茶飯事、まさに水と油だ。だが、ラフィールの知る限りでは、戦闘中にあの二人が連携を乱したことは一度も無い。そんなもの、揺るぎなき信頼関係がなければ無理な話というものだ。
それを素直に伝えられない辺り、本当に面倒臭い人達……と、ラフィールは苦笑を浮かべる。けれど、他人から見れば歪に見えるような関係でも、あの二人にとっては一番理想的な関係なのだろう。
「行くぞ。哨戒に出していた御老公達をすぐに呼び戻せ。……癪だが、連中の根城に攻め入るには、後一手、戦力が不足しているのも事実だ。アクトを援護する」
「はいっ!!」
◆◇◆◇◆◇
――日はすっかり沈み込み、昨夜の大嵐の残滓で分厚い大雲が漂う空には、既に夜の帳が下りている。住民や各商会による日中での全力復興作業によって、完全とはいかなくとも、港湾都市オセアーノにはいつもの活気が戻りつつあった。
「……」
エントランスホールを抜け、旅館の正面玄関から外に出る。大嵐の影響で霊脈に異常が発生した結果、この地域一帯に短期間の気候変動が発生しており、レイクネス地方には珍しいひんやりとした空気がアクトの肌を撫でる。
アクトの装備は、腰の鞘に挿した愛剣アロンダイトと、両手に嵌めた革製の指抜き手袋だけと非常に簡素な物だ。そして、彼の傍らにはいつもの眠たげな表情をキリッ、と真剣なものにしたエクスが居た。
これから臨む戦いにおいて、エクスの力はなくてはならないものとなる。グレイザーと別れた後、剣を取りに戻ったアクトは、エクスを呼び出して事情を状況を説明したのである。事態が事態であるのと、主であるアクトがいつにも増して総身に力強い気迫が漲っているからか、エクスも気合が入っているようだった。
「マスター、あの方は」
「……さっきも同じような質問をしたな。何でテメェが此処に居る?」
前庭を歩いて外に出ようとすると、不意にアクトは目を細めてある部分を睨み据える。その視線の先には、旅館の門に背中を預け、腕組みして静かに瞑想するグレイザーの姿があった。
「その精霊も連れて行くのか。それにしても、随分と遅かったな。もう少しで置いて行こうかと思っていたぞ」
「チッ、付いてくんじゃねえよ。……と、言いたいところだが、アイリスを確実に救出する為に、戦力は一人でも多い方が良い。仕方ねぇ、協力してやるよ」
冷静に考えれば、アクトはアイリスが何処に連れ去られたかさえ知らないのだ。さらに言えば、アイリスを救いたいアクトと、ヴォルター=エヴァンス及び彼と繋がっているルクセリオンを制圧したい「黒の剣団」、互いの利害は一致している。
そうして、これ以上は特に何かを言うこともなく、二人(+精霊)は連れ立って歩き始める。人々の喧騒で賑わう観光街を通り抜け、魔導工学研究所に続く都市の外れに向けて。修復作業を終えた後の打ち上げを行っているためか、道中、観光客の数は少なく、ラフな格好をした現地住民の割合の方が多かった。
彼らは夢にも思わないだろう。強烈な嵐が過ぎ去り、元の平穏が戻ってきた都市の裏側で……帝国とルクセリオン、大陸を代表する二大勢力の策謀が複雑に交錯しているなどと。
「……忘れるな。言っておくが俺は、あくまでアイリスの救出を最優先にさせてもらうぞ」
「良いだろう。こちらもルクセリオン制圧任務の遂行を優先させてもらう。こちらの任務の邪魔をしない限り、少女についてはお前に任せる」
先の一件を経ても変わらず事務的に淡々と話すグレイザーに、アクトは鼻を鳴らす。
……けど、何故だろうか。こんなにも嫌なヤツなのに、相棒としてこれ以上頼もしい者は居ないだろうという思いがある。癪で認めたくはないが、心の底ではグレイザーを信用しているという事なのだろう。
……‟用事”は済ませてきた。この夜を乗り越え、誰もが幸せに笑える未来を切り開くためには、これからの自分の働き次第だ。アクトは力強い決意を感じさせる足取りで前に進む。すると、
「ラフィー達は別動隊として動いてもらっている。連中のことだ、証拠隠滅の為に用済みとなった研究所を襲撃しないとは限らんからな」
「ふん……それは、都合が良いな」
グレイザーに聞こえないようぼそりと呟いたアクトは、首だけを振り向かせて小高い丘の上に立つ旅館のある一点をじっと見上げる。すると、三階部分の窓の一つから、小さな光が一瞬だけ点滅するが、それに気付いたのはこの都市の中でアクトだけだ。
「何だ?」
「いいや、何でも。……エクス、此処からは力を温存しておく為にも、戦闘時までは霊体化しておいてくれ」
「分かりました、マスター」
そうこうしているうちに、アクト達は街の外れに辿り着いていた。アクトの指示を受け、エクスの姿は金色の粒子となって消滅した。
都市部には多くの明かりが眩く灯っているが、目の前の山間部には明かり一つない鬱蒼と茂る闇夜の樹海が広がっている。日中は自然豊かで景観も原始的で美しかったのに、夜に見る樹海はまるで得体の知れない巨大な不定形生物のようで、酷く不気味に見えた。
「さて……じゃあ、行くとするか。前は大人数での任務だったから、お前と二人でコンビを組むのは三年ぶりだな」
「付いていけなくなったら問答無用で置いていくぞ。俺の前であれだけの啖呵を切ったのだ、あの言葉に嘘偽りが無いことを証明してみせろ」
「はっ、誰にも物言ってんだ。そっちこそ、俺の足引っ張んじゃねえぞ、副団長サマ」
「抜かせ。寝言は寝て言え」
直後、アクトを置き去りにするように、グレイザーが風のように駆け出す。それに続き、アクトも地を蹴って軽やかにその後を追う。憎まれ口を叩き合いながらも、かつて互いに背中を預けた者同士、男達は巨大な陰謀を阻止すべく、一人の少女を救い出すべく、夜の樹海を疾走する。




