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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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56話 レパルド族

 

 その日、レイクネス地方一帯を未曾有の大豪雨が襲った。観測所が事前に打ち立てた予想を大幅に上回る記録的大雨は、自然と人類、両方に分け隔てなく災いをもたらした。


 まるで天上に住まう雷神が癇癪を起こしたかの如き雷鳴が轟き、ドス黒く縦に長い巨大な雲からは、大粒の雨が激しい音を立てて地面を叩き、霧のように飛沫を上げる。


 あれだけ活気に満ち溢れていた港湾都市オセアーノも、港、街、全てに至るまでが大自然の猛威の前に完全に沈黙した。悲しきかな、人類がどれだけ技術を進歩させて栄華を極め、より高みの存在に至ろうと、「世界」が振るいし無色の脅威たる自然には勝てないのである。


 そして……


「――うん……?」


 暴風雨が草木を激しく揺らし続ける深夜に、アイリスは目を覚ました。目蓋を開けて周囲を見やれば、彼女は部屋の中央に敷かれた布団に寝かされていた。寝起きであるにも関わらず、不思議と軽やかに上体を起こすと、彼女の服装はいつの間にか学院の制服から「着物」という東方の伝統衣装に変わっている。


 察するに、どうやらこの部屋は何処かの旅館の一室らしい。焦げ茶色の木材とわら素材で作った「畳」が織りなす、自然と心が落ち着く和風な空間で、部屋の隅に置かれた「行燈(あんどん)」と呼ばれる東方のランプの淡い光が室内を薄暗く照らしている。


 何気なく窓を見れば、明かりが消え失せた真っ暗な外では雄々しき大瀑布のように雨が降り注ぎ、時折、吹きつける一際強い風が窓ガラスを叩き、ガタガタと嫌な鳴らしている。今日、宿舎を出発する直前に担任のカイルがそんな事を言っていたと、アイリスは朧気ながらに思い出す。


「――おっ、ようやくお目覚めか」

「!」


 不意に、アイリスの耳朶を打つ聞き覚えのある声。声のした方を見れば、揺り椅子にもたれて何かの本を読んでいた少年――アクトは、読んでいた頁をぱたりと閉じてアイリスに目線を向ける。彼も学院の制服に身を包んでおらず、少しラフな部屋着の格好だ。


「アクト、先輩……」

「おう。おはよう、アイリス。あぁ、そのままで良いぞ。目ぇ覚めたばっかりの人間を起こすなんて真似、忍びないからな」


 本を近くの机に置いたアクトは優し気な、それでいてどこか戸惑うような笑みを浮かべてアイリスの傍に寄り、その場で胡坐をかいた。


「此処は……?」

「俺達が泊まってる宿舎だ。お前を気絶させた後、お前らが泊まってる宿舎に向かってたらその間に降られて大惨事になると思って、仕方なく近場の俺達の方の宿舎に戻る事にしたんだ。まぁ結局、途中で降られて俺達全員、ずぶ濡れになったんだけどな」

「気絶、させた……」


 部屋着の裾を摘まんで微苦笑するアクトの言葉を、アイリスは掠れる声で呟くように復唱する。


 ――あの後、アイリスを背負って全身を酷く打ち付ける雨でずぶ濡れになりながらも、何とか旅館に辿り着いたアクト達を最初に出迎えたのは、少々驚いたように目を見開くクラサメだった。


 事情を説明しようとすると、何と既に彼のポケットマネーで特別に部屋がもう一室用意されており、この部屋にアイリスは運び込まれたのである。


 どうやらアクト達が騒動に巻き込まれたという連絡は届いていたらしく、時間になっても帰って来ない彼らを不審に思い、最も考えられる可能性として班の誰かの行方不明を推測し、此処に運び込まれる事を見越して準備していたようだ。


 どういう経緯であの短時間の内に情報を手に入れたのかは謎だが、そこから導き出される可能性を瞬時に見抜いた状況判断能力と、その対応のために迅速な行動力を見せたクラサメに対し、アクト達が戦慄したのは余談である。


「あぁ、ちなみに、ずぶ濡れだったお前の服とかを取り換えたのはリネア達だからな。決して俺じゃ無いぞ? ……後な、お前には本当にすまなく思うんだが、その……ちょっと見ちまった」

「え? それはどういう……あぁっ!!」


 突然何を言い出すんだろうと、きょとんと首を傾げるアイリスは、視界の隅にある物を捉え――驚愕の声を上げた。何と其処にあった机の上には、丁寧に折り畳まれた自分の制服の他に、今日、自分が身に着けていた下着なども置かれていたのだ。当然、この部屋にずっと居たらしいアクトもあれを見た訳で……


「はうっ……」

「わ、悪い。それに……絶対に外せない大切な用事があったからな」


 事情を察したアイリスはぼっ、と一瞬で顔を真っ赤に染めてアクトから視線を逸らし、対するアクトもバツが悪そうに後頭部を掻く。そして……羞恥から来る弛緩した空気を取り繕い直し、いたって真剣な、戦場に臨む表情で彼は問う。


「皆には事情を話して席を外してもらってる。だから、此処には俺とお前の二人だけだ。……説明、してくれるよな?」

「……ッ!」


 刹那、アイリスの脳内に稲妻が走る。目覚めてからずっと霞掛かっていた彼女の思考が突如、自分でも嫌になるくらい明瞭になった。あの時……「暴走」して意識を失う直前、自分に何があったか、自分が何をしてしまったのかを全て思い出したのだ。


 そこから生じたのは、言い表しようの無い程に酷く痛烈な「後悔」。身を引き裂くような悔恨の念に、些細な羞恥心など一瞬で吹き飛んだ。


「……そうですね。先輩を巻き込んでしまった以上、話さない訳にはいきませんよね。……分かりました、全てお話しします」


 そうして、心を落ち着けるように大きな溜め息を吐いた後……アイリス=ティラルドは意を決して語り始める。自らの‟血”と、呪われた過去について――


 ◆◇◆◇◆◇


「私の本当の名前は、アイリス=クイティノス=レパルド。アルテナ大陸西方、今は『連邦』の統治下であるランバール地方に起源を持つ‟レパルド族”、と呼ばれる狩猟民族の末裔です」

「……!」


 レパルド族――黙ってアイリスの話に耳を傾けるアクトもその名には聞き覚えがあった。南原の秘境を根城にする狩猟民族と比べ数はかなり少ないものの、全員が超人的な身体能力を有し、遥か太古、大陸全土にその名を畏怖と共に轟かせた「最強の戦闘民族」と呼ばれる者達だ。


 アクトが傭兵時代に聞いた話では、一族はその絶対数の少なさと好戦的な気性が原因で、現代ではとっくの昔に滅んでいる筈だ。アイリスがそんな滅んだとされる大陸の末裔……それだけでも十分驚く事なのだが、彼女は更にアクトの度肝をぶち抜くとんでもない事実を告げた。


「ある時代、弱肉強食の厳しい世界を生き抜くために、祖先は古の禁じられた秘儀によって、その血筋に『神獣』と呼ばれる強大な魔獣の血を取り込むことに成功しました。人智を超えた力を得て――それは今も尚、脈々と受け継がれています」

「……は? ちょっ、ちょっと待ってくれ!! 神獣、だって……!?」


 何の脈絡もなく、いきなり百段ぐらい飛躍しまくった話に、アクトは何が何やらといった様子で瞬く間に混乱する。そんな彼の脳裏を不意に過ぎる、あの人の好い研究所副所長が口走っていた「神獣」という単語。あの時は流石にそんなモノは居ないだろうと冗談半分に話を聞いていたのだが――


「本当に、そんなのが、存在するって言うのか……?」

「はい。信じられないような事かもしれませんが……事実なんです」


 事実だ。今、アイリスからは嘘の気配はまったく感じられない。間違いなく、彼女は紛れもない事実を述べているのだ。未知なるモノに遭遇したエクスもこんな気持ちなのだろうかと、アクトは目蓋をキツく閉じて天井を仰ぎ、そして溜め息を一つ。この事実を何とか飲み込んだ。


「……分かった。話を進めてくれ」

「ありがとうございます……『神獣』の血による恩恵は非常に強力で、一族は他を寄せ付けない圧倒的な身体能力と、逃れ得ぬ‟加護”と言う名の‟呪い”……『神獣因子』とも言うべき、『神獣』の霊魂を魂の情報体――即ち『精神体』に宿しました。私には人間としての魂の他に、『神獣』の魂の二つが同時に内在しているんです」


 また飛躍しまくった話に頭が痛くなってくるアクトだが、今更驚いてなるものかと平静を装う。それに……此処に至って、今まで自分がアイリスに抱いていた「違和感」が氷解していくような感覚を覚えたのである。


(そうか、俺がアイリスの接近に気付かなかったり、気配を掴み辛いのは何故かと今まで思ってたが……()()()()()があったんだ……)


 言われるまでは絶対に気付かない、だが一度仕組み知ってしまえば感じられる。霊的な視覚を研ぎ澄ませ、魂全体ではなく魂の一部分を集中して見れば……目の前の少女の内には二つの魂が確かに鼓動している。彼女から発される気配が、()()()()()()()()あるのだ。


 片方は穏やかで普段のアイリスらしい静かな気配……もう片方は、今は非活性化していて掴み所が無いが、本能のままに得物を追い求める魔獣の如き、底知れぬ荒々しさを秘めていた。


「……あの時は言えませんでしたが、私の魔力が抜け落ちる『体質』は、この『神獣因子』に因る物なんです。内在する二つの魂に『精神体』が耐え切れず、その所為で身体を循環する魔力の流れに不具合が生じ、常に魔力が垂れ流しになっているような状態なんです」

「ま、マジかよ……」


 次々と明かされ想像を絶する少女の秘密に、アクトの額から嫌な汗が流れる。困惑する彼の胸中を代弁するかのように、窓の外では豪雨が一層勢いを増して降り注ぎ、吹きつける強風が窓を叩く回数も多くなった。


 ……こんな荒唐無稽で規模が大き過ぎる話、絶対の信頼を置けるような人間にしか話せないような事だろうし、他人に話した所でまず信じてもらえないだろう。実際に聞かされたアクトでさえ、まだまだ半信半疑な部分があるのだ。故に、あの時嘘を吐いていた事自体には、別に思う所は無い。


(もし本当にそうなら、「精神体」にどんな負荷が掛かってもおかしくはねえ……だが、人間の魂と魔獣の魂……種別のまったく違うこの二つが、一つの肉体()に収まるなんて事が、本当にあるのか?)


 その道にはあまり詳しくないアクトだが、現にそういう状態の人間が目の前に居る……きっとこれは、現代魔法が成せる神秘を大きく超えた、‟本物の神秘”の領域だ。理解するなど、土台無理な話なのだろう。


「そして、生物が世代を超えて進化するように、一族も長きにわたる年月を重ね、その身に秘める『神獣』の血をより濃くさせていきました。『神獣』の力は本当に強大で、一族にあるモノをもたらしました。……その名も『二之獣魔臓(セカンドハート)』。普通の人間には無い霊的な特殊器官です。これによって私達は、より強固な概念を持つ生物として存在が固定されているんです」

「……ッ!?」


 この十数分で何度も驚かされているアクトだが、今のアイリスの話に対する驚愕ぶりは、これまでの比ではなかった。先刻の戦いで見せた、ロクに鍛えられていもいないような小柄な体からは到底考えられない身体能力は、恐らくそれが所以なのだろう。


(「二之獣魔臓」が何のかは分からないが、それが真実だとするなら……内包する筋肉量が多いとか、魔力量が多いとか、そんな次元の話じゃねえ。身体も体も関係なく、()()()()()()()()()()()()、常人とは現実世界に影響する概念の強さが違うんだ……!)


 それは最早、人が持つにはあまりにも分不相応な力、人の領域を遥かに逸脱した力だ。人間でありながら、「精霊」や「死霊」、「魔獣」のように人間を超えた概念として世界に認識されているという事でもある。


 そしてそれは……果たして人間と呼べるのだろうか。


 不覚にも、アクトがそんな事を考えてしまったその時、彼の様子に気付いたアイリスは、このような反応をされるのが最初から分かっていたかのような苦笑を浮かべ、静かな声のトーンを一気に落とし、重苦しい声音で告げた。


「しかし……福音と代償が表裏一体であるように、良い事ずくめでもありませんでした。『二之獣魔臓』を得た一族はその代償として、『神獣』――いえ、魔獣という存在が元来持つ凶暴な‟獣性”をも受け継いでしまったんです。これを抑えようと一族は総出で方法を模索し、手を尽くしましたが、終ぞ完成することは出来ませんでした」

「……」

「一族の力を恐れた他の周辺部族達は、協力して武力を介さない様々な方法で彼らを徹底的に陥れ、酷い迫害を受けた一族は世界中に散り散りになっていったそうです」


 腕利きの傭兵として、人外の存在とも何度か戦った経験があるアクトだが……敵味方関係なく襲い掛かるあの凶暴性、自分をも飲み込む圧倒的で濃密な存在感……アレがその「神獣」とやらの力の片鱗なのだろう。正直、ゾッとする話だった。


 そして人間とは、自分達とは違う存在を排斥したがる存在、その周辺部族とやらがレパルド族を迫害した背景も想像に難くなかった。


「あの力……自分で制御は出来ないのか?」

「普段は自分の意思で制御が可能です。しかし、命の危機に陥ったり、感情が大きく昂ったりすると、制御が効かなくなってしまいます。この眼鏡は私の体質を抑える他にも、魔獣の力を封じる呪いが込められているんです。けどあの時……私、あの男の人達に追い掛け回されて、走る体力もなくなって、行き止まりに追い込まれて、それで……」

「なるほど、やっぱりそういう事だったか……」


 先刻、自分達に刃を向けてきた謎のチンピラ集団……何故あの時、誰も彼もがアイリスの事を認識していなかったのかは大いに疑問だが、とにかく奴らを前に命の危機に晒されたことで‟獣”の――魔獣の持つ生存本能が働き、その結果、‟血”が暴走したのだろう。


「お前が殴り飛ばした連中は、全員生きてたよ。今頃は警備官に保護されて病院だろう。少々過剰だったかもしれないが、俺もこうして無事だし、お前のした事は完全な正当防衛だから気にする事は無いぞ。……そういえばさ、お前の家族は、今はどうしてるんだ?」

「――ッ!?」


 暴走した自分がしでかした事に、かなり負い目を感じているらしいアイリスを励ましつつ、アクトは不意にそんな事を聞いた。


 遠征学習が始まる前、アイリスに抱いた「違和感」の正体を調べるため、アクトは内緒で彼女の調査を広報部のヘレンに依頼した。そして昨日分かった事が、どうやら彼女は居住区の一角に建つ古びたアパートに一人で下宿しているようなのだ。


 こんな壮絶な過去を持つのなら、普通は家族と一緒に暮らすのが道理の筈であり、アクトとしても何気なく聞いてみた問いだった……その刹那、彼は自分が地雷を踏み抜いた事を悟った。今まで重苦しい表情で話していたアイリスの顔色が、目に見えて悪くなったからだ。


「……バラバラになったレパルド族の一つ――私達の家族の祖先は、人気のまったく無い『連邦』の辺境地で密かに暮らしていたそうです。ですが、時代が進むにつれてそれにも限界が訪れました。先輩は、今の『連邦』が魔導技術や経済を発展させるのに躍起になっているという事は、ご存じですか?」

「あ、あぁ……リーン・フォール戦争終結直後、国力で大きく差を付けられちまった帝国に並ぶ為に、結構無茶な政策を国内に敷き、強引な経済協力を当時まだ取り込まれていなかった周辺諸国に強要していたらしいな……まさか!」

「えぇ。当時、帝国に対抗する為に強大な力を欲して止まなかった『連邦』が、『神獣』という超常の存在をその身に宿し、かつて大陸にその名を轟かせたレパルド族の存在に興味を示さない訳がありませんでした。後は……お分かりですよね?」


 言うまでもなかった。魔導の業を用い……いや、魔導の業を用いなくとも、欲深く力を求めんとする人間達がやる事など、時代がどれだけ移り変わろうと決まっている。


 それは集団であればあるほど際限なく膨張し、どうしようもなく胸糞悪く、吐き気を催す程に邪悪な意思が働く外道畜生の所業だ。


「八年前……とある組織の執拗な追跡から、両親は身命を賭して私を守り、ギリギリの所で取引を成立させ、私をガラード帝国に亡命させてくれました。その後、両親がどうなったのかは……分かりません」

「……っ」


 か細い声で、アイリスは何とか言葉を紡ぐ。両親が生きているのかすら分からないまま、彼女は見えない希望を求めてずっと独りで生き続けて来たのだ。それは、物心つく前に両親を失ったアクトにとって完全には理解しきれない感情であり、地雷を踏み抜いた原因でもあった。


 思い出は、時にある種の呪いとなって人間を縛る。両親と離別してからのアイリスの生は遥かに辛く、苦悩に満ちた日々だったのだろう。だが、どこまでも無慈悲なこの世界は、彼女に更なる苦難と絶望を突き付けたのである。


「……亡命に際し、私の身柄は帝国政府の監視下にあります。今は魔法科学院生の身分を得て自由を許されていますが、帝国が私の事を、貴重な検体を放置しておく筈がありません。このまま何も成し遂げられず帝国にとって益なしと見なされれば、いつかは何処かの研究機関に引き渡されるでしょう」

「なっ!? それじゃあ、お前の両親が命を懸けてお前を守った事が、全部無駄になるじゃねえか!! そんな事が、あって――」


 良い訳が無い。そう叫ぼうとして、アクトは言葉を詰まらせた。そうだ、長らく戦場から離れ、魔法科学院で過ごす日々が優し過ぎて、いつの間にか失念していた。自分が嫌悪する魔法とは、時にそういう事を平然とやってのける側面を持っているモノだったではないか。


(クソッ!! こんな女の子一人に、何でこう世界って奴は残酷なんだ!?)


 そんなクソッタレの現実、断じて認めてなるものか……かといって、完全な部外者に過ぎない自分に一体何が出来ると言うのか? 自分の燃え滾る怒りの「感情」が昂るより先に、冷静な「理性」の部分がそう結論づけてしまった。


 相手は個人の力が通用しない「国」という名の大きな力。たとえ自分一人が抗ったとしても、掻き消されるだけだ。


 なら、このまま何の罪も無い一人の少女の人生が狂わされていくのを、座して眺めていろと言うのか。そんなの冗談じゃない、冗談じゃない……が、どうすれば良いのか分からない。


「くっ……」

「……本当にアクトは先輩は優しい人ですね。赤の他人で、私の事でここまで真剣に悩んでくれる人が居ると分かっただけでも、私は救われました……でも、良いんです、先輩」


 アクトが抱いた苦悩と葛藤を感じ取ったのだろう、アイリスは暗く俯いた顔を彼に向け、本当に嬉しそうに微笑む。


「当たり前だろ!! 出会って間もなくたって、俺達はお前の先輩だ! たとえこの話を聞いてるのが俺じゃなくても、同じように悩むに決まってる!」

「そうですね……けど、世の中にはどうしようもない事が沢山あります。それが一人の力では到底変えられない事も。……だから、私も最近、これも運命だと思って受け入れるようにしているんです」


 血が滲むほどに強く握りしめられたアクトの拳を優しく手で包み込み、全てを諦めたような、悟ったような表情を浮かべるアイリス。そして、


「何故なら……私の人生は、‟血”によって生まれながらに呪われているんですから」


 その目元から、一粒の涙が零れた……


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