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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
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04話 新たな生活

 

 話が終わった後、エレオノーラが取り出した宝石型の「遠隔交信機」――文字通り魔力を通すだけで遠くにいる特定の人物と会話が出来る魔法が組み込まれた道具だ――により、何処かで待機していたらしいシルヴィが呼び出された。


 この「遠隔交信機」を始めとした「魔導器」、「魔道具」と呼ばれる特殊な道具は、魔導技術によって生み出された物であり、万国共通、一般市民の間でも広く使われている。限界まで補助機構が搭載された魔導器は繊細な調整が必要な元祖の魔法と違い、一般人でも簡単に扱える。


 魔法嫌いのアクトも、これらを魔導技術によって少なからず生活を支えられている。それ程までに、魔法によって生み出された技術は今や無くてはならない国民の生活の基盤となっている。


 だが悲しいかな、便利な技術という物は大抵がその大元がロクでもない事に使われていたり、悪い方向へと転用されてしまうものだ。魔導技術はこの二つの要素を両方とも抱えており、便利さの反面、一歩間違えれば災厄を生み出す爆弾なのだ。


 呼び出されたシルヴィは目の前の惨状――粉微塵に吹き飛ばされた大扉と窓ガラス、無残に抉れた大理石の床、ボロボロな格好のアクトを目撃してその端正な顔を引攣らせていた。だが、


「【戻れ】」


 エレオノーラがたった一言唱えただけで、全てが元通りになった。大扉やガラスは風に飛ばされた粒子レベルから再構成され、ガレキの山と化した床はまるで時間が巻き戻されているかの様な動きで復元されていく。


「さて副会長、あの男は読んだか?」

「……え? は、はい。教室まで行ってお呼びして来ましたのでもうすぐかと」


 僅か五分で先程の光景はまるで何事も無かったかの様に綺麗に戻った。その光景に唖然としていたシルヴィがはっ、とした我に返ったその時、


「お呼びですか、学院長」


 冷ややかな男の声が聞こえた。この悲惨だった現場に現れた新たな来訪者に、三人の視線が入り口の方へと向く。其処には一人の男が立っていた。


「来たか。授業中にも関わらずご苦労」

「いえ、生徒達には自習を命じておきましたのでお構いなく」


 男性は淡々と無感情に答える。


 まるで刃物だな――それが、アクトが男性に抱いた第一印象だった。年齢は二十代半ばあたりか、途中で見た他の講師とは違う、軍服の様な青いローブを身に纏い、腰にはアクト同様、一振りの長剣を帯剣している。


 すらりと蒼い長髪を背中に垂らし、ツリ目がかった青い瞳は正しく「剣」、まるで目に移った物全てを斬ってしまいそうな雰囲気が込められていた。


(……やり手だな。しかもあの剣……)


 アクトは一目で男性の実力を見抜く。身体を巡る魔力の質から見て魔道士としては超一流、幾つもの修羅場を潜り抜けた猛者のそれだ。それに加え、剣士としてもかなりの使い手らしい。このご時世に伊達に帯剣している訳では無いようだ。


 強い。剣士として、かなり腕に自信のあるアクトが全力を尽くしても勝てないかもしれないと思わせる程の力を、目の前の男性は持っていた。


「……なるほど、彼が例の転入生ですか」

「そうだ。紹介しよう。彼はクラサメ=レイブンス。帝国軍より若くして我が校の魔法講師に抜擢された実力者にして、お前が入ることになる二年次生一組の担任だ」

「……どうも」


 初対面の人物に、アクトは短く挨拶をする。強いとは思っていたが、それが軍からの派遣ならばそれも納得だった。


 それで思い出したが、男性――クラサメが纏っているローブは、帝国軍の中でも特に実力の高い者が集まり、特殊任務に従事する「軍団(レギオン)」と呼ばれる精鋭集団に与えられる軍服だ。


「副会長、例の物を」

「はい。では、これを着てください」


 そう言ってシルヴィはアクトにある物を渡してくる。受け取って広げたそれは、黒と赤い生地がベースの学院の制服だった。


 怪我による出血を敵に悟らせない配色に、暖房・冷房・洗浄機能が付呪(エンチャント)された一年中使える機能性。更には防刃・防弾・防衝・対魔力と、文句を言う隙すら無い完璧な性能だ。


「どうだ? サイズは平均的な物を用意しておいたが」

「……問題無い。ちょっと大きいけど着慣れれば大丈夫な範疇だ。それと一応聞いておくが、この剣はずっと持ってても良いのか?」

「安易に抜くような事をしなければ構わない。それとも、お前は常に剣を抜いておかないと安心も出来ない小心者か?」


 皮肉交じりに煽られるが、この魔女相手にこの程度で一々怒っていればキリが無い。ボロボロになったインナーの上に制服を着た彼は、備え付けられていた鏡の前に立つ。あまり似合ってはいなかった。


「よろしい、では行きたまえ。副会長もご苦労だった。教室に戻ってくれて構わない」

「分かりました」


 そうしてエレオノーラの締めくくりによって、学院長室内でのやり取りは終了した。シルヴィを先頭に、アクトはクラサメの後を追って復元された扉から退出していく。彼が部屋から出るその寸前、エレオノーラが呼び止め、


「アクト、これからお前の前には様々な脅威や困難が立ち塞がるだろうが……決して逃げるなよ、自分の運命から。『次』は上手くやれ。世界はもう『繰り返し』を許さない――」


 そんな予言とも忠告ともとれる不気味な台詞を残したのだった。


 学院長室から去ったアクトは、担任講師のクラサメの後を追って一般校舎へと向かった。どうやら校舎は中等部、高等部でそれぞれ別れているらしく、二人が入った校舎は生徒全員が使う大食堂があり、他より一回り大きくなっていた。


 他にも、周辺には集会所らしき大ホールや礼拝堂などがあり、まさに至れり尽くせりだった。


(さっきの言葉の意味、どういう事だ?)


 教室らしき扉の向こう側からは、大人の声やチョークが黒板を走る音が聞こえ、授業の真っ最中である事が分かったが、彼はまったく興味を示さず、一人思考の海に沈んでいた。


(脅威や困難、か。癪だが殺し屋の真似事なんてものをする以上、敵は沢山現れるだろうさ。自分の運命から逃げるなって言葉も、単純に魔法嫌いな俺に対する激励のつもりなのかもしれない。だが、「次」、「繰り返し」……一体どういう意味なんだ……?)


 かつてエレオノーラと長く暮らしていたアクトだからこそ分かる事だが、エレオノーラは暴言や貶言、つまらない嘘は息でもするかのように吐くが、決して重大な虚言だけは言わなかった。


 彼女の言葉・行動には全て何かしらの意図や思惑があり、それが後になって本人や他者の利益になる事が多かった。今回もそれに則るならば、この言葉にも、アクトやひいては自分に対する何かしらの思惑があるに違いないだろう。


(ダメだ、皆目見当が付かない。まったく分からねえ……だが、あのエレオノーラの事だ、只の戯言じゃねえだろうし、何か重大な意味が――)

「何をしている?」


 更に思考を深めようとするアクトを諌めるかのように、短い声が彼の耳朶を打つ。気付けば、先程まで一言も喋らなかったクラサメが後ろを振り返っていた。やはりも、真正面から見られると否応無く緊張してしまう程の気迫がある。


「えっ?」

「何処を見て歩いている? その先は壁だぞ」


 そう言われてアクトが正面を向いた先にはクラサメの言う通り白塗りの大理石で作られた壁そびえ立っていた。思考にふけるあまり、気付かなかったらしい。


「ああ、すいません。少しぼーっとしてて」

「気をつけろ。……しかし、私と同類がこの学院にやって来るとはな。いや、その使い込まれた剣に身体に内包された膨大な魔力の巡り……魔法は専門外に見える……なるほど、『その道』一本なのか」


 感情の読めない表情のまま、クラサメはアクトの全身をまるで値踏みでもするかの様に見回し、勝手に一人納得していた。アクトには彼の言っている事が半分ぐらいしか聞こえなかったが、その視線が単なる観察ではなく、相手の一挙手一投足を隅々まで見切る達人のそれだと直感的に分かった。


「……少し試してみるか」

「――ッ!?」


 次の瞬間、クラサメから強烈な気迫が放出された。今までは上手く隠していたようだが、今の彼から感じ取れるのは殺気など生温い「鬼気」の如き気迫だった。


 その「鬼気」を真正面から当てられたアクトは、鍛えられた剣士の直感で反射的に大きく後ろへ後退し、腰の鞘に手を掛ける。この洗練された驚くほど流れるような動作が彼の技量の高さを感じさせる。


 彼我の距離約20メトリア、達人なら容易に詰められる距離だ。クラサメも自身の鞘に手を掛け、謎の剣を引き抜く動作を見せる。これから先は、どちらかが少しでも動けば壮絶な殺し合いが幕を開ける一触即発の修羅場だ。


 十秒、二十秒……短いが、無限にも感じられる時間が過ぎていき――


「……此処までだな」


 緊迫した状況の中,ふとクラサメが呟いて抜けかけた剣を鞘に戻すと,猛烈な「鬼気」が霧散していく。相変わらず目付きは変わらないが、先程までの気迫が嘘かの様に今のクラサメはごく自然体だ。


 何という切り替えの早さか、何時でも飛び出せるように万全の状態で構えていたはずのアクトが何時の間にか構えを解いていたのだ。


(今の殺気から一転,俺が自然に構えを解かされるなんて、何者だ、この男……)


「直ぐさま飛び退る反応速度に、俺の気迫に当てられても動じる事の無いその胆力,そして構えから見ても技量は一流かそれ以上……良いものを見せてもらった」

「一体、何の真似ですか?」


 鞘を剣にしまったアクトが険しい表情でクラサメを睨む。剣こそしまったはいるが、何時でも最速で動けるよう構えは解かない。あんな事の後なので、講師であるクラサメに対する彼の口調は荒いが、クラサメの方は特に気にする様子は無かった。


「何,少し試しただけだ。気を悪くしたのなら謝罪しよう。この学院には珍しい、今の時代では殆ど居ない『剣士』が転入して来ると聞いたものでね。試さずにはいられなかったのさ」

「……で、結果は?」

「申し分無い腕だ、と言っておこう。……では行こう。他の生徒を待たせるのは悪い」


 そう締めくくり、クラサメは先に進んでいく。突如転入が決まった矢先にこれだ。いきなり戦いを仕掛けようとする得体の知れない講師に不気味さを覚えつつ、いきなり波乱の巻き起こりを予感したアクトは、重い足取りでその背中追いかけた。


 少々トラブル(?)があったといえ、長い廊下を歩いて何事も無く二人は教室へと辿り着いた。他の教室と比べ、目の前の扉の向こう側からは声一つ聞こえて来ない。普通の学校なら講師が不在の時は少なからずざわつくものだ。それをきっちり自習が出来る生徒も珍しい。


(さて、此処に俺がこれから一緒に過ごす奴らが居るのか。ロクでもない物を学んでいるであろう連中だけど、一体どんな奴らなんだろうな……)


 アクトは生まれてこの方学校という施設に通った事が無い。その代わりにエレオノーラによる徹底した教育が施されたのだが、それ故アクトは自分と同年代の人間と関わりを持った事がまったく無かった。そんな彼にとってこの学院は初めての学校、彼にとって初めての「当たり前」なのだ。


「行くぞ」


 クラサメが扉を開けて中に入る。アクトもそれに続いて教室の中に入っていく。


 室内は高低差のある扇形の様になっており、どの角度からも黒板が見えるように配慮が施された造りとなっていた。そして、その席には二十人くらいの生徒達がきっちりと座っており、視線をクラサメとアクトに集中させている。


「皆、一度手を止めて聞いてくれ。彼は、本日より『私立ダムシリアン魔法学院』からこのクラスに転入することになったアクト=セレンシアだ。高等部から直接の転入だなので、まだ分からない事が多いと思うので、よくしてやって欲しい」


 ざわっ……と、クラス中が一気に騒がしくなる。それと同時に、つい先程までは只の好奇心や興味が篭ってただけの視線に、恐怖心や畏怖に似た物が混じり始めた。


(……まあ、そりゃそういう反応になるよな)


 半ば予想していた通りの反応に、アクトは苦笑を浮かべる。彼らがこそこそと喋る内容の中でアクトの耳に入って来る物は、やはり「セレンシア」という単語だった。


 大陸全土にその名を轟かせる「暴虐」のエレオノーラ、その姓名を名乗る転入生が現れたのだから親族かそれに類する何かだと考えるのは容易に想像出来た。


 そんな治らない騒ぎの中、アクトは教室の一角に見知った顔を発見した。燃えるような赤い髪のツインテールのと金髪の二人娘ーーコロナとリネアだ。どうやら彼女達もこのクラスの生徒らしく、コロナはムスッとしていたが、リネアの方は小さく彼に向けて小さく手を振っていた。


 こうなる展開が予想出来たが故に、アクトは此処に来るまでの間に、ある程度自己紹介の内容を考えていたのである。一息吐いた後、アクトは一歩前に出て口を開く。


「……どうもご紹介に預かったアクト=セレンシアという者だ。えー、皆さんが驚いている理由は大体分かっているつもりだが、俺は間違ってもあのババ……ゴホン! あのエレオノーラ=フィフス=セレンシア殿とは何の関係も無いので警戒しないで欲しい」


 本当は関係大ありなのだが、此処で下手に本当の事を言って余計な警戒心を抱かせてしまうと、この先の生活に支障が出る恐れがある。明かすのはもう少し信頼関係を築いてからだ。


「では席に着け。空いている席は何処か……」

「先生! 此処空いてますよ」


 クラサメが辺りを見回して探していると、教室の一番端に座っていた一人の男子生徒が手を挙げて叫んだ。遠いので細かくは見えないが、体格はアクトより少し大きいくらいだ。ニマッと不敵さを感じさせる笑みの中にはある種の野性味が感じられ、顔の左頬の辺りに大きな傷が入っている。


「ああ、分かった。あのマグナの隣の席に着いてくれ。では授業を再開する」

「分かりました」


 指示に従い、アクトは階段を登って指定された席へと向かう。その間に、先程まで注がれていた生徒達の視線も半分程が切れていた。


「よっ。初めまして」

「どうも」


 席に座ると早速マグナと呼ばれた生徒が声を掛けてくる。他の生徒はもう授業に集中している様でアクトの方には目もくれない。失礼して彼は小声で話し始める。


「いやー、びっくりしたぜ。珍しく転入生が来るって噂はあったけど、まさかウチのクラスに来るなんてな。俺はマグナ=オルビス。よろしく」

「こちらこそ。俺みたいなヤツって、珍しいものなのか?」

「そりゃそうさ。何せこの学院は、帝国で一番の魔法科学院だぜ? 機密漏洩を防ぐ為に、落第した奴が他の学院に移される事はあっても、他から来る奴なんてそう居ないんだよ」


 その言葉で、アクトは自分がどれだけ「特異」な位置に居るかという事を自覚した。特殊な繋がりを除けば魔法や魔法科学院とはほぼ何の関係も無いアクトは学院長のエレオノーラによって「外」から無理矢理転入させられた。それは本来有り得ない、もしくはタブーな事だったのだろう。


 と、なるとだ。この話は学院より更に上の組織……つまり帝国政府の「教育省」や「魔導省」、魔法は戦争関係な物が多いので軍のお偉方にまで届いている可能性が高い。それはつまり、自分が帝国から目を付けられている事を意味する。


(まさかアイツ、俺に何があっても自分の手元に縛り付けられるようにそんな手段を取ったんじゃ……)


 考えたくはないが、やりそうな事ではある。アクトが途中で手を引かないようしっかり保険を掛けている訳だ。最後まで抜け目ない悪魔の様な性格だ。


「どうかしたか?」

「……あ? ああいや、何でもない。俺はちょっと事情が特殊なんだ。これは是非秘密にして欲しいんだが、実は俺、あのエレオノーラ学院長と知り合いなんだ。で、ある事情でこの学院に入ることになった訳だ」

「あ、やっぱり学院長と知り合いなのか。じゃあーー」

「そこ、静かにしろ」


 会話が盛り上がって少なからず声量が上がってしまった。黒板に向かって板書をしている真っ最中だが明らかにマグナに向けてクラサメのお咎めが飛んで来る。


「す、すいません……」


 ただでさえ普通に接していても怖いクラサメに怒られたマグナはしゅんとその場で萎む。話は授業の後でという事でその場は切り上げられた。


 丁度行われている授業は、「基礎魔法理論」と呼ばれる物だった。黒板にチョークを走らせながらクラサメが早いが丁寧な解説をしていく。内容的には初歩の初歩と呼べる物な為、板書を写している生徒は少なく、聞いているだけの者が多かった。



「さて、此処の授業が初めての者も居ることだ。復習から始めるとしよう」


 クラサメは先ず、魔法の絶対法則の一つについて説明した。


 世界は、ありとあらゆる出来事――事象の積み重ねによって構成されている。生物や環境、あらゆる存在が引き起こす事象が織りなす生命の物語、「万象生命(ライフ・ソング)」――とある高名な魔道士がそう名付けた古典理論が、現代魔法学の基盤となっている。


「そして、起こった事象には必ず不可視の霊的な記録が付随する。いわば世界の履歴とも言うべきそれは、『事象付属霊体(アストラル・メモリー)』と呼ばれており、これによって事象は司られている」


 魔力はその「事象付属霊体」を歪め、書き換え、改変する。事象情報に干渉し、世界の法則を捻じ曲げることで、本来は有り得ないはず結果を世界に刻みつける超常の力なのだ。


 魔力が時として「叛逆のチカラ」と呼ばれるのは、この性質が所以だ。この作用を利用し、超自然現象を引き起こせるよう体系化された技術が魔法である。


「さて、基本中の基本だが、この魔法を発動させる為に欠かせない要素がいくつか存在する。これを……リネア、答えてみろ」

「はい。一つは『魔法式』、そして『呪文』です」


 突然の名指しにも驚かず、真っ直ぐ席から立ったリネアは、しっかりと答えた。


「その通り。『万象生命』元に、あらゆる生物と世界は、遥か深くで繋がっているとされている。その特性を利用し、術者が自身の深層意識野に思い描いた心象風景に魔力が働くことで事象改変が働き、結果としてそれと繋がる世界に向けて魔法が発動するのだ」


 単純な話、魔法は術者のイメージや願いが命だ。『こうなって欲しい』、『こういう結果になれば良い』……など、術者が抱く願望に魔力は応え、心象風景に描かれた現象が世界に発現する。そういう点では、魔法は‟願いの力”と言える。


「だがそれだけでは、本来ではあり得ない結果を刻もうとする魔法に対する世界の抑止力に阻まれてしまう。いわばこれは術者と世界の綱引き、どちらがより強固な我を貫き通せるかだ。そして、事象改変の際により効率よく心象風景を構築する為の手段が、この『魔法式』と『呪文』だ』


 そう言って、クラサメは黒板にチョークを素早く走らせ、幾つかの幾何学的な図形や何らかの式の羅列を書いていく。人々が普段使うような言語や数式では無い。もっと異質で別の何かだ。


「呪文を構成する媒体言語『古代アストラム語』は、一般人には何ら意味を持たない言葉でしかないが、魔道士が唱えればそれは一変する。特殊な音階の発音・リズムの取り方で呪文を唱えることにより魔法式が励起、深層意識に明確なイメージを構築することが出来る訳だ」


 魔法式は心象風景に付属するものであり、呪文に連鎖関連付けて深層意識に覚え込ませた魔法式の在り方に応じて心象風景を構築。結果として、深く鮮明に構築された心象風景は世界の抑止力を超えて己が願望を世界に刻み付ける――つまり魔法が発動するのである。


「現代戦闘において、詠唱に時間のかかる呪文は魔道士にとって致命的な弱点だ。一々唱えなければならない魔法と、引き金を引くだけで発射される銃弾、どちらが早いかは明白だろう。弾丸よりも早く魔法を発動させる為に必要とされたのが、呪文省略による詠唱の高速化だ」


 呪文とはあくまで魔法式を介した術者の心象風景をより効率よく構築させる為の手段であって、詠唱は必ずしも必要では無い。とはいえ、呪文無しで組んだ魔法は効力を大きく落とすし、制御出来ずに暴発する事が多々ある。


 それを現代の一流魔道士達は、どの程度の呪文で最大限に魔法式を励起、魔法を発動出来るのかを正確に把握し、切り詰めた短い呪文による高速魔法で他の武器を圧倒していったのだ。


「では、実際にやって見せよう」


 クラサメは自身の左手を突き出し、それを空いている窓側へと向ける。そして、静かに魔力を熾し、


「【風よ駆けよ】」


 短文詠唱。「古代アストラム語」で唱えられた呪文によって魔法式が作用、クラサメの深層意識に暗示をかける。心象風景が構築され、「事象付属霊体」が改変されていく。そして、


 ひゅごっ!!


 魔法が現実世界に影響を及ぼす際に現れる法陣――「ゲート」と呼ばれる円形の法陣から、一陣の突風が吹き出す。放出された風は窓を通り抜けて遥か彼方へと消えていき、カーテンをバサバサとはためかせる。


 生徒達から驚きの声が上がる。学生規格の初等魔法だとしても、窓ガラス程度なら簡単に砕ける。だが、見事なベクトルと出力制御によってそれは避けられた。


「このように、励起した魔法式から逆算出した出力制御で、これぐらいはこなせるようになる。この辺りはセンスと経験、魔法に関する様々な知識が物を言う、術者の腕の見せ所だな」


 クラサメは授業を再開する。そして時間はどんどん過ぎていき、総括となった。


「……以上のように、高速化は戦闘において圧倒的な有利性がある。これは誰もが認め、時代が証明している。ただ、無闇な高速化はかえって逆効果になる事が多い。たゆまぬ努力と綿密な研究の上に高速化は存在するのだ。諸君らも目的の為に魔法を学ぶのならば、常に基礎の鍛錬を怠らないことだ。その積み重ねが将来、諸君らの道を切り開くこともあるだろう」


 ただ決められた教本通りに淡々と進めるのではなく、軍属である自身の経験なども交えながら多角的な授業を進めるクラサメの手腕に、アクトは感心していた。どうやら思っていたよりも彼は有能な人材なのだろう。教えている物は彼にとって忌むべき物ではあるが、授業の質は素直に評価出来た。


 と、丁度キリが良いところで、授業の終わりを告げる大きな鐘の音が学院中に響き渡る。


「午前はここまでにしておこう。休憩だ」


 黒板を綺麗にしたクラサメは早々に教室を出ていき、それと同時に生徒達は思い思いの行動をし始め、教室内のあちこちから喧騒が起こる。その中から数名の生徒がアクトの方に歩み寄って来た。中にはアクトが見知った顔であるコロナやリネアの姿もあった。


「アクト君! びっくりしたよ。まさか、アクト君がウチの転入生だったなんてね。魔法に詳しいのもそれが理由だったんだね。どうして教えてくれなかったの?」

「ああいや、俺自身も何が何やらで急に転入しろって言われてさ。まだ何がどうなるのか分かってないんだ」

「フン、そんな有様で大丈夫なの? 知ってると思うけど、この学院は完全実力主義。落第イコール退学よ。まあ、アタシとしてはアンタがどうなろうとしった事じゃ無いけどね」


 変わらず親しく接してくれるリネアに対し、コロナも相変わらずアクトに好戦的だ。先刻、宣戦布告じみた事を言われた矢先に再開したので無理もないが。


 他にも隣席のマグナを始め、複数のクラスメイトと会話を交わすアクトの心境は……会話とは裏腹に実に複雑なものだった。


 アクトにとって、魔法とは憎悪の対象以外の何物でもなく、彼自身もそれを利用する魔道士を倒すべく身体を鍛え、技を磨いてきた。彼が今まで見てきた魔法の暗黒面は、この場に居る「優しい」魔法を学んでいるだけの誰もが想像も出来ないほど凄惨たる様だった。魔法を嫌うアクトにとって、魔道士は憎悪の象徴そのものなのだ。


 ……だが、目の前の生徒達は悪意を持って魔法を学んでいるのでは無いと思う。彼らにはそれぞれの目的や信念があって学院に通っているのだろう。それを部外者のアクトがとやかく言うのはまったくお門違いだし、そんな事さえ許容出来ないほど彼の器は小さくない。


 だが、頭では分かっていても、「別世界」の住人の様な学院の生徒に対し、アクトはどう対応すれば分からなくなった。


 生徒達が思い思いに話しかけてくる中、ただ一人理解されぬ居心地の悪さを感じるアクトが、遂にその口を開く。


「……悪いな。授業が終わったら来るようにって先生に言われてるんだ。何か色々面倒な手続きをしなきゃいけないらしいんだ。先に行って来るよ。また後でな」


 そう言って、まるで逃げるようにアクトは教室から出て行ってしまった。後には取り残された生徒が残った。


「ああ~あれは避けられてる反応だな。いきなり大勢で押しかけるのはマズかったかな?」

「かもね。まあ、時間は沢山あるんだし、ゆっくり距離を縮めていけば良いと思うよ」


 アクトという興味の対象を失った生徒達はそれぞれ自分の用事を片付けに動き出す。……そんな中、険しい表情を浮かべ、教室から出て行こうとする一人の生徒の姿があった。


「……あれ? コロナ、何処行ったの?」


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