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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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幕間⑤ 鼓動するモノ、戦うモノ

 

 ――夜遅くまで賑わっていた観光街の喧騒もすっかり静まり返り、真夜中の静寂が支配する港湾都市オセアーノの某所。不気味な暗闇が何処までも続く、とある地下空間にて、


「……」


「白衣の男」は、指先に灯した魔法の光だけを頼りに、薄ら寒い気配漂う狭い通路を進んでいく。この空間は男が働いている職場から直接通じており、入り口を魔法的に隠蔽している秘密の空間であった。‟ある組織”の協力を得て作ったこの先は、オセアーノ郊外のある場所へ繋がっている。


 男が暗闇の中を歩くこと約十分……人ひとりが通るのもギリギリの狭い通路が終わり、一気に広い空間に出た。壁際に幾つかの光源が設置されただけの薄暗闇の中、空間の中央に()()は鎮座していた。


 天井にまで届き得る楕円形の巨大な筐体には、様々な計器や魔導演算器が接続されており、巨獣の唸り声のような重低音が絶えず轟かせている。時折、膨大な魔力を食らって鼓動する様は、まるで生物の心臓のようで――酷く不気味だった。


「来ましたか」

「……!」


 その時、()()の陰から一人の男が姿を現した。暗闇に溶ける漆黒のローブに身を包んだ、如何にも不健康そうな色白の肌の青年だ。この世ならざる者のような、得体のしれない異様な気配を纏っている。


「標的の確認は済みましたね?」

「えぇ。本当に偶然にも、直接言葉を交わす機会を得ましてね。……しかし、あのような年端もいかぬ少女が我々の計画の要とは、奇妙なものです」

「おや、もしかして情でも湧きましたか?」

「まさか。我々は魔道士、目的の為なら手段を選ばず、時には悪魔にさえ魂を売る業深き人種。たとえ少女であろうと、計画成就の為ならば、容赦はありません」


 面白半分にからかう「色白男」に、男は悪びれもせず堂々と言い切った。


「これで私は、凡百の魔道士達がひしめく魔法世界の遥か高みに至ることが出来る。今まで私の事を無能だと散々馬鹿にしてきた低能共をようやく見返すことが出来るのです……! その為なら、喜んで外道にも悪魔にも堕ちましょう」


 言葉の端々に、男は燃えるような決意を滲ませる。そのうだつの上がらない地味な顔には、大いなる野望に満ちた眼差しが爛々と輝いていた。男はどこまでも本気なのだ。


「しかし……貴方が振るう魔導の御業は本当に凄まじい。これだけの設備を、他の職員達に一切感づかれることなく作ってしまえるとは。殊、‟この技能”においては貴方の右に出る者は居ないでしょう」

「なに、この程度は只の児戯。私が振るう力のほんの一つに過ぎません。それに、上には上が居るというもので、私と同格の八人や、更にその上の方達が振るう力も人智を超えた恐るべき代物です。私など氷山の一角に過ぎません」


 だが、男の素直な賞賛に、色白男は苦笑しながら頭を振る。あの誘いを持ちかけられてから随分と時が経つが、やはりこの男の底の見えない不気味さは最後まで拭い切れなかった。その彼にそこまで言わせる程の「組織」の力……もしかすれば、自分の力など彼らの前では塵芥に過ぎないのではないかと思わされる事がある。


 とはいえ、ここで彼らと関係を悪くすれば計画にどんな弊害が生じるか分かったものでは無い。決めたのだ、これを完成させる為ならば、悪魔とでも何でも手を組むと。胸中を一新すべく、男は己の生の全てを賭して作り上げた作品を見上げる。


 自分の事を無能だと罵ってきた連中へのの憎悪と嫌悪を募らせて研究していた地上の()()と違い、これは自分が真なる願いのために一から作った物だ。作ってまだ間も無いというのに、地上の物より遥かに愛おしく、我が子のように思えた。ただ――


「……これが完成すれば、約束通り貴方達の一員に加えてもらえるのですね?」

「えぇ、勿論。()()が完成すれば、真に我々は世界を統べる存在になると言っても過言ではありません。『あの方』も喜んで貴方を『内陣』に受け入れることでしょう」

「それを聞けて安心しました。……しかし、私が手配出来るのはあくまでこの通路のみ。肝心の‟部品”についてはどうなさるおつもりなのですか?」


 そう、完成が確実であるかのような雰囲気だが、自分達はこの計画の要となる存在をまだ手に入れてはいないのだ。我が子同然のこれを完成させるためには、アレはなくてはならない‟部品”だというのに……万が一、アレが手に入らなければその時は――


「心配ありません。『種』は既に蒔きましたし、私にはもう一つ手駒が残っていますので。ふふふ……もう少しです……」


 そんな男の胸中を見透かしたように、色白男の不気味な笑い声が、地下空間内に薄ら寒く響き渡るのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 ――同時刻、深夜。港湾都市オセアーノから十数キロリア離れた某所。オーフェンとオセアーノを繋ぐ大街道の路上ど真ん中、幾つもの魔法の照明が天高く打ち上げられた、真昼間のように明るい平原にて、


「【穿て雷槍】」

『ガウッ!?』


 刃物のような鋭い目つきの男――グレイザーの指先から放たれた紫電が、彼の首筋にその鋭利な牙を立てんと草原を疾走する狼型の「魔獣」の眉間を正確に射抜いた。


「【刻印術式・励起】――シッ!」

『ブモーーッ!?』


 赤みがかった来い茶髪の女性――ラフィールが呪文を唱えた後に放った複数の投げナイフが、猛然と迫り来る牛型の「魔獣」に突き刺さり、刃に刻印された魔法式が起動。ナイフが爆発すると同時に火炎が吹き上がり、「魔獣」を焼き尽くし絶命させた。


「ほあああああっと!」

『~~~ッ!?』


 筋骨隆々な初老の男性――ガレスが放り投げた鉄杭のような物体を両手に装着した篭手で次々と打ち出した直後、発動した錬金術によって鉄杭は大きな鋼鉄の槍に変化して風を一直線に切り、甲殻虫型の「魔獣」の堅固な殻を穴だらけにした。


「やあああああああああああッ!!」


 薔薇色の髪の少女――サルーシャが裂帛の気迫と共に放った大剣の剛速一閃が、圧倒的な剣圧となって殺到する「魔獣」の大群の悉くを無慈悲に薙ぎ払った。


 路上に停まった二頭の馬を守るように迫り来る魔獣を次々処理していく「黒の剣団」の一行――彼らはとある任務のために、オセアーノへ続く大街道を馬を走らせている最中であった。


 長らく追い続けていた‟標的”を追うべく全速力で現地に急行していたその時、まるで狙い済ましたかのようなタイミングで魔獣の襲撃を受けたのである。


 蒸気機関による鋼鉄列車がまだ帝都があるベルンド地方のほんの一部でしか運行されておらず、都市間の移動手段と言えばまだまだ馬車が主流なこの時代。国策で整備されている主要街道の周辺は、軍が定期的な街道整備と魔獣掃討を行っている。


 尚且つ、一帯には魔獣避けの結界が施されているため、街道周辺やその付近の野外地帯は最早、完全な人の領域と言えるだろう。


 だが、掃討部隊の目を掻い潜って一体何処にこれだけの数が潜んでいたと言うのだろうか、魔獣避けの結界などまるで無意味だと言わんばかりに、大街道付近に鬱蒼と茂る森林地帯からは、多種多様な魔獣達がひっきりなしに押し寄せて来ている。これは明らかな異常事態だ。


 黒妖狼(ブラック・ウルフ)牧場荒らし(ヴァンディッタ)硬殻巨蟲(シェルセクト)などを始めとした人類に害為す魔獣から、希少魔獣の緑森精鹿(フォレスト・エルク)まで、普段人前には滅多に姿を現さない比較的温厚な魔獣も、何かに駆り立てられるように眼を血走らせ、猛然と彼らに襲い掛かって来ていた。


「やれやれ、ちょっと多過ぎやせんか?」

「ですね。捌く分にはまったく問題無いですが、こんな所で消耗するのはいただけませんね。私の装備、後で回収しておかないと」

「やあああああああッ!!」


 とはいえ、森林地帯から街道までにはかなり距離があって視界が開けており、魔獣の大群は全て一方向から現れるのに加え、彼ら「黒の剣団」は全員が猛者揃いの集団だ。たとえ大量の魔獣が相手であろうと、後れを取る事はまず無いと言って良い。実際、彼らの怒涛の攻撃は、魔獣達を一切寄せ付けないでいた。


(……皆の言う通り、確かに妙だ。数や種類もそうだが、何より奇妙な点はこの統率性だ)


 襲い来る魔獣を淡々と捌きながら、グレイザーは思考を巡らせる。「黒の剣団」の面々はまさに獅子奮迅の活躍で魔獣を倒しているが、その中でも彼の討伐数は群を抜いていた。


(通常、違う種類の魔獣が同じ場所に居て争わずにいられるような事は無い。襲う優先順位的には俺達よりも上の筈だ。それがこの統制されたような動き……まさか、魔獣を使役し、意のままに操れる者が居る?)


 それこそ馬鹿な。魔獣はその絶対数が少ない故に、自己の生存本能が他の動物に比べて遥かに高い生き物だ。人間や家畜を襲うのも、厳しい自然界を生き延びるのための至極当然の行動である。更に同族意識が高く、違う種類の魔獣が遭遇すれば、真っ先に共食いを始めるのも有名な話だ。


 だからこそ、魔獣を意図的に操って人間を襲わせたり、ましてや種類の違う魔獣を纏めて統率するなど不可能なのだ。魔獣とは文字通り魔なる力を持つ獣……人類にとってまだまだ未知の存在であり、その凶暴性や謎の生態系、固有の能力を持った存在が跋扈する辺境地に、開拓の手が伸びにくいのだ。


(……と、誰しもがそう思うだろう。それでも、この状況を只の異常事態で片付けられるほど、楽観的にはなれないがな)


 口には出さないが、それはこの場の誰もが抱いていた違和感だった。確かに常識ではそうなのかもしれない。だが、自分達が相手にしているのは人智を超えた強大な存在を抱える組織だ。そのような魔法や禁呪の類があっても何らおかしくは無い。誠に皮肉な話ではあるが、この世界は良くも悪くもそういう未知で溢れているのだ。


(……今は考えても仕方あるまい。今、俺達がすべき事は、一刻も早くこの魔獣共を掃討し、‟奴”を補足する事だ)


 こうしている間にも、自分達が追っている彼の敵は、あの標的を己が毒牙に掛けんと画策している頃だろう。そして、断言出来る。情報が正しければ、彼の敵が振るう魔法の前では、如何なる者も無力と化してしまうと。


「【赫灼たる業火よ】!」


 推測を止めて完全な戦闘思考に切り替えたグレイザーは、振るう魔法に更なる魔力を注ぎ込み、矢継ぎ早に呪文を唱えるのだった。



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