表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
57/133

51話 永遠の心臓

 

 広葉樹を始めとした様々な樹木がが鬱蒼と茂る原生林……滝のような汗を流し、長く険しい道のりを経て……ガラード帝国魔法学院一行は、とうとう魔導工学研究所に到着していた。研究所には物資・人員輸送用の馬が数頭飼育されており、どうせなら貸して欲しかったと、引率の教師と生徒達の誰もがそう思った。


 この近辺では一番標高が高い山の中腹部を大きく切り拓いて作られた研究所は、近代的な建築様式の大小まばらなドーム状の建物が回廊型の連絡路を通じて繋がっているという独特な形をしている。それらは全て別館らしく、周囲の別館全てを繋ぐ中央には、一際巨大な本館が一行の前にそびえ立っており、規模が段違いだった。


 如何にも工業に関する研究所といった感じの、自然景観を完全に無視した無骨な建物からは、外側からも内側からも何かの装置が発する駆動音が轟いており、建物の天井に取り付けられた噴出口からはひっきりなしに蒸気が立ち昇っている。申し訳程度に本館の前にある正門前広場に植えられた人工芝や植樹が、唯一の緑要素であった。


 ――今でこそ魔導技術の恩恵が一般に普及しているが、やはり魔法とは軍事の要たる国の機密事項なのは変わらない。魔法の存在自体が一般に秘匿される物であるが故に、その研究所もこんな辺鄙な場所に作られるのだ。この研究上だけに限らず、何処の魔法研究所も同じような場所に設立されている。


 そんな人工的で鋼鉄の冷たさを感じさせる研究所に気圧されながも、一行は正門前広場から本館へと通される……直前、引率の教師達が入口で面倒な受け入れ手続きを行っていた。


 ようやく受け入れ手続きが終わり、遂に研究所の中に入れるかと思えば、今度は研究区画と入口とを仕切るエントランスホールで、担当の職員が幾つかの説明と注意事項を長々と話し始める。


 立ち入り禁止区画にはくれぐれも入らない事、所内の設備に勝手に触らない事、研究員の作業の妨げになるような行為は控える事……一般常識的な注意事項から、別館への立ち入り禁止などの特筆事項……うんざりするような説明もようやく終わり、待ちに待った研究所見学が始まり――


「うっひょおおおおおおッ!?? これって、最新のマニティス式魔力波計測装置じゃねえか!? こんなの学院の研究室にも置いてないって、おぉおおおおおッ!?? こっちはライツェン=ハウザーが理論提唱してた新型魔力機関のレプリカ!? 漲ってキタァアアアアア!!」


 研究所内に響き渡る少年の大声――否、奇声。周囲のドン引きな視線を気にも留めず、マグナは研究所内のあちこちに設置された魔導装置に張り付きながら、興奮気味の奇声を上げている。作業を行っている研究員の邪魔はしないよう配慮しているようだが、彼らも実にやり辛そうだ。


 しかも、マグナのあの青少年特有の無邪気な笑顔には悪気が一切無いので、なおのこと始末が悪い。普段は気さくで冷静な彼のキャラが崩壊しかけていた。そんな様子を遠くから見ているアクト達は、


「マグナって、あんなキャラだったけか……?」

「し、知らないわよ……」

「さ、さあ? そうなんじゃない、かな……?」


 アクトとコロナは顔を引き攣らせ、リネアも苦笑いだ。この遠征学習が始まる前からその()はあったが、友人の知られざる別側面をまじまじと見せられて、三人とも実に何とも言えない気持ちであった。


 とはいえ、この奇行(?)はマグナだけのものではなく、研究所のいたるところで数人の生徒が同じような興奮気味の声を発していた。恐らくマグナと同類の魔導工学専攻志望の生徒達は全員、そういうノリなのかもしれない。


「はぁ、何やってんだか……じゃ、アタシは気になる場所があるから、一人で好き勝手に見て回るわ。ついでに、マグナが暴走しないか一応見張ってなきゃダメだしね。後で合流しましょ」


 そうして、研究所の奥に消えていったマグナを追うようにして、コロナも去って行く。


「それにしても……本当に何処を見回しても難しそうな機械ばっかり……去年行った生命魔導研究所とは本当に真逆だね」

「そうなのか?」

「うん。生命の神秘を求める生命魔導学には新鮮な生命力溢れる物質が必要不可欠だから、研究所の中に新鮮な水や木々なんかがいっぱいあったんだ。研究所の後ろには大きな滝もあって、あれは綺麗だったなぁ。雰囲気的には、私はあっちの方が好きかも」

「そうか……俺も見てみたかったもんだな」


 一年前の遠征学習……アクトがやって来る前の事を楽しそうに話すリネアに、見たことも無い未知の場所に彼は思いを馳せる。魔法を忌み嫌うのは今も昔も変わらないが、閉じていた自分の世界が大きく広がったのもまた事実。「師匠」に言われてあの学院に行かなければ、こんな体験をする事も終ぞなかったのだろう……と、感慨深いものがあった。


 コロナとマグナが何処かへ行ってしまい、残ったメンバーにもそれぞれ見たいという物があるという事で、アクト達は自由行動をとってその場はお開きになった。別れた後、アクトは大半の生徒達が作り出す流れに身を任せ、研究所内を練り歩く。


 ……時々、いたるところから数人の生徒の奇声が上がるものの、中等部生と高等部生が入り混じった研究所見学は、トラブルもなくつつがなく進んだ。流石、最新鋭の研究施設だけあって、行われている研究はどれも時代の一、二世代先をいく最先端だ。それを一介の学生に公開するとは、魔法科学院の運営を担う教育省や魔導省の思い切りが伺い知れるというものだ。


 魔力的エネルギーを吐き出し続ける謎の機関に繋がれた、石板型の魔晶石に光学系魔法で投影された情報を解析し、魔力機関を調整している部屋。


 錬金術用の大型法陣が刻まれた上に多種多様な魔法素材や鉱物が並べられた、新たな魔法金属を開発している部屋。


 見たことの無い機器が取り付けられたビニール温室の一面に様々な品種と効能の薬草畑が広がる、育成の難しい薬草を効率よく自動で育てるシステムを研究している部屋。


 広大な室内に魔法金属製の人形や魔導演算器が所狭しと据えられている、戦闘用の自動人形(ゴーレム)を開発している部屋。


 複数の魔導演算器や用途不明の巨大な装置が置かれ、放出系の雷撃魔法で生み出された電気を純粋なエネルギーとして半永久的に保存しようと研究している部屋。


 次々と見て回ったどの研究室でも、一目で超一流の魔道士と分かる研究員達が、生徒達の喧騒に脇目も振らず作業・研究に没頭していた。


「ははっ、これが帝国の最先端研究か……」

「凄ぇなこれ……」

「これは、本当に圧巻ね……」

「俺、将来は帝国軍の魔導兵志望だけど、心変わりしちまいそうだぜ……」


 設備と環境の関係で、普段なら見ることも触れることすら叶わない、学院ではあまり取り扱わない魔法研究の数々を前に、生徒達は皆、圧倒されてしまっているようだ。


「……」


 さらに、人類が追い求める魔導の神秘に心惹かれるのは、精霊とて例外ではなかった。先程からエクスは、研究員の一人が操鍵盤(キーボード)と呼ばれる特殊な魔導演算器を操作し、接続された魔導装置が起こすエネルギーの変動を注意深く制御している様子を、珍しく興味深げに眺めていた。


「エクス、魔導工学に興味があるのか?」

「マスター……はい。普段の授業で聞いている純粋な魔法学は、私や精霊の『統合意識体』に提示(アップロード)される知識にも在るところですが、人が一から築き上げた魔導の(わざ)というのは知識として不足していますし、私も非常に興味があります。数多の精霊の上位に位置するモノとして、見分を深めなければなりません」

「お、おう、そうなのか?」


 これまた珍しく、眠たげな眼を見開いてぐいぐいと迫ってくるエクスに、思わず怯むアクト。精霊の事情はよく分からないが、とにかくエクスが退屈していないならそれで良いだろう、と憑りつかれたように装置に張り付くエクスを放置し、アクトはその場を後にした。


(さっきチラッと姿が見えたような……あぁ、居た居た)


 アクトが探しているのは、先程の研究室見学の時から姿がなかった少女――アイリスだった。アクトは壁際の柱にうずくまって苦しそうに肩で息をしている彼女の元に歩み寄る。


「大丈夫か、アイリス?」

「せ、先輩……」


 やって来たアクトに気付いたアイリスは、見るからに体調が悪そうだった。息は乱れて目は焦点をしっかり結んでおらず、心なしか顔も青い。


「どうしたんだよ? 研究所に着くまでは元気そうに歩いてじゃねえか」

「えぇ、そうなんですけど……此処に来てから急に、少し気分が悪くなってしまって……」

「うーむ……もうすぐ夏だしオーフェンの方も結構熱くなってきたけど、此処の気温はアホみたいに高いからな。日差しもかなり強いし、バテでもしたんだろ。それに、研究所の室内温度も高いみたいだしな」


 魔導工学――工業分野に関する事柄を研究しているだけあって、分厚い外壁に囲まれた研究所内には常に熱が籠りががちだ。一応、換気は行っているようだが、所内の室温は外の気温より体感で二、三度は高い。


 学院の制服には周囲の気温を調整する空調魔法が常時付呪(エンチャント)されており、そのお陰で季節を気にせず一年中使えるという優れものなのだが、所内を巡るこの嫌な熱気は、僅かながら制服の空調魔法の効力を貫通していた。


「ちょっと行った先に職員用の休憩室があるみたいだ。特別に俺達でも使えるみたいだから、其処まで歩こうぜ? ほら、手」

「は、はい……ありがとうございます」


 その華奢な手を引いてアイリスを立ち上がらせると、アクトは彼女を連れて歩き出す。大勢の生徒達が見学しているすぐ側を通り抜け、次の区画に続くであろう回廊をどんどん進んでいき……


「……あ、あれ? ここ何処だ?」

「え、先輩……!?」


 迷子になった。一直線かと思いきや、回廊は思いの外入り組んでいる上に、白色と灰色で構成された殺風景で同じような造りになっていた。当然、研究所の構造なんて一切知らない二人は、見事に迷子になったのである。


「と、とりあえず、どっか適当な部屋に入ってみるか」

「大丈夫なんですか? 立ち入り禁止区域もあるんじゃ……」

「だ、大丈夫だよ。……多分」


 心配そうな眼差しを向けるアイリスに、曖昧な言葉で返すアクト。二人は行ったり来たり右往左往しながら、道に迷った際に最もやってはいけない足取りで研究所内を進んでいき……やがて、鋼鉄製の大扉の前に差し掛かった。


「何だこの部屋? 見た感じ、立ち入り禁止の表記は書いていないみたいだが……とりあえず入るか」

「あ、ちょっと先輩!?」


 アイリスが止める間もなくアクトが大扉を開こうと近づいた瞬間、何と触ってもいないのに勝手に扉が開いた。謎の機能に困惑しながらも、二人は扉の先に延びていた直線的な通路を少し歩き……やがて、一際大きな部屋に出た。


「「なっ……!?」」


 何かの研究室らしい部屋に入って一番初めに目に入ってきた光景――その部屋の中央に鎮座していた()()に、二人は目を剥いた。


 まるで童話に出てくる魔女の大釜のような円錐に似た形の装置は、二人がこれまで見てきたどの魔導装置よりも遥かに巨大だった。天井まで届き得る大きさの装置には、無数の計器・小型魔力炉・魔導演算器がごちゃごちゃと取り付けられ、獣の唸り声のような重低音を轟かせている。


 時折、取り込んだ大気中の魔力――魔素(エーテル)を魔力に変換して鼓動する様は、まるで心臓のようだ。魔力機関にしては大き過ぎるこの魔導装置を取り囲むようにして、数人の研究員が何やら熱心に作業を行っており、入って来た二人には目もくれない。といより、眼中に入っていなかった。


「先輩、これって……」

「……ああ。最新の施設だって聞いてたからあるかもしれないと思ってたが、本当にあったな……」


 先程までの体調不良が吹き飛んだかのようにアイリスは驚愕の表情を浮かべて固まり、魔法嫌いのアクトですらも、呆けたように()()に見入っていた。無理もない。不完全とはいえ、コレは人類が追い求める魔導の神秘、その最果てにある一つのカタチなのだから――


「ははは、コレは()()、皆さんの興味を引くような面白い物でもありませんよ」


 その時、二人の前に白衣を纏った一人の男が現れた。歳の頃、三十代後半、四十代かという中年の男だ。ボサボサの茶髪にうだつの上がらなさそうな地味な顔つき、(しわ)の寄りまくった制服と白衣を着崩し、如何にも人生の全てを研究に捧げた生活破綻者といった風貌だ。


「えっと、貴方は……?」

「申し遅れました。私、この研究所の副所長を任されておりますヴォルター=エヴァンスと申します。この『第二十五号永続魔力生成機関』の設計と開発に携わっている者です」


 未だこの巨大な魔導装置に対する驚愕が冷めやらぬ二人に、ヴォルターは学生二人相手にわざわざ恭しく挨拶する。


「すいません、ウチの者が失礼な態度をとってしまって。魔道士たる者、智慧深くこの世界の神秘を探求する者だからこそ、それ相応の礼儀が必要だと私は思うのですが、なにぶん、此処に属している者は全員が生粋の研究型の魔道士。彼らもただ己の信念に従い、使命を全うしようとしているだけなのです。どうか彼らの無礼をお許しください」

「は、はぁ……」


 副所長ならば、この研究所の顔とも言うべき存在。儀礼的な面も少なからずあるのだろうが……此処の研究員達は皆、自分の作業に完全に没頭していて、生徒達の事などまるで無関心だ。


 なのに、このヴォルターという人物は実に礼儀正しく接してくる。少なくとも、他者の感情に機敏なアクトの目から見ても、嫌々やっているような気配は感じられない。人は見かけに寄らないとはよく言ったものである。


「それで、一体どうしましたかな? タイムスケジュール的には、生徒さん達がこの区画を訪れるのはもう少し先の筈ですが?」

「……あぁ、そうだった! どうもこの子、さっきから体調が悪いみたいで。それで職員用の休憩室があると聞いて探していたんですけど、途中で道に迷ってしまって……」

「おやおやそうですか。この区画は他に比べて道が入り組んでいますからね。ふむ、他の方々が来るまではまだ時間がありますし、私が案内しましょう。では付いてきてください」


 そして、ヴォルターは二人を連れて彼らが元来た道を引き返し、一切の迷いもなく入り組んだ回廊を歩いて目的の場所に向かう。これは、その道中の出来事であった。


「あの……やっぱり今のって、『永久機関』を再現しようとしてるんですか?」

「ほう? やはり気になりますかな? 左様、アレは魔素(エーテル)を変換した魔力をこの世界に当たり前のように存在する動的エネルギーに見立てて駆動する『永久機関』の劣化レプリカなのです」


 アクトの隣を歩きながらおずおずと尋ねたアイリスに、前を歩くヴォルターは気前よく応じる。


 世界の理を解き明かし、神秘を追い求めんとする魔法の世界には、実現困難、もしくは常識的に実現不可能と思うような極大のテーマが幾つか存在する。「永久機関」の探求も、その一つだ。


 エネルギーとは即ち力の循環だ。力は力を生み出し、力へと還る。それは円環の如く世界を巡り、この世界の根幹を成す摂理である。その性質を利用し、目に見えない無色の力を人類が利用可能な力やエネルギーに変換するのが「機関」だ。


 そして、一度動かせば外部から停止させない限り永久に動き続け、無限のエネルギーを取り出すことが出来る仕組みを備えたモノこそが、「永久機関」の概念だ。もし実現が成功すれば、その者もしくは者達は、至上の栄誉栄光を欲しいままにし、後世に一生語り継がれる存在になるであろう。


「どこから説明したものか……では、彼の高名な物理学者にして大魔道士ユーリ=クラジウス導師が初期理論を提唱した、動的エネルギーに関する法則についてはご存じですか?」

「はい。『クラジウス・アストラリティの三大法則』ですね?」

「その通り。よく勉強されているようで結構、結構」


 アイリスの答えに、ヴォルターは満足そうに頷く。魔道士は勿論のこと、一般人ですら知っている常識。アクトでさえも知っている有名な法則だ。これを魔法学的に正確に説明するにはかなり複雑だが、一般向けに要約するとこうである。


 一.いかなる手段を用いたとしても、無・ゼロからエネルギーを生み出すことは不可能である。また、そのエネルギーの総量を増加させることも不可能である。


 二.この世界のあらゆる力は、何の影響もなく完全に相当するエネルギー量になることはあり得ず、その流れは不可逆である。


 三.絶対零度の空間下では、あらゆるエネルギーの運動はゼロになる。


 魔力・魔法の本質は「事象付属霊体(アストラル・メモリー)」を変更して事象を塗り替え、あり得ざる現実を世界に刻むというモノ。物理法則など無視しているかのように見えるが、あまり実感が無いだけで、どんな魔道士が高等な魔導の業を振るったとしても、例外なくこれらの法則に当てはまるのである。


「当初、永久機関には二つの案があったのですが、うち一つは実証段階前に件の第一法則に引っ掛かり、あえなく却下されました。故に我々は、実現の可能性がある第二法則を否定すべく、生み出したエネルギーを100パーセントループさせ続けるような機関を作ろうとしましたが……」


 装置を動かすのに投入したエネルギーを全て回収し再投入することで、理論的には永久機関を作ることは可能だ。だが、永久にエネルギーを生み出すとなると、その総量はどんどん減っていく。力をエネルギーに変換し、それを循環させる過程で、どうしても拡散し、力のロスが起こってしまうのだ。


 この問題を解決しようと、世界中の様々な研究者や魔道士が頭を捻らせているが、未だに成功した試しは無い。


「――この世界にはまだ我々に認知出来ない未知の法則や物質が存在するのも事実。永久機関の実現が不可能とは言いませんが……お恥ずかしい話、まともな成果を残すことが出来ない毎日に、所内での私の立場も肩身の狭い思いなのですよ」

「……俺は学院に通ってはいますが、魔法研究については素人同然だ。それを承知で聞きますが、それはどうしようもない話じゃないんですか? 今まで誰にも実現出来なかった代物なんだから」

「えぇ、まぁ。ですが、どれだけ高尚な過程よりも、純然たる成果だけを求められるのが研究者という人種なのです。お二人も魔導の道を極めんとするなら、この事はよく覚えておいてください」


 永久機関の説明の後、ヴォルターは一瞬だけ後ろへ振り返り、二人へにこやかに微笑む。その表情や小柄な背中には、隠しても隠し切れない、一つの道に行き詰まり、疲れ果てた者特有の色濃い哀愁が漂っていた。


「あの……これはあまり関係の無い話なのですが、確か永久機関には、魔獣から取れる『魔石』を初期動力として利用し、魔力変換をしていると聞いたのですが、本当ですか?」

「おお、そこまで知っておられるとは。流石、ガラード帝国魔法学院の生徒さんだ。その通り、魔獣の核たる『魔石』は、魔石製品などに使われる自然発生の『魔石』よりも遥かに高い純度と魔力を内包しています。永久機関の主要部品、‟心臓”としてはうってつけなのですよ」

「……ッ! そ、そうなんですね……」


 アイリスとしては、この微妙な空気を払拭しようと質問を投げかけたつもりだった。すると、自分で尋ねた問いの筈なのに、返ってきた答えに何故かアイリスは表情を暗くする。だが、アクトがそれに気付いた様子はなかった。


「しかし、こちらもそう上手くはいかない問題なのですよ。魔獣から取れる『魔石』は希少ですし、質も個体によって大きく左右される。循環させる魔力量の面は勿論、実用に耐えられる代物が見つからないのです。提携先に人工的な魔石を作る事も依頼していますが、完成は何年後になるのやら」

「だったら、俺に頼んでみませんか? 魔獣なら何体も倒した経験がありますし、どんな魔獣だって屠ってみせますよ」

「はっ、はっ、はっ、それは頼もしい限りです。では、貴方が一人前の魔道士になった時に、お願いするとしましょうか」

「いや、直ぐにでも頼んでくれれば良いんだけど……まぁ良いか」


 種別はまったく違えど、一つの道へひたむきに突き進むのは、アクトが得意とする剣の道と似たものがある。ヴォルターの生き方に好感を持ったアクトの言葉に、彼は朗らかに笑った。


「そうですね……もし、この先貴方が、『神獣』と呼ばれる魔獣と遭遇したなら、その時は是非、『魔石』を採集して欲しいものですな」

「神獣?」

「えぇ。この世界で最初の存在――『大源(マナ)』より生まれ落ち、あらゆる生物の根幹である‟大いなる原初の魂”を持つと言われている『神獣』は、そこいらの魔獣とは一線を画す能力を持っていると言われています。そんな強大な魔獣の魔石なら、あるいは……」


 不意に、アイリスの背中がびくっ、と微かに震えた。だが、またしてもアクトがそれに気付いた様子はなかった。


「100%の魔力を生み出せる生体パーツ、『神獣』の魔石を利用して作ることが出来れば、完成にかなり近づくと思うのですがね」

「この世界は生き辛くて残酷だ。そんな都合の良い物、早々見つかることはないでしょうけど」

「ははは、確かにその通りだ。世知辛いものです」


 この短期間で打ち解けたように賑やかに会話を交わすアクトとヴォルター。


「……」


 その背後で、深刻そうな表情で押し黙るアイリス。そして、アクトがその様子に気付くことは、終ぞなかった……


 

読んでいただきありがとうございました!よろしければ評価・ブクマ・感想の方、お待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ