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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
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幕間④ 錯綜する思惑

 

 ――ある日、空を焼け爛らせるように照らす朱色の夕陽も大きく西に傾き、夜の帳が下りようとする夕暮れ時、城塞学院都市オーフェンの古風な町並みの中を一人の少女が歩いていた。買い物客や熱心に呼び込みをする店員達で賑わう商業区の道路端を細々と行くその少女は、黒髪に地味な丸メガネをかけ、ガラード帝国魔法学院の制服に身を包んでいた。


 そんな少女から遠く離れた場所にある中央区の一角にそびえ立つ大尖塔……その青い屋根上に、三人の人物の姿があった。全員が同じ魔道士礼服を風にはためかせ、視線は屋根に固定されるようにして置かれた箱型の魔導演算器に注がれている。


「これがラフィーちゃんが作った魔導器か……いやはや、また凄いのを作ったもんじゃのう」

「……そうだな」

「名付けて『飛空小機翼(ガル・ドローナ)』、私が今まで手掛けてきた物の中でも最高の出来ですよ」


 三人の人物――ガレス、グレイザー、ラフィールの「黒の剣団」のメンバーは、魔導演算器から宙に投射された光映像を後目に、それを映し出している()()に視線を遣る。


 現在、オーフェン上空には一つの小さな物体がかなりの速度で空を泳いでいた。長方形型の金属製筐体に、そこから四方に伸びるように配置された軽金属の四枚の羽根が高速回転して揚力を生み出している。更に、筐体に刻まれたルーン刻印からは遠隔魔力供給で疑似的な風魔法が常時起動しており、気流操作によって巧みに風の流れを掴んで速度を上げている。


 一般の魔道士が操るような雑な飛行魔法とはかけ離れた、まるで大空を悠々自適に飛ぶ鳥類のように彼らと遜色なく飛び回る「飛空小機翼」は、ラフィール手製の科学技術と魔導技術の複合魔導器だ。


「『対象』、商業区サンドレア通りを居住区沿いに南下、下宿場所のあるフリーレン通りへと向かっています。ここまで特に怪しい動きはありません」


 魔導演算器を通して「飛空小機翼」を操作するラフィールの短い報告が続く。それぞれの四枚羽を繋ぐ筐体下部には、遠距離観測型の望遠装置が取り付けられている。全方位を余すことなく見渡すことが出来る可動式レンズは、オーフェンの商業区を細々と歩く‟ある少女”の姿を一分のブレもなくしっかり捉えていた。


「ふむ……やはり遠見の魔法が使えんというのは、ちと厄介じゃのう」

「仕方あるまい。『対象』は自分に向けられた魔力や敵意に対して異常に敏感と聞く。下手に刺激して‟本能”を呼び覚まし、街中で暴れられでもすれば、それこそ大惨事になりかねん」


 投射映像から視線を外し、眼下の町並みを見下ろすガレスに、尖塔の屋根に背を預けて腕を組んでいるグレイザーが答える。そう、その気になれば《遠視鷹眼(ホーク・アイ)》を始めとした索敵用の魔法を使えば距離が離れていても監視が容易になるところを、わざわざ特殊な魔導器を持ちだしてまで魔法を禁じたのは、ひとえに監視対象の特異な性質に寄るからであった。


「しかし……上層部も随分思い切った行動に出ましたね」


 慣れた手付きで魔導演算器を操作し、「飛空小機翼」を自動追尾モードに変更したラフィールが、不意にそんな事を言い出す。


「じゃな。本来なら中止の予定だった筈の『遠征学習』を、教育省に圧力をかけてまで無理矢理実行させて、守るべき子供達をわざわざ危険に晒すような真似をするとは。やっぱ、お上の考える事は昔からよく分からんわい」

「それだけ帝国政府、特に魔導省や国軍省は‟件の組織”の事をよほど重く見ているのでしょう。今までずっと温存していた『対象』という手札(カード)を切ってでも排除しなければならない脅威であると……それでも、あまり納得は出来ませんが」


 懐から出した葉巻に火を付け、うんざりした様子で話すガレス。同様に、ラフィールも苦々しげな表情だ。「軍団」としてそれなりの数の任務をこなしてきたが、やはりこういう誰かを囮にしたような任務は気分がよくない。特にそれが子供なら尚更だった。


「既に状況は動いた、最早、只の一個人ではこの流れをどうこうすることなど不可能。ならば、どんな状況であろうと俺達は俺達に出来る最善を成すだけだ。『対象』を死守する、というな」

「……そうですね。――ッ!?」


 相変わらず冷淡な物言いのグレイザーに苦笑を浮かべながらラフィールが同意する――その時、彼女の表情に驚愕と緊張が走った。慌てたように魔導演算器へすっ飛んでいき、鍵盤式の操作盤に両指を超速で走らせる。


「ん? 何じゃ?」

「どうした?」


 投射映像と魔導演算器へ視線を何度も行き来させるラフィールに、何事だと怪訝な表情のグレイザー達が近寄って来ると、操作盤を動かす手を止めたラフィールは、緊迫の面持ちでこう報告した。


「今……私と視覚同期して自動追尾させていた『飛空小機翼(ガル・ドローナ)』が、対象の姿を見失いました。手動操作に切り替えて捜索していますが……駄目です、再補足出来ません!」

「「……ッ!」」


 瞬間、報告を聞いたグレイザー達の表情が急速に引き締まった。宿る闘志を静かに漲らせ、完全に臨戦態勢のそれである。二人とも分かっているのだ。ラフィールの作った魔道具や魔導器は滅多な事では壊れることは無いし、彼女が無警戒の一般人を見失うような杜撰な仕事は決してしない……それが、外的な要因によって妨害されない限りは。


「……全員、これより魔法による探知・索敵を解禁する。多少は気取られても良い、必ず『対象』を見つけ出せ」


 この緊急事態に対し、グレイザーは即座に決断を下す。確証は無いが、彼には確信があった。今、自分達の預かり知らない所から何者かが干渉してきているのだと、取り返しのつかなくなる前に手を打たなければならないと。


「行くぞ!」

「おうよ!」

「はいっ!」


 グレイザーの号令を契機に、「黒の剣団」の面々は一斉に尖塔の屋根から飛び降り、それぞれ別行動を開始するのだった。


 ◆◇◆◇◆◇


「……やれやれ、ようやく監視の目が切れましたか。人ひとりを騙す程度なら造作もありませんが、魔導器を欺くのは私の腕を以てしても流石に骨が折れましたね」


 オーフェンは居住区のフリーレン通りから横道に逸れて少し離れた暗く狭い裏路地にて、『男』は一人呟く。年は二十代後半、元は鮮やかだった色が抜けた全て落ちたかの如き灰色の髪に、漆黒のローブに包まれた肌は目に毒なほどの色白で、痩せぎすの不健康そうな細男だ。それが返って、男が放つ異様な不気味さを更に引き立てている。


 そして、路地を挟む左右の壁には、幾何学的な紋様が特殊素材で作られた魔法顔料でいたるところに刻まれている。一見、無造作に刻まれているそれらは、常人には理解出来ない魔法的・儀式的な意味を持ってある種の魔法結界を構築していた。


「即興で作り上げた認識阻害と人払いの結界ですが、専門分野でも無いですし長くは持ちそうにないですね。まさかあんな物を開発しているとは、どうやら帝国側も無能ばかりでは無いようだ」


 だが、そんな言葉とは裏腹に、男から切羽詰まった様子は一切感じられない。まるで、自分の優位さを微塵も疑っていないかのような余裕の態度だ。


 ――すると、表通りの方から一人の人物が歩いて来る。まだ幼さが抜けきっていない小柄な体躯、裏路地の暗闇に溶ける黒髪に地味な丸メガネをかけ、ある施設の制服に身を包んでいる。頭は深く項垂れ、目は虚ろで焦点をまったく結んでおらず、心ここにあらずといった様子だ。


「もしもの時に備えて予め仕掛けておいた暗示魔法(バックドア)、連中に悟られないよう上空の視界からの死角をついて起動するのは少々苦労しましたが、本当は仕上げに使うつもりだったモノをまさかこんな場所で使う羽目になるとは」


 数種類の結界が張られたこの裏路地は、常人では立ち入るどころかその存在を認識することすら不可能な領域だ。それを魔法を扱う学校に通っている生徒とはいえ、ただの少女が侵入して来れたのは、彼女が魔法で意識を乗っ取られた男の操り人形だからであった。


 幽鬼の如きおぼつかない足取りでフラフラと歩を進める少女は、真正面に構える男の眼前で項垂れたまま立ち止まった。


「さて……どうやらこの子を監視している帝国の魔道士は相当な手練れの様子。再補足されるのも時間の問題でしょうし、手早く済ませるとしましょう」


 そう言って、男は目頭辺りまでかかった灰髪を片手で掻き揚げ、色白の顔を少女の虚ろな瞳に近づけ――


「【■■■・■■――――】」


 その耳元で何事か呪文を囁いた。直後、男の周囲を吐き気を催す邪悪な魔力が胎動し、束ねられた魔力の流れはある‟事象”を司る力となって少女に流れ込んでいく。明らかに不穏な魔法が発動したのとは対照的に、少女の身には何か別段、目立った変化がある訳ではなかった。


「これでよし、と。では……【行きなさい】」


 全ての作業を終えたらしい男は、再び短く呪文を唱える。すると、少女はまるで何事もなかったかのようにおぼつかない足取りで来た道を引き返し、表通りの雑踏の中へと消えていった。


「この地道な作業を続けて早一年、親しい人間を装って彼女に根差したこの‟呪い”も、もうすぐ完成する……ようやくです、ようやく役目を果たすことが出来る……!」


 少女の姿が見えなくなったところで、男は歓喜の感情を表情に滲ませながら、展開していた遮断結界を解除する。同時に、自身に幾つかの魔法を同時並行で付呪(エンチャント)。次の瞬間、男の姿は色白の細男から一転、筋骨隆々な大男の姿に変化した。


 ……この手の工作には絶対の自信と力がある自分が、これだけ面倒な手間をかけなければならないのかと時々思うことがある。だがそれも仕方のない事、こうまでしなければ、あの少女を――‟獣の少女”を完全に御すことが出来ないからだ。自分が崇拝して止まない「あの方」が求めるモノのためにも、完全完璧な仕事が必要不可欠。「あの方」のためならば、自分は何十・何百年だろうと耐えてみせよう。


「彼女に仕込んだ『認識改変術式』は既に『最終工程』、先程仕込んだ術式で全ての準備は終了しています。しかし……」


 そう、今はまだその時では無い。この任務を完璧なものにするには、もっと少女に決定的な精神的衝撃を与える必要がある。そのためには、この狭い箱庭(オーフェン)では絶対的な限界がある。この都市に留まっている限り、どうしても自分はアウェーになるのだ。


「フフフ……確か『遠征学習』、でしたか? 大勢の生徒が街を離れ、一個人に対する警戒が薄くなる絶好の機会、待ち遠しいですね……」


 少女が消えていった方とは逆の通りに出た男は、街の最奥――丘陵地帯に広がる「学院」を見据え、人知れず巨漢の姿のまま不気味に笑うのであった。


「『二之臓』持ちし彼の最強の戦闘民族、‟レパルド”の末裔……必ずや我らが手中に収めてみせましょう――『天導師』様」



 ――来たる異例の「遠征学習」、多くの生徒達がまだ見ぬ世界へ期待に胸を膨らませ、かけがえのないよき思い出にしようとする中……一人の少女の命運を巡り、様々な思惑が港湾都市で交錯する……!


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