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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
43/133

39話 炸裂・五大奥義

 

「ここからは私が守ってみせるよ! だから、アクト君は気にせず自分に出来る全力を尽くして!」

「わ、分かった! 信じてるぜ、リネアッ!!」


 リネアの「願い」に応え呼び出された「聖騎士」、この規格外の存在の登場によって戦況は百八十度逆転を果たした。先の状況とは打って変わり、二人は互いの役目を交代してリネアが前衛、アクトが後方で準備の形をとる。


 しかし、()り逃がした獲物に今度こそ絶対の「死」を与えんと、死霊は前衛のリネアを無視して後退したアクトに追いすがろうとするが、


「行かせないよ! 【お願い】ッ!」


 その前に立ち塞がる純白の甲冑騎士、リネアは己が魂の化身たる「聖騎士」――パラディオスに命を下す。彼女の紡ぐ言葉に宿った言霊――「願い」が、そのまま魔道士が唱えるようなある種の呪文と化し、聖騎士に力を与える。


 金色に輝く謎の力が全身に満ちていく聖騎士に対し、死霊は自分の行く手を阻む邪魔者を薙ぎ払わんと振り上げた右腕にこれまで以上に膨大な冷気を纏わせ、邪魔者の頭上目掛けて振り下ろす。これに聖騎士は、右手に構えた重厚な騎士盾で応戦する。


『Ahhhh----』

『――――ッ!』


 激突する黄金の騎士盾と冷気纏う白き巨腕。耳をつんざくような衝撃音が響き渡り、生じた圧倒的な風圧が周囲に立ち込める冷気をまとめて吹き飛ばす。騎士と死霊、人外の存在同士の力比べの結果は――


『Ahhhh---!?』


 聖騎士の盾が死霊の巨体を腕ごと大きく後ろに弾き飛ばしたことで決着した。単純な膂力では勝負にならないと判断したのか、吹き飛ばされた死霊は瞬時にその場から大きく距離をとると、その手に極低温の冷気を集め始める。


(威力が上がってる!? ――でも!)


 死霊が放とうと集束させている膨大な冷気は、離れた場所から見据えているリネアですら鋭敏に鋭敏に感じ取れるほど、今までのそれとは比べ物にならない威力を秘めていた。だが、


「【守って】!」


 そう易々と土俵を割らせるほど、リネアも甘くはない。彼女は再三、有らん限りの魔力を用いて己の半身に命ずる。魔力支援を受け、聖騎士は「守り」の力を増幅させていく。


 直後、その手に持った大盾からより眩き金色の輝きが生じ、大盾の外周を補強するような形で黄金の魔力障壁と化した。


『Ahhh----!!』

『――ッ!』


 放たれる極寒の凍気波動、全てを薙ぎ払い凍て付かせる氷獄の嵐は、凄まじい速度でリネア達の方へ猛然と迫り……聖騎士は左手に持つ大剣をその場に突き刺すとリネアをかばうような位置に立ち、両手で障壁纏う大盾を突き出すようにして構える。


「くぅぅぅ……!」


 大盾と氷嵐が激突し、聖騎士の巨体が衝撃に少しずつ押されていくが、金色の輝きは凍て付く嵐の中でも強く頼もしく光り輝く。障壁と大盾で防御しきれずにアクトの居る後方へ流れていく凍気は、


「やらせない! 【寄りて阻みし風よ】!」


 聖騎士の後ろに控えるリネアが防御魔法で威力を散らしていく。万一にもアクトにだけは手出しだけはさせないという彼女の「願い」が、彼女が操る魔法に作用、増大させる。


 魔法適正‟心意の具現・増幅”は何も自身の「願い」を形として現出させるだけでは無い。既存の魔法や各種能力にも大きな影響を及ぼすのだ。


『Ahhhh----!』


 自身の魔法適正をようやく理解し、それを上手く使いこなしながら立ち回るリネア。だが、「氷結の死霊」の猛攻はまだ終わらない。不意に、図書室内を吹き荒れる氷嵐が妙な動きを見せる。周囲を漂う極寒の冷気がリネア達の方へ流れるようにして渦巻き――


「なっ!?」


 リネアのほぼ真上に、無数の鋭利な氷柱が出現していた。直後、極寒の冷気が結晶と化して形成された氷柱は、その鋭き切っ先をリネアに向け、急速に落下する。


「【お願い】!」


 防御も回避も不可能と判断したリネアは瞬時に聖騎士へ命ずる。己の半身の命を受け、聖騎士はその巨体に見合わぬ抜群の俊敏性でリネアに覆いかぶさるようにして近づくと、真上に障壁纏う大盾を構え、迫り来る氷の槍の悉くを受け止める。


 衝突した氷槍は全て粉砕され、氷礫となって再び気化、周囲の気温を更に下げていくが……リネアはまったくの無傷だ。


『Ahhhhh-----!!』

「はぁ、はぁ、ま、まだまだ……!」


 ――その後、リネアの防御魔法と、「願い」で呼び出されたパラディオスの盾。二つの要素が合わさった防御陣形は、まさに鉄壁の如く死霊の猛攻を阻み続けた。


 更に威力を増した氷嵐を防御魔法と大盾で何とかやり過ごし、間髪入れずに飛来した冷気纏う氷の剣を聖騎士の大剣で斬り落とし、同時に襲い掛かった無数の氷柱と氷剣を協力して迎撃する。


「はああああああッ!!」

『――ッ!』


 より苛烈さを増す死霊の攻撃にも、リネア達は一歩も引かずに守り通す。激突する大盾と氷塊、吹き荒れる風の防壁と極低温の凍気、互いの渾身と渾身が幾度も図書館に致命的な破壊を巻き起こす。そして――


「はぁ、はぁ、はぁ、ごほっ……」


 壁に設けられた本棚以外は全て吹き飛び、見るも無残なと化した図書館、死霊の攻撃を防ぐ度にリネアの背中に鉛のような重い疲労感がのしかかる。空調魔法も効果が薄れ始め、パラディオスが纏っていた魔力の光も当初のものより目に見えて弱くなっている。

 


 酷い動悸やめまいも併発し、取り込める空気の量が著しく減少している。極寒の空間の中、度重なる詠唱で肺が徐々に凍り付き始めているのだ。


 常時発動している空調魔法や時折用いる防御魔法、更にパラディオスの存在維持に魔力を割かれ、今のリネアは「魔力欠乏症(マナ・ロスト)」一歩手前の状態だ。この勢いで魔力を消費し続ければ、後一分で完全な「息切れ」を起こしてしまうだろう。


(だからお願い、アクト君ッ! 早く!)


 彼女はただ守り続ける。これ以上肺が凍らないよう、最小限の呼吸を心がけてひたすらに守る。自分を信じて託してくれた少年が必ず助けに入ってくれると信じ、目の前にそびえ立つ敵だけを見据え、ありったけの魔力を防御に注ぎ込み続けるのだった。


「……」


 リネア達と死霊の激しい戦闘が繰り広げられている一方、準備の為に後方に下がったアクトは、どこまでも静かだった。その意識は既に現実世界にはなく、底の見えない暗き深淵――深層意識の奥深くへと、己の精神を溶け込ませていた。


(目で追うな、気配で感じろ。アレは不浄なる魂が集合体として現出した概念存在、俺達が意識すればするほどより現実世界に強固な存在を得ている。だから奴は、人間が思い浮かべる「死霊」の在り方や姿を、そのままの形として纏っているだけの話なんだ……)


 死霊の「核」は不定形な上に、周囲を渦巻く濃密な冷気の影響で正確な位置を掴みずらい。


 故に、目視による認識は不可能。第六感とも言うべき未知の感覚を以て、「氷結の死霊」を構成する霊的物質の中で最も魔力に満ち溢れた部分を探し当てようと、アクトは更に意識を深く深く、鋭敏に研ぎ澄ませていく。


 ――連日の凍死事件の犯人がコレの仕業だとするなら、存在を維持する為の「核」とは別に、コイツを大死霊たらしめる根幹というべきモノ――それは、明確な「死」の気配だ。


 志半ばで散って行ったであろう無数の死人の怨嗟や憎悪を何者かが増幅させていった結果、これほどの力を持つ大死霊が誕生してしまったのだ。


 一度、死霊の冷気に直に触れたアクトだからこそ分かる。今、この空間を支配している極寒の冷気の全ては、あの死霊が垂れ流すどうしようもなく深くて濃い、混沌とした人間に対する憎悪と殺意の塊なのだ。


 それと同時に彼は理解した。あの無数の憎悪と殺意を孕む怪物を操っている張本人は、全て分かった上でやっているのだ。


 死してやり場の無い怒りと憎しみを抱える彼らをこの世界に無理矢理留まらせ、測り知れない憎悪に身を焦がす彼らの力を自分の目的の為に遠慮なく酷使する……それは死者を冒涜するよりも遥かに残酷で醜悪な、ドス黒い悪意によるものだ。


 こんなモノを生み出し操る時点で、その者はまともな感性など、とうに捨て去っているのだろう。


 彼らには何の思い入れも無いが……死者を、ひいては「彼女」を嘲笑うような真似を働く輩に対し、アクトは烈火の如き激しい怒りを覚えた。あの哀れな死者たちの魂を一刻も早く解放せねばという使命感に小さな火が灯る。


(もっとだ。まだ外部情報が入り込んで来やがる……目も、耳も、何も要らない。不必要な神経情報を全てカット、全ての神経を注ぎ込め。奴の「核」を、()()()()()()()()()為には、それぐらいしないと駄目だ。もっと、もっと、もっと……)


 どれだけ怨嗟と憎悪の念が歪に重なっていようと、それらを空中分解しないよう一つに纏める中心部分が必ず存在する筈だ。なら、それを辿れば良い。


 その場に居るだけで彼らが垂れ流す「死」の気配この世界に生きとし生けるモノなら誰もが忌避する存在であろう「死」の匂いを嗅ぎ取り、遡ってそれを追っていけば……必ずそこに、「核」はある。


「……見えた」


 そして、精神を深層意識から浮上させたアクトの両眼が、徐々に見開かれていく。同時に、現実世界に戻ってきたアクトの視界には――()()()()()()()()()。その代わり、全てが白と黒の無彩色に彩られた世界にて、彼は目に見えない様々なモノが見えるようになっていた。


 意識の波長、魔力の流れ、応酬される攻撃に潜む強大な意思、そして……生命体を突き動かす「魂」の輝きでさえも。今、彼の緑眼には一口では説明出来ない特異なモノが、平時のそれとはまるで異なるモノの数々が映っていた。


「……よし、いける」


 白黒に彩られる視界のその先には、渦巻く冷気と白き巨体を構成する霊的物質を超え、死霊の荒ぶる怨嗟と憎悪の魂を、それに明確な自我と主体性を与えている魔力と共に集約させた「核」が、()()()べき目標がくっきりと捉えられていた。


 故に必中、外しなどしない。剣士の少年は哀れなる死者達の魂を解放せんと、己が全力を以てこれに臨む……!


「良いぞリネア、下がれ!」

「……ッ! うん、分かったよ!」


 後方から鋭く響き渡るアクトの合図。魔力と体力、精神の殆どを使い果たし、軽度の凍傷を負い、息も絶え絶えに死霊の攻撃を凌いでいた真っ青なリネアの表情に、満面の笑みと安心感が咲き誇る。


 それは彼に向ける無限の信頼から生じたものであり、必ず間に合うと信じていたからこそ、彼女は最後まで守り続けることが出来たのだ。


『Ahhhh----!』

「残念、あなたが真に相手にするべきは私じゃないよ!」


 散々自分の邪魔をしてくれたリネアや聖騎士に、死霊は憎悪の咆哮を上げるが、色々限界が来ているリネアはまともに取り合わない。彼女は自分の傍に居た聖騎士を引き連れ、奥に控えているアクトへ道を譲るように横へと逸れた。


「……来いよ」

『Ahhhh----』


 極寒の氷嵐吹き荒れる異界図書館、相対するアクトと死霊――決着の時は来た。両者共に、次に放つ一撃に全身全霊を込める。死霊はかざした両手にこれでもかという程の冷気を束ね始める。


 今まで最も長く時間と手間をかけて放つ最強威力の凍気波動は、何もかも全てを凍て付かせ吹き飛ばす、絶対の一撃となるだろう。


 対するアクトは、身体を斜に構え、背骨ごと捻るように体勢を低くする。左手に握ったアロンダイトは脇腹を通し背中に回すように右腰の辺りに持ち、その根元に使い物にならなくなった右手を添える。


 それは、武器種も違うし、軸となる鞘も無いが……いわゆる、東方にて剣を振るう「武士(サムライ)」と呼ばれる者達が磨き上げ得意とする抜刀術――「居合抜き」の構えと過酷していた。


「フゥゥゥ……」


 精神を鎮め、「特定動作」による重低音の吸気を伴い、細かな筋の一本に至るまで全筋肉を総動員させる。そして、未だ有り余るこの膨大な魔力を非実体の無色エネルギーとして放出、全身に漲る銀の輝きを全て、腰に構えた剣に纏わせていく……両者の準備は全て整った。


 リネアと聖騎士が静かに見守る中、この異界空間における長き戦いの決着の刻が、遂に訪れた。


 ――唐突だが、これは遠い遠い昔の話になる。かつて、アルテナ大陸にはある高名な剣士が居た。


  ガラード帝国有史から少し経った頃、まだ魔法が戦争の主流ではなかった時代に、その男は武骨な剣一本を携え、数多の戦場・強敵との戦いを勝ち抜き……誰が呼んだか、男は世界最強の剣士――「剣神」とまで呼ばれるようになった。


 名実ともに当世最強と謳わるようになった「剣神」は、剣の世界での名声を欲しいままにした。だが、その輝かしき栄光も長くは続かなかった。剣などよりも遥かに強大な力――人間を殺傷可能な威力規格の「軍用魔法」の体系が確立されてきたからだ。


 歴史が告げる通り、剣や銃などの武器とは比べ物にならない威力・射程・応用力を持つ魔法は、戦争における常識や戦争の在り方そのものを一変させ、瞬く間に戦場を席捲していった。


 「剣神」もその例に漏れず、栄光あるこの称号も時代の廃産物と消えてしまった。


 ――だが、「斬る」という道の最果てに辿り着きし者が、時代の波に対し何も抗えずに衰え、歴史から消え失せていったのか――否である。剣が魔法よりも劣った物である事を認めてこのまま老いさらばえるなど、「剣神」は断じて許容することが出来なかった。


 自分達がひたすらに磨いてきた剣術がこのまま廃れていく事を憂いた「剣神」は、後世に生まれる新たな剣士の為に、「斬る」という概念の極致とも言うべき‟五つの奥義”を編み出した。自身の剣術の粋を尽くして「剣神」は、編み出した奥義を後世に受け継いでいく事を条件に、数多くの他の剣士達にそれらを伝授していった。


 今日まで生き残った剣士達の末裔の数はかなり少なくなってしまったが、剣の極致――最果てを見た彼の者の技だけは連綿と受け継がれ……現在に至る。


「……行くぞ」


 そして、これより放たれるは、「剣神」と呼ばれた最強の剣士が未来に遺した忘れ形見、その一つ。


 理合いは、アクトが散々使っている四之秘剣《烈波》とほぼ同じ術理、限界まで放出した魔力を斬撃に乗せて飛ばす「魔法の剣」。


 唯一違う点は、彼が今まさに構えている「居合抜き」の型だ。本来ならば「刀剣」と呼ばれる独特な細身の形状と鋭い切れ味が特徴の武器に適した型だが、この技はあらゆる剣の形状に問わず使えるように調整されている。


 この技の肝は、刃に乗せられた右手だ。剣を握る左手で振り、刃に添えた左手で引く。そうすることで、「刀剣」における振り抜く刃とそれを押さえつける鞘の関係が再現され、相反する二つの力の作用間に強大なエネルギーが蓄積される。その力を解放することで生み出される斬撃は、通常の斬撃では到底成し得ない程の速度と威力を得ることが出来る。


 更に、低くした体制から捻った関節が元に戻ろうとする作用すら利用して斬撃に上乗せ、そこに膨大な魔力による行動強化を合わせることで放たれる斬撃は、最早規格外。文字通り身体と魔力の()()を使って繰り出す一閃は、一人の剣士が辿り着いた先に編み出した、究極の一なり。


「剣神」が伝えし五大奥義が一つ、此処に開帳す……!


「烈の(きわみ)――《天津風》――ッ!!」


 刹那、大気が弾け飛んだ。捻った体勢から振り抜かれたアクトの視認不可能・超高速の一撃は、その延長線上に圧倒的な斬撃エネルギーと魔力を内包した「刃」を形成、《烈波》の十数倍もの威力を秘めた「魔法の剣」は、立ち込める冷気を全て引き裂きながら宙を疾く駆ける。


『Ahhhhhhhh------!!!』


 それと同時に、死霊も最大威力の凍気波動を解放する。もう薙ぎ倒す物などこの場には存在しないが、無残にも床に散った本棚や書籍の残骸の悉くを吹き飛ばし、自身の領域たる凍れる世界を作り出していく――だが、拮抗も相殺も、何もかもを無視して貫き、大気を斬り裂く一条の斬光は、


『Ahhhhhhhhh------!??』


「氷結の死霊」の胴体を真っ二つに切断した。


『Ahhhhhh----!!!』


 半透明な巨体の上下が泣き別れ、金切り声ともとれる理解不能な悲鳴を上げる「氷結の死霊」。胴体を切断されたと同時に、その存在を維持していた怨嗟と憎悪の魂――「核」も切断・破壊され、瞬く間に死霊を構成していた濃密な魔力や霊的物質と、物理攻撃が可能な域まで現界していた存在密度が失われていく。


『A、h、h、h、h、Ahhhh…………」


 そして、小さな断末魔の如き悲鳴を最後に、遂に「氷結の死霊」は消滅するのだった。


 死霊が消滅し、図書館内を吹き荒れていた極低温の氷嵐も急速に収まっていく。それに留まらず、終始薄暗かった極寒の異界空間も効力が切れたらしく、異界内部の全ての空間に一際強烈な光が生じる。


「うおっ!?」

「きゃ!?」


 あまりの眩さに目を閉じた二人が次に目蓋を開けた先には……整然と整えられた無数の書籍が並ぶ本棚、窓ガラスから僅かに差し込む月の銀光、長机に置かれた二人分の勉強道具……時刻以外は死霊がこの場所に現れる前と何ら変わらない光景が広がっていた。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、お、終わった、のか……?」

「そう、みたいだね。吹き飛ばされた本や棚なんかも全部元通りになってるみたいだし……」


 次の瞬間、緊張の糸がぷつりと切れた二人は思わずその場にへたり込んでしまった。どちらも共に体力・気力・魔力、全てが限界をとうに超えた状態、最早、まともに動くことすら出来なかった。


「はぁ~~~……あぁ、しんど……この部屋って、こんなに温かかったんだな……」

「あはは、さっきまでこの部屋、氷点下なんてあっさり超えてたからね。それで、手の方は大丈夫? さっきの技に使ってみたいだけど……」

「まぁ、何とかな。《天津風》の片手は殆ど添えるだけ、抜く時に擦るだけだから負担は最小限な筈だ。でも、さっさと治療はしないとヤバいかもな」

「そうだね。もう医務室の先生も帰ってるだろうし、とにかく家に早く帰って応急処置しないとだね」


 そして、互いの肩を貸し合いながら、二人はよりめきながらも何とか二の足で立つことに成功した。直後、もう自分の役目は済んだと判断したのか、リネアの傍らに控えていたパラディオスから淡い光が漏れだし、その姿が徐々に薄れていく。己の半身たる聖騎士の様子に気付いた彼女は、言葉を詰まらせたように口ごもるが、やがて意を決したように口を開く。


「……ありがとう」


 たった一言の感謝。だが、ぼそりと短く呟かれた彼女の感謝にも真摯に応えるかのように、聖騎士からより眩い輝きを放たれる。己の半身にして主の気概に応えたのを最後に、純白の聖騎士は静かに消滅するのだった。


「……行こっか」

「……ああ」


 消滅の瞬間を見届け、荷物を回収した二人が図書館を後にする――その時だった。


『Ahhhhh-----!!』

「「――ッ!?」」


 刹那、身の毛もよだつおぞましい殺気が二人の背中に襲い掛かる。彼らが同時に振り返った先には――「白い死神」が居た。先刻の戦いよりかは一回りも二回りも小さい……しかし十分な大きさを誇る骸骨を模した死神――「氷結の死霊」が確かに居た。


「嘘ッ!? 何で!? もう異界化は解除されてる筈なのに……!」

「残りカスの能力を全部集めてもう一度出て来やがったんだ! クソッ! やっぱ片腕だけじゃ威力も狙いも甘かったか……!」


 信じられない現実を前に、戦慄に震えるリネアに対し、アクトはどこか納得したように歯噛みする。確かに、全力の五大奥義にしては威力が低過ぎるとアクトも自覚していたのだ。負傷した右手をかばうばかりに構え方が絶妙に狂い、振り抜きの際に手を引く力も甘かったのだ。結果的に蓄積されたエネルギーの総量は減少し、威力が落ちたわけだ。


『Ahhhーーー!!』

「ま、またアレを……!」


 戦いが始まってから何度目かという凍気波動の構え。異界のように極寒の氷嵐が吹き荒れているわけでも無いのに、死霊はどこからともなく現れた極低温の冷気をその手に束ね始める。恐らく自身の能力を直接冷気に変換しているのだろう、規模はかなり落ちているようだが……過労で動けない非力な人間二人を葬るには十分な威力だ。


(マズい……! 俺もリネアも、もうまともに動ける体力も魔力なんて残ってねぇ……! どうする!?)

(な、何とか魔力を捻りだして呪文を……ダメッ! 肺が凍り付いて上手く発音が出来ない……!)


 回避も防御も、聖騎士の助けも無い。急遽訪れた絶体絶命の状況に、せめてリネアだけでも逃がさなければとアクトが破れかぶれの特攻を仕掛けようと疲労感溜まる体に鞭打ち、足に込める力を強め駆け出そうとした――その時だった。


「【消え失せろ】」


 聞き覚えのある妖艶とした大人な女性の声が響き渡る。


『Ahhhhhh----ッッ!??」


 業ッ!! 突如、燃ゆる紅蓮の業火が柱の如く立ち昇り、「氷結の死霊」を容赦なく飲み込んだ。超高熱の火炎が際限なく燃え上がっているにも関わらず、直近のアクト達にはまったく熱さを感じさせない。恐ろしいまでの魔力制御とベクトル制御。


『Ahhhhhhh…………』


 灼熱の業火に焼かれ続け、絶叫にも似た断末魔の声を上げながら、「氷結の死霊」はその身に纏う冷気ごと存在が蒸発するように、今度こそ完全に消滅するのだった。


「まったく、私が支配し認知するこの学院内に、いきなり謎の大規模な異界が出現したかと思って来てみれば、まさかお前達が巻き込まれていたとはな」


 アクト達の背後――丁度、図書館入り口の方に立ち、呆れたような感心したようなよく分からない感情の籠った声音で話す女性。すぐさま二人が振り返った先に居たのは、彼らはが力を合わせてようやく退けた死霊を、こうもあっさりと消し飛ばした張本人は――ガラード帝国魔法学院長・エレオノーラ=フィフス=セレンシアその人であった。


「エレオノーラ……!」

「学院長……!」

「無事か、二人共。まぁ、その様子ではかなり手酷くやられたようだがな」


 波の掛かったプラチナブロンドの長髪を手で掻き揚げ、エレオノーラは口元を弧に歪めて薄ら寒く微笑む。明らかに挑発的な態度にアクトはむっ、と顔をしかめながら不貞腐れる。


「うっせ。こうしてお前が来るまで生きてたんだから別に良いだろ?」

「もうボロボロですけどね……」

「そんな減らず口が叩けるなら大丈夫だな。……それより気を付けろ。()()()

「あ? 来るって、一体何が――」


 いきなり妙な事を口走ったエレオノーラにアクトが怪訝な表情を浮かべたその時、


「ぐっ……!」

「うっ……!」


 突如、アクトとリネアに激しい頭痛が走る。エレオノーラの方はまったく動じることなく余裕の表情だが、突き刺すような痛みに二人はその場に片膝を付いて頭を抑えていた。今、彼らの脳内には鋭い痛みと共に、どす黒い意思に塗れた「何か」が高速で巡っていた。戦闘時、死霊の冷気を通して「氷結の死霊」の根幹に触れたアクトには、その正体が何なのか瞬時に理解した。


 それは、今しがた消滅した「氷結の死霊」に束ねられていた無数の死人の魂、人間に対する果てしない怨嗟と憎悪の念であった。「核」を完全に破壊したことでその魂たちが目に見えない「何か」として解き放たれ、その一部が彼らの脳内に魂の片鱗を見せつけたのだ。


「ほう……これ程の数の魂を集めて作られた死霊か。中々、興味深い相手と戦っていたようだな」

「はぁ、はぁ、痛っ……」


 額に触れながらエレオノーラは感慨深く呟く。彼女には分からないようだったが、アクトには死人達の魂に込められた念……そのどれもがおぞましい程の怨嗟と憎悪の念で溢れていたが、一部、本当にごく一部の魂には、自分やリネアに対する「感謝」の念が混じっているように思えた。


(強引ではあるけど、曲がりなりにも俺は奴らの魂を救えたって事なんだろうか……いや、今はそう信じるしかない。どうせ、死人に口なし、プラスに受け取っておいた方が良いだろうな)

「アクト、一先ずはその傷を治療しよう。話を聞くのはそれからだ」

「……え? あ、ああ。分かった」

「何をぼさっとしているんだ、さっさと来い。大事な右手が二度と使えなくなっても私は知らんからな」


 死霊から解き放たれた魂にはもう興味が無いのか、ぶっきらぼうにそう言い残し、エレオノーラはさっさと図書館から出て行ってしまう。かくして、この場にはアクトと、未だ頭を抑えて苦しそうにしているリネアだけが残った。


「大丈夫か?」

「……うん。ようやく落ち着いたよ。……ねぇ、あの死霊に閉じ込められてた人達の魂の中に……」

「分かってる。でも、そういうのは口にしない方が良いぞ」

「そ、そうだね。……私達、ちゃんと救えたのかな」

「……かもな」


 連続したアクトの素っ気無い態度に、リネアは苦笑しつつも花咲くような笑顔を見せる。その笑顔に不覚にも一瞬ドキッ、としてしまったアクトは気恥ずかしさを誤魔化すように彼女の肩を取ると、しっかりと二の足で立たせ、歩き出す。この短時間の間に、アクトの体力は歩行に支障が無い程度には十分回復していた。


 アクトの肩を借りながら図書館を出て行く間際、リネアが彼に向けてこんな事を言ってきた。


「ねぇ、アクト君。私の『性質』と、私の『願い』で現れたあの騎士……『聖女ノ守護騎士(パラディオス)』の事は黙っていて欲しいんだ」

「え? まぁ、それは別に良いけど……今日発現したあの騎士の方はともかく、エレオノーラはこの学院の長だ。お前の『性質』の事ぐらい知ってるんじゃないのか?」

「そうかもしれない。でも、アレは本当にいざという時以外は使ってはいけない、そんな気がするの。だから、この事はコロナ、そしてエクスにも話して四人だけの秘密にしておきたいの。ダメ、かな……?」


 リネアの要求に、アクトは高速で思考を巡らせる。確かに、未だその全容を知らない彼ですら、術者の「願い」に応え、現実を捻じ曲げるという能力は、非常に強力だ。実に魔道士らしく夢のある魔法適正だが、仮に軍の過激派や凶悪な魔法犯罪者達にその存在が知られてしまえば……絶対にロクでも無い事態になるのが目に見えている。


 ……そもそも、リネアが自身の「性質」を発現させる結果となったあの巨大な死霊の襲撃自体、不可解極まりない事件だし、エレオノーラが誰かに秘密を言いふらすような真似はしないとは思うが……万が一というものがある。リネアの安全の為にも、ひいては彼女に近しいクラスの人間の為にも、この情報は伏せておくのが賢明な判断というものだ。


「……分かったよ。誰にも言わない。だから、誰に言うかはリネアが判断してくれよ。出来れば、全幅の信頼を置ける奴だけを、な」

「うんっ! えへへ、ありがとう」

「……いや、別に良いんだ」


 リネアの満面の笑みに、アクトは不覚にもまたしても胸の高鳴りを感じた、感じてしまった。そこは鍛え下げられた剣士、そっぽを向いた僅かな時間の間に平静を取り戻す……が、出会った当初から、アクトは彼女の笑顔が苦手だった。何というか、凄くこそばゆい気持ちになるのだ。まるで、全て見透かされた上で素直な好意を向けられているような……


「ほらっ、行くぞ。エレオノーラは医務室に行ったと思うから、俺の肩にしっかり捕まってるんだぞ」

「うん。其処まで手助け、お願いするね」


 そして、二人はゆっくりと銀月の光が差し込む無人の廊下を歩いて行く。彼らは今度こそ、思いもよらぬ死闘が繰り広げられた図書館を後にするのだった――



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