表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
2章 学院生活編(中)~黒の剣団と獣の少女~
42/133

38話 聖女ノ守護騎士

 

 ――それは、私が十二歳の頃の話だ。その日は珍しく、コロナと大喧嘩をしてしまった。今となっては私達にとっても笑い話だし、その発端も本当に些細な事による喧嘩だった。だが少なくとも約四年前――彼女が居候として屋敷に来た頃は、私達はそんなつまらない事で小競り合いする程度にはギスギスとした関係だったのだ。


『うっ、うぅ……』


 あの時はまだ屋敷に定住していた両親が優しく仲裁してくれたが、当時、精神的にまだ幼かった私は、自分の気持ちに踏ん切りが付かずにその夜、自分のベッドで大泣きしながら不貞腐れていた。


『どうしよう私、あの子にあんな事言っちゃって……嫌われたらどうしよう!?』


 コロナ=イグニスは私に出来た初めての「親友」だった。魔法科学院に入学する前の小学校では、私はクラス中の人気者で、私自身その事を自覚していた。だからと言うべきか、気付けば私は誰とでも浅く広く、決して深く干渉しないように接していた。良く言えば平等、悪く言えば八方美人なこの性格を、私は心の何処かで嫌っていたのだろう。


 だから、自分の領域に遠慮なく踏み込んで来るコロナの事を鬱陶しいと思うと同時に、憧れてもいたのだ。まあでも、出会って早々に『その気持ちの悪い性格何とか直しなさい』とか言われれば、誰だって怒るだろう。そんな訳で、私達の出会いは最悪と言ってもよかった。


 それだけでは無い。コロナは様々な点で私の憧れで、それは魔法科学院に入学してから顕著に際立った。同年代とは思えない程に大人びた雰囲気、自分の一歩二歩先を行くような思慮深さ、そして、卓越した魔法の才能……彼女は自分に無い物を沢山持っていた。


 そんな憧れの少女に向けてあれだけ酷い事を言ってしまった自分を、私は今になって酷く恨んだ。こんな中途半端で何も無い自分に、真っ向から誠実に接してくれる彼女に見限られるのが恐ろしく怖かったのだ。


『うっ、うぅ……うああああぁぁーーーんっ!!!』


 短期間の間に色々なあったせいか、抑え込んでいた幼き心の堤防が決壊し、極まった感情が嗚咽となって吐き出される。灯りが全て消えた真っ暗な自室で、私が一人悲しみと後悔のままに大粒の涙と共に喚き散らしているその時――()()は私の目の前に突然現れた。


『うぅ…………え!?』


 ドクン、といきなり心臓が大きく高鳴ったかと思えば、自分の奥底から得体の知れない力――後になってそれが魔力である事が分かった――が沸き上がって来るのを感じた。そして、この謎の力の脈動に私は酷く覚えがあった。何故ならそれは、私が生まれながらにして幾度となく私の前に現れた「性質」、その前兆によるものだったからだ。


 心臓を締め付けられるような鋭い痛みに溜まらず目を険しく閉じ……ようやく収まった後にゆっくりと目蓋を開けると……()()はベッドに伏せている私の隣に立っていた。


 ()()は、いわゆる「甲冑騎士」に瓜二つな出で立ちをしていた。黄金に輝く優美な装飾が施された外套付きの純白の騎士鎧に、顔面全体を丸々覆い隠す旧時代的な造りの羽根冑、その純白の装いに纏われた真っ暗な寝室を照らす神々しき金の輝き。まるで昔読んでもらった童話に登場した人物がそのまま現れたかのような神秘的な存在――まさしく「聖騎士」が其処に居た。


 いきなり現れた未知の存在に、私は驚きも怯えもしなかった。その必要性が無かったからだ。未熟ながらも……いや、未熟だからこそ、本能的に察することが出来た。()()は、()()()()()()()()「何か」であると。生まれた時から私の傍に居た「何か」が、初めて具体的な形で現れたのだと。


『あなた、誰……?』

『……』


 目を赤く腫らしながらベッドから起き上がった私の問いに、「騎士」は何も答えない。ただ悠然と私を見つめながらその場に立っているだけだった。


『何か答えてよ。もしかして……あなたは、私なの?』

『……!』


 ――時間にしてみれば、二分と経っていなかっただろう。私がふと心の中に湧いた疑問に反応するかのように、「騎士」の纏う金の光がより輝きを増し、私の視界を埋め尽くしていく……そして眩んだ視界が回復し、徐々に目を開けていくと、其処に「騎士」の姿はどこにも無かった。


『あっ、ちょっと待ってよもう!』


 結局一言も発せずに消えてしまった「騎士」に、私は非常に未練がましい感情を覚えるも、何故かそのままあっさり眠ってしまった。コロナとの喧嘩で泣き疲れたのか、はたまた何か別の力が作用でもしていたのか、今になっては分からない。とにかく、微睡の縁から落ちようとする意識の中、私は幼いながらも確信した。あの純白の聖騎士とは、いつか再び出会えるだろうという確かな予感を――


 その日の朝、私はコロナから「計画」――「若き魔道士の祭典(フェスタ)」に優勝して、この国を治めておられる皇帝陛下にイグニス家の事を直訴するという計画を聞かされたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇


『Ahhhhh----』


 解読不能な奇声を上げる巨大な死霊、至近距離で放出される極低温の凍気。「氷結の死霊」が目の前に現れた瞬間、リネア=エルレインは自身の死を覚悟した。自身が作り出した異界の中で扉に擬態するというとんでもない方法による不意打ちは、見事に極限状態の二人の油断を誘うことに成功したと言って良い。


 明確な殺意を以て自分の命を奪わんと大波の如く迫る凍気を前に、彼女は身動き一つとることが出来なかった。彼女の脳裏をよぎるのは、自分にとってかけがえのない人達の姿だった。


(お父様、お母様。こんな場所で先立つ不幸をお許しください……コロナ。貴女の夢、絶対に叶えてね。コロナならきっと成し遂げられるよ……アクト君、あんまり役に立てなくてごめんね。せめて、君だけでも無事に脱出してね……)


 この場に居ない者達への別れを済ませ、この戦いに巻き込まれた大切な同居人の少年の無事を願い、彼女は迫りくる死に静かにその目蓋を閉じようとする。だが――


「《烈波》ッ、《縮地》――ッッ!!」


 アクト=セレンシアは、自分の目の前で仲間がむざむざ殺させるような事を許容するような男では断じて無い!


「どけぇええええッ!!」

「きゃっ!??」


 相手取っていた分霊達を一掃するや、大気が爆ぜるような音と共に彼我の距離を一瞬で潰したアクトはリネアの手を握ると、力任せに後ろへと投げ飛ばす。


 短い悲鳴を背後にリネアと交代するような形で廊下へ放射状に広がる凍気の正面に出たアクトは、更なる秘剣を繰り出すべくアロンダイトを頭上高く構え、瞬時に精神統一による集中状態へ入る。


「特定動作」無し、事前の自己暗示無しによる複数の秘剣の連続使用――本来ならば肉体的にも集中力的にも到底不可能な動作だ。


 だが、この刹那の瞬間にアクトの心身のコンディションは最高潮に達した。それは命の危機にあるリネアを是が非でも守らねばという無我夢中の一心から生じたものなのか、はたまた彼女をこの場に居ない遠い「誰か」の姿と重ね合わせていたのか、本人のみぞ知るところだった。


 感覚は刃物のように鋭敏、思考は澄んだ水の如く明瞭、体は羽根のように軽く、全身には溢れんばかりの力が漲る。戦闘開始時よりも向上した身体能力と、筋線維の一本一本に至るまで認識出来る驚異的な集中力を以て、少年は不可能を可能にする。


「八之秘剣――《八岐大蛇(やまたのおろち)》――ッ!!」


 閃く八条の銀閃、東方の古い記録に残されていたという八つの首持つ竜の名を冠する高速の都合八連撃は、ほぼ同じタイミングに放たれ、放射状に広がらんとする凍気を吹き荒れる突風の如く粉微塵に斬り裂いた。


 宙を駆ける剣圧と、それによって生じた衝撃波に巻かれた凍気は見当違いの方向へと散っていき、急速に勢いを弱めていく。


 ――だが、「氷結の死霊」が振りまく致死の凍気はあまりにも膨大にして濃密、アクトの渾身の一撃を以てしても、威力を完全に散らすことは出来なかった。そして、触れた時間はほんの僅かだったとはいえ、彼は極低温の凍気の残滓に半身を飲み込まれてしまった。その結果、


「ぐぅぅぅ……!」

「アクト君!?」


 バックステップで素早く退避するも、腕に走る鋭い痛みにアクトは苦悶の呻き声を上げる。見れば、彼の右腕は手から関節の半分ほどまでが完全に凍り付いており、だらりと力無く垂れ下がっている。反射的に痛みのする部分を抑えたくなる衝動に駆られるアクトだが、そんな事をすれば無事な左手まで駄目になってしまう可能性がある。


「クソがッ……ぐぅぅ……!」


 アクトも当然それを心得ているのだが、それが返って彼の痛みを増長させてしまう結果となった。そんなアクトの負傷などお構いなしに、死霊は間髪入れず再び集束凍気の波動を放とうと周囲の冷気を集約・増幅させていく……その間際、


「調子に、乗るなぁああああッ!!」

『Ahhhhh---!?』


 そうはさせじと、アクトは激痛に苦悶の表情を浮かべながらも左手に握りしめたアロンダイトで、再三《烈波》による魔力の斬撃を幾重にも飛ばす。廊下に現れる為に存在を縮小していた死霊は、先程よりも大きく体を削られ甲高い奇声を上げるが、やはり完全な消滅にはまったく届かない。それでも、二人がこの場を離れる時間を稼ぐには十分だった。


「引くぞリネアッ!!」

「う、うん!」


 かくして、死霊の不意打ちを乗り切った二人は来た道を引き返していく。これまでに襲い掛かって来た分霊達は全てアクトが処理した為、彼らは特に襲撃を受けることもなく目的の場所まで退避することに成功した。


 その場所とは、特別棟に敷設された薬品倉庫だ。ご丁寧な事に異界化されたこの学院でも、それは見事に再現されており、二人は其処で身を隠すことにした。


 本来の学院では様々な薬品や特別な魔法素材などが保管されていた薬品庫は、この異界では見事にもぬけの殻だったが、別にそれは重要な事では無い。この冷気漂う小さな部屋こそが重要な意味を持っているのだ。


 いくら死霊が姿形を自由に変えられると言っても、此処なら他の分霊達と然程変わらない大きさにしかならない筈だ。先の攻撃で、大きさを縮小すればするほど「烈波」で消し飛ばされるリスクが高まる事が分かった。その危険性的にも、二人が直ぐに襲われることは無いだろう。


「右腕は使い物にならねぇ……先ずは、治癒魔法の再生能力で細胞の壊死を防ぐんだ。それが終わったら関節部分に絞ってありったけの空調魔法で氷を溶かしてくれ。関節だけでも何とかしないと戦闘に支障が出ちまう……それでも駄目そうなら、威力を調整した炎熱魔法で腕を焼け」

「わ、分かったよ。ちょっと、いやかなり痛いと思うけど、我慢してね。……【慈悲深き天使よ・其の癒しを我が腕に】――【汝に光あれ】! 次……【強き灯よ・更なる寒の災禍より彼の者を守り給え】、【祈り届け・――】」


 薄暗い薬品庫の壁にもたれかかり、早速リネアはアクトに言われた通りの治療を始めた。任意の魔法に追加の命令式句を加えることでその魔法を増幅・変化させる「律令詠唱(コマンド・オーダー)」と呼ばれる魔法技を用いた治癒魔法、より強力な空調魔法、その他幾重にもの魔法を施術していく。


「あぐぅぅぅ……!」

「もうちょっと! お願い我慢して!」


 治癒の際に生じる強烈な拒絶反応にアクトは額に大量の脂汗を流し……関節の凍結は何とか解消することが出来た。だが、残ったのは右手に刻まれた酷い凍傷と霜焼けだ。これでは剣を振るうどころか、まともに握ることすらままならないだろう。


「これで何とか……ごめんね。私が油断してたばっかりにアクト君にこんな傷を……」

「はぁ、はぁ、はぁ……気にすんな。あんな露骨な罠を見抜けなかった俺が馬鹿だった。むしろ、リネアが居なかったら俺なんてとっくの昔に奴の手で凍死させられてたよ。だからまあ、お互い様だ」


 暗い表情を浮かべるリネアに、アクトは平静を装い強がって見せる。それでも尚、彼女は自身を責めるように表情からは暗い影が拭い去れない。そんな彼女に、アクトは一息大きな溜め息を吐くと……きちんと彼女に向き直って話始めた。


「リネア、俺には戦う事以外に教えられるような事は無い。でも、今一つだけお前に教えられる事がある。それは、戦闘ってのは一度やらかした失敗はすぐに忘れるって事だ。戦闘は短時間の間に状況が刻一刻と変化していく。その変化に気持ちで負けちまえば勝てるものも勝てなくなっちまう」

「アクト君……」

「あーなんだ、何て言えば上手く伝わるのかねぇ……へこたれんな。このクソッタレな状況を生き延びる為、自分(テメェ)に出来る最善を一分一秒考え続けろ。良いな?」


 比喩が下手くそに過ぎる。本当に俺には戦闘以外取り柄無いんだなと、自分で言っておいて悲しい気持ちになってくるアクト。だが、そんな不器用な彼の言葉は伝わったのか、


「……うんっ!」


 アクトの言葉にリネアは強く応える。悔いるのは後で良い。今はこの少年の言葉に従い、自分に出来る全力を出し尽くすまでだ。弱気な気持ちを切り替えるべく、彼女は自分の両頬を強く張り叩くのだった。


「――でも、本当にこれからどうするの? 私達じゃあの死霊を倒すなんて不可能だし、かと言って異界の『揺らぎ』を探そうにも、あれだけ大量の分霊が居るんじゃ探そうにも探しようが無いんじゃ……」


 どれだけ気を強く持とうとも、実際に打開する手段が無ければ意味が無い。二人に突き付けられるのはどこまでも抗いがたい「不可能」の文字、それだけだ。だが、アクトは疲労濃厚な顔にニヤリと不敵な笑みをたたえ、その「不可能」に意を唱える。


「いや、手が無いわけじゃ無い。でもそれには十秒や二十秒じゃ済まないかなりの時間が必要だ。具体的にどれだけ時間が掛かるか分からないし、稼げたとしても成功するかは五分五分だ。ぶっちゃけ、片手が使えない状態でどこまで練り上げられるか……」

「方法があるの!? ど、どうやって?」

「俺がリネアを守る為に奴の懐に飛び込んだあの時……一瞬だけ見えたんだ。あのどデカい死霊を構成している『核』、がな」


 立ち込める凍気と冷気の嵐の中、彼は確かに見た。形こそ歪で不定形ではあったが、あの骸骨を模した白き死神の中心部に秘められた途轍もなく濃密な魔力の塊――アレこそが「氷結の死霊」を物理攻撃が可能な程に現実世界に存在を保っている「核」であると。


「俺の技の中で最大の威力を持つアレを使えば、奴の『核』をぶち抜けるかもしれない。だが今の俺の技量じゃ、準備にはかなりの時間がかかる。何とか上手くそれを稼げれば良いんだが……」

「……時間さえ稼げれば良いの?」

「ああ。奴の中心部を正確に射貫くには、アレが一番だからな。さて、どうしたものか……」


 ぶつぶつと必死に策を練っているアクトを リネアは一つの可能性に思い至る。そして瞬時に判断した。今こそ、()()」を呼び起こす時だと。自分の「性質」――「願い」に由来する()()ならば、彼の準備が終わるまでの時間を稼ぐことも不可能では無いと。


 今まではその必要が無かっただけで、起こし方は物心ついてからの十年以上の月日で何となく掴めている。後はそれをこの極限の状況の中で形にするだけだ。


 成功するかどうかは分からない。だがアクトは命を懸けて自分を窮地から救ってくれた。ならば、今度は自分がそれに報いる番だ。これはやれるかやれないかの問題では無い、やるしかないのだ。その為には先ず、


「アクト君、一つ頼みがあるの。私の準備が終わるまで、アクト君には先に時間を稼いでもらいたいの。そうすれば、私は必ずアクト君の準備が終わるまでの時間を稼いでみせる!」

「お、おい! いきなりどういう話だ? 何か策でも思いつ――」

「説明出来ない。多分今説明しても、実際に見ないとこれは絶対に理解出来ないと思う。私がやろうとしているのはそういう事なの。だからお願い、私を信じて!」

「リネア、お前……」


 これまでにない程に真剣なリネアからの頼みに、最初アクトは少なからず困惑するが……やがて、彼女の決意に満ちた表情にただならぬ何かの気配を感じ取ったのだろう。彼はリネアの頼みに対し、


「……分かった。良いぜ、乗ってやるよ!」


 無条件の信頼を託すのだった。


 ◆◇◆◇◆◇


 場所は変わって異界化空間の図書館――其処が結果的に異界を一周した果てに、二人が最終決戦の場に選んだ場所だった。廊下や薬品倉庫のような場所では、アクトがリネアを死霊から守りながら戦う場所も、奴が放つ致死の凍気から逃げられる場所も極端に少ない。


 死霊も自身の大きさを縮小しなければならないリスクを背負うが、万が一形勢が悪くなれば逃げられる可能性がある。此処は奴が生み出し支配する空間、そのくらいの事は考えておくべきだろう。だからこそ全てを引きずり出し、油断させた上での不意打ちで一撃で倒す、それが作戦だった。


「「……」」


 微弱な冷気が込められた白霧が漂う図書館にて、二人は無言のまま、ただその時が来るのを待つ。それぞれ自分なりの精神統一の仕方で、来たるべきその時に最良のコンディションを発揮出来るよう、ただひたすらに待つ。


 ――来る。


「「――ッ!!」」


 その瞬間、二人の周囲をより濃密な白霧が立ち込め始める。濃霧と化した白霧は勢いを留めることを知らずに増大し……やがて、氷点下を優に振り切った極低温の冷気を含む氷結地獄へと変化していく。そして、極寒の氷嵐の中より姿を現すは、骸骨の姿を模した巨大な白い死神――「氷結の死霊」。


 死霊が真に姿を現すと同時に、辺りの気温は更に際限なく下がり切っていく。もはや常人は生存不可能と化した図書館、氷獄の人外魔境にて、三者は決着を付けるべく相対した。


『Ahhhhhh-----』

「行くぞっ!!」

「うんっ!」


 剣士と魔道士、そして死霊――互いの生と死を賭けた最後の戦いが幕を開ける!


「来いや化け物ッ!」


 開幕直後、一番最初に動いたのはアクトだ。死霊の注意をリネアに向けさせないよう、彼は全力の大立ち回りを繰り広げる。先の戦いで無残に散った本棚などを駆使し、縦横無尽に駆けまわる。そんな彼に対し、死霊は小細工など真っ向から叩き潰さんと言わんばかりに巨腕による圧倒的な膂力と凍て付く冷気を以て制圧しに掛かる……が、俊敏過ぎる彼を捉え切れていない。


「頼むから急いでくれよ!」


 最後にその言葉を言い残し、死霊とリネアの距離を引き離すべくアクトはより一層激しい動きで死霊を攪乱していく。


「……」


 激しい戦闘を続けるアクトとは裏腹に、リネアはどこまでも静かだった。霜の降りた冷たい床に膝を付き、まるで何かに祈るように両手を組んで瞑想し続ける。


「……お願い」


 心を鎮めるリネアの脳裏をよぎるのは、先刻のアクトとのやり取りだった。彼には生れ落ちた時から備わっていたこの特異な「性質」を、感情の急激な起伏によるものだと説明したが、厳密にはそれは違うのだ。その過程で急激に感情が昂るだけで、実際にはもっと根底にあるモノ――どこまでも純粋で原始的な、「願い」だ。


 自身の願望だけで世界の法則すら捻じ曲げてあの謎の「騎士」を召喚してしまう……なるほど、実に魔道士らしい力だ。あの天才少女といつも一緒に居たせいか、魔法の才能はまったく無いと思っていたが、どうやら自分も捨てたものでは無いらしい。ならばそれに準じよう。この限りなき「願い」と力を以て、あの不器用な優しき少年に報いよう。


(お願い、力を貸して! 思えばあなたは私が怒った時、悲しくなった時、いつも傍にいてくれた、私を励まそうとしてくれたよね! だから今度もお願い! 私の命を助けてくれたアクト君を、今も必死に戦ってるアクト君を守る為に、あなたの力を貸してッ!!)


 この力に呪文なんて便利な物は存在しない。だがそれ故に単純で、それ故に強力無比。炉にくべる「願い」は、あの少年を守るという「守り」の祈り、燃やす炎は総身を巡る大量の魔力。それら全てを燃やし尽くし、事象を歪めた現実とする。リネアがありったけの「願い」と魔力を込めて祈ったその先には――


「……あぁ、ちゃんと来てくれたんだね……」


 目の前に現れた「聖騎士」の存在に、リネアは安堵の溜め息を吐くのだった。


「――はぁ、はぁ、くっ……!」

『Ahhhh----』


 アクトと死霊の激闘にも大きな変化があった。ある時を境に、死霊の猛攻をやり過ごすアクトの回避のタイミングがかなり際どくなってきたのである。別に死霊の狙いがよくなったわけでは無い。それとは真逆にアクトの動きが急激に落ちてきている結果だった。


 アクトの動きが落ちた理由……それは、一重に過剰な疲労によるものだった。彼は右手を凍傷によって使えない上に、その負傷と疲労の溜まった体で激しい戦闘を続けたのだ。時間にして五分、彼の動きが悪くなるのは当然の道理だった。


 動きの低下は判断の低下を生み、そして致命的な失敗(エラー)を連鎖して引き起こす。床に吹き付けられた氷獄の嵐を避けるべくその場で大きく跳躍したアクトは、宙で無防備な隙を晒してしまう。生まれるべくして生じたその隙を、目聡い死神は決して見逃さない。


「Ahhhh----!!』

「チッ!!」


 今度は逃さないよう学習したのか、死霊は凍気放出ではなく白き巨腕に極低温の冷気を纏って振り下ろす。逃げようにも足場など無いアクトは咄嗟にアロンダイトの腹を構えて防御姿勢をとるが、


「がっ!?」


 脆弱な人の身に抗いきれるわけもなく、アクトは砲弾の如き速度で薙ぎ払われ、本棚の残骸に叩きつけられた。空中からほぼ垂直の角度で激突したアクトは徹底して頭部だけをガードし、意識を刈り取られることだけは避けられたが、落下による衝撃と右腕に負った負傷の悪化によって即座に立ち上がるのは不可能だ。


「くそっ……まだ、終われるかよ……ッ!!」


 それでも尚、アクトは体を動かそうと必死に激痛走る体に鞭を打とうと奮起するが、白き死神はそんな彼を嘲笑うかのように悠然と近寄り、確実に止めを刺すべく集束凍気の波動を放とうと冷気を集め始める。


「まだ、だ!!」


 心なしか薄く嗤ったような気がした残酷な「氷結の死霊」は、自分という「死」に歯向かった愚か者に処刑宣告を下さんと、死神の鎌を振り下ろす。放たれる極寒の凍気、血液はおろか命すらも凍らす氷の鎌は、アクトを完全に飲み込んだ――筈だった。


「クソがああああぁぁぁぁ……あ?」


 死を覚悟し、断末魔にも似たアクトの叫びは次第に小さくなっていく。というのも、何時まで経っても命と魂を凍らす致死の冷気が襲い掛からなかったからだ。思わず閉じてしまった目蓋を徐々に開けていくと……其処には、純白の「聖騎士」が立っていた。


 身長はアクトより一回りも二回りも大きな巨躯。黄金に輝く優美な装飾が施された外套付きの純白の騎士鎧、顔面全体を丸々覆い隠す旧時代的な造りの羽根冑、その純白の装いに纏われた薄暗い図書館を照らす神々しき金の輝き。まるで神話上の存在が現実に飛び出て来たかのような超然で神秘的な存在が、今まさに自分の目の前に居た。


 金色の輝きを纏う純白の「聖騎士」は、アクトを守るような位置で死霊の前に立ち塞がり、その手に携えた立派な騎士盾と大剣を構えている。明らかに何らかの魔法によって召喚されたモノだ。


「こ、コイツは……?」

「私の半身そのものだよ」


 謎の「聖騎士」の突然の登場にアクトが思わず困惑していると、その背中にリネアの声がぶつけられる。振り返れば、彼女は全身から「聖騎士」が纏うのと同じような金色の魔力光を溢れさせながら彼の元に歩み寄って来た。


「半身……?」

「そう。私の魔法適正を利用して呼び出した疑似存在。コレが私の『性質』の正体。正直、上手くいくかどうかは分からなかったけど、物事はやっぱりやってみるに限るね。そうすれば、学院が襲撃された時にももう少し役に立てていたと思うんだけどね」


 とめどなく溢れる金色の光、どうやら「聖騎士」に向けて供給されているらしい魔力を滾らせ、リネアは疲弊の溜まった表情に若干の苦笑を浮かべる。


 リネア=エルレインが持つ特異な魔法適正――それは、「異能(ギフト)」と呼んでも差し支えない「心意の増幅・具現」。術者が表層意識から深層意識にかけて強烈に意識した願望を、心象風景を通さずに直接現実へ反映し、事象を歪めるという、ある意味最も魔道士らしい能力。


 本来ならば魔法であっても到底有り得ないような非現実を現実にしてしまう、非常に強力な力だ。それは術者の「願い」次第で幾通りにも変化し、「願い」の在り方次第で万人を救う力にも万人を殺す力にもなり得る諸刃の剣。


 あまりに特異な

能力であるが故に、この力の正体はリネアの両親を始めとしたごく一部の学院関係者にしか伝えられていない極秘事項となっている。だが今、彼女は誰にも教えられることなく自分の力でその境地に辿り着いた。故に、最早誰にも真の意味で彼女を止めることは出来ないだろう。全てを捻じ曲げる願いの力で道を己が切り開く、それこそが魔道士の本懐なのだから。


「聖女」という言葉は学内での彼女を讃える一つの別称に過ぎないが……言葉一つで純白の「聖騎士」を操る彼女は、まるで神話に登場する本物の「聖女」のようだった。


「これこそが、私の心を具現化した一つの形! 私の半身でもあり、私だけの騎士!」


 純白の聖騎士を後光の如く後ろに従え、聖女は高らかにその名を宣言する!


「その名を――『聖女ノ守護騎士(パラディオス)』ッ!!」



読んでいただきありがとうございました!よろしければ評価・ブクマ・感想・レビューの方、お待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ