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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
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29話 誓い~主と騎士と~

 

 ――それは、遠い昔、自分達の家族が()()平和だった時の話。


 ある日、何時ものように家族揃って夕食後の談笑に興じていると、父が唐突にこのような事を自分と、二つ上の姉に言ってきた。


「ルミナリス、コロナ、誇り高き炎の大家であるイグニス家を継ぐ為に二人が魔法の修行を始めてから随分と月日が経った。二人の魔法の才は素晴らしい。これなら私も心置きなく後を任せられるというものだ。なあ、母さん?」

「ふふふ、そうね。この子達なら、いずれは立派な魔道士になるでしょうねー」


 時に厳しくも聡明な父・べレヌスと、優しさの塊のような母・シェーレに褒められ、自分達姉妹は大いに喜んだものだ。


 幼少期より施された魔法修行は辛く感じる時も多々あったが、全ての魔道士の規範たれ、という責を重いとは思わなかったし……何より当時の自分としては、何かが出来るようになる度に褒めてくれる両親の存在が大きかったと思う。


「この話は時期が来たら話そうと思っていた事なんだが、これから成長してやがてイグニス家を支える存在になるお前達二人には、いずれ自分の存在を託せる一人の『騎士』を探して欲しいんだ」

「騎士様……? そ、それは、お婿さんの事なのでしょうか?」


 丁度、年頃の姉が頬を薄く朱に染めながら問う。あの頃の自分には何の事かさっぱり分からなかったが。


「何を言うんだ!? お前達は嫁には絶対に出さん! もしお前達に言い寄ってくる輩が居ると言うのなら、私が持つ魔法技能の全てを駆使して焼き尽くしてくれるわ!」

「まあまあ、貴方ったら。二人ももう年頃の女の子なのだし、そろそろ子離れしなきゃダメよ」


 時々おかしな方向にこじれる父の親バカを母が優しく(たしな)める、このやり取りは自分達の日常風景の一部となっていた。


「ゴホンッ! いや、そういうものじゃ無いんだ。帝国貴族の間には、昔から『主と騎士の契約』というものがあってね、今じゃ廃れて久しい文化だが、私達イグニス家は代々それを取り入れているんだ。日々、気高く全ての帝国民を導く存在でありながら、様々な責務に追われる貴族は一個人が担うには重過ぎるモノだ。そんな私達に主従を誓い、いつ何時も傍で支えるのが『騎士』の役目なんだ」

「私達の場合、通っていた魔法科学院で、両親を失って行く当ての無かった私を『騎士』として見出してくれたのがお父さんなの。それからは長い時間を一緒に過ごして、次第に私達はお互い恋に落ちて……この人ったら、私を『騎士』にするって言った時のあの口説き文句は一生忘れないわ」

「し、仕方無いだろう!? 魔法の研鑽にかまけてまともな学生の感性など持ち合わせていなかった私にとって、あの時の君は美し過ぎた! 正直、一目惚れだったんだ!」


 娘達を差し置いて勝手に惚気始める両親。こういう事は日常茶飯事だったので気には留めなかったが、母も父に負けず劣らずの優秀な魔道士だったので納得がいった。


「という訳で、別に『騎士』に男性も女性も関係無いのよ。将来、貴女達には‟この人しか居ない”って人を見つけて欲しいわ」

「うーん……よく分からないですお父様!」


 母の慈しむような微笑みに、難しそうな顔をしながら姉は頭を抱えていた。当時、まだまだ子供だった自分に関しては、終始まったく意味の分からない話にパンク寸前だったのだが……


「ははっ、今は分からないかもね。でも、コロナとルミナの前にもいつかそういう人間がきっと現れる筈だよ」


 そんな事を言いながら、父は自分達に向けてどこまでも優しく、穏やかに微笑んでいた。あの時の父の顔は既に亡き人となった今でも、この話と共に記憶に鮮明に焼き付いていた。それから暫くの月日を経て訪れた、「黒い炎」の記憶と共に――



◆◇◆◇◆◇



「――どうだ、やったか……!?」

「こ、こんな時にフラグ立てるんじゃないわよ……」


 二つの膨大な魔力の衝突で全てが吹き飛んだ礼拝堂にて、アクトは顔を疲弊で満たしながら呟く。今しがた全ての力を出し切って「奥の手」を解放した彼は、聖剣を振り下ろしたまま動けないでいた。


(手ごたえはあった。幾ら魔導義体と言っても、あれだけの攻撃を喰らえば姿形すら残らないだろうが……)


 その目が見据える先は、極光に飲まれ姿を消したヴァイスが立っていた礼拝堂に続く入り口であった。


カリバーンの「奥の手」――《極光輝く破邪の聖宝剣(エクス・カリバール)》は、建物の壁面を文字通り消し飛ばし、作られた巨大な風穴からは外を見ることが出来た。今はまだ無事だが、これだけ破損が進めばいずれは建物ごと崩壊しかねないだろう。


「アクト、大丈夫……? うっ……」


 戦いの結末を見守っていたコロナがおぼつかない足取りでアクトの元に歩み寄ろうとするが、不意に強烈な脱力感が彼女に襲い掛かる。彼女も「魔力枯渇症」に陥り、アクトに負けず劣らず限界だ。眩む視界にコロナはその場に崩れ落ちそうになるが、


「っと危ねぇ。おいおい、お前の方こそ大丈夫か?」

「え、ええ。……悪いけど、もう少しこのまま頼むわ。もう限界……」


 間一髪のところでアクトが彼女を抱きしめ、自分の肩を貸す。普段ならこんな体勢、直ぐに振りほどくのだが、それをする元気すら無いので、コロナは素直に甘えることにした。


「お? 珍しく素直じゃねえか。それとも、暴れる余力も無いか?」

「うるさいわね。アンタこそ、今にも死にそうな顔よ?」


 お互いに苦笑しながら二人が軽口を叩き合っているその時だった。


「まさか、僕のグラムが力負けするとは。君は、君達は本当に規格外な存在ですね……」

「「……ッ!」」


 崩れた壁の向こう側から現れる人影――ヴァイスは、全身ボロボロの状態でアクト達を忌々しそうな表情で睨む。見れば、彼の体は機械の右腕が()()しており、戦闘中は右手で持っていた魔剣を左手で杖代わりにして持っている。


「嘘でしょ……!」

「テメェ、まだ生きていやがったのか……!」

「ギリギリでしたがね。このままではグラムもろとも消し飛ばされかねないと思ったので、その寸前でグラムに斜め方向の力をかけて強引に軌道を曲げたのですよ。君が散々馬鹿にした『人工魔眼』を使ってね」


 戦慄の表情で自分を睨むアクト達に、ヴァイスは冷や汗を流しながら語った。アクトがやってのけたような誘導には弱い「人工魔眼」だが、本来の用途通りに使用すれば性能通りの驚異的な力を発揮するのだろう。


「まだ()るか? 言っておくが、俺もコロナもまだ戦闘を続けられる程度の力は残ってるぞ。最後の最後に苦肉の策で右腕失いながら命拾いした奴が、俺達に勝てるとは思えないが?」


 虚勢を張りながら強がって見せるアクト。本当は、二人は既に限界でヴァイスが死ぬ気で突貫して来れば成す術は無い。このやり取りが彼らの命運を分ける……肌が擦れるような緊迫の空気が三人の間に流れ――


「……止めておきましょう。どうやら、今の僕では君達を相手にするには少々荷が重過ぎるようだ。既に我々の『目的』は達成されていますし、君達の相手は今度にしましょう」

「目的……?」

「おい、目的って何だ!?」


 含みのある単語を口走ったヴァイスにコロナは怪訝な表情を浮かべ、アクトは直球で彼に問いただそうとするが、当然聞き入れる訳もなく、ヴァイスは彼らに背を向けて歩き出す。


「ですが、忘れないでください。いつか必ず、僕は再び君達の前に現れる、君達が帝国に与する限り、僕は君達に刃を振るう。その時まで首を洗って待っておくことですね。では……」


 去り際に、再開を予感させるそんな言葉を残して――


「うっせ! 二度と現れるんじゃねえ!」

「ちょっと、折角引いてくれのに煽ってどうするのよ!? アタシ達ももう限界よ!」


 自分から引くクセに、わざわざ意味深な言葉を残す人種が大嫌いなアクトが怒号を上げ、コロナが慌てて制する。今戻って来られたらたまったものじゃない。


「……どうやら、本当に行ったようね」

「だな……あぁ~~疲れた……」


 ヴァイスが消えてから暫く二人は警戒を続け……誰も来る気配が無いのを確認すると、引き締まっていた場の空気が途端に弛緩し、アクトはコロナを床に降ろすと、その場に警戒も何も無く思いっ切り寝転んでしまった。


「お前もやってみろよ。今ならお前が天井に開けた穴のお陰で空が見放題だぜ。おっ、太陽出てきたぜ」

「呑気ねー。でも、少しだけなら……」


 アクトの誘いに乗り、コロナも続いて床に横になった。連戦に次ぐ連戦の末に激闘を繰り広げた所為か、寝転んだ瞬間に急激な眠気と疲労感が生じてきた。いっそこのまま眠ってしまいたくなる程の……


「……はっ!? ダメダメ寝ちゃだめ! まだ此処は戦地の中なんだから……!」


 危うく途切れかけた意識を、頬を小さく張ることで繋ぎ止めたコロナは上体を起こす。体を休める事には同意だが、横になれば眠りかねない。その点、アクトは流石と言うべきか、最低限の警戒を保ちながらも体力を最大限回復させる術を心得ている――


「……ぐぅ」

「寝るなぁああああああああッ!?」


 コロナがアクトの胸倉を掴み上げて、うがぁ! と怒号で捲くし立てる。


「……あ? 何だよコロナ。良い気持ちだったのによ……」


 こめかみに青筋を立てながら自分の胸倉を揺らしまくるコロナに、アクトは目蓋を擦りながら恨みがましい視線を向ける。


「良い気持ち、じゃないわよ!? 今の状況分かってるの!? 戦闘中よ、戦闘中!!」

「そんな事言っても、こっちはもう歩く気力すら無いんだ。ちょっと休ませてくれるぐらい、連中が信仰してる『神様』ってのも見逃してくれるだろうよ」

「ヴァイスが戻って来なくても、他の『信徒』とかいう白ローブの連中が襲ってきたらどうするのよ!?」


 そんな会話を二人が交わしていると、アクトが持っていた聖剣が眩い金色の光を放ち……光が収まった先には聖剣の原型となった彼の愛剣・アロンダイトと、学院の制服姿の銀髪の少女――エクスが現れた。


「お疲れさまでした、マスター。現在は『憑依化形態』から『通常形態』に移行、マスターと私との魔力回路及び魂魄の同調に支障はありません。マスターが戦闘不能の間、私が周囲の索敵を担当させていただきます」


 無感情な顔で淡々と事務事項を告げるエクス。どうやらこの精霊、戦闘や索敵まで何でもござれのようだ。こんな言い方は本人には悪いが、凄く便利だなと心の中でアクトは思う。


「おう、エクス。お前にも散々無理をさせちまったな。でも、ほぼぶっつけ本番にしては中々上手く行ったとは思わないか?」

「はい。ですが、マスターは私の扱いに苦戦されている様子。私含め、更なる鍛錬が必要かと思われます」

「……そうだな。俺もまだまだって事だ。それと悪いな。いつもの状態なら魔力供給が必要なんだろうけど、あいにく、魔力も何もかもすっからかんなんだ」

「心配ありません。契約者からの魔力供給が不足している際は自動的に感情凍結の後、表層意識を休眠状態に……うにゅ……」


 次第に声が小さくなっていったエクスは突如、プツンと意識が切れたように体をグラつかせて床に寝転ぶアクトの胸に落下し……そのまま小さな寝息を立てながら眠ってしまった。


「なるほど、俺の魔力が無い時はこうやって休眠状態になるのか……なっ? エクスも索敵はしてくれてるみたいだし、どうせ俺達はもうボロボロなんだ。ここは割り切って、連中が襲ってきたらそれまでって事にしておこうぜ」

「それまでって、さっきまで未来がどうとか言ってた奴の台詞じゃ無いわね。……まぁ、エクスが言うのならお言葉に甘えた方が良いのかもね。それでも警戒は怠らないけど」


 それからは、実に静かな時が流れた。不思議と外から戦闘音らしき雑音も生じず、辺りが静寂に包まれていた。時間にしては十分にも満たない僅かな間、アクト達は一言も発することはなく、ただ天井に空いた穴から垣間見える晴天を眺めるのみだった。この程度の時間、休息も何もあったものでは無いが、彼らにとっては心安らぐ十分間だった。


「……今更だけど、何とか生き残れたわね。他の生徒……リネアは、先生や皆は無事なのかしら?」


 そして、上体だけを起こすコロナが初めて口を開き、静寂を破った。


「大丈夫だろ。あそこには教師陣や戦闘経験のある他の三年次生とかも居る。その気になれば守護者(ガーディアン)召喚とか魔法罠(マジック・トラップ)なり何なり出来る訳だし、陣地作成に優れた魔道士が防衛戦で負ける道理はねえよ」


 手練れの魔道士が作った防衛陣地など、この世で最も近づきたくも無い場所だ。規格外の力を持つ者を除けば、基本的に魔道士は「攻め」より「守り」の方が得意なのだ。


「確かにね。まったく……とんだ化け物だったわね……でも、アタシ達があの化け物剣士を退けたことで、誰かの命を救えたのなら、報酬としては上々だとは思わない?」

「……そうだな。正直、俺一人の力じゃ、奴を倒すなんて到底出来なかった。だから、まぁ、あの時俺に手を差し伸べてくれたのは、感謝してるよ」


 寝転ぶアクトが思い返すのは、倉庫内での出来事だ。今思えば、彼女が自分にした強烈な張り手が、自分の凝り固まった呪いにもにた意識を根底から覆したような感覚がする。


 ……多分、自分は心の何処かで終わりを迎える場所を無意識に探していたのだろう。「彼女」を失い、戦友達を捨て、ひたすらに己を鍛えることでしかその後悔と悲哀を紛らわせることが出来なかった愚かな自分を終わらせてくれる何かを探していたのだ。こんな、誰かから奪ってばかりで何かを生み出すことも、誰かを救うことも出来ない無意味な人生に終焉をもたらしてくれる何かを。


 そんな自分は終ぞ未来を見据えるなんて真似をした事が一度も無かった。笑える話だ、前を向けと自分が契約した精霊に言ったばかりなのに、その当人が一番考えていなかったのだから。だが、この赤髪の少女が自分に示してくれた「未来を生きる」、最初は漠然としていたものも、激闘を終えた今なら分かる気がする。


(……そうだよな。人間って生き物は、もう取り返しのつかない過去に向けて生きるより、まだ分からない未来に向けて生きようとする方がずっと強く在れるもんだ。俺が、俺達がヴァイスの野郎に勝てのも、ただひたすらに前を向いていたから……)


 過去を忘れろとは言わない。時として過去は今の自分と向き合い、より良い未来を生きる為の原動力になる。だが、それに囚われてはいけない。何処まで行っても過去は過去、昔の事だけは変えようが無い。それがどれだけ意地汚く、醜いものだとしても、変えたいと願うならば不確定の未来に飛び込むしか方法は無いのだから……


「ねえ、『あの約束』の事、勿論覚えてるわよね?」

「……ああ、無事にこの戦いを切り抜けることが出来れば、お前の『騎士』になるって話だろ?」


「信徒」の襲撃によってあの時はうやむやになったが、「主と騎士の契約」――主であるコロナに仕え、その傍で彼女を支えるという話だ。代わりに自分は彼女から進むべき道と居場所を与えてくれると言う――


「それで? 考えてはくれたの?」


 コロナの期待を込めた眼差しに、アクトは何処か思い詰めたような表情で語りだす。


「これはあくまで想像……いや、断言出来る。この先、俺が歩んでいく道にはきっと、数えきれない戦いと無数の『死』が待ってるだろう。『主』とか『騎士』ってのが何なのか俺にはまだよく分からんが、俺とお前が近しい関係になれば、必然的にお前を否応なく『こちら側』に巻き込んでしまうかもしれない……」


 そもそも、自分がコロナと出会わなければこんな惨事に巻き込まれる事も無かったかもないのだ。()()()()()()()()()、切っても切り離せない修羅の道、それがアクト=セレンシアが生涯背負う「業」なのだ。


「お前ならもっと良い奴を見つけられるよ。それこそ、こんな血に塗れきった人斬りのクソ野郎なんかよりよっぽど良い奴をな……」


 コロナ=イグニスは魔道士ではあるが、まだ「あちら側」の存在、当たり前の平和な日常を享受出来る存在だ。そんな彼女を、絶対にロクな結末にしかならない悲劇の道に引き込むのは違う気がしてならなかった。故に、彼はこの誘いを断ろうとしたのだが……


「……馬鹿ね。アタシがそんな事で拒むと思ってるの? 面倒な性格のアンタの事だし、今までも、そしてこれからも厄介事を持ち込んでくるでしょうね……上等よ! イグニス家を継ぐともあろう者が、従者が持ち込んでくるものの一つや二つ一緒に抱えられないでどうするってのよ!」

「……!」


 バッといきなり立ち上がり、燃えるような赤髪をかきあげて堂々と言い放つコロナに、アクトは思わず瞠目する。小さな犬歯を見せながらニヤリと不敵に笑う彼女の姿は、彼には何故か太陽のように眩しかった。


「アンタが抱えている沢山の厄介事を含めて、アタシはアンタが良いって言ってるの! アンタがまた一人で重いモノを背負うと言うのなら、アタシが一緒に背負ってあげる。アタシが困っていたのなら、アンタがアタシを支えてよ! だから聞かせて、アクト=セレンシア。過去の事とか未来の事とか関係無く、今、アンタは一体どうしたいの?」

「……」


 彼女の誘いを口で拒むのは簡単だ……だが、これは逃げられないな、とアクトは心の中で思う。頭ではなく心が、‟この少女でなければダメだ”と叫んでいた。


 ……以前、アクトはコロナの事を嵐のような人間と評した。ただ其処に居るだけでで場を良い方向にも悪い方向にも大きくかき乱す存在と。今、彼にはその正体が何なのか少し分かったような気がした。


 コロナは「太陽」そのものなのだ。勿論、例えというだけで空に浮かぶアレでは無い。場を乱すのは結果的に彼女の性格が絡んでそう見えるだけで、その本質は意図せずして他者を惹き付ける才能、万人を導く強烈なカリスマ性だ。丁度、全ての生物に等しく温かな光を降ろすあの恒星(ホシ)のように。


 そして自分自身もまた、その巨大な輝きの引力に引き寄せられた一つの(ホシ)なのだろう。一度捕えられれば、どれだけ拒み離れようとしても、決して逃れられない灼熱の腕に――


「……言っておくが、俺はお前が思ってるより遥かに面倒な人間だと思うぞ。お前のちっせぇその背中に、俺という存在を乗っけられるだけの力があるって言うのかよ?」

「当たり前でしょ。もし、アンタの前に大きな障害が立ち塞がると言うのなら、アタシの全能力を使って一緒に焼き尽くしてあげる。だから、アンタも全能力を使ってアタシの前に立ち塞がる障害を斬り壊しなさい。それとも、アンタ程度じゃ荷が重かったかしら?」


 コロナの挑発的な言葉にアクトはフッ、と口元を緩める。この事あるごとに何故か自分の神経を逆なでしてくる強気な少女に煽られては、彼もそれに応じない訳には行かなかった。


「はっ、お前一人の存在くらい、片腕だけでも抱えて見せるぜ。……上等だ。お前の誘い、乗ってやるよ。で、『契約』なんてどうやってするんだ?」

「……そっ、なら良いのよ。もう廃れて久しい文化だから、正式な手続きとかも残って無いわね。でも、どんな契約にも貴族は皆決まって同じ事をするわ。こんな風にね……」


「契約」が成立したにも関わらず何故か素っ気無い態度のコロナは、おもむろに自分の右手をアクトに向けて差し出してくる。握手するにしては少し低い位置……「信徒」に襲撃を受ける前、倉庫内で彼女が最後に行った仕草だ。


 彼女がとったこの行動から自分がすべき事……世俗や貴族の文化に疎いアクトでも容易に分かることだった。何故ならそれは、自分が幼少期の頃に親代わりだったエレオノーラに一度だけ読んでもらった童話の、最も印象に残っていた部分なのだから。


「大師にして祖・聖火アグニスの名の下に我、コロナ=イグニスは『主』として汝、アクト=セレンシアを『騎士』として迎え入れるわ。如何なる時において、我が炎は汝の為に、汝が剣は我の為に、我は汝を導く道標とならん……『騎士』として最期のその時までアタシの傍で戦いなさい!」

「……了承した。我、アクト=セレンシアは汝、コロナ=イグニスの『騎士』となりて、あらゆる障害の悉くを斬り伏せる一振りの剣とならん……このじゃじゃ馬の剣、使いこなせるものなら使いこなして見せろ」


 互いに誓いを済ませ……アクトは目を閉じながらコロナの前に傅き、伸ばされた彼女の手に自分の手を添え、そっと静かに口付けするのであった……


 ……後にこの「契約」は、二人の運命を大きく変えることになる。時に歪み、時に捻じ、世界すら混乱に陥れる大波乱を巻き起こすこの運命に、彼らは否応無くその身を投じていくことになるのだが……最後まで、彼らは自分達の選択を後悔はしなかったそうな――



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