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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
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16話 目覚めると其処には・・・・・・

 

「――ん? 此処は……夢? って、夢を認識出来る時点でおかしいか」


 何処までも続く暗闇が支配する空間――夢の中で、アクト=セレンシアは目を覚ました。服装は寝間着のままで、両足は裸足とラフな格好だった。彼自身、眠りに落ちたかと思えばこの有様だったのだ。


 夢の中で意識があるなど明らかに異常。彼は直ぐに自分が置かれている状況を確認する為に周囲を見回すが、


「……何も無えな。しかも、この感覚……」


 見渡す限りは、一面の‟黒”。本当に何かがある訳でも無い無限の暗闇のみだった。それに加え、アクトは自分が二の足で立っていない、一種の浮遊状態にある事を遅れて認識する。


 この未知の状況に、常人なら恐怖や不安で泣き叫ぶか、そうでなくとも、まともな思考などロクに働かせられないのが普通だが……


「マズいな……こう足の感覚が無いと、いざという時に踏ん張りが効かねえ。得物は無いが、最悪拳でも……」


 何処までも戦闘脳、というか何時ものアクトだった。魔力を熾すことは出来ないが、体は十分動かせる。彼が未知なる敵との遭遇に警戒心を深めていたそんな時だった。


「――ッ!?」


 突如、身の毛もよだつような凄まじいプレッシャーがアクトを襲った。


(目の前に、何かが居る……!)


 姿は見えない。だが、確実に「何か」が居る。この暗がりの中を彷徨う自分の目の前に、自分の想像を絶する存在が居ると彼の本能が告げていた。しかも、


(この感じ……覚えがある。あの時、俺の後ろに現れた「何か」だ!)


 尋常でないプレッシャーなのに、敵意が微塵も感じられない謎の気配――校内戦一回戦の前日にアクトが遭遇した得体の知れない「何か」だった。


 更に、不可解な出来事は終わらない。


「あ? 何だ、あの光……?」


「何か」が放つプレッシャーに嫌な汗を流すアクトの目の前に、一筋の光が差し込む。それはさながら、真っ暗な夜空に浮かぶ一つの孤独で儚い星のようだった。


「うおっ!? ちょ待っ――」


 その光は加速度的に眩さを増して広がっていき、暗闇の領域を飲み込んでいく。眩しさのあまり両目を閉じて手で覆ったアクトも例外ではなく、謎の浮遊感に包まれながら光の奔流に飲まれていき――


「――は?」


 気付けば、アクトは全く見知らぬ場所に立っていた。だが、先程の暗闇の空間のような浮遊感は無い。むしろ、しっかりと二の足で地面を踏みしめている感覚すらあった。しかも、気付けば彼の服装は寝間着から、何時もの学院の制服に変わっていた。


「何なんだ、マジで……」


 次々と起こる謎の現象に、気だるそうに呟くアクトの視線の先には、視界一杯に木々が生い茂る深き森があった。時刻的には夕暮れ時だろうか、温かな日の光に照らされて僅かに紅く見える広葉樹はその輪郭をより際立たせて生い茂り、その枝には見たことも無い鳥たちが仲睦まじい様子で合唱している。


 穏やかなそよ風が吹いた後は。鳥たちが一斉に飛び立ったと同時に紅い木々が次々とざわめき、また彼らが舞い戻るという、ある種の円環性が成り立っていた。


 夢にしてはあまりにもリアルすぎるその景色を前に、アクトは一つの可能性に至る。


「……そういえば、最近授業でやったな。もしかして、これは誰かの精神世界なのか?」


 ――人間なら誰しも一度は見る「夢」とは、霊的・魔法学的にも非常に興味深い位置づけをされている。


万象生命(ライフ・ソング)」――人間を始めとする、この世界に生きるありとあらゆる生物は、精神の奥深くで世界その物と繋がっている――現代魔法学の基礎に基づき、魔道士は深層意識に自らが描く心象風景を描くことで魔法を発動する。


 そして「夢」とは、‟人間が睡眠状態――無意識状態の内に描く、固有の心象世界”だとされている。実際に質量を持って顕在している訳では無いが、深層意識にある魂――「精神体」ではある意味、一つの世界が創生されていることになる。


 人間は誰しも心の中に自分だけの世界を持っているのだ。この考えは魔道士の心象風景構築にも大いに影響している。


(これは多分……‟心象世界の逆行性混同”、だな)


 睡眠状態にある間、人間は無意識的に「意識の帳」と呼ばれる、「精神体」にある一種の精神防壁によって世界からの干渉を防ぐ。


 無意識状態において人間は世界に干渉出来るが、その逆は出来ない……だが、たまにあるのだ。意識の波長が合う者同士が、繋がった世界を通して「意識の帳」を乗り越え、互いの心象世界に干渉してしまう事が。


 つまり、今のアクトは自分の夢を見ているようで、実は何処の誰とも知れない者の夢に迷い込んだのだ。


(それなら、この妙にリアルな景色も、地面や周囲の空気に匂いを感じるのも意味納得だ)


 この夢の本来の主が実際に見た景色や感覚などを、アクトはそのまま追体験しているのだろう。


「とりあえず、歩いてみるか。……ご丁寧に道もしっかり用意してくれてるみたいだからな」


 何にせよ、これだけ鮮明な世界だ。只、何処の誰とも知れない者と波長が合っただけではあるまい。自分がこの世界の主に何らかの理由で引き込まれたのなら、それを解消しない限り、この世界から抜け出すのは難しいだろう。


 そんな事を考えながら、アクトは足の踏み場も無い程に茂った草木の隙間を縫い、先に進む。


 ――二十分は歩いただろうか。鬱蒼と茂る森の中を、草木の隙間に作られた道を歩き、何かに導かれるようにしてアクトは歩く。不思議な事に、夕日は一向に沈む気配が無く、木々の合間から彼を何時までも照らしていた。そして、森を抜けて視界が一気に開けたその先には、


「おお……」


 目の前に広がる景色を前に、思わずアクトは感嘆の声を漏らす。其処に広がっていたのは、周囲を紅く色づく樹木と山岳地帯に囲まれた広大な湖だった。透き通った水は夕日を受けて橙色に淡く輝き、湖面には沢山の水鳥たちが優雅に泳いでいる。こんなに幻想的で美しい湖は世界に幾つと無いだろう。


「……眺めてても仕方無いよな。よし」


 アクトはそんな湖から程離れた所にある切り立った断崖の上に居た。作られた道が此処で途切れたという事は、この湖に何らかの目的があると判断したアクトは、割と高めな位置にある断崖からひょいと飛び降りた。


 身軽な動作で手近な岩を足場にして蹴り、あっという間に下まで辿り着いた。魔力は無くとも、アクトにとってはこれくらいなら造作も無い事だった。


「こんな場所が本当にあるなら、一度くらいは訪れてみても良いかもな……ん? あれは……」


 崖から降りた後、夕日に照らされた湖を眺めながら、ゆっくりと湖畔を歩いていたアクトは、自分から少し離れた所に二つの人型を目撃した。湖に見とれていたので気付くのが遅れたのだ。まだ遠目なので正確な人相などは分からないが……一つは彼より少し高い身長の男性、もう一つはそれに対してかなり小柄な子供、髪は長めなので少女だろう。


(あれが、この心象世界の主なのか……?)


 どうやら、二人は遊んでいるようだった。何処かの民族衣装だろうか、独特の装飾や紋様が描かれた衣装を着た少女が水遊びを楽しんでいるのを、岸辺の砂場に座っている男性がそれを嬉しそうに眺めていた。


 一つ不可解なのは、これだけ近寄ったにも関わらず、二人がアクトに全く気付く素振りが無い事だ。おまけに声も聞こえていない。


(……どうやら、今の俺は肉体を得てこうして歩ける立場でありながら、視座的には第三者視点の光景を見せられているようだな)


 つまり、この世界においてアクトは完全な除け者、世界の外側の人間という事だ。ならば、何故この世界の主は彼を自身の心象世界に引き込んだのか。


 やがて、一しきり満足したのか、衣装を水でビショビショに濡らしながら少女が湖から上がって来る。年齢は十歳前後だろうか、水滴の付いた癖毛一つ無い美しい銀の長髪を背中まで垂らし、幼げで中世的な表情に理知的な瞳……神が恵たもうた理想の造形。正直、アクトでさえ思わず見惚れてしまう程の絶世の美女だった。


「――楽しかったかい? ■■■」

「はい。たまにはこういう子供じみた事をしてみるのも悪くは無いですね。私達は『識る』存在、どんな些細な事でも知識として共有するのが役目ですから」

「見た目が完全に子供な君がそれを言ってもねぇ……ほら、早く拭かないと風邪を引いてしまうよ。折角の衣装もこんなに濡らして…‥‥」

「大丈夫です。あくまでこの姿は貴方魔力によって作られた物。風邪などという人間が患う物などとは無縁わぷっ」

「はいはい。そういう問題じゃ無いからね」


 透き通るような美声で頑なに断り続ける少女を、男性は優しい声音で咎めながら少女の体をタオルで丁寧に拭う。少女が絶世の美少女ならば、男性もかなりの美青年だ。


 年齢は二十代後半、肩口辺りまで伸ばした茶髪に穏やかな顔つき、けれどその瞳には燃え滾る自信が漲っていた。白と赤を基調にした騎士装束の下には、筋骨隆々とした鋼の肉体を秘めているのが分かる。


(……強いな、この人。多分、俺よりも……)


 此処は心象世界、夢の中に出て来る人間も所詮は幻想であり、気配や殺気などは微塵も感じられない。……だが、優れた武人であるアクトは一目見ただけで分かった。この青年は自分より遥かに多くの戦場・修羅場を渡り歩き、自身を極限まで高めた生粋の武人である事を。


「……はい、一丁上がり」

「ぷはっ、いきなり何をするのですか、■■■」


 ようやく青年の腕から解放された少女は、美しい銀髪をぼさぼさにしながら真顔で問う。だが、心なしかその鉄仮面のような表情の片隅に「不機嫌」の感情が滲んでいた。


「あはは、ごめんごめん。君みたいな美少女を濡れ鼠のままにしておくのは、男として気が引けたんでね」

「っ……やはり貴方はおかしな人です。私達に明確な性別などは無いというのに」

「本当にそうかい? ■■■、君の一人称は『私』だろ? でも、他の君の仲間は『僕』だったり『俺』だったり……そういえば最近出会った子は『アタイ』とか言ってたっけ。あれはびっくりしたなぁ」

「私達は、霊体から魔力を用いて受肉する際に、長き旅路の中で見てきた物の中から一番適した形・人格を反映させます。一人称に違いが出るのは当然です」


 青年の出鱈目な言葉に少女は極めて適切な理論で反論するが、青年に「美少女」と呼ばれた辺りから、少女の頬には薄い朱みが差していた。どうやら、満更でも無いようだった。


「確かにそうなのかもしれないね。でも、実際君達の個性は本当に多種多様で予想がまるでつかないよ。まるで、()()()()()のようだ。案外、僕達と君達は存在している次元が違うだけで、その他に大した違いなんて無いんじゃないのかな?」

「……その言葉、他の子達には言わない方が身のためですよ。彼らは大なり小なり貴方達人間を下に見ている節がありますから」


 その後も、相変わらず一向に沈む気配の無い夕日を背景に、青年と少女は長い間語り合う。それは、取り留めも無く他愛も無い日常的な会話であったり、アクトの聞き及ばない謎の単語を交えながら語る謎の会話だったり、様々だった。会話の内容から察するに、二人は日々の内から親密な関係である事が分かった。


 そんな平和な会話も終わりを迎え、ある時を境に少女は神妙な表情を浮かべながら口を開く。


「――それで、()()()()の中、どうして私をこんな所に連れて来たんですか? 戦場では今も、貴方の仲間が身命を賭して必死に戦っているというのに」

「……不思議な物だね。この湖はこんなにも美しさに満ち溢れていて平和その物なのに、別の地域ではその真逆……超常の力が跋扈する血みどろの戦いが繰り広げられているなんて。ほんと、彼らにも悪い事をしてるなぁ」


 遠い誰かに思いを馳せながら、何処か他人事のように話す青年の穏やかな表情に暗い影が差す。


「既に周辺諸国はあの異形の怪物によって完全に飲み込まれ……『騎士同盟』の善戦も虚しく、貴方の親友にして同じ『騎士王』たるエイリン王やアグネス王は戦死。今は貴方の部下である『円卓十騎士団』が身を粉にして戦っていますが、それも長くは続かないでしょう。……先達たちが築き上げて来た理想の千年王国は今、滅びの時を迎えようとしています。そんな時に、貴方は一体何をしているのですか?」

「……はぁ。やっぱり君に隠し事は出来ないな」


 少女の的を射た問いに、青年は観念したように大きな溜め息を一つ吐きながら、静かに語りだす。


「怖いんだ。戦う事が」

「……」

「おかしいな。今までは戦場に身を投じる事に何の躊躇いも無かったのに、今ではそれが途轍もなく恐ろしく感じているんだ。きっと、心の何処かで理解しているのだろうね。次の敵は今までのそれとは訳が違うと。『騎士同盟』最強と言われている僕ですら手に負えない敵だとね」


 青年はまだしっかりと自分が対峙すべき「敵」の全貌を知っている訳では無い。だが、分かるのだ。この戦いで確実に自分は命を落とすと。逃れられぬ「死」が自分の目前まで迫っていると。


「……それに。以前の僕と比べて、君を含めて僕には随分と大切な物が増えてしまったようだ。先に逝ってしまったエイリンとアグニス、愛する国民達、あのいけ好かないけど大切な彼、そして最愛の妻のグイネヴィア……残された彼らの事を思うと、余計足が竦んでしまうんだ」


 だからこそと言うべきか、死を目前にしたこの状況の中で、決して捨て去る事の出来ない未練が青年を辛く苛んでいるのだ。これは人間にとってごく当たり前の反応だと彼は思いたいが、自身の「王」という重責がその苦悩をより助長していた。


「出来る事なら……大切な人だけでも連れて何処か遠く、それこそ世界の果てまで逃げたいよ。……いや、アレはこの世界を何処までも己の色で塗り替えるだろうね。出来ることなら、この残された時間を大切な人達の使いたいんだ」


 ――だがしかし、苦悩に満ちていた筈の青年は、やがてどこか憑き物が落ちたような、覚悟を決めたかのような穏やかな微笑みを少女に向けた。


「……でも、逃げないって決めたんだ。例え、『王』の資格が無いのだとしても僕は、栄華を極めし『千年王国』の主たるこの■■■は、最後までその役目を全うする。アレを倒すのに必要なのは、この絶望的な状況をひっくり返せられるだけの戦士を鼓舞するカリスマだ。それぐらいの事なら、戦闘しか能が無い僕でも出来るだろうからね」


 青年は選んだのだ。一人の「民」である事よりも、民を守る「王」になる事を。「王」として、最期まで誇り高い人生を歩む事を。それは、蛮勇なのかもしれない。だが、全てを投げ出して逃げること……それは、彼の人生その物を彼自身が否定する事になってしまう。


「アレが目覚めた今……いずれこの美しい景色も全てあの『闇』によって飲まれるだろう。だから僕は、民を統べる一国の王を務める者として、この激動の時代を生きる『最後の騎士王』として、大勢の民を守る為に、例え刺し違えてでもあの巨悪を討たなければならない。これは王たる僕の役目であり、義務でもある。その為には、君の力が必要だ。戦を前にしてビビってるような情けない王様だけど……力を貸してくれるかい? ■■■」 


 青年の力強い決意の前に少女は、


「……勿論。この契約が続く限り……いえ、例え契約なんて無かったとしても、私の()は常に貴方と共にあります。喜んでこの力をお貸ししましょう、『我が主(マイ・マスター)』」


 鉄仮面な表情の頬を少しだけ緩め、されど力強い声音でそれに応えるのであった。


(……本当に、俺は何の為に呼ばれたんだ? 俺、完全に除け者じゃねえか)


 青年と少女のやり取りを終始近くで見ていたアクトの最初の感想はそれだった。無理もない、この世界に引き込まれてから今に至るまで、彼は何の必要もされていないのだから。


(此処まで鮮明に世界が構築されてるって事は、てっきり俺が誰かに必要とされているのかと思っていたが、やはり只の偶然なのか……? いや、待てよ。エイリン? アグニス? 騎士王? 千年王国? 何処かで聞いた事のある言葉のような……)


 詳細を思い出す為、アクトは脳内に思考を高速で走らせる。無意識状態の中で思考するというのは何とも言えない感覚だが、驚くほど彼の頭は軽やかに回った。


(……そうだ、思い出した。あれは……俺がまだ小さい、エレオノーラと暮らしていた時代。訓練にうんざりしていた俺が、奴の書斎から持ち出した本の中から、一度だけ読んで欲しいと奴にせがんだ物語に出てきた名前だ。確か、題名は――)


 その時、もう少しでこの世界の核心に至ろうとするアクトの思考を妨害するかのように、異変は起こった。


「……ッ!?」


 目が合った。少女がおもむろに周囲を見渡した時、少女には見えない筈のアクトとばっちり視線を合わせてしまった。一瞬のなんて物じゃない、少女は明らかに彼が居る場所を凝視していた。


(見えているのか……何!? 体が、動かないだと!?)


 少女に見つめられてから、アクトの体はまるで石像のように全く動かなくなった。必死で総身に力を入れるが、まるでびくともしない。あの時――以前、先の暗闇の空間で現れた「何か」に出会った時と同じ「金縛り」だ。


(……駄目だな、経験則で分かる。これはどう足掻いても動かないやつだ)


 すると、青年から離れた少女は徐々にある場所へ歩み寄って行く――アクトが固まって動けない場所へと。少女に彼の姿は見えていない筈だが、間違いなく認識されている動きだ。


 そして、少女は自身の両手をアクトの両頬の位置まで持っていき、彼の顔を挟み込む。その手には感触があり、驚くほど冷たかった。だが、不思議と底冷えするような寒さはなく、芯の奥には何処か温かみがあった。


「えっ?」


 少女の灰色の目とアクトの緑色の目が至近距離で対面する。思わず見惚れてしまう程の神秘さとあどけなさを兼ね備えた美貌に、こんな状況にも関わらずアクトが一瞬固まっていると、少女が彼には理解不能な謎の言葉で何事かを呟くと、


 パキッ――


 刹那、橙色に染まる夕焼けの空の一角に、突如亀裂が走る。それは治まる事無く、ガラスが割れるような音を立てながら、亀裂を起点に、美しき心象世界が崩壊していく。太陽も、湖も、山々も……全てが「黒」に塗りつぶさる。


「クソッ! おい、お前は一体何なんだ!? 前に接触してきたのも、俺をこの世界に呼んだのもお前なんだろ!? お前は俺に何をさせようって言うんだ!」


 前と違い、体は動かないが口は動かせる。一連のおかしな現象を引き起こしたであろうこの謎の少女に、アクトは間近で必死に問い詰めるが、少女はまるで無反応。変わらず両手を彼の頬に当てているだけだ。その間にも世界の崩壊は進み――


「何なんだよぉぉぉッ!?」


 一際大きな叫びを最後に、世界は再び「黒」に塗りつぶされ、アクトの意識は其処で途絶えた。



 ◆◇◆◇◆◇



「――うん?」


 深き眠りの底から意識が浮上し、アクトが目を覚まして最初に見た物は自室の天井だった。窓から差し込む朝日の光から見るに、どうやらかなり寝てしまったらしい。ベッドから体を起こして傍らの置時計の時刻を見ると、時刻は七時を指していた。


「あちゃ~、これは完全に寝過ぎたな。これじゃ、朝の鍛錬は出来そうにないな……」


 実は、クライヴ――「精霊」との戦い以来、アクトはしばしばこういう事があった。特別疲れている訳では無いのだが、何故か普段通りに早朝に起きれない事があるのだ。


(……まただ。また、長い夢を見ていたような気がする。)


 それも、最近度々起こった事だった。朝、普段通りに起きれない時に限って、アクトは何時とは比べ物にならない程の深い眠りに落ちている感覚に襲われるのだ。何か長い夢でも見ているのだろうかと彼自身は踏んでいるのだが、確証は無い。何故なら、


「……痛っ。またか……」


 その夢の内容を思い出そうとすると、頭を鋭い痛みが刺してくるのだ。しかも、脳裏にはまるで靄が掛かったように不鮮明な記憶が流れてくるばかり……この謎の出来事に彼はいい加減うんざりしていた。


「七時か。そろそろ起きないと、コロナ達が起こしに来るな」


 この出来事は既に同居している二人娘にも話している。アクトはもし自分に何かがあって起きて来なかった時は、起こしに来て欲しいと二人に頼んでいたのだ。


「早く準備しねぇと……ん?」


 ベッドから降りようとしたアクトは不思議な感触に襲われた。記憶を辿ろうと躍起になっていたので気付かなかったが、自身の膝から足の辺りにかけて、妙な重さの冷たい物体が自分の上に乗っている事に気付いた。見れば、シーツの中を微かに動く妙な膨らみが……膨らみ?


「誰だッ!?」


 アクトの反応は早かった、神速の反応速度。自身の懐にまで何者かの侵入を許した間抜けさを呪いながら、血相を変えたアクトがガバッ、とシーツを勢いよく捲り上げると其処には――


「……は?」


 美少女が居た。年齢は十歳前後だろうか、美しい銀の長髪を垂らし、常人なら誰もが一度は見惚れてしまう程の美貌は正に神の造形。だが、ある物が決定的に足りない。致命的なまでに欠けていた。


 ――少女は、‟一糸纏わぬ全裸”のまま、くぅくぅと可愛らしい寝息を立てていた。


「……は?」


 その何とも異常な光景に、アクトは間抜けな声を出すことしか出来なかった。


読んでいただきありがとうございました! この話を書くにあたり、少し創作に行き詰まってしまいましたが、何とか立て直すことが出来ました。これから大学の授業も始まるので1日2日で完成させることは出来なくなるかもしれませんが、のんびりやっていきます

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