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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
16/131

13話 コロナvsクライヴ

 

 意外にも、あっさりクライヴは見つかった。演習場を真ん中の道路で縦に割って、手下達の殆どが潜んでいた左側の森林地帯に大将が居ると推測したコロナは、そちらの方面の探索を開始。そして、程なくして彼を見つけたのだ。


「ようやく見つけたわよ、クライヴ」

「……」


 木々生い茂る森林の奥地には、障害物が全く無い空白地帯があり、其処へ無造作に横向きで置かれた大木の上に、彼は顔を俯けて腰掛けていた。


 その目は虚ろで、まるで死んでいるかのように、コロナの言葉にも反応を示さない。そして、彼の右手に握られた一振りの長剣――「精霊武具」。


(アクトにはああ言ったけど、確かにちょっとマズい雰囲気がするわね……)


 魔法素材で作られた特殊な触媒の中に秘められた、人ならざる気配……しかも、これは高潔で誇り高き精霊が宿る「聖剣」ではなく、「魔剣」――邪悪な意思を持つ精霊が秘められた武器だ。


「さて、これからアンタを叩きのめす前に聞いておきたいんだけど……アンタ、一体どういうつもり? 本気でアタシを倒したいなら手下諸共、五人で掛かるのが道理って物でしょ。なのにアンタは唯一アタシに勝っている要素である人数差を完全に棒に振ってまで、そうしてボケっと座ってるだけ。アンタ、本気でアタシを倒す気あるの?」


 実際、コロナもクライヴや手下達五人と同時に、真っ向から戦って勝てるとは思っていなかった。去年は僅差でギリギリ勝てたが、あの時はクライヴも自分の事を舐めて掛かっている節があった。


 今年はそうはいかないと踏んで対策も考えてきたと言うのに……蓋を開けてみれば、彼らがしてきた事は破れかぶれの突撃だけだった。


「それだけじゃ無いわ。その手に持ってる剣、それが精霊武具ね? 幾らアタシに実力で勝てないからってそんな物まで持ち出すなんて、アンタも落ちたものね。去年のアンタなら、もう少し頭が回ったと思うんだけど」


 その後もどれだけコロナが挑発的な口調で話しても、クライヴは怒るどころか反応一つ示さず、項垂れたままだ。此処までくると流石に奇妙を通り越して最早、不気味だ。


「何とか言ったらどうなの?」

「……」


 何時までも無視を決め込むクライヴに対し、コロナは、


「そう、アンタがあくまでそういう態度をとるなら……【紅く小さき竜よ・その息吹で汝が威を示せ】!」


 これ以上の問答は無駄だと言わんばかりに呪文を唱え始める。突き出したコロナの左手の先にゲートが形成、其処から放たれた猛火の波がクライヴを襲うが、


「【白き精よ・其の腕振るいて凍てつかせよ】」


 コロナが詠唱を始めると同時に、今まで石像の様に微動だにしなかったクライヴが突如動き出し、反撃の呪文を唱える。


 バシュゥゥゥゥッ!!


 火炎流がクライヴを飲み込む寸前、彼が放った低温の氷霧が火炎流と衝突、気化した氷から大量の水蒸気が噴き出し、消滅してしまった。後にはチリチリと熱い熱気と凍える冷気だけが残る。


(強引に相殺された……!)


 まさかほぼ無抵抗かと思われたあの体勢から反撃されると思っていなかったコロナは思わず次の手を止めてしまう。


 事象を歪める力を持つ魔力による、強力な事象改変作用によって生み出される炎熱・氷結・雷撃の三属は物質界に対して大きな強制力を持っている。それ故、攻撃魔法に多く用いられる。


 さらに、これらは互いに相殺関係を持っており、威力規格が同程度の魔法なら相互の強制力によって対消滅してしまうのだ。


「……!」


 ギリギリでコロナの魔法を消滅させたクライヴはその場で地面を蹴り、驚異的な加速で一瞬で彼女に肉薄する。魔道士とは思えない程の身体能力。そこから振るわれるは、精霊が宿りし「魔剣」。


「くっ!? 【唸れ風よ】!」


 全力で身を捻ることで辛うじて斬撃を回避したコロナはすかさず距離をとる為に風魔《風戦鎚(ウインド・ブラスト)》を発動、急速に集められた大気が圧縮空気弾として撃ちだされる。


 素早くクライヴはそれを魔剣の腹で受けるも、それによって生じた風圧により両者は大きく後退し、距離が開く。


(いきなり剣で来るとはね……直ぐ後ろは森林地帯、視界が悪い森の中で魔法を撃ちあうのは御免こうむりたいわね。だったら先ずは)


 森林で戦う事を嫌ったコロナは、クライヴが陣取る空白地帯の中央を陣取ることにした。


「【朱き魔弾よ】――【白き牙よ】――【駆けろ閃光】――ッ!!」


 空白地帯の外周を走り回りながら、素早い呪文詠唱でコロナは次々と魔法を発動させる。火炎・氷弾・雷閃が次々とクライヴに迫るが、


「【光の壁よ・我が領域に立ち入る愚者を阻め】……【駆けろ閃光】」


 瞬く間に迫る雷閃を軽快なステップで避けながら、クライヴは防御《守護光壁(バリア・シールド)》を発動、彼の身長の二倍近い大きさで展開された光の障壁が殺到する魔法の数々を弾く。更に反撃で、見てから回避が困難な雷撃魔法を放つ。


「うわっ!」


 コロナが障壁で雷閃を防ごうとする直前、クライヴは再び地面を蹴り、コロナに肉薄する。一度はその加速に驚かされたものの、今度は彼女も冷静に対処し、かなりの速度で振るわれる白刃を何とか躱す。


「【駆けろ閃――】ッ!?」


 再び距離をとりつつ中央を陣取らんと反撃の魔法を放とうとするコロナだったが、高速で閃く第二の刃に回避を余儀なくされてしまう。


(くっ、猪口才わね……!)


 その後もコロナは魔法を発動させようと度々機会を窺うものの、全てクライヴの高速の斬撃に阻まれてしまう。回避に専念すれば避ける事自体は可能だが、反撃するとなるとそうはいかない。現代戦では既に廃れた剣という武器だが、魔法と組み合わされると存外厄介な物だと彼女は認識させられた。


「【大気よ爆ぜろ!】」


 中々距離をとれない事に焦れたコロナは、自爆覚悟で風魔《爆裂気弾(エアロ・ボム)》を唱える。集束された圧縮空気弾がその場で一気に放出され、周囲に勢いよく撒き散らされる。


「……っ」

「くっ……! まだよ、【朱き魔――】」


 至近距離で風圧を受けた両者は大きく吹き飛ばされるも、直ぐに体勢を立て直す。続けて追撃を加えるべくコロナが更なる呪文を唱えようとしたその時、


「【・――無に帰せ】」


 コロナが完成させた魔法をゲートから解き放とうとするその直前、彼女より先に体勢を立て直したクライヴが先読みで唱えた対抗魔法《回帰霧散(バニシュ・ゼロ)》。


 コロナの炎がバシュッ! と音を立てながら霞のように消え、其処に込められた魔力が無色の残滓となって宙に揺らめき、大気中の魔力――魔素となって消える。


 《回帰霧散(バニシュ・ゼロ)》は「変化」を司る炎熱・氷結・雷撃の三属性が起こす事象改変とは真逆の、変化を元の状態に戻す「修正力」を魔力によって働かせることにより、発動中の魔法を消滅させる魔法である。


(アタシに魔法戦で結構付いて来ると思ったら、まさか対抗魔法まで習得してるとはね……フン、やる気が無いと思ったら中々やるじゃない!)


 クライヴの魔法の力量は、去年の校内戦とは比べ物にならない程研ぎ澄まされている。正直、コロナも此処まで食い下がれるとは思っていなかった。そして、彼女はそれだけに残念でならなかった。


(戦っているアタシになら分かるわ。アンタの魔法の技量……決して付け焼刃じゃ無い。きっと、去年の敗北から必死で腕を磨いたのでしょうね。アタシもそうだったもの……だから、残念よ。そんな物の力を借りるなんて……)


 コロナは、クライヴの事をただ嫌っている訳では無い。昨日の様ないざこざはあれど、少なからず彼をライバルと認めている部分もあったのだ。今の彼ならば、急ごしらえの付け焼刃などに頼らなくとも自分とかなり戦えた筈だ。


 認めている部分があるからこそ、純粋な魔法の撃ち合いを穢したクライヴ本人と同時に、その原因である精霊武具――魔剣に対し、コロナは憤りを覚えたのだ。


(何時までもそんな無口貫いてないで、さっさと戻ってきなさいよ!)


 あれだけ気丈でうるさいクライヴをこうまで変貌させてしまったのは、間違いなく彼の右手に握られた魔剣の影響だ。戦闘開始から急にその気配を強めた魔剣がクライヴの魔法的な力を高めている上に、先程の動きから察するに、身体的な強化も施しているのだ。だが、


(確かに、アンタの剣は速い…けど、()()()程じゃない!)


 避けれる避けれないの問題では無い……ただ、コロナにとって彼の剣速は大した速さでは無かった。何故なら、おぼろげではあるが彼女は知っているからだ。あの黒髪の少年が振るう剣閃を、()()()()()という物を。


 アレの前では、クライヴが振るう付け焼刃の剣技など、止まっているのと同じだ。


 現に、コロナが危ういと思った場面においても、クライヴは魔剣に振り回されているような感覚が多々あり、彼女を倒せていない。そのような物に頼っておきながら満足に使いこなせていない彼の不甲斐なさにコロナは、


「この大馬鹿っ!! ロクに扱えない精霊なんかにあっさり飲まれてんじゃ無いわよ! 【朱き魔弾よ】――【更に】――【更に】ッ!!」

「……ッ!?」


 怒りを力に変えたコロナが叫ぶように呪文を唱えると同時に、出現したゲートから放たれる火炎の弾丸の群れ――それが計()()、一回の詠唱で放たれる量を大幅に超えた物量を前に、クライヴの死んでいるような虚ろな表情に驚愕の感情が差し、彼は慌ててその場から飛び退る。


 コロナが披露した魔法の正体、それは「連続詠唱(マルチアクション)」――一度の魔法行使の為に構築した心象風景を、精神の自己操作によって深層意識に素早く再投影する事で、同じ魔法を時間差で素早く発動する高等技法だ。


 口で言うのは簡単だが、この技を使いこなせるのは軍の魔道士の中でも熟練の者だけだ。それを只の一学生が為してしまう……驚くべき所業だ。


「はああああっ!! 【唸れ風よ】! 【白き牙よ】!」

「くっ……!」


 更にコロナの追撃は止まらない。怒涛の勢いで魔法を撃ちだし、クライヴを追い詰めていく。戦闘開始から全開で魔法をぶっ放しているコロナ。並の魔道士なら干からびてしまいそうな魔力消費だが、彼女の保有魔力量もアクトに負けず劣らず膨大だ。それ故に、これだけ魔法を連射しても一向に「息切れ」しないのである。


「はああああああっ!」

「……ッ!?」


 その時は、訪れるべくして訪れた。コロナが放つ風の鉄槌を魔剣で受けるクライヴだったが、先程の魔法攻撃で一瞬体勢が崩れた彼はそれを完全に受け流すことが出来ず、致命的な隙を晒してしまう。


「そこよ! 【燃ゆる焔よ・風焼き裂いて・敵を斬れ】!」


 発動する炎熱《飛翔炎剣(フレイ・ソード)》、ゲートから生じた燃え上がる炎が四本の剣の形を成し、風を切ってクライヴに襲い掛かる。


「くっ……ぐわっ!?」


 辛うじて二本は魔剣で弾いたクライヴだったが、防御される事を予測していたコロナの絶妙な魔力制御により、宙を駆ける残りの二本はいきなりその軌道を変更、瞬時にクライヴの背後へと周り、爆発を起こした。比較的威力の高い魔法が直撃し、最後の最後で初めてクライヴは苦悶の声を漏らながら地面を何度も転がり、土と煤まみれになってようやく止まった。


「ぐううぅぅ……」

『攻撃魔法直撃により即死判定、クライヴ=シックサール戦闘不能……よって勝者、コロナ=イグニスチーム!』


 上空の映像に映るクラサメが勝者の名前を告げると同時に、演習場の周囲で大きな歓声が巻き起こった。その中には素直な賞賛を送る者、初めから結果など分かり切っていたと言わんばかりに勝者である赤髪の少女に更なる嫉妬の感情を燃やす者……様々だが、とにかく、コロナとクライヴ……長きに渡る因縁の一つに決着が付いた事に、再び学院内は彼らの話題で持ちきりになるだろう。


(……此処は)


 ――気付けばクライヴは、見覚えの無い場所で仰向けになり、何処までも青が広がる晴天の大空と対面していた。何の防御魔法も無しにあれだけの威力の魔法を受けたのだ、今の彼は体を起こすことすら困難だった。


(昨夜から記憶が、殆ど無い……)


 昨夜、謎のぼろローブの男に今手に持っている魔剣を渡されて以来、彼の記憶はまるで靄が掛かったように不鮮明になっていた。思い出そうとしても頭には鋭い痛みが走り、彼の思考を鈍らせる。


 だが、今こうして戦闘を行っていたらしい自分が、ボロボロになりながら無様に地面と背中合わせになっている事と、視界の隅に映る自身の宿敵である赤髪の少女が少し息を乱しながら、険しい表情で自分を見下ろしている事から分かる事は一つだった。


(俺は、負けたのか……)


 実感は無かった。当然だ、戦った記憶が無いのだから。だが、今自分が置かれている状況から鑑みても、認めざるを得なかった。


(原因は、恐らくコイツだな……)


 結局、自分はこの魔剣に負けたのだろう。今尚、この魔剣から発せられる謎の瘴気に飲み込まれ、自分は操られていたのだと、クライヴは一人納得する。


(はっ、情けねえ話だぜ。幾らコロナの奴に勝ちたいからって、あんな怪しい野郎から受け取った物に飲み込まれて負けるなんて、滑稽極まりないな……)


 こんな事になるなら初めから全力でぶつかっておくべきだった…だが、全ては自分が蒔いた種だ。そのツケは自分で払うのが筋……今の彼は釈然としないコロナとの決着よりも、敗北した自分の今後の身の振り方…特に、こんな情けない自分を慕って付いて来てくれた手下達の今後の事にしか頭に無かった。


(これで俺は表舞台からおさらばか…情けねえ最後だったな。コロナには悪いが、俺の校内での地位陥落が勝利の報酬って事で我慢してもらうしかねえか……)


 とにかく、今は休もう。それで目覚めた後は、今まで付いて来てくれた手下へ…勝つ為とはいえ卑劣な侮辱をしてしまったコロナへ…とにかく謝りまくる日々になるだろう。そんな未来に思いを馳せながら、やがて訪れる意識の消失にクライヴが身を投じようとするその時だった。


『本当ニソレデ良いノカ?』

「~~ッ!?」


 それは、姿無き声だった。しかも、現実に聞こえた物ですら無い。気絶して目蓋を閉じたクライヴの内側の世界――精神の領域に届いた声だった。


「此処は……」


 気付けばクライヴはまたしても見覚えの無い場所に居た。何処までも暗闇が続く無限の闇――その静謐さと不気味さは、否応なく彼の魂を恐怖に掻き立てる。だが不思議な事に、心は凄まじい恐怖心が支配しているのに、肌の感覚は一切無く、まるで浮遊しているかのようだ。


『心配シナクテモヨイ。此処ハオマエノ世界――お前ノ精神世界ナノダカラ……』

「俺の、精神……?」


 すると、何も無い暗闇の中に霞の様な霧が漂い始める。暗闇より僅かに色味を帯びたそれは、徐々に拡大していき、彼を覆い尽くしていく。クライヴにはその気配に心辺りはあった。しかもそれは、つい先日感じた物であり……


「お前は、あの精霊なのか……?」

『ソウダ。オマエノフフガイナサ二嫌気ガサシ、コウシテ現れてヤッタノダ』


 躊躇する様子も無く、黒い霧――魔剣に宿りし精霊は、クライヴに語り掛ける。それらは全て片言で、辛うじて聞き取れる程だが、まるで悪魔の囁きのように聞こえる。


『オマエハ、コノママ負ケヲ認メテモヨイノカ?』

「……仕方無いだろ。俺がコロナに負けたのは魔法の腕だけじゃねえ…結局の所、お前を満足に使いこなせなかったからだろう? だから、全ては俺の――」

『ソンナコトヲ聞イテイルノデハナイ。今ノ言葉ハスベテ、理性的ナ判断ニヨルモノデシカナイ』

「なんだと!? 俺は、俺はただ……」

「契約シテイル我二ハワカルゾ。オマエノ心ニヒメル、野心・憎シミ・嫉妬…魂ハマダ、コノ戦イニ納得シテイナイヨウダゾ?』

「……!」


 彼の心を読んだ精霊の言葉は全て、クライヴにとって図星だった。精霊の的を射た発言に、クライヴは何も言い返すことが出来なくなる。


「オマエハ、我ニ意識ヲ渡ス事ヲ拒ンデイタ。ソレデハ、我本来ノ力ヲ発揮デキルハズモナイ』


 精霊は語り続ける。まるで、心の未熟な子供の隙に入り込む、邪悪な悪魔のように……


『アノ娘ニ勝チタイノダロウ? ナラバ、我ニ意識ヲ完全ニ渡スノダ。ソウスレバ、オマエハ本能ノママ、アノ娘ヲ蹂躙デキルダロウ……』

「お、俺は……」


 この悪魔の誘いを前に、クライヴは自分を下した赤髪の少女の事を思い浮かべる。彼女と自分の諍いが始まって以来、努力の甲斐虚しく、自分は終ぞ彼女に届くことは無かった。この校内戦が終われば、自分は一生彼女と張り合える機会を失うだろう……


 ならば、最早遠慮する必要も無いのでは……? 一度で良い、一度だけ、彼女の矜持も自信も全て完膚無きまでに蹂躙して砕いて、あの強気な表情を後悔で染めてやっても良いのでは……?


 此処が精神世界だからだろうか、今の彼は、本来意識がある時よりも、余計本能が剥き出しになっていた。そんな中、自身の内に秘める憎しみ・嫉妬・征服欲を刺激されたクライヴに、悪魔の誘いを拒む余力は残っていなかった――


「ッ!?」


 異変は唐突に起こった。当初の予定通り、単騎で見事クライヴを下し、仲間の元に帰還しようとするコロナだったが、自身の目の前で起きた出来事に、思わず目を剥く。


「クライヴ、アンタ……うっ!?」


 其処には、先程気絶したはずのクライヴがしっかり二本の足で立っていたのだ。しかし、様子がおかしい。角度的に表情は伺えないが、右手――魔剣を持つ手はガタガタと震えている。更に、その魔剣からは、今までの戦いとは比べ物にならない程の凶悪な瘴気が噴き出している。遠目に見ているコロナですら、溢れ出す瘴気を前に意識を持っていかれそうになるが、


「くっ……目を覚ましなさい! 【朱き魔弾よ】っ!」


 両頬を張り、何とか意識を保ったコロナは問答無用でクライヴに向け魔法を放つ。戦闘が終了した今、このタイミングで手を出すのは交戦規定違反になる可能性があるが、そんな事を気にしている場合では無い。今すぐ目の前の敵を倒せと、彼女自身の本能が訴えてくるのだ。


 放たれた火炎の弾丸はクライヴに直撃し、土煙と大量の火の粉を散らすが……


「コロナァアアアアアアアアーーッ!!」

「なっ!?」


 何と、火炎弾が全弾命中したのにも関わらず、クライヴは未だ晴れぬ土煙を突き抜け、コロナに襲い掛かって来たのだ。その目は血走っており、ある種の狂気すら感じさせた。


「う、【唸れ風――】ッ!?」


 高速で真一文字に振るわれる魔剣を躱し、同じように距離をとろうとしたコロナだったが、その目論見は失敗に終わった。振るわれた刃を間一髪躱した瞬間、刃の先から凄まじい風圧が衝撃となって放たれたからだ。吹き飛ばされる程の威力では無いが、コロナの呪文詠唱を妨害するには十分だった。


(い、威力も速度もさっきまでとは段違い……! これはマズい!)


 その原因は間違いなくあの魔剣だ。学院側が認可した精霊武具だと高を括って油断していたのが完全に仇となった。まさか、こうまで人を操ってしまう危険な代物だとは思わなかったのだ。


(何とか、離れないと……!)


 ゼロ距離まで接近されては純粋な魔道士であるコロナには成す術が無い。とにかく、距離をとる事が最重要だった。


「【氷精の腕よ】!」


 コロナは切り詰めた呪文で氷結《氷精凍霧》を高速発動、規模は乏しいが足止めには十分な低温の霧が至近距離で吹き出し、クライヴの足を一時的に止める、が…


「がああああっ!!」

「【唸れ風よ】!」


 クライヴはその異常な膂力で拡散する氷の霧を力ずくで払い、狂ったように再びコロナに接近するも、僅差で間に合ったコロナの圧縮空気弾がそれを拒む。


(何が起こってるのか分からないけど、これはもう只の校内選抜戦じゃ無い、立派な「戦闘」……! なら、アタシも出し惜しみしてる場合じゃ無い!)


 今のクライヴは明らかに異常だ。恐らく、いや間違いなく自分の命を奪いに掛かって来るだろう。一歩間違えれば自身の命すら危ういこの状況に、コロナは全力を出すことを決める。


「【舞えよ風神・我、風纏いて・天に踊らん】ッ!!」


 風魔《暴風飛翔(エアリアル・ドライブ)》、膨大な量の大気が、コロナの周囲を舞うように回転することで浮力を生成。コロナは風の加護を得て、空に浮かび上がり、発動時間の間、彼女は空を自由に舞う空の姫となる。


「来るなら来なさい!」

「があああああっ!!」


 そんなコロナに対してもクライヴは迷いなく、驚異的な脚力で地面を蹴り砕いて飛び上がる。そのままコロナに向けて魔剣を振るうが、


「がっ!?」


 コロナに届くことは無かった。コロナの周囲を渦巻く暴風がクライヴの侵入を拒み、白刃を受け流し、その体を吹き飛ばす。


「まだ暴れ足りないってなら相手になってあげる。精々足りない頭を捻って、アタシを捕まえてみせなさい!」

「う、うおぉぉぉ……! こ、コロナァアアアアアアッ!」


 狂気の感情を剥き出しにしているクライヴを一通り煽ったコロナは風を操り、森林地帯の方へと文字通り風を切って飛んで行く。理性が消し飛んだクライヴも彼女の後を追い、共に森の中へ消えて行く。


 ――其処から先は、泥沼の戦いが続いた。映像装置による中継は今も続いているだろうから、校内戦の一つとして決着が付いた今も、こうして戦っている二人の姿を見て周囲のギャラリーや監督官達は騒然としているだろう。


 コロナとクライヴの戦闘もとい鬼ごっこは、実にシンプルな構図となった。《暴風飛翔》により、木々を時々支点にしながら、空を自由に駆けるコロナが、その下を狂ったように追いすがるクライヴをどうにか戦闘不能にさせようと魔法で迎撃する。


「――はあ、はあ……あ、【朱き魔弾よ】……!」


 風を纏い、荒い息を吐きながら魔法を発動させるコロナ。放たれた火炎の弾丸の群れが、今も尚走り続けるクライヴに命中するが、


「があああああっ!」

「ごほっ! はあ、はあ…‥まだ倒れないの!?」


 クライヴはまるで何事も無かったように、その手に持った魔剣で土煙を斬り払い、狂ったように彼女の追跡を再開する。この様なやり取りが何度も続いていた。


 クライヴの耐久力は異常極まりなかった。耐魔法能力を備える学院制服を着ているとはいえ、何の防御魔法も施していない状態ならほぼ一発で気絶に追い込めるはずの初等魔法を何発喰らっても、彼は止まらない。


 燃え盛る火炎の波に肌を焼かれても、凍える低温の冷気によって全身が凍ろうと、閃く紫電によって感電しようと、狂った魔道士は止まらない。


(ま、マズい……もう魔力が……っ)


 今もこうして発動し続けている風の操作に加え、度重なる攻撃魔法の連続で、さしものコロナも魔力切れ一歩手前の状態となっていた。魔法を放つ左手は青紫色に変色しながら震え、心拍は乱れに乱れて顔は真っ青な状態――典型的な「魔力枯渇症」の前兆だ。生物が用いる魔力の大本は生命力であり、魔力が枯渇しかけるという事は、そのまま命の危機に直結するのだ。


 そして、変化は唐突に訪れた。


「はあ、はあ、何……?」


 十分な魔力が供給されない為、風の威力が加速度的に弱まり、その高度を下げていくコロナは見た。先程まで狂ったように叫びながら自分を追っていたクライヴが、彼女から30メトリア程離れたある地点でピタリと止まり、一切動かなくなったその姿を。


(何……? もしかして、ようやく限界が来たの?)


 そうでなければ困る。あれだけ魔法を喰らわせ続けたのだ。幾らあの謎の魔剣の力で強化されているとしても、流石に限界が訪れた……そんなコロナの淡い希望は、次の瞬間に打ち砕かれることとなる。


「~~~!?」


 遠目にもコロナは感じた。ピタリとも動かなかったクライヴから、突如として膨大な禍々しい魔力が放たれているのを。そして、その禍々しい力が全てあの魔剣に注がれていくのを。彼女は同時に全てを察した。彼の謎の行動の理由を…


(さっきまで止まっていたのは、今のアイツなりの精神集中!そして、今あの魔剣に膨大な魔力が注がれている理由――強力な攻撃の前兆ッ!!)


 コロナはすぐさま辛うじて残っていた《暴風天翔》に残存魔力の殆どを注ぎ込み、その場に暴風を巻き起こす。そして、弾丸の如き速さでその場から離脱を図るが……遅かった。準備を終えたらしいクライヴが、禍々しい魔力に満ちた魔剣を縦に振りかぶり、


「――ッ!」


 刹那、音が弾けた。振るわれた魔剣は膨大な魔力のうねりを纏った斬撃となり、その延長線上に凄まじい衝撃波を発生、全ての物を薙ぎ倒した。遅れて強烈な破砕音が演習場に響き渡り、その後に衝撃によって叩き折られた木々の倒れる音がこだまする。


「――う、うぅ……」


 全てが吹き飛び、更地となったその場所に、コロナは倒れ伏していた。体はボロボロで、制服もあちこちが千切れて見るも無残だ。斬撃が放たれる直前に全力で距離をとったものの、規格外の衝撃波の余波に巻き込まれた。運よく倒れた木々に叩き潰される事だけは回避出来たが、今の彼女には指一本動かす気力も体力も残っていなかった。最も、体力があっても今の彼女には抗えるだけの魔力はもう残っていないのだが。


「うぅ……お願い、動いて……!」


 それでも動かない体に何とか鞭打とうとするコロナだが、それも虚しく、激痛で体は全く動かない。内臓や骨に損傷は無いようだが、単に体力の限界だった。


 ザッ、ザッ、ザッ――


 そんな彼女の元に近づく破滅の足音――クライヴ=シックサールは、先程の狂乱ぶりとは打って変わって、気持ちの悪いくらい静かな表情でコロナの傍に歩み寄った。


「く、クライヴ……アンタ、そんな魔剣に負けて、それで、良いの……?」

「……」


 残りの力を振り絞り、掠れるような声で語り掛けるコロナだが、クライヴには届かない。目は濁り切り、外見はそのままでも、何時もの粗野で乱暴だが仲間想いな彼の面影は何処にも無かった。あるのは限りなき「無」だけだ。戦ったコロナになら分かる。()()は、クライヴでは無い。クライヴの肉体を乗っ取った「精霊」だと。


「アンタ、その魔剣の精霊ね……? 契約した主の体を乗っ取って、どういうつもり……? そんな奴に負けてないで、さ、さっさと戻って来なさいよ、クライヴ……!」

「……」


 コロナの必死の訴えも虚しく、「精霊」はその「無」の表情の上に口角を醜悪に弧に曲げながら手に持つ魔剣を持ち上げ、コロナの丁度心臓の上辺りに狙いを定める。


(ああ、アタシ、死ぬんだ……)


 刹那、コロナは走馬灯を見た。最早、今の彼にはどんな言葉をかけたとしても無駄だろう…彼女の脳裏に浮かぶのは最愛の両親や姉、そしてこんな自分を家族と言ってくれた第二の家族、エルレイン家の面々の姿だった。


(あーあ、こんな事なら一人で戦いなんかせずに三人で協力すれば良かったのかな……)


 こんな無様な最期を遂げた自分を、自分を大切に思ってくれる人々はどう思うだろう。やはり、情けないと思うだろうか……否だった。きっと彼らは酷く、辛く悲しむのだろう。最後の最後まで心配をかけてしまう自分を、つくづく情けないと思う。


(……()()()は、アタシが死んだらどんな反応をするのかしら……)


 最後に浮かんだのは、つい最近共に暮らし始めた黒髪の少年の姿だった。思えば、得体の知れない男だった。魔法を学ぶ学校に来て魔法が嫌いだと言い出すし、かと思えばイグニス家について悩んでいた自分の苦悩を解し、守ってくれた。


(…案外、根は良い奴だったのかもね……)


 出来ればもう少し話がしたかった、とそんな思いを抱きながらコロナはこれから訪れる死を前に、その瞳を閉じる。その直後、「精霊」は構えし魔剣を一直線に振り下ろし――


「――死ぬにはまだ早いぜ」

「ッ!?」


 ガキィンッ!!


 刹那、一陣の風が吹いた。風は、今正にコロナに向けて振り下ろされんとする魔剣に、横から自身の刃を差し込み、その軌道を強引に変えさせる。剣と剣とがぶつかり合い、強烈な火花が散った直後、「精霊」の体は横殴りの衝撃によって大きく吹き飛ばされた。


「おい、起きろよ」

「……?」


 何時まで経っても訪れない死の瞬間に聞き覚えのある男の声に、思わず目を開いてしまったコロナは見た。腰の鞘から抜いた長剣を肩に担ぎ、自分と「精霊」を挟む様な位置に立つ少年の後ろ姿を。


「アク、ト……」

「よう、コロナ。何とか間に合ったみたいだな」


 吹き抜けた風――アクト=セレンシアはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、コロナを見下ろしていた。



読んでいただきありがとうございました!次回はいよいよ、主人公、動きます!

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