11話 始まりの校内選抜戦
コロナ=イグニスとクライヴ=シックサール、中等部の頃から有名だった二人が対決するという噂は、前日の騒動から一夜にして学院中に広まり、生徒達の耳に知られる所となった。学院内の情報を収集・生徒に発信する生徒会公認の組織「広報部」が腕を振るった結果だ。
だがそれだけでは無い。確かに二人の対決も生徒達の興味を引いたが、問題は人数不足で参加すら危ぶまれたコロナの窮地を救った第三者の存在だ。
普通の学院生ならそこまで話題にもならなかったのだろうが、彼女を救ったのはつい一週間前にこの学院にやって来た転入生だったのだ。転入当初から悪目立ちしていた転入生――アクトだったが、一気に注目を集めて時の人となってしまった訳だ。
アクトの存在も相まってコロナに関する様々な憶測や噂が飛び交ったが、百聞は一見に如かず。彼らの戦いを一目見ようと、校舎から少し離れた広大な敷地に設けられた第一演習場には沢山の生徒達で溢れかえっていた。
「ったく、朝から奇異の目で見られて居心地が悪いったらありゃしねえと思ってたら、まさかこんな所まで追って来るとはな……」
「仕方無いよ。コロナとクライヴ君は良くも悪くも有名人だからね。そんな二人が一年ぶりに戦うって言うんだから当然だね。まあ、そうじゃない人も居るみたいだけど……」
苦笑を浮かべながらリネアが見据える先には、明らかに戦いを観戦しに来た生徒とは違う集団が混じっていた。
「フレ~! フレ~! リネアちゃん!」
「頑張れリネアちゃん~!」
「あんな厳つい男なんか吹っ飛ばしちゃって!」
「キャ~! リネアお姉様~!!」
そんな声援を彼女に送る男女の集団は、学院内に存在する通称「リネアファンクラブ」の連中だ。聖女リネアは男子のみならず、女子からも高い人気を得ているのである。
「あはは……」
「好きねぇ、あの連中も。まあ、広報部の連中が派手に騒ぎ立てたのもあると思うわ……あぁ、そう言えば居たわね。中等部の頃からやけにアタシの事を追っかけて来る子が。そう言えば今年……」
指定された集合場所に集まり、周囲の視線に晒されながら談笑する三人。……その様子を遠巻きに見ていた群衆の中から、彼らの元に近寄って来る一人の人物が居た。見れば、他の生徒と違いその人物は右腕に黄色の腕章を嵌めている。
「皆さんこんにちは! 私、高等部一年で広報部に所属しているヘレン=アルコニスと申します。今回、校内新聞に皆さんの事を書かせてもらった身として取材に参りました!」
噂の広報部のヘレンと名乗った少女は、リネアと同じ金色の髪を垂らし、体型も彼女より少し小柄なくらいで、ポニーテール状に束ねているリネアが髪を解けば瓜二つな美少女だった。
「コイツよ。中等部の頃からアタシをつけまわしてる記者は。確か今年から高等部よね」
「はい! コロナ先輩には沢山のネタ提供をしていただいてとても助かっています。それと、つけまわしてるだなんて人聞きの悪い。取材ですよ取材」
「前にアタシの事、一日中つけまわしてた事あったでしょうが。それに、どうして自分を追っかけて来る記者によろしくしなきゃならないのよ。迷惑だから止めなさい」
コロナが文句を言うも、ヘレンはニコニコした表情でまるで反省の色が無い。それもそうだ、記者が、自分が追いかける対象に止めろと言われて、はいそうですかと引き下がる訳が無いだろう。
「リネア先輩もこんにちは!」
「こんにちは、ヘレンちゃん。今日もコロナに取材?」
「本当はコロナ先輩にも取材したいんですけど、残念ながら今日は違うんですよ……部長直々の指示で、ある男を調べろって」
そう言ってヘレンは自身の対象へ視線を向けた――アクトの方へと。
「……え? 俺の事か?」
「はいっ! アクト先輩の事は前々から話をお聞きしようとしてたんですけど、直ぐいなくなっちゃうから困ってたんですよ。校内選抜戦を勝ち抜く有力候補であるコロナ先輩の窮地を颯爽と救った謎の転入生……記者としてそそらない訳無いじゃないですか!」
「お、おう……」
グイグイと詰め寄って来るヘレンの記者根性を前に、うざがりながら後退りするアクト。すると、下がり続ける内に彼の背中は何者かとぶつかってしまう。
「あっ、すいません。って、クラサメ……先生」
「不注意だぞ」
危うく呼び捨てにしかけたその人物――アクト達の担任であるクラサメ=レイヴンスは相変わらず淡々とした冷たい口調でアクトを咎める。
「そこの一年、その腕章……広報部だな? もうすぐ試合が始まる。取材なら後にするんだな」
「は、はいぃぃ……」
学年が違うとはいえ、クラサメ程の眼力が強い人物に咎められたら流石の熱血記者もただの一生徒に戻ってしまう。おずおずとヘレンは群衆の元に戻っていった。
「先生、どうして此処に?」
「私はこの対戦の監督官だ。お前達もそろそろ準備しろ。相手のお出ましだ」
クラサメが見据える先に…来た。コロナの宿敵にして三人が倒すべき、クライヴ=シックサールとその手下達が……
(何だ……? この妙な気配……)
クライヴだけでは無い。その後ろを歩く手下達からも僅かに感じられる同様の気配にアクトが怪訝な表情を浮かべていると、
「昨日はよくもやってくれたわねクライヴ。正直、アンタの事少し見くびってたわ。でも、今日と言う今日は今までの貸し全部返してあげるから覚悟してなさい!」
クライヴ達の前に立ち塞がり、燃えるような赤髪をかき上げ少女は力強く放つ。その姿に昨日のような弱々しい気配は一切感じられなく、強さと自信に満ち溢れていた。あれこそ、アクトが想うコロナ=イグニスのあるべき姿だ。
「……」
そんなコロナを前にして、手下どころか、クライヴが返した反応は完全なる「無」だった。まるで、彼女の言葉など聞こえないかの様に。
「……どけ」
「……?」
何時ものやかましさとはかけ離れた彼から放たれた一言に、さしものコロナも思わず道を譲ってしまい、彼らは通り過ぎてしまった。
「何なの、アレ?」
「さあな。大方、散々煽りに煽ったお前と直接対決しなくちゃならなくなって委縮でもしたんじゃねえのか? それを含めても不気味ではあるがな」
それにしても妙だった。もしかしたら、先程自分が感じた謎の気配が彼らの態度が豹変した理由なのかもしれないと、薄々アクトは感じていた。
(ん、何だあの布は……?)
通り過ぎていく背中を見送るアクトが目にしたのは、クライヴの背中に背負われた何かだった。白い布で包まれたそれが何かを判別することは出来なかったが、あの細身に長い丈……恐らく武器の類だという事は、彼の武人としての直感が告げている。
「それでは『若き魔道士の祭典』、校内選抜戦の一回戦第一試合を始める。両チームはそれぞれ指定された開始位置に付くように」
ガラード帝国魔法学院が誇る魔導演習場には、超大規模な環境操作機能を利用した魔法的ギミックがある。管理室からの制御呪文一つ唱えるだけで、フィールドをあらゆる条件・競技に対応出来るようになっている。
ある時は、近代的な建築物が立ち並ぶ市街地にしたり、樹木が乱立する森林にしたり、高低差と起伏が激しい岩山にしたり、障害物が何一つ無い広々とした平原……などなど、バリエーションは多岐に渡る。
今回彼らが戦う第一演習場は、森林エリアに設定されている。縦横共に300メトリア内に設けられた戦闘区域内には絶対に燃えよう魔法的処理が施された木々が立ち並び、川や崖など、限りなく自然に近い環境が用意されている。
選手達はそれぞれ正反対に用意された開始位置からスタートするのだ。
三人が木々生い茂る森林から少し離れた開始位置に付くと同時に、アクトは周囲に空間に違和感を感じた。
「……なるほど。この戦闘区域一帯、空間が歪んでいるのか」
「そうよ。そうでもしなきゃ丘陵地帯に建っている学院の一体何処に、生徒……魔道士が満足に戦える場所を用意出来るのかって話じゃない」
「最初はびっくりするよね。規模が凄いんだもの。でも、この学院には第一から第三までこんな場所があるんだよ」
空間が歪んでいる……つまり、この演習場は一種の「異空間」なのだ。地形と空間に干渉する「空間魔法」によって空間に歪みを作ることで、その分生み出された余剰分の空間を利用し、敷地不足を解消する「異界化」と呼ばれる最新の魔導技術が惜しげも無く投入されている。
ちなみに、オーフェンの街にも防壁一帯にほんの少し空間魔法が施されており、街その物を広くすることによって敷地不足解消に役立っている。
(なんつー大掛かりな仕掛けだよまったく……)
この学院が帝国で最大規模を誇る魔法の学校である事を、再認識させられたアクトであった。
『両チーム共に開始位置に付いたようだな。念の為、ルールの再確認をする』
戦闘区域全体に広がる大声の主は異界化によって作られた森林エリアの中央上空、宙に投影された映像からクラサメから発せられる声だ。コロナがアクトに協力した際に使用した遠見の魔法、それの応用・発展版である。
『制限時間は一時間、敵チームの全滅又は制限時間経過時点で生存人数の多かった方が勝利となる。また、死亡判定は全魔法科学院で採用されている校内選抜戦の共通マニュアルを適用の上、個々に私の判断で死亡判定とする。過度な魔法攻撃や禁止魔法の使用は随時発見次第、敗北判定を出すと同時にその選手に重大な処罰が下るので留意するように』
ホームルームと同じように淡々とした口調で説明するクラサメ。禁止行為の監視は中央の大型映像からの監視だけでなく、エリアの至る所に仕掛けられた監視装置があるので、発見は割と簡単なのだ。
次の瞬間、クラサメは三人に驚くべき報告を発表をしてくる。
『……また、昨日アクト=セレンシアから限定条件下における抜剣の申請があり、これを承認した。そしてつい朝方、クライヴ=シックサールから『精霊武具』使用の申請があり、限定時間内の使用を許可した。両者は十分危険性に注意して戦闘に臨むように』
「なっ、『精霊武具』ですって!?」
「『精霊武具』って、やっぱりあれの事だよね……」
(そうか、あの布の中身はやはり……)
突然の新情報に驚くコロナとリネアとは裏腹に、アクトはこの報告にも殆ど動じず、心の何処かで納得していた。
「精霊武具」――文字通り、魔法素材によって特殊加工された特別な剣・盾といった武器や防具に、超自然的な存在である精霊を概念として収め、その力を振るえるようにした魔法武装。それを操る者は精霊に膨大な魔力を注ぐ代わりに精霊の強大な力を行使出来るようになるのだ。
先程クライヴが白い布……恐らく精霊の強大な気配を抑え込む為に魔法素材で作られた特殊な「覆い」の中身がその精霊武具だったのだろう。その目的は恐らく、
「どういう経緯で入手したかは知らないが、コロナに実力で勝てないと踏んで手段を選んでいる場合じゃなくなったって所か」
そう、クライヴとコロナが本気で戦り合ったら十中八九、コロナが勝つ。クライヴの魔道士としての能力はアクトも認めている部分はあるが、コロナには及ばない。そして、コロナ達が勝ってしまえば昨日の騒動であれだけ啖呵を切ったクライヴは誹謗中傷の的になる事間違い無しだ。
後が無い彼らが開けた戦力差を埋める為には、何か別の外的要因が不可欠。その例の一つが「精霊武具」だ。
実は、「精霊武具」事態はそれ程珍しい物では無いのだ。大きな視点から世界を見守る立場にある上位精霊が、気まぐれで人間に手を貸す「天然」の例は本当の本当に稀ではあるが、低級の精霊を武具に封じ込めて使役する人為的な手段は割と有名なのだ。
学院内にもそのような低級の精霊武具が幾つかあり、生徒へ貸し出しをしている。もし相性が良ければそのまま譲渡されるというオマケ付けでだ。しかし、クライヴのように一日やそこらで未知の精霊武具を使いこなすのは非常に困難ではあるのだが……
「何のつもりか知らないけど、身の丈に合ってないような武器を持ったって、返って足を引っ張るだけでしょうに。そんな物で勝てる程、アタシは甘く無いわ」
「だが気を付けた方が良いぞ。さっきの奇妙な感じ…クライヴだけじゃねえ。奴の手下達も様子が変だった。幾ら精霊武具が持ち主に作用すると言っても、その周囲に居る奴らにも影響が出てもおかしくは無いからな」
未知の要素を警戒するのは武人や魔道士も同じだ。アクトの今まで修羅場を乗り越えて来た経験が告げているのだ。クライヴが持つ精霊武具に宿る精霊は、普通では無いと……
「大丈夫よ。どんな敵が、それこそ精霊が相手だってアタシは負けないから」
「……そうか」
コロナも精霊武具を持つ者と対峙するのは流石に初めてだろう。だが、そんな未知の物に対してでもコロナは自信たっぷりな態度を崩さない。何も知らない人間が聞けば傲慢に聞こえるような発言でも、彼女にかかれば本当に何でも出来てしまう、そんな予感があった。もう、アクトが奮い立たせる必要は完全になくなったようだ。
「コロナ、完全復活だね。でも何だか一筋縄じゃいかないようになったみたいだし…よし! 気合を入れる為にも折角だしこれしようよ! これ!」
と、おもむろにリネアは自身の右手の甲を前に出す。
「えぇ~、別に良いじゃない恥ずかしいし」
「そんな事言って、去年もローレンとやったでしょ。アクト君もほら!」
「…ったく、仕方ねえな」
そう文句を垂れつつも、口元に薄い笑みを浮かながら二人もそれぞれの右手を差し出し、彼女の手の上に重ねていく。
「これから始まる校内戦、絶対に勝とう!」
「ええっ!」
「おうよ!」
三人がそれぞれ気合を入れると同時に、演習場全体にけたたましいサイレンが鳴り響く。
『戦闘開始』
クラサメの号令と共に始まる。これから始まる波乱万丈の物語、その第一歩が――
私事ではありますが、今日大学入試の後期の合格発表があり、何とか合格しました!何とか浪人は避けれたわけですが、これからも皆様に面白いと感じてもらえるような物語を書いて参りますのでこれからもよろしくお願いします!