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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
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10話 イグニス家

お待たせしました! 今回、話がかなり長くなってしまいましたが、コロナ=イグニスという少女を語る上で彼女の過去を深く掘り下げずに話を進めるのは違うなと思った次第でございます。今思えば、この少女の名前は今流行りのウイルスと同じですが、この物語を書き始めたのは去年からですので全く関係はありません

 

 その夜、コロナは夕食に出て来なかった。まだ気持ちの整理が終わっていないのだろう。そういう訳で、アクトとリネアは部屋着に着替えた後、二人で静かな夕食をとっていた。


「やっぱり、コロナが居ないと賑やかじゃなくなるね」

「そうだな……普段うるさい奴って、居なくなって初めてその大切さに気付く物だよな」

「別にコロナが消えた訳じゃ無いからね!? ちょっと意味ありげな事言わないでよ、もう!」


 時折賑やかにはなるものの、根本的には静けさと寂しさが募る夕食を終えた後、意を決したようにアクトが口を開く。


「……ちょっとコロナと話してくるよ。片付け任せても良いか?」

「うん、頑張ってコロナを励ましてあげてね。親友の私……私にだからこそ言えない事もきっとあると思うから……」

「分かってる。まあ、アイツの性格的にちょっとキレさせてやった方が話しやすくなって良いかもしれないしな」

「ほ、本当に大丈夫? 心配だなぁ……」


 妙に心配してくるリネアと別れた後、アクトは二階にあるコロナの部屋に向かう。自分に出来る事は少ないのかもしれない。だが、この件の一端に関わってしまった身として、何より落ち込んだあの赤髪の少女に活発さを取り戻す為に出来る事をしようと、彼は心に誓う。


 廊下の一番端に位置する彼女の部屋の扉の前に立ってドアノブを捻ると、鍵は開いていた。落ち込んでいるとはいえ、少し不用心だった。


「おうコロナ、今ちょっと、いい、か……?」


 その瞬間、アクトは自分の失態を呪いに呪った。幾ら鍵が開いていると言っても他人の、それも女子の部屋へ入るのにノックすらしない人間が居るだろうか。アクトにもそれぐらいの常識はあった。だが気付いた時にはもう遅く、すぐさまノブから手を離しても一度開かれた扉は軋み音を立てながら止まることなく完全に開かれ、


「「あっ……」」


 二人は目が合った。いや、合ってしまったと言うべきか。開かれた扉の先でアクトの目に最初に映ったもの――それは、着替え中のコロナの姿だった。制服から部屋着に着替える途中だったのだろう。床には学院の赤黒の制服が無造作に脱ぎ捨てられ、椅子に掛けられた部屋着に手をかけようとした所にばったり出くわしてしまった訳だ。


 一瞬の間ではあったが、アクトの網膜にはコロナの大人びた赤色の下着姿がばっちりと刻まれた。僅かな静寂の後、顔を青ざめさせた次に、段々羞恥で顔を真っ赤にしていくコロナが口を開きかけ――


「き、きっ……!」

「すまん!」


 アクトの行動は早かった。正直既に手遅れなのだが、彼は左手ですぐさま開いた扉のドアノブを掴んでこちら側に引き寄せると同時に、霞むような速度で右手を顔の前に持ってくる事で視界をシャットアウト。コロナが悲鳴を上げる前に部屋を脱出した。


「――入って良いわよ」


 アクトの神速の脱出劇から五分程経ち、部屋からコロナの声がした。前で待機していたアクトが今度こそ入り直すと、其処には白いセーターと黒いスカートに身を包んだコロナの姿があった。灯りは一切付いておらず、雲の間から差す月明かりだけがこの部屋の光源となっていた。


「……さっきは悪かったな。いきなり入ったりして」

「良いのよ別に、減る物じゃ無いし。けど……やっぱり見た?」

「いや見てな……いや、赤いのがばっちり見えちまったよ」

「~~ッ! そ、そう……」


 バツが悪そうに答えるアクトにコロナは若干頬を朱に染めるが、何時ものように怒ることは無かった。この短時間の間に一体どういう心境の変化だろうか、何時も怒る時は、純粋な怒りの感情十割だった彼女の中に「照れ」や「恥ずかしさ」にも似た感情が混じっているのは…


「そ、そんな事は置いといて! ……まあ、昼間は助かったわ。ありがとう」

「……リネアにも言ったがあくまで俺は、俺が気に入らなかったからそうしただけであって、別にお前らから感謝の言葉を逐一言われる筋合いなんて――」

「例えアンタ自身がそうなのだとしても、人の好意を受け取っておいて損する事なんて無いんだから、素直に受け取っておきなさい。現に、アンタがクライヴを投げ飛ばしてあの場をうやむやにしてくれたからこそ、今のアタシはこうして正気を保っていられるのよ」


 頑なに彼女らの感謝を拒んできたアクトであったが、コロナの的を射た指摘に思わず言葉を詰まらせてしまう。そう、進んで他者の好意を拒むような捻くれ者は、こういう正論に弱いのである。


「……なあ、良ければ聞かせてくれないか? お前の事、その…学院の連中が言っていた『イグニス家』の事についてさ」

「……」


 躊躇いがちに聞いたアクトの問いに、急に顔を青くしたコロナは暗い表情を浮かべながら暫くの間固まっていた。そして、意を決したように大きな溜め息を一つ吐く。


「……そうね、此処まで知られたんだもの。今更アンタに話さない訳にはいかないわね……良いわ、話してあげる。アタシの事、イグニス家についてね」


 そして、赤髪の少女はアクトを真剣な眼差しで見つめ、話し始める。自らの過去を――


「アタシの家、イグニス公爵家は帝国北方……霊峰アルカトラス山脈近郊の『ノースランド地方』を治める領主だったの。ノースランドは冬の厳しい寒さが特徴の、極寒の雪国で帝都やオーフェン程発展してはいなかったけど、私達はそんな寒さに適応しながら自然と共に生きてきたわ」


 領主()()()というのは、文字通り過去の事という意味なのだろう。


「辺境とは言え、かつてイグニス家はローレンの所のフェルグラント家と肩を並べる程の大貴族だった。帝国の懐刀と言われ、皇帝陛下からの信頼も厚かったと聞いているわ。そして、アタシはその家の次女だったの」


 自分の家族を自慢するのが嬉しいのか、心なしかコロナの顔に血色が戻っていく。


「それに、イグニス――『炎』を冠する名の通り、私のお父様……ベレヌス=イグニスは聡明な領主であると同時に、炎熱系魔法の高名な魔道士だった。幼い頃から魔法の教育を受けてきたアタシはお父様を尊敬していたし、お父様に負けないような魔道士になる事が目標なの」

「なるほどな。お前のその学生離れした技量はそういう事だったのか」


 幼少期から魔法の教育を受けている者は意外と少ない。それは貴族であっても例外では無い。魔法自体が持つ危険性や秘匿性だったり習得の難易度であったりと、理由は様々である。


 故に、大抵の者は中等部から魔法の起源や歴史・危険性についてたっぷり学んだ後、ようやく魔法に触れるのだ。


 イグニス家がフェルグラント家と同じくらいの大貴族であったならば、その家の子供に幼少期から魔法の英才教育が施されていても不思議では無い。ある意味、コロナとローレンは幼い時からのライバルだったと言う訳だ。


「帝国のずっと北……ノースランド地方のとある街で生まれ育ち、厳しくも立派だったお父様に優しかったお母様。そして姉様や使用人の人に囲まれて、アタシ達の生活は全てが順調だったわ。でも、その平穏は一夜にして崩れ去ることになったの。七年前に起こったあの、あの『炎の夜』に……!」

「お、おい! 大丈夫か!?」


 突如、体を掻き抱く様にしてコロナはその場で縮こまる。顔は真っ青にな上に体温は冷え切り、凄まじい動悸と共に心臓が暴れる体は尋常でない程に震えていた。

 

 ただ怖がっているだけの反応では無い。もっと根深い、トラウマの領域だ。


「はあ、はあ、はあ……あ、あの炎は……!」


 震えるコロナの脳裏に蘇るのは、「あの日」の記憶。瞬く間に焼け落ちる屋敷や街、悲鳴と共に右へ左へ逃げ惑う人々、命尽きた死体が焼き焦げる悪臭、自分を守る為に命を落とした両親、あの夜は自分にとって、終ぞ忘れることが出来ないこの世の地獄だった。


 そして……それらの元凶にして、全てを失った自らが追うべき、燃え盛る「黒い炎」――


「がはっ、はあ、はあ……だ、大丈夫。アタシもいい加減、乗り越えなきゃならない事だから……!」


 アクトが背中をゆっくりさすっていく内に動悸は治まり、コロナは乱れに乱れた呼吸を整えていくが変わらず顔は真っ青なままだ。


「本当に大丈夫かよ?」

「ええ、もう大丈夫……続きを話すわ。とにかく、ある晩の内に街はその家屋の八割が全焼、当然街としての機能は完全に停止、そしてアタシの屋敷も……」


 フラフラと立ち上がったコロナ、先程の弱々しい姿とは一転、手は出血せんばかりに強く握りしめられ、歯は折れんばかりに噛み締められ…今の彼女は怒りに打ち震えていた。


「お父様達は炎で燃え盛る街からアタシと姉様の二人を、秘密の通路で逃がしてくれたわ。辛くも脱出出来たアタシ達は夜中の極寒の吹雪吹き荒れる雪原で凍死寸前になりそうだった所を、間一髪救助に駆け付けた帝国軍に保護されたの」

「軍に?」

「その後は二年くらいの月日を軍の保護施設で過ごし、成人して独り立ちした姉様と別れた後は親戚の家を転々として、そして四年前、昔からお父様と仲が良かったというリネアのお父様に引き取られ、このエルレイン邸に来た訳よ……」


 全てを話し終え、またフラフラとへたり込みそうになるコロナを、横から差し伸べられたアクトの手が支える。やはり過去のトラウマを話すのはかなり体力を使うのだろう。


「ありがとな、話してくれて」

「全部じゃ無いわ……まだまだ話してない事が沢山あるし、大体の事情だけよ」

「そうか……じゃあ、学院の連中が言ってた落ちこぼれ貴族ってのはやっぱり……」

「ええ。現当首であるお父様やその妻であるお母様は死亡……イグニス家はその財産の全てを失ったわ。その上、長女である姉様はあの日から怪我や精神的な病を患って魔法能力の全てを失い、唯一イグニス家に伝わる魔法を受け継いだアタシはこの通りまだ子供。事実上、イグニス家は人や物に至るまでありとあらゆる全てを失い、最早『イグニス』とは名ばかりになったわ」


 暗く沈んだ表情でコロナは呟く。帝国貴族には当主の資格に男性や女性の区別は無いが、古くから続く由緒正しき大貴族の長を、魔法能力を失った精神疾患者や、能力はあれど未だ責任能力の低い少女に任せる訳にはいかないのだろう。


 コロナが言う「炎の夜」が何を意味するのかは不明だが、文字通り、たった一夜にしてイグニス家は歴史の表舞台から姿を消し、落ちこぼれ――没落貴族へとなり下がったという事だ。


「多分、今や只の一般人と大差無いアタシが、まるで過去の栄光を引きずるかのように未だイグニスの名を持っている事が、学院の連中には気に入らないのだと思う」

「……捨てようと思った事は無いのか? その名前」


 学院の連中がコロナを疎むのは単にイグニス家の事だけでは無いだろう。それは昼間の出来事の際、彼らの態度を見ても明らかだ。


 だが、名前を変えるだけでそれを少しでも和らげることが出来るのならそうする筈なのに、コロナはしていない。


「……そうね。名前を変え、別人として生きようと考えた事は一度や二度じゃ無いわ。でも、アタシはこの名を捨てない。姉様が表舞台から消えてしまった今、唯一残ったアタシがこの名を捨ててしまえば、何時かイグニスの名は誰の耳にも知られなくなってしまう。それはアタシが自分でお父様達の事を捨てるのと同じなのだから……」

「コロナ、お前……」


 弱々しく語るも、アクトが見たコロナの目は強い決意に満ちていた。そう、コロナ=イグニスという少女にとって、イグニスの名とは自分の過去から付きまとう忌み名などでは無く、両親を…誇り高き彼女の家族を忘れない為に受け継いだ絶対の希望なのだ。


「アンタは、アタシが躍起になって出場しようとしている校内選抜戦を勝ち抜いた先にある「若き魔道士の祭典」に優勝した時の賞品って何だと思う?」

「賞品? ああ、そういえば副会長さんが言ってたな。確か、優勝したチームが在籍する学院に一年間の予算優先権と、皇帝直々の表彰……まさかお前!?」

「ええ。『若き魔道士の祭典』を勝ち抜いて皇帝陛下の前に立った時、アタシは陛下にこう直訴するわ。アタシ、コロナ=イグニス……イグニス家は未だ健在だと。だから、その為の支援を約束して欲しいってね」


 今のコロナが帝国の重鎮達と直接会い、イグニス家の再興を図る方法はそれしか無かった。それは、全てを失った少女が理不尽なこの世界に対抗する為の布石、彼女は本気でかつての炎の大家を復活させようとしているのだ。


「軍に保護されている頃に思いついたこの計画……正直、迷ったわ。彼らに保護されている間にアタシは少しだけ訓練を受けていたから、このまま軍人になってキャリアを積み、出世してから行動を起こそうってね。でも、それじゃダメなの。アタシが大人になって力を得ていたとしても、その頃にはイグニスの名はきっと大衆から忘れ去られているわ……」

「だから、一番手っ取り早い方法でこの国のトップに会えるよう、ガラード帝国魔法科学院に入ったって訳か」

「そう。そして、「若き魔道士の祭典」に出場出来る一番の可能性を持っているであろう学院に入学する為にも、経済的にアタシを支援してくれる人物が必要だった。それが――」

「この屋敷の家主、つまりリネアの両親だったって事か」


 アクトの指摘にコロナは無言の頷きを返す。聞けば、リネアの両親は友人の娘であるコロナの目的を全て把握した上で独り身となってしまった彼女を哀れに思い、家に引き取ったようだ。


「こんなアタシを家族と言ってくれたお義父様やお義母様には感謝してもしきれないわ。それにリネアにもね。いきなりこの屋敷に転がり込んできた見ず知らずのアタシに良くしてくれて、アタシは本当に家族に恵まれていると思うわ」


 そう語るコロナはとても温かな笑みを浮かべていた。姉以外の家族を失いながらも必死に生きようと足掻いていた彼女にとって、第二の家族はかけがえのない大切な物となっていったのだろう。


「リネアはこの事知っているのか?」

「勿論よ。アタシの生い立ちや目的を全部知った上で協力してくれてる。ホント、あの子は優しい子よ。アタシには勿体無いくらいね」


 それはアクトも同感だった。彼女がアクトを利用しようとしたのも、結局は大切な親友を是が非でも守り抜き、前へ進ませようという一心だった。コロナと話す今、より一層あの金髪の少女の優しさがひしひしと伝わってくる。


 そして、リネアにとってコロナがそうであるように、コロナにとってリネアも大切な存在であるのだと。


「以上が、アタシの生い立ちと経緯よ。分かった?」

「……何て言うか、俺の予想を大きく上回る物だったな」


 昼間の反応を見る限り、並々ならぬ経緯があったのだと薄々感じてはいたが、彼女の過去はアクトが想像した物よりも遥かに壮絶で悲惨な物だった。


(表面的な性格的には全然合わなくても、心の奥底で俺がコイツに抱いていた親近感の正体がようやく分かったような気がするぜ)


 アクトとコロナは似ているのだろう。壮絶な過去を持っているという点で……


 自慢では無いし誇る気などさらさら無い、呪われた記憶ではあるが、アクトも若干十七歳にしては自分なりにもかなり壮絶な経験をしているという自覚はあった。


 それにコロナと違い、彼の中に明確に残っている記憶はエレオノーラと共に過ごした日々と戦場を駆けた日々…幼少期の記憶が全く残っていないのだ。それが異常な事だと自分でも分かっている。


(……放っておける訳無いよな)


 コロナもリネアと同じだ。自分の信念の為に、立ち塞がる困難を前に、日々苦悩し続けている。ならば何のしがらみにも囚われていない今の自分に出来る事は、彼女達が道半ばで折れないよう、支える事だ。かつて自分が守り抜けなかった「彼女」の二の舞にならないように――


「……なら、尚更負けるわけにはいかないよな。明日の校内戦。前にお前は言っていたじゃないか。魔道士は、他者の望みを踏みにじってでも前に進もうとする生き物だって。この校内戦に出る奴らだって、きっと同じ気持ちだと思うぞ」


 能力やら人数やらの些末な問題では無いのだ。アクトは知ってる。人間を突き動かす圧倒的な原動力……それは、揺るがぬことが無い無限の「思い」だ。能力は無くとも、限りなき思いを胸に行動を起こす者は、時として優れた知恵者の予想を超えた結果を出す。今のコロナに足りないのは、きっとそれだ。


「……? そうね、折角アンタがこうして助太刀に入ってくれたのだもの。このチャンスを逃す訳にはいかないわ。先ずは、あのクソ生意気なクライヴを叩きのめしてね」

「そうだ、その通りだ。なんだ、分かっているじゃないか。ようやく何時ものふてぶてしいお前に戻ってきたな。正直、さっきまでのお前は、本当にあのコロナ=イグニスか? ってずっと思ってたんだからな」

「う、うるさいわね! 仕方ないでしょ、誰だって思い出したくもない事をわざわざ口に出すのは嫌な物でしょうが!」

「ははは、そうだよな。まあ、落ち込んだかと思ったら家族自慢で急に元気になりやがるし、で今度はまた落ち込むし、過去の話を聞けた上に色んな表情のお前を見れて、こっちは満足だぜ」

「こ、この男……! ローレンがアンタを目の敵にしてる理由、今なら分かるわ……! ちょっとはデリカシーって物をわきまえなさいよ!」


 何時の間にかコロナの顔には血色が戻り、震えも止まっていた。そして何時もの感じで、アクトの軽口に過剰反応してしまう。


「ならよし、先ずはっと……」

「ちょっとまだ話はって、これは……?」


 おもむろにアクトは右手を差し出す。それは転入当時、自分に進むべき道を示してくれた少女への彼なりのけじめの付け方だった。


「俺は、別にお前の過去が何だかに興味はあまり無い。だがあの日、お前は学院との関わり合いに悩む俺に助言をくれたな…だから、これはその返礼だ。約束するよ。とりあえず『若き魔道士の祭典』が終わるまでの間…俺、アクト=セレンシアはコロナ=イグニスに全面的な協力を約束する。これはその誓いだ」

「……! あれだけ過去を掘り返してくれたのに、随分安い反応してくれるわね……ええ、頼りにしてるわアクト。クライヴ達を倒したとしても、あの生徒会長のチームを倒すには絶対アンタの力が必要になると思うからね!」


 そう言い、コロナは差し出された手を力強く握り返す。全てを話して楽になったのか、アクトと喋っている内に恐らく何処かで何かが吹っ切れてしまったのだろう。今の彼女は完全に何時もの生意気で強気なコロナ=イグニスだった。強いて言うならば、少しだけ素直になった事だろうか。


「そうと決まれば、明日に向けてしっかり腹ごしらえしなきゃね!」

「「リネア!?」」


 突如現れた第三者――リネアの登場に、二人は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。彼女は大きな盆を両手で持っており、その上には三つの皿に盛られた複数のサンドウィッチが香ばしい熱気を立ち昇らせていた。


「あ、美味しそう! そう言えば夕飯食べてないんだった……」

「てか、サンドウィッチって熱い物だっけか?」

「普通は生の生地に具を挟むだけだけど、今回は生地を蒸してみたんだ。今日は寒いしね。冷めない内にどうぞ召し上がれ!」


 リネアの音頭と共に三人は少し遅い夜食をとることとなった。夕飯を抜いた上に、今日一日で様々な事があって疲れていたコロナは、幸せそうな表情でサンドウィッチを頬張っていた。そんな彼女の様子をアクトとリネアは優しく見守る中、リネアがアクトに耳打ちする。


(ありがとうアクト君。お陰でコロナ、完全復活したみたいだね)

(まあな。こういう過去の出来事でうじうじ悩んでる奴には、さっさと気心知れた奴に全部話させてスッキリさせた後、ちょっと煽ってやれば直ぐに元気になる物なんだよ)

(それ、凄い荒療治だね……まあ、コロナが元気になればそれでいっか)

(それより聞いたぜ。リネアやお前の家族の事、色々とな。随分とまあ親切な家族じゃねえか。ちょっと妬けちまったぜ)


 アクトの軽口にリネアは照れくささに頬を若干頬を朱に染める。実際、まともな家族の温かみを知らない彼にとって、彼女や彼女の家族は眩しかったので嘘では無いのだが。


「とにかく、明日からは忙しくなるな」

「う、うん。校内戦は最低でも一週間に一回は必ずあるからどの週も油断出来ないよ。去年も結構手強かった上級生のチームと戦った次の日に生徒会長のチームと当たっちゃったから……」

「なるほどな。何時でも気を抜くことなく、常に万全のポテンシャルを発揮すべし、か。あの偉そうなババァが考え付きそうな事だぜ。面白い、やってやろうじゃねえか…って、おいコロナ、それ俺の分!!」


 魔法を嫌っている自分が、不思議とこれから戦うまだ見ぬライバル達に想いを馳せ、僅かながら期待に胸を高鳴らせていると、アクトの皿からは彼の分のサンドウィッチが消え、コロナの口元の運ばれようとしていた。


「何しやがる!? 返しやがれ!」

「良いじゃない! アンタちゃんと夕飯食べたんでしょ! ケチケチしないの!」

「お前がちゃんと夕飯食べに来ないのが悪いんだろうが! なのにちょっと学院の連中に悪口言われたり、昔の事を思い出したくらいでしょげやがって! メンタル紙切れかお前は!?」

「それが弱った女の子に言う台詞!? 信じられないわ!」

「はっ、弱った女の子って言うならもう少し可愛げがあるもんだろうが。っていうがな、結局さっきの話もテメェの家族自慢と昔話で自己完結したじゃねえか。俺の入る隙間無かったし!」

「こ、この男……! やっぱりアンタの事は気に入らないわ!」

「それはこっちの台詞だ!」

「まあまあ二人共落ち着いて! お代わりはあるから!」


 住人である赤髪の少女の復活によって一時は寂しく静かな空気が流れていたエルレイン邸に、騒がしくも明るい活気が戻っていくのであった――



◆◇◆◇◆◇



 それはオーフェンの()()()()()()()()で起こった出来事だった。濃密な氷霧が渦巻く極寒の空間の中、


「ぐおぉぉぉ……! があああああ!?」


 男の苦悶の呻きが響き渡る。その手には一振りの長剣が握られており、その剣からは紫色の謎の光が発されており、それと同時に放たれる瘴気とも似た怪しいオーラが男を蝕んでいた。


「ふむ、適合率70%という所ですか。やはり完全な適合に達するにはまだまだ調整が必要の様ですね。しかし、戦力としては十分な底上げにはなるでしょう。そして、彼らは……」


 「魔剣」を地面に突き立てたままその場で荒い息を吐き続ける男――クライヴを前に興味深そうに観察を続けているぼろローブの男は、彼の後ろで倒れ込む四人の手下達を見遣る。


 完全に意識を失っている彼らにも、クライヴの「魔剣」から生じる瘴気の一部分が流れ込んでいた。


「彼らはあんな所でしょう。まあ、戦力としては幾分かマシになるでしょうが……さて、『組織』から渡されたこの『人工魔剣』。僕からしてみれば()()()()()でしかないこの武器で一体何処まで戦えるのか、楽しみにしていますよ、コロナ=イグニス。フフフ……」


 コロナとクライヴ、二人の因縁の対決を邪魔せんとする不穏な気配。それを予感させるかのように今も尚苦しみ続けるクライヴのさせ呻き声と、ぼろローブの薄ら寒い笑い声が極寒の路地に響き渡るのであった。


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