08話 参戦
朝の小さな騒動の後、担任であるクラサメ=レイヴンスが現れ、朝のホームルームが始まった。
「早速だが、本日で『校内選抜戦』のチーム登録が締め切られる事になる。選手として他チームへの参加は可能だが、自身でチームを一から作る事は出来なくなるので注意するように。また……」
(校内選抜戦…‥そう言えば転入した日に、副会長さんがそんな事言ってたっけな)
あれから副会長のシルヴィには一度も会っていないが、彼女もアクトに参加を勧めていた。正直、今のアクトの立場的に参加するかどうかは微妙な所だった。
(チーをム組もうにも、俺と組みたがる奴なんて居る訳無いしな。俺には関係無い話か)
「そして、追加の連絡事項だが、明後日に行われる予定だった『選択専攻演習』が急遽今日行われるようになった。選択者は所定の位置に遅れないよう集合するように。以上だ」
淡々と連絡事項を話し、クラサメはあっという間に教室を去って行く。去り際、一瞬視線が席の最上段、アクトの方を向いたような気がしたが、本人が気付くことはなかった。
そして、授業を二つ程こなし、遂に件の「選択専攻演習」の時間がやって来た所で、コロナがアクトの元を訪れた。
「アンタ、今日の選択演習もサボる気?」
「ああ、そのつもりだ。てな訳で、アレ頼めるか?」
「……はぁ、アンタも変わり者よね。初めての演習であんな事しでかしたかと思えば、今度はアタシにこんな事をさせるなんて。まあ、アンタに言った手前、協力はするわ」
「選択専攻演習」とは、高等部一年次から設けられる新たな授業で、通常のカリキュラムに含まれる授業では取り扱われない、より専門的な分野の魔法学を学ぶ授業である。
若き魔道士の将来の進路決定を見据えた物で、任意性だがほぼ全ての生徒がどこかしらの分野に所属している。この学院に関わらず、全ての魔法科学院で積極的に取り組まれているものだ。
例えば、魔導工学技士志望のマグナはそれに特化した講座を、得意分野である治癒術を高めたいリネアもそれに適した講座を、そして、コロナとアクトが選んだのは魔法演習――文字通り、魔法を使った戦闘訓練だ。
「――よし、感度良好だ。流石の腕だな、コロナ」
『この借りは大きいわよ。今日は高めのランチ奢ってもらうわよ』
「へいへい、分かってますよっと」
宣言通りサボったアクトがやって来たのは、転入時にも訪れた校舎棟の屋上だった。そんなアクトは耳に宝石の様な物を付けており、怪しげな光を放つそれは、遠く離れた人物と会話する事が出来る魔導具「遠隔交信器」だ。
アクトは床に胡坐をかいて座り込むと、己の内側に秘めた魔力を熾し、コロナから譲渡された魔法を起動する。魔法を使えないアクトが、魔法を行使出来る数少ない手段の一つが仮契約による魔法の永続付加だ。
今、アクトとコロナは一時的に主従関係を結び、コロナが自身に掛けた魔法を、アクトと共有している形になる。
アクトの視線の先には何も無い空――では無く、宙に投影された複数の映像だった。それは何処かの大きな部屋だったり、屋外のある場所だったりする。そう、今アクトは現在行われている選択演習の内容を盗み見ているのだ。
あのエレオノーラが、帝国が力を注いでいる選択演習の内情を把握する事、それがこの学院を見極める上で欠かせない重要な点だと判断したアクトは、コロナに協力を仰いでこのような仕掛けを整えたのだ。
本来なら特定の場所を覗き見るこの魔法を、片手間に複数同時起動出来るコロナの学生離れした技量の高さには、さしものアクトも驚きを隠せなかった。
「さてと、始めますか……」
早速、アクトは映し出された映像を一つ一つ丁寧に見ていく。特に、魔法を使った実戦演習を重点的に。映像の中にはアクトが顔を知っている者も映っており……出来れば見たくもないが、先程アクトに突っかかってきたローレンの姿もあった。
(……強い)
訓練相手は名も知らぬ二年次生、単純な学力でコロナとほぼ互角と言うだけでなく、実戦技能でもコロナに次ぐ実力を持つと言われる彼女は、戦闘開始から僅か数十秒で相手をあっという間に追い込み、降参させてしまった。
(流石、学年ナンバー2って所か。相手の動きに合わせて、その場その場で最善手を繰り出してるな。的確に対応することで敵から選択肢を奪い、粗末な攻撃を仕掛けてきた所を瞬殺、か。戦術面という点ではコロナを凌いでいるかもしれない…)
コロナの方と言えば、卓越した能力によるゴリ押しだ。訓練に使われているのは威力の低い非殺傷の初等魔法だが、彼女の習得している魔法の数、呪文の詠唱速度、その他の技量……どれを取っても他より突出している。
あれ程の速度と物量で押されれば、並の魔道士では反撃すらままならないだろう。成績面でも、魔法やそれに類する以外ではローレンに軍配が上がるが、肝心の魔法関係においてはローレンでさえ、彼女には及ばない。
卓越した理論と戦術で徹底的に詰めるタイプのローレンに対し、己の能力一筋で相手を圧倒するタイプのコロナ……ライバル関係の二人だが、その戦い方は対極の関係にあると言っても過言では無かった。
(コロナ、確かにお前の力は凄いよ。同い年でそこまで強い魔道士を俺は見たことが無い。でもな、その戦い方じゃ、何時かきっと限界が来てしまう。魔法はチカラの一つだって言ってたお前だからこそ、俺にはその戦い方が――あ? なんだコレ、映像が――!!??)
その時だった。投影された映像達にノイズが走り、大きく乱れたかと思えば、アクトの背後に、この世の物とは思えない圧倒的な存在感を放つ「何か」の気配が生じた。尋常でない、超常的な「何か」が……!
(誰だ、これだけの気配にどうして今まで気付かなった!? とにかく剣を――何!?)
突如現れた「何か」に対応するべく、迅速に行動をするべく飛び上がろうとするアクトだが…その体はまるで固定されたかのように指一本動かすことが出来なかった。
(う、動けねえ……恐怖や委縮で体が動かない訳じゃ無い。ならこれは魔法的な現象による物……まさか、東方に伝わる呪術「金縛り」ってヤツか!?)
背後に得体の知れない「何か」が居るにも関わらず、胡坐をかいたまま動けないこの状況に歯噛みしつつ、焦燥に駆られながら必死に体を動かそうと躍起になるアクトだが、体どころかアクトを取り巻く周囲の空間そのものが固まってしまったのかようだ。
(クソクソクソッ!! 頼む、動いてくれ! このままじゃ――え!?)
その時、必死になるアクトの両頬に冷たい何かが触れた。感触から察さるに、それが「何か」の手である事は分かった。不思議な事に、背後からは変わらず尋常でない気配が生じているのにも関わらず、アクトは触れられた冷たい手からは恐怖などの感情は湧かなかった。むしろ、外は冷たいが何処か心が落ち着くような温かみのある芯があった。
(一体、何なんだ……?)
そして、「何か」は両手をアクトの頬に遣りながら彼の顔に近づき、本当に薄く吐息を吹きかけた直後、突如アクトの総身に感覚が戻り、動けるようになった。
「誰だ!?」
バッと勢いよく飛び上がり、素早い身のこなしで背後へ振り向き、腰の剣を抜いたアクトの目に映った物、それは――特に何かがある訳でも無い、屋上に取り付けられた給水塔だった。
「なっ!? 今、何かが……」
あまりの突然の出来事に、動揺を隠せないアクト。気付けば、先程まで感じられた圧倒的な気配は何時の間にかさっぱり消え失せていた。
「一体、何だってんだ……」
幻覚と片付けてしまえば簡単だろう。だが、今の体験を只の幻覚と一蹴するのは無理がある。それに、この世界は超常が溢れる魔法の世界だ。最早、今まで不可解とされていた謎の現象を完全否定するのは不可能なのだ。
『……ちょっと、聞いてるの?』
呆然とするアクトを呼び戻したのは、彼の制服の上着のポケットにしまわれていた「遠隔交信器」だった。交信器から聞こえてきた高めの声の持ち主は勿論、コロナだ。
「お、おう。どうしたコロナ?」
『どうしたじゃ無いわよ! 何回コールしても出ないから心配したじゃない』
「ああ、悪かったな。それにしても、お前が俺の心配なんて明日はきっと嵐か雷だぜきっと。傘持って行かないとだな」
『はあ!? 馬鹿言ってんじゃ無いわよ! それより、もう授業終わったから魔法切ってるわよ! アンタとの仮契約も切ってるからね』
まだ混乱の最中にあるアクトがまた妙な事を言ってしまい、コロナがそれに反応して怒鳴る(恐らく顔を赤くしているだろう)。アクトが居候してからこの二人のやり取りがテンプレになっていた。
心を落ち着けたアクトが見れば、先程まで展開されていた映像は全て消えていた。先程のノイズ…「何か」によってコロナが起動していた魔法が干渉されていた事になるが、それも含めて一度話さなければならないだろう。
「あ、ああ。悪かったな。それで、ちょっとお前に話したい事があるんだが、良いか?」
『……? まあ良いけど。じゃあリネアと合流するから食堂に集合ね。後、忘れてないと思うけど、今日の昼食は高級ランチだからね』
「へいへい、分かりましたよっと…‥‥」
苦々しそうな表情を浮かべながら、アクトは交信器の回線を切断してポケットにしまう。この魔導器、非常に便利なのだが、そもそも転入当初エレオノーラから受け取った試作品で消費魔力が多く、長時間の使用は出来ない。
ちなみにコロナが持っているのは元々エルレイン邸に常備されていたのを持ち出した物だ。勿論、事実上の家主であるリネアの許可も貰っている。
(結局、今のは何だったんだ……)
何一つ分からないこの状況に若干苛立ちながら、アクトは屋上を去って行く。
――アクトが去った後、「それ」は給水塔の上に立っていた。年齢的には十歳程だろうか、小柄な体を、サイズ的に特注したであろう学院の制服に包んでいる。
鮮やかな銀色の長髪を風になびかせ、中性的な顔立ちに秘める濃い灰色の瞳に見止められた者は、常人なら思わず見惚れてしまうだろう。それ程までに「それ」はある種の魅力に満ちていた。人間離れしていると言っても良い。
『……』
「それ」は、大時計を除けば恐らく学院で一番高い場所からオーフェンの街を見据える。その表情が抱える感情は完全な「無」で、まったくと言って良い程読み取れない。
……だが、感覚の鋭い者なら一目で気付くだろう。「それ」の美貌が放つ異質さに、「それ」の表情の無機質さに、「それ」が纏う気配の異常さに、それが、人間では無い事に……
直後、一際大きい風が吹き抜け、舞って来た木の葉が「それ」の姿を一瞬隠したと思えば、次の瞬間、「それ」は跡形も無く消え失せているのだった――
◆◇◆◇◆◇
「妙な何かが居たー? 何言ってんのアンタ?」
「おいおい、信じてくれよ。お前の魔法にだって影響が出たんだからさ……」
選択演習が終わり、アクトはコロナとリネアと合流し、食堂へ向かった。途中、何故かマグナが付いて来てのだが、人数が増えて特に困る事は無いので拒まれることは無かった。
約束通り、アクトはコロナに高級ランチを奢り、彼は一番低額のパンをちまちまと食べて偽りの満足感を得ていた。リネアとマグナは普通の定食だ。
「っても、不思議な話だよなぁ。アクトの話を聞く限りじゃ、指一本動かせなかったんだろ?」
「うん、そう聞くと怖い話だよね……」
それぞれのおかずをつつきながらリネアとマグナが感慨深く呟くが、二人共半信半疑と言った様子だ。まあ、言っている事が言っている事なので無理もないのだが。
「アレを気のせいって言うのは流石に無理があるぞ。俺の体が覚えてる」
「でもアンタと仮契約してるアタシの方には何の影響も無かったわよ。アンタには悪いけど、その話を完全に信じることは出来ないわね。あっ、このお肉美味しい」
「だよなぁ……ってかコロナ、折角奢ってやったんだからもうちょっと味わって食べろよ! もう半分くらい食ってんじゃねえか!」
「うるさいわね! 先にアンタに協力してあげたのはアタシでしょ。文句言わないの!」
「ほんとお前ら、仲良いよな」
「「仲良くない!!」」
この辺りで、アクトが体験した奇妙な出来事の話はお開きになり、その後は普通に楽しい昼食の時間を満喫していたのだが……
「よう、コロナ=イグニス」
「……!」
突如聞き覚えの無い野太い声がしたかと思えば、アクト達四人の空間に複数の人間が無遠慮に踏み込んできた。
「アンタは……」
「久し振りだなコロナ。直接会うのは去年の選抜戦以来か」
訪れたのは五人、全員アクトの記憶に無い学院生だ。中でもリーダー格らしき大男は印象的で、逆立った短い茶髪に改造・着崩した制服、耳にピアスを着け……いかにも「不良」という感じだった。
「おうおう、テメェも居るじゃねえか噂の転入生。前は俺の仲間が世話になったじゃねえか」
「……あ? 俺の事か?」
まさか声を掛けられるとも思わなかったアクトが、遅れて反応する。その時彼は、大男の背後に立つ男が、自分に憎悪にも似た敵意を向けているのに気付いたのだ。
(そう言えばあの生徒、何処かで…‥‥そうか、俺が初めて参加した選択演習の時に戦った奴か)
今では全サボりを決めているアクトだが、二年次生になって初めての選択演習には一応参加していたのだ。その授業は今日と同じ魔法による実戦訓練だったのだが、その時戦ったのがあの男である。
当然魔法嫌いで、ロクに魔法を使えないアクトに戦う気など最初から毛頭なかった。魔法を行使しようともしない事に業を煮やした相手は、怒り気味に魔法を放ったのだが、何の捻りも無い学生の魔法が彼に当たる筈も無い。
元々、始める前から妙にウザったらしく絡んでくる男だった。訓練が終わるか、相手の魔力が切れるまでずっと避け続けるのも芸が無いと思ったアクトは、一気に距離を詰めて足払いを掛け、勝利としたのだった。
それはそれは屈辱的だっただろう。魔法ですら無い只の体術に良いようにされて負かされたのだから。これ程の憎悪を向けられるのも当然だった。
「まぁ、そっちの転入生は良い……おいコロナ、明日から始まる校内選抜戦の一回戦だがな……何と、俺達とお前のチームが戦う事になったぜ」
「なっ、どうしてそんな事知っているの……クライヴ=シックサール」
「ククッ、そこは企業秘密だ」
クライヴ、と呼ばれた男子生徒は口元をニヤリと歪ませる。その間、アクトはリネアに近づき、小さく耳打ちする。
(リネア、アイツ誰だ? やけにコロナの事を知っているようだけど……)
(四組のクライヴ君は昔から問題児でね、中等部の頃からコロナとよく揉めてたんだ。高等部に入ってからはお互い日常的に揉める事は無くなったんだけど、その代わりに去年の校内選抜戦で二人は戦って……)
(コロナが勝ったって訳か。なるほど、問題児ねぇ……俺と今のアイツ、どっちの方が問題児だと思う?)
(そ、それはちょっと分からないかな…‥‥)
大方の事情を知ったアクト。確かに、このクライヴとか言う男からは確かな実力を感じる。リネアの言う通り、コロナとある程度張り合える程の力量を持っているのだろうが……見た目的に、ローレンの様な戦略家タイプでは無いだろう。
恐らくはコロナと同じタイプだが、能力面において彼女と渡り合える人間はそういないはずだ。
「嬉しいぜコロナ。去年惨敗を決した雪辱をいきなり晴らせるんだからな……だがなコロナ。お前、チームはどうした?」
「……!」
クライヴの指摘にコロナは表情を硬くする。コロナが去年の校内選抜戦に出ていたのも驚きだが、どうやらこの二人の間にはただならぬ因縁があるようだ。
(チーム? 選抜戦って一人じゃ参加出来ないのか?)
(うん。校内選抜戦に参加するには原則最低三人以上のチームじゃない駄目なんだ。去年はコロナと私、そして同じクラスのローレンの三人で出たんだけど……)
(ローレンが!? あんなコロナと正反対みたいなタイプの奴とか?)
(ま、まぁ、その辺は色々あったんだけど……)
次々と明らかになる新事実にアクトは若干混乱してしまう。
「……メンバーは、今探してるわ」
「おいおい、参加締め切りは今日だぜ。俺の情報網によると、参加申し込みをしておきながらメンバーが揃ってないチームはお前の所だけみたいだぜ。一人は其処に居るリネアだろうが、今日中にもう一人見つけられるのかよ?」
「……」
クライヴの言葉にコロナは言葉を詰まらせてしまう。その光景にアクトは内心驚愕していた。「強気」の二文字で生きているようなコロナが押し負けている。見るからに不良そうなクライヴなど、相手取るのに絶好の標的のはずだ。
「まあ無理だよな! お前のその才能に追いて来れる奴なんて同じ二年次に居るわけが無いし……中途半端な落ちこぼれ貴族のお前に力を貸してくれる奴なんて居る訳も無いよなぁぁぁ!? はははははははははははっ!!」
「……っ!」
わざと食堂に居る全員に聞こえるよう、クライヴは大声で笑い、彼の手下もそれに続く。そして次の瞬間、
(クスクス……)
(まあ当然だよなぁ。何てったって、あのイグニス家だからな……)
(流石、天才様は抱えてる悩みが違うよな。まさか人が集まらなんて、ざまあみろ……)
(一匹狼ぶっちゃって、可愛いそうに……フフフ)
聞こえないようにしているようだが、アクトの優れた聴覚は一言一句逃さない。五人組の笑い声に同調するかのように、周りの席からコロナに注がれる様々な悪態……嘲笑、中傷、軽蔑、嫉妬。
(コイツら……そうか、そういう事だったのか)
アクトは全てを察した。コロナがクラス内で微妙に浮いていた事や、リネアを始めとしたごく少数としか話さない事を。それに加え、以前からコロナは時折、昼休みや放課後に一人教室を抜け出している事が多々あった。
その目的は恐らく、来たる校内選抜戦に向けて三人目のメンバーを集める為なのだろう。だが、現実はそう上手く行かない。そもそも、メンバーが集まらないのもある意味納得だった。
魔道士は軍事的に利用されている反面、世界の真理を追究する――漠然としているが、歴とした研究職だ。そして、何時の時代もそういう人種には嫉妬や羨望などの悩みが付いてくる。
自分達が、この世の真理を解き明かし、国の為に貢献する事が出来る「魔道士」という高尚な者であるという自覚があるからこそ、彼らが抱く嫉妬の根深さをアクトはよく知っているのだ。
「落ちこぼれ貴族」と言うのはよく分からないが、コロナを取り巻く彼らの負の感情の根底にある物……「嫉妬」がそれをより助長している。
「去年であれば状況が違ったのかもしれないがな、人数が集まらない上に去年、生徒会長の率いるチームに負けたお前と組みたがる奴なんて居ないんだよ! 前にお前と組んでたローレンもお前の元を去ったからな! リネアも、こんな奴に付き合い続ける必要なんて無いんだぜ」
饒舌に喋るクライヴだが、大切な親友が大衆の前で侮辱されるという事実に黙っていない少女が一人居た。
「そんな言い方って無いよ! コロナだってこの一年間必死に頑張ってきたんだよ! それは私が保証する! コロナに謝ってクライヴ君!」
リネアは必死にコロナを擁護しようとする。嫌われ者を擁護する事で自分の立場が失われるかもしれない……そんな危惧など一切無しに、少女は叫ぶ。
「そうだぜ! 大体、コロナがお前らに何をしたって言うんだ!」
マグナは別にそこまでコロナと仲が良い訳では無い。だが、今この瞬間、多少なり関わってきたクラスの人間の窮地に乗り出さない男では無かった。
「はははっ!! 落ちこぼれを落ちこぼれと言って何が悪い? コロナ、幾らお前の魔法の才が圧倒的でもな、お前があのイグニス家である限り、何処にも居場所なんて無いんだよ!」
クライヴは笑う。笑い続ける。マグナや聖女・リネアの猛烈な反論も大衆の前では塵芥と消える。最早、この流れを止められる者は居ない。もし、止められるのはそれは――
「……もう良いわよリネア。マグナも感謝してるけどこれ以上は止めて。アンタ達まで除け者にされることは無いわ。事実、アタシは没落した貴族の娘なんだから……」
二人の援護も虚しく、俯きながら力なく呟くコロナ。その手は震えている。あの気丈な彼女がこうまでして弱っているという事実に、此処まで静観を続けていたアクトは……静かな怒りに打ち震えていた。
(ほぼ部外者の俺には分からないし、口を挟む資格も無いのかもしれないが……気にいらねえな)
コロナを寄ってたかって嘲笑うクライヴや周りの連中にもだが……今こうして嘲笑の憂き目に遭いながらも、反論一つしないコロナにも……
(出会って一週間の俺が言うのも何だが、気弱なお前なんてお前らしくも無いぜ。この流れを止める為に今の俺が出来る事、それは――)
「ははははっ!! ほらコロナ、お仲間が精一杯反論してるぜ。お前も何か言ったらどうだ? まあ、今のお前に協力してる奴なんて居る訳無いがなへぶっ!?」
突如、饒舌に喋るクライヴの口が塞がれた。それも、横から伸びてきた謎の腕によって物理的に。その腕は片腕にも関わらず大柄なクライヴの体を持ち上げていく。
「ガタガタうるせえんだよ。このデカ男」
「テメェッ!? 何しやがる!?」
バタバタと宙を浮きながら拘束から逃れようと、みっともなくもがき続けるクライヴにも動じること無く、彼を持ち上げ続ける腕の持ち主――アクトは、目に静かな怒りを灯しながら体を勢いよく一回転させ、その巨体を投げ飛ばした。
「がっ!?」
「「「うわっ!?」」」
投げ飛ばされたクライヴは近くでコロナの事を馬鹿にしていた生徒達の机へ投げ飛ばされ、その生徒達と諸共に割れ落ちた食器と共にその場に尻餅を付いた。
「けほっ、けほっ……テメェ!! 何のつもりだ!?」
「何のつもりだ、か。そうだな…先ずはこの場でこの女を笑いやがったクソッタレ共をお前みたいに投げ飛ばそうかなと思っただけさ」
「「「「「ッ!?」」」」」
アクトの言葉に周囲の生徒全員が驚愕の表情を浮かべる。クライヴの様な大男を片腕一本で投げ飛ばした今の光景を見れば当然の反応だ。だが、言葉だけでは無い。実際にやってしまいかねないと彼らに予感させる程、猛烈な気迫がアクトから放たれていたからだ。
遠巻きに見ていた生徒でさえも震え上がらせる程の…濃密な殺気。比較的近くに居た者の中にはその場にへたり込んだり、短い悲鳴を上げている者も居る。この時、この凍り付いた空気の完全なる支配者は、恐ろしいほど冷たい目をした黒髪の少年だった。
「お、落ち着けよアクト。そんな真似したらそれこそ停学…いや、退学ものだぜ……」
「そうだよアクト君! とりあえず、今は落ち着こう? ね?」
濃密な殺気に飲まれかけながらもアクトを制止しようとするリネアとマグナであったが、二人の言葉は今のアクトには届いていない。
「あ、アンタ……な、何で……?」
そんなアクトに対して、コロナはこの中で誰よりも驚いていた。それは、彼のいきなりの暴挙にでは無く、彼が自分の為に動いてくれた事にだった。コロナも其処まで鈍くない。アクトがこの状況を破る為に、強引にクライヴを引き下がらせようとした事を。
リネア達の言葉に反応一つ示さなかったアクトであったが、掠れるようなコロナの弱々しい声に、初めて口を開く。
「勘違いするなよ。今必死になってお前を守ろうとしてたリネアやマグナの為もあるがな、俺はこの状況が気に入らないからやりたいようにしただけだ。それにな、大体似合わねえんだよ。あんな奴に良いように言い負かされて、落ち込んでるようなお前の姿はよ」
そう言い残し、未だに固まっているクライヴ達に向けて、アクトはこう言い放った。
「一つだけ、お前らの間違いを訂正してやるよ。コロナはチームが組めない? いや、ちゃんと組めるぜ。何故なら……この俺が参加するからだ!」
彼がそう言い放った後に暫くの静寂が訪れ……
食堂内に、大勢の人間の驚愕が響き渡った。