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魔導帝国の英雄譚 〜そして少年は英雄になる〜  作者: 愚者
1章 学院生活編(上)~魔法嫌いの剣士~
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07話 嫌われ者の朝

 

 ――早朝、寝覚めが早き者は既に動き出し、殆どの人間は未だに微睡んでいる時間帯だ。そんな中、城塞学園都市オーフェンの、ある屋敷の中庭にて、


「……フッ! シッ!」


 花壇に咲く美しく整えられた花々に付着した朝露を、気迫の籠った鋭い声と共に吹き抜ける風が散らす。アクト=セレンシアはまだ日も登り切っていない肌寒い空の下、一人、訓練用の木剣で朝の訓練に取り組んでいた。


「フゥゥゥ……セイッ!」


 人体が発する通常の吸気音とは異なる呼吸を伴いながら繰り出されるアクトの素振りは、高速の一言。剣が魔法に取って代わられて以来、動作の美しさを重視する演舞用の現代剣術が栄えたが、彼の剣術はそれとは真逆だ。


 極限まで無駄を廃した一挙手一投足による斬撃は高常人には目視すら困難な領域、()()()()事に特化した剣だ。そんな流麗さとはかけ離れた実戦的な技だからこそ、極められた技術の高さによる、ある種の美しさがあった。


「……ふう、今日はこんな所か」


 ひとしきり剣を振り終え、額に滴る僅かな汗を拭いながらアクトは一人呟く。早朝の肌寒い寒風が訓練で火照った彼の体を冷まし、心地の良い快適さをもたらす。


(生活がようやく一段落したから再開した早朝訓練だが、やはり暫く剣を振るわないだけでも動きの精度が落ちている……まあ、師匠といた時は四六時中訓だったからな)


 アクトが学院に転入してから約一週間が経過した。エルレイン邸に居候する事を出張から帰ってきたエレオノーラに報告した所、あっさり許可を貰った。と言うより、元々彼女はアクトの住居については何も考えていなかったらしく、結果的にリネア達に拾ってもらえたのは幸運と言えた。


 去り際、エレオノーラはアクトに「間違いを起こさないように」と言ったのだが、アクトにはこの意味が未だに分かっていない。


(やはり俺もまだまだ甘いな。気を付けなければ……)


 特に、今アクトが通っているのは剣術とは無縁の学校だ。常在戦場、何処であろうと常に神経を張り巡らせなければ、凶事は何時だって不意に訪れるのだ。何も起こらなくとも、日常の平穏は容易く熟練の兵士から警戒心を奪う。要は心持ちの問題なのだ。


「……そうだ。折角だし、あれの練習もしておくか」


 思いついたが早いが、再び剣を正面に構えたアクトから先程と同じ様な重低音のする吸気音が発され、その深さは彼が息を吸うごとに深く深く深く……


「……シィィィィッ!!」


 刹那、先程の素振りとは比べ物にならない程の速度で振るわれた木剣が八閃、宙を斬り裂き、その余波で小規模の衝撃波を生み出した。只の人間が剣を振るうだけで衝撃を起こす、明らかに人間の力を大きく逸脱した力と速度だった。


「何かと思って来てみたら、凄いわねアンタ」

「!」


 超速の八連撃を繰り出し、暫く固まっていたアクトに向けて少女の声が発せられた。彼が声のした方を向くと、其処には腕組みして少し驚愕に目を見開いている燃えるような赤髪の少女――コロナの姿があった。彼女は既に学院の制服に身を包み、準備万端といった様子だ。


「なんだ、コロナか」

「なんだって何よ。朝起きたら中庭から声がしたから見に来ただけよ。それにしても、凄いわねさっきの技。どういう仕組み?」


 驚愕から一転、むすっとした相変わらず不機嫌な表情でコロナが尋ねる。


「ん? ああ、今のやつか? 実はな俺、人間じゃ無いんだ」

「は? 馬鹿言ってないで、さっさと身支度整えてこっち手伝いなさい。リネアももう起きて朝ご飯の準備してるわよ」


 アクトの軽口を一蹴し、コロナはさっさと屋敷の中に戻って行ってしまう。そんな彼女を追い、「つれねえヤツ」と小声で呟きながら、アクトも苦笑いを浮かべ付いていくのだった。


「何か言った?」

「いや何も」




 ◆◇◆◇◆◇


 エルレイン邸の朝は早い。彼らは日が昇るのと同時に動き出し、各々に割り振られた仕事をこなす。リネアとアクトは朝食作り、料理超下手なコロナは屋敷内の見回り及び、留守中の屋敷を無法な輩から守る警報・防御結界の点検と言った具合だ。


「アクト君~もう出発するよ」

「相変わらず準備遅いわね。ほら、さっさとしないと鍵閉めるわよ」

「ちょっと待てって。そう急かすな…」


 朝食を済ませた後はそれぞれ思い思いの時間を過ごし、授業開始一時間前には彼らは出発する。授業が終わった後は特に何も無ければ、時折夕食の買い出しをして帰る。これがアクトが居候してからの一日の流れとなっていた。


 屋敷を出た後、学院のある丘陵地帯に向けて三人は話ながら街道を歩いて行く。正確には仲良く喋る女子二人の後を、特に何か話す事も無く暇そうにしているアクトが付いているだけなので、傍目には全く関係の無いようにも見える。


 更に、コロナとリネアはこの居住区の住人からかなりの人気があるらしく、登校する時にはひっきりなしに声を掛けられたり、帰りにはお裾分けを貰っていたりする。これは、この地一体のリーダー的存在であったリネアの両親の人徳による物だと、彼女は照れくさそうに話していた。


 そうして三十分程かけて、三人は街道から離れた道を進み、正門のある小高い丘に設けられた舗装道路を登り、遥か天空にまでその威容を誇る大時計塔の根元に到着した。


「三人ともおはようさんっと」


 教室に着いた彼らに最初に絡んできたのは、アクトの隣の席でクラス内で彼が話せる数少ない学院生である茶髪の少年――マグナ=オルビスだった。性格的に人付き合いが苦手な彼に勿論、他クラスで話せる人間など存在しない。


「おはようマグナ君。何時も早いね」

「よっ、リネア。実はな、昨日は学院に泊まり込みでずっと作業してたんだ。先輩の制作に付き合わされてな。いやー、ホントあの人には手を焼かされるぜ。腕は超良いんだけどな……」

「そっか。マグナ君は魔導工学系の技術者志望だったね」


 よく見ればマグナの目の下には濃いクマがあり、目もどんよりして何処か遠い何かを見ていた。かなり重症らしい。


「おいおい、大丈夫か? どんな理由があってもウチの担任はきっと見過ごしてもらえないぜ?」

「その辺は大丈夫だぜアクト。何てったって今日は――」


 マグナが何かを言いかけようとしたその時、彼の声を遮るかの様に、隣から透き通っていて綺麗ではあるが、何処か苛立ちを含んだ美声が挟まれた。


「今日こそ逃がさないわよ、アクト=セレンシア!」

「げっ、お前は……!」


 不機嫌さを隠そうともしない声の主は、それはそれはコロナやリネアと並ぶ超絶美少女だった。透き通った海を連想させる瑠璃色の長髪に、キリっとした鋭い目付きの中に秘める理知的な水色の瞳。


 体型的に豊かなリネアと残念体型のコロナを足して二で割った均整の整ったプロポーションの内側には練り上げられた魔力が通っているのが感じ取れた。


「何の用だ、ローレン=フェルグラント」


 少女の登場に明らかに嫌そうな顔をしたアクトがその名を呼ぶ。彼女の正式名称はローレン=A=フェルグラント、帝国建国当時より国を支えてきた由緒正しき名家の娘だ。フェルグラント公爵家はこの帝国を纏め上げる王――皇帝が最も信頼する臣下の一つだとされている程の大貴族である。


 加えて、彼女は二年次生内においてコロナとほぼ互角の成績を誇っている優等生だ。コロナもローレンの事は認めているらしく、お互い口数は少ないが良きライバル同士だと思っているらしい。


「何の用? じゃないわよ! この学院に転入して来てからの貴方の態度、目に余ります。この名誉あるガラード帝国魔法科学院の生徒しての自覚が貴方には無いのですか? このクラスの委員長として、貴方の様な人間を放っておくわけにはいきません!」


 ローレンはコロナと同じ割と性格がキツイタイプの人種だ。それもコロナと違い、根っからの真面目っ子で委員長気質…今まで自由奔放に生きてきたアクトが最も苦手とする人種であった。


(コイツを見てると嫌でも「アイツ」の顔を思い出しちまうんだよなぁ……)


 アクトが思い浮かべるのはかつて共に戦場を駆けた戦友の顔だ。「あの一件」以来、半ば決別する形で離れてしまったのだが……


「――聞いてますか!?」

「……え? ああ、悪い悪い。で、何の話だ?」

「こ、この男……! もうすぐ授業なので今は引き下がりますが、いずれ貴方とはきっちり話さなければあらないようですね。それでは!」


 そう言うとローレンは、今度はコロナの方へ顔を向ける。


「おはようコロナ……」

「……ええ」


 ローレンの挨拶にコロナは素っ気無く答え、何故か二人の間に妙な雰囲気が流れる。どうやら二人は単純なライバル関係と言う訳では無いのかもしれない。


「コロナ、ごめんなさい。でも私は……」

「分かってるわよ。それがアンタが選んだ道だって言うのなら、アタシはそれを尊重する。それも一つの選択だと思うから」

「……ありがとう。じゃあね」


 そう言い残しローレンは自分の席へと戻っていく。コロナも何処か気まずそうに自分の席へ静かに座った。


(一体どういう関係なんだ……ん? これは……)


 その時、アクトはコロナ達やマグナとは別に、複数の視線が自分に向けられている事に気付いた。そして、その視線にローレンが抱くのと同じ感情が込められている事にも。


 これがもう一つ、アクトがローレンを毛嫌いしている理由だ。厳密には彼女自身と言うより、彼女が自分に突っかかる度に、同じように自分を嫌う意思を向けてくる連中の方だ。直接言ってくる分、まだローレン本人の方がまだマシだが、放っておいてもらいたいものだった。


 質が悪い事に、ローレン自身に自覚が無い事だった。生真面目な性格であるが故に、多数で少数を非難するような真似は決してしない事は分かってはいるのだが。


 確かに、彼らの気持ちも分かるのだ。コロナのアドバイスのお陰で、今では随分抵抗も薄れたアクトだが、転入当初は学院生と関わるのにかなりの抵抗があった。その逆もまた然り、彼らの方も、最初は他所の魔法科学院からやって来た変わり種と興味を持っていたものの、ガラード帝国魔法科学院には相応しくない不良生徒と判明してしまえば、その評価は一変する。


 それは当然と言えば当然の結果だ。才能のある者、意欲深き者は認められ、そうでない者は落ちこぼれていく。完全実力主義、それがこの学院の本質なのだから。


 コロナやリネア、マグナのように、ある程度の事情を知っている訳では無いので無理もないが、意図していなくともその影響力で周囲を巻き込み、大きな流れを作っていってしまう。非常に面倒な性質。それは、まるで……


「まったく、コロナとは別ベクトルで嵐みたいな女だな……」

「何か言った?」

「いや何も」


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