その5
クロトは真理子に、自宅で一体何があったか決して言おうとはしなかった。
が、ゲームの強制終了は、ログイン中に実体に何らかの問題か発生し、起こることだ。あんな気の狂いそうな思いはもうしたくない。
仕方なく、真理子はクロトの要請を了承する。
「わかった。気が済むまでいるといい」
そして真理子は、ダイブシップに入り込んだ。
「おまえはベットで寝ろ。私はこっちで寝る」
クロトはガーンとした顔をして言った。
「それはアレだろ、おかしいだろ。俺は床でいい。そういうモンだろ」
だが真理子はシップから出ない。
「何年もここで寝てきたんだ。今更どうということはない。それに···」
真理子はシップの蓋を閉めつつ続けた。
「ベットだとパトラッシュがうるさい。よく寝れないんだ、そこは」
クロトはため息をつき、ベットに潜り込んだ。
翌朝、フ···と目が覚めるとパトラッシュがなにやらバタバタうるさかった。
目をこすりつつ、真理子はシップから這い出る。
「ぱとらっしゅ···?もぅ、なに···?」
すると、目の前にいたのはクロトだった。
真理子は寝ぼけてうまく回らない頭を必死に回転させる。
「あ、あ、あ、おはよう。早いな」
ククク···と含み笑いをしつつクロトは言った。
「おはようまりこちゃん。俺はこれから家に寄って学校に行ってくる。帰ってくるまでいい子にしてるんだぞ」
くっそ···。真理子は寝ぼけてしまった自分を悔やんだがもう遅かった。
「あぁ、わかった。気をつけてな」
威厳を取り戻そうとする真理子の頭を、クロトはポンポンと叩いて出て行った。
真理子はその日、パトラッシュの散歩や部屋の掃除をしながら過ごした。
夕方になるとクロトから
『駅まで迎えに来てくれ。パトラッシュ抜きで!』
というメールが入った。
仕方なく向かうと、クロトは有り得ない程の大荷物と共に駅に立っていた。
「おまえ···なんだこの荷物は···。民族大移動か?」
クロトはきっちりした制服姿で、学生カバンこそ薄かったが、大きな旅行バックには、ヘッドギア、着替え、ドライヤー、寝袋、ノートパソコン、あげくの果てにはフライパンと片手鍋まで入っていた。
「一人暮らししている友人の家に、しばらく泊まるって言ったんだ。そしたら母親が持ってけって。ホラ、奥に炊飯器まであるんだぜ」
真理子は開いた口が塞がらなかった。こいつはとんだおぼっちゃまだぞ···。
「そ、そうか。いいお母様だな···」
呆気にとられながらも真理子は言った。クロトは
「世話好きなだけだろ」
と言っていた。
二人でヒーフー言いながらその荷物を家まで運び、座る間もなくクロトが言った。
「よし、買い物行こうぜ。この辺スーパーとかあるのか?」
真理子は動きを止める。
「あるにはある。が、前にも言ったが私は料理ができないんだ。お母様には申し訳ないが···」
クロトはひらひらと手を振った。
「料理は俺がする。こう見えて結構評判なんだぜ」
へぇ、と真理子は財布を持ち、二人は買い物へ出かけた。
確かに、言うだけの事はある。クロトは「狭い」「低い」と文句を云いつつも、慣れた手つきでさっくりと夕飯を作ってくれた。
「いただきます」と言い、パクッと食べる真理子。
途端に真理子の眉が上がる。
「おいしい···っ!」
その様子を見ていたクロトが、ニヤっと笑い、自分も食べ始める。
「おまえも少しは肉つけないとイカンからな。俺が肥やしてやろう」
真理子は嫌そうな顔をして、言った。
「人を畑扱いするな···」
夜、二人はLFOにログインした。真理子はダイブシップの中へ。クロトはベットの上でヘッドギアをかぶって。
サーシャになると同時に、大量のメールが表示された。
いろんな種類の、いかにも『捨てアカ』といった風のキャラ名から届いたメールはすべて、内容が誹謗中傷だった。「詐欺師」「もうインするな」「アイテム返せ」などなど。
「······」
サーシャはそのすべてのメールを削除する。晒し板は、ずいぶんおおごとになっているようだ。
が、こればかりは時が経つのを待つしか方法がない。
「サーシャ?どうかしたのか?」
クロトがサーシャの自宅に来て言う。
「ん?あぁ、なんでもない。ログインしてない間に、知り合いからメールがきていただけだ」
クロトは眉を上げる。
「愛の告白か!やるなぁサーシャ」
サーシャはニヤリと笑う。
「だとしたら···どう答えようか···」
クロトは、首が飛んでいくかと思うほど急にサーシャの方を向き、言った。
「ダメだ。気のあるフリをするのもダメだぞ。しっかりキッパリ簡潔に、断われ」
サーシャは、フフ···と笑い、メールをすべて消去し終わりウインドウをしまった。
「覚えておこう。しっかりキッパリ簡潔に、だな」
クロトは神妙に頷くと、ソファに座る。
サーシャは思った。誰に疑われようと、何を言われようと、私にはもう関係ない。
私には、相方が、いる。
クロトはテストが終わったせいもあるのだろう。学校からの帰宅時間がずいぶん早く、二人は早い時間からLFOにログインするようになっていた。
「サーシャ!今日も狩り行こうぜっ!!」
どちらというと育成は後回しという考えのクロトからは、想像もつかない言葉が出る。サーシャの渡した鎧は、それだけ高性能だった。
サーシャは頷く。
「あぁ、行こう。が、その前に一度はじまりの街に寄っていいか?鎧の修理キットが欲しいんだ」
クロトは頷く。
「オッケ。じゃそっちに飛ぼう」
二人は手をつなぎ、はじまりの街へリバーシした。
露店を巡り、二人は修理キットの売っている店を探した。ユーザー露店は当然毎日、置いてあるアイテムや、設置してある場所などが違うので、ひとつひとつ確認していくしかない。
売り物リストを確認しながら歩く二人に、
ヒュッ···!!
と、投げナイフが飛んできた。
「!」
「!?」
二人は、街中という事もあり全くの無防備だった。ナイフはサーシャの顔をかすめて飛んでいった。
ダメージは大したことはない。が、サーシャの頬を流れ落ちる血を見たクロトは、眉を釣り上げ大剣を引き抜いた。
「クソが···誰だっ!!」
周りにはたくさんのプレイヤーがいる。皆、「なんだ?」という顔をしている。
タタタ···っと走り去る足音がした。
クロトは、チッと舌打ちをして追いかけようとする。
サーシャはクロトの腕を掴み、叫んだ。
「待て!いいんだ。放っておけ」
クロトは目を剥いてサーシャを振り返る。
「何がいいんだ?俺の気が済まん。二度とここに来たくなくなるようにしてやる」
サーシャはクロトの腕を離さない。
「駄目だ。私なら大したことはない。頼むから怒りを納めてくれ」
クロトは「クソ···」と呟き剣を仕舞おうとする。
するとどこからともなく囁きが聞こえる。
「本人がアレだと相方も染まっていくんだな···」
「あれでしょ?サーシャって。噂通りなんだね···」
周りの、サーシャを見る目が明らかに冷たい。
ああん?と、再び剣を構えようとするクロトを、サーシャは焦って止める。
「クロト、クロト、一度家に帰ろう。一緒に、いいか?」
ほとんど抱きつくかのように、サーシャはクロトと共に家に帰った。
「サーシャ、理由を知っているな?」
家に着くなり、クロトはソファにどっかと座り、口を開いた。
サーシャは頭をかき、言った。
「ライトに教えてもらった。晒し板で、なぜかあることないこと書かれ、それが炎上しているんだそうだ」
クロトは口に手を当て、考え込んでいる。
「あれがそんなに大事になっていたとは、な···」
む、とサーシャはクロトを見る。
「晒しを知っていたのか?」
するとクロトは目線を床に置いたまま続けた。
「あぁ、基本俺は晒し板なんか見ないんだが、たまたま見せられたんだ。だが···」
呟くと、クロトはサーシャを見た。
「内容はたいした事もないただの中傷で、証拠もなく、炎上するような信憑性はないように見えた···。いくらサーシャが有名人とはいえ···これはおかしい···」
言われてみればそうだ···。ここ最近など、狩り嫌いのクロトのせいで、モンスターの沸くようなマップにすら行かない日のほうが多い。自宅かイベントマップくらいしかおもむかないのに、MPKなどで騒がれるのはなぜだ···?
「ここ最近、人に恨みを買うような覚えはないんだが···何かしでかしたかな」
サーシャは呟く。
クロトは立ち上がった。
「おまえが誰かに恨まれる事は、ない。一方的な妬みなら可能性はあるが、だがしかし···恐らく裏にあるのは···」
クロトは手元のフレンドリストを開き何かを確認した後に
「一度落ちる。サーシャ、悪いがおまえも落ちてくれ。ここに、一人でいさせたくない」
と言った。
サーシャは「あぁ、わかった」と言うと、システムを開きログアウト操作をした。
ログアウトすると、クロトは携帯を操作し、誰かにメールをしていた。
誰に、何を送っているのか、真理子は非常に気になったが、そこはプライバシーだ。
椅子に座り、何とは無しにクロトを見つめていた。
ほどなく返信が来る。クロトはそれを見ると
「クソ···」
と呟き、真理子を見た。
「悪い、少し出かける。何時に帰れるか見当もつかないんだけど···でも、帰ってきて、いいか?」
真理子は頷き、机の引き出しを開けると、中から玄関のスペアキーを取り出した。
「何時でも、起きて待っているつもりでいるが、一応渡しておこう。気をつけてな」
クロトは「寝てていい」
と言いおき玄関から出て行った。
途端に部屋が広く感じる。
とりあえず···と、真理子は今のうちに風呂に入る事にした。
ー用語解説
修理キット:装備品にはそれぞれ耐久度があり、使用につれ減っていきゼロになると故障となり装備から外れる。それを各種修理キットを使うことで再び装備できるようにする。特にサーシャは、鎧の耐久度がまだあるうちから修理してしまう為、大量に必要となる。