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その4

「おいクロト、模試の結果は出たのか?」

サーシャの自宅のソファで、寝っ転がりながらアイテム掲示板を眺めているクロトに、サーシャは聞いた。

クロトはため息をつきつつ顔を振る。

「まったくおまえは···母親と同じだな」

サーシャは肩をすくめる。

「おまえの模試結果は、私にも影響あるからな」

するとクロトは元気よく体を起こし、サーシャを見た。

「聞いて驚け、見事合格点だ!これで数年は遊んで暮らせるぞ!!」

サーシャは笑い、アイテムインベントリを開くと、先日作った鎧を取り出した。

「本当は達成してから渡すべき物だがな。おまえは狩りが続かないから先に渡して奮起させよう」

そう言って、クロトに鎧を投げ渡した。

クロトは鎧を受け取ると、性能を見て目を丸くする。

「なんっじゃこの廃人仕様は···。すげぇ数値だなこれ」

サーシャは頷く。

「同じ頃に私がつけていた物より数値がいい。これをつけた状態でステータスを組めば、今の私でも敵うか怪しいところだ」

ぬふふふふ···と、怪しげな笑いを起こし、クロトは立ち上がった。

「っよーし、狩りに行くぞサーシャ!今日中にレベル3桁到達してやらぁ!」

LFOの育成はそこまで甘くない。が、やる気を出すのはいい事だ。サーシャは「いくか」

と言い、クロトと共に狩りに出発した。


ひとけのないナチュレルの氷穴で、サーシャとクロトはザクザクとモンスターを斬り倒していく。久しぶりの効率重視の狩りだ。

なんだかんだ言って、サーシャはこういう時間が一番『ゲームをしている』と実感できるようだった。

「私がレベル90台の時は、ここが地獄に思えたがな···」

サーシャは言う。クロトは息を上げながらもニヤと笑う。

「そりゃ、補佐がいいからな。サーシャ様にはラーミャの何物も敵うまい」

フフン、とサーシャは補助スキルをかけ直し、再びモンスターに向かっていった。

「今日中に90%には乗せてしまいたいな。そこからもうひと頑張りといったとこ···」

振り返るとクロトが立ち止まってる。

「···?どうしたクロト?」

クロトは眉を寄せ、剣を持ち直した。

「いや···なんだろう···なんでも、ない」

サーシャはクロトの傍に寄り、近づいてくるモンスターを倒す。

「ボーっとしてて生きていられる場所ではないぞ。調子が悪いなら一度帰ろう」

クロトは剣を持った手を額に当てて言った。

「あぁ、なんだか変だ···死ぬ前に帰ったほう···が···っ!!!」

クロトは手に持った剣を落とし、その場で


 シュ···ッ!!


と、強制終了してしまった。

「クロト!!」

サーシャはクロトの剣を拾い、フレンドリストを開く。が、クロトはオフラインだ。

一体何が···。

モンスターに攻撃を受けながら、ログアウト操作はできない。仕方なくサーシャは一旦自宅へリバーシし、即ログアウトした。


じゃれついてくるパトラッシュを無言で追いやり、真理子は携帯を手にした。呼出音が鳴り響くが、クロトは出ない。


『どうかしたのか?返事だけでもくれ』


メールを送信してみるが、返事はない。

私は、なぜ、彼の住所を聞かなかった?あいつが来るからいいや、とでも思っていたのか?

部屋中をウロウロと歩き回る。どうしよう、どうしたら···。

意味はないとわかっていても、真理子は窓を開け遠くの空を見る。

外は雨。日は暮れかかり、外はもうすでに暗かった。


そこから数時間、真理子はクロトと連絡が取れず、気が狂いそうになりながら何度も携帯に電話したり、サーシャになって様子を見たりしていた。

どうしたらいいか、全く思いつかないまま、時計は22時をまわっていた。

すると、おもむろにパトラッシュが「ワン!」と吠えた。

「パトラッシュ?近所迷惑だからうるさくしちゃダメよ。どうしたの?」

パトラッシュはそんな真理子を無視し、窓の方を向いてワンワン吠えている。

さっき窓の外を見たままで、カーテンは開いていた。その窓越しに、人影が見える。

ここからでは、それが誰なのか全く見分けがつかないが···。

真理子は玄関を飛び出し、アパートの前の道へ駆けていった。

「クロト!!」

真理子は、そこに突っ立ってるクロトに走り寄った。

「良かった···良かった。心配したんだ。大丈夫か、クロト!?」

クロトは心ここにあらずといった風で、全身びしょ濡れだった。

「とりあえず中に入れ。歩けるか?」

真理子が手を引くと、おとなしくついてくる。真理子はクロトを家に上げると、濡れるのも構わずベットに座らせた。そして風呂場からバスタオルを持ってくると、クロトの頭に乗せ、拭き始めた。

「ウチにはドライヤーなんて洒落た物はないんだ。ちゃんと拭かないと風邪をひいてしまう···。着替えは、どうするかな···」

すると、クロトはおもむろに、真理子の体を引き寄せギュッと抱きしめた。

ベットに座るクロトの前に立っていた真理子の腰のあたりにクロトは顔をうずめていた。

「···っ!」

真理子は固まってしまった。

クロトは悲痛な声で、絞り出すように言った。

「俺は、嫌だ。おまえが好きだ。なのにいつか気持ちが変わり、おまえを苦しめる日が来るのか?俺も、苦しむのか?俺は今のままがいい。ずっと、このまま、何も変わらずに過ごしたい···」

ぎゅううう、と痛いほどに抱きつくクロト。真理子はどうしたらいいかわからず、クロトの頭を抱きかかえ、そっとその髪を撫でた。

しばらくそうして、真理子はクロトの髪を撫でていた。そして、ボソっと言った。

「人の気持ちは、変わる。それは、止められない」

クロトの腕の力が増す。

「想いが減るとか、増えるとか、そういう意味ではない。ただ、変わるんだ。この世にあるすべての物は、同じ場所に留まれない」

真理子はそっと、優しく続ける。私の、想いが、おまえに通じるか?

「俺は、変えたく、ない。今大切だと思う人を、平然と苦しめる未来なんか欲しくない···」

クロトの声は震えている。泣いているのかもしれない。

真理子は言う。

「私はおまえにたくさんの大切な物をもらった。まだ何も返せてないが···。今日一つおまえに渡そう」

真理子はそっとクロトの頭を離し、しゃがみこんでクロトと目線を合わせた。

バスタオルに囲まれたクロトは、目を真っ赤にしていたが泣いてはいなかった。

真理子はしっかりとクロトの目線を捉え、続ける。

「これから先、想いが変化し、どんな道を歩んだとしても、決しておまえを裏切ることはしない。おまえと私の約束だ。誰を裏切ろうとも、おまえだけは裏切らない」

そして真理子は、自分の右手をクロトの顔の前に出し、その小指を立てた。

「小指を出してくれ、クロト。今日おまえに誓おう。おまえだけに渡す誓いだ」

クロトは右手の小指を出し、震えながら指切りをした。

「サーシャ···あぁ、そうだな···俺自身を裏切ることがあっても、おまえだけは裏切らない。俺も誓おう」


真理子は小さな風呂釜にたっぷりとお湯を沸かし、嫌がるクロトを無理やり風呂場に閉じ込め、「私が脱がせてもいいのだぞ」と凄んでびしょ濡れの服を全部はぎ取った。そして

「コインランドリーで乾かすまで出てくるな」

と言いおき部屋を後にした。

雨は小降りにはなっていたがまだシトシトと降っていて、真理子は傘をさし、なるべく急いでコインランドリーまで行った。あれでは風邪をひく前にのぼせてしまう···。

特急コースで乾かしつつ、真理子はお弁当屋さんに駆け込み、二人分の弁当を注文する。

終わる頃には雨もあがっていた。真理子はダッシュで家に駆け込んだ。

が、間に合わなかったようだ。部屋に入ると、タオル一枚というあられもない格好でクロトはベットに横になり

「ゆでダコになってしまった···」

と魂の抜けたような顔で呟いていた。

真理子は、引き締まったクロトの裸の上半身を見ないように、頭を変な角度に曲げながら着替えをベットの上に放り投げ、言った。

「これに懲りたら雨の日の外出はもっと気を配るんだな」

そして「着替える間外にいる」と言い、玄関の外に出た。

数秒でクロトが顔を出し

「飯食おうぜ」

と言った。

真理子は部屋に入ったが、クロトはまだ上半身裸だった。

「貴様···警官を呼んでほしいのか」

クロトはあっけらかんとした顔で

「まだのぼせてんだよ、冷めたら着る」

と言って気にも留めず、お弁当の袋をガサガサと漁り始めた。

仕方なく真理子は、裸の男と夕飯をともにするハメになってしまった。

父親が聞いたら怒鳴るどころじゃないぞこれは···。真理子は、その場面を想像しただけで背筋が冷たくなる思いだった。

「サーシャ」

お弁当を平らげたクロトがおもむろに言う。

「なんだ?」

クロトのTシャツを投げつけながら真理子は聞いた。

するとクロトは、ガバー!!と土下座する。

「頼む、しばらくここに泊めてくれ!!!」



ー用語解説

ナチュレルの氷穴:サーシャの最終狩り場。モンスターのレベルと配置数が桁違いに多く、通常プレイヤーがソロで滞在できないくらい過酷な場所。


指切り:二人にとってそれは、ペアを組んだ証で大切な儀式です。

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