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その3

「こぉら、パトラッシュ!変な物食べたらダメって言ってるでしょう!」

真理子は、パトラッシュのひねり出したう○○を袋に入れる作業を止め、腰に手を当てる。

「こないだもそれで苦しい思いしたの、忘れたの!?」

怒鳴られてる当の本人は尻尾を激しく振り「もっとホメて!!」という顔をしているのだが···。真理子は大袈裟にため息をつくと、作業の続きに取りかかった。

よし、と真理子は立ち上がり

「おいでパトラッシュ、帰るよ」

と声を掛け歩き出した。

真理子はもう、一週間以上LFOにログインしていない。

唐突のクロトからの絶縁宣言。原因も理由も、色々考えたがさっぱりわからなかった。晒しのせいか、とも思うが、掲示板に書かれた悪行は、サーシャを知る者になら説明の必要もない程実像とかけ離れた内容で、それは無関係に思えた。

だが、そう、私とは違うのだ。

日々様々な人物と接し、色々な体験をする若者と、毎日が同じで全く変化のない生活の自分とは、生きてくステージが違う。

彼が毎日の生活の中で、何かしら違和感を覚え、私との関係に嫌悪感を抱いたとして、どうしてそれを非難できよう?

そして、彼との関係が壊れた今、真理子はサーシャとして活動する意味を見出す事が出来なくなっている自分に気付いた。

潮時かもしれないな···。綺麗な夕日をパトラッシュと見ながら、真理子は考えていた。


パトラッシュと一方的な会話をしながら、真理子はアパートの前まで来ていた。

「パトラッシュー?今日こそは足を拭いてから家に入るのよ?いいわねぇ??」

真理子の住むアパートは、ワンルームには珍しくペットの飼育が可能で、そのせいか入れ替わりがあまりない静かな住居だった。珍しいのはそれだけでなく、アパート名がどうしてそうなったか“ビラマラジュク原田”。大家さんの趣味の悪さが覗える名称だった。

まさにその悪趣味な名前を掲げたアパート入り口のポーチにさしかかった時、真理子は視線を感じて振り返った。そこには整った顔立ちの背の高い若者が、こちらを見つめて立っていた。

なんだろ···。

リアルではただの一人の女でしかない真理子。目を合わせないようにしてパトラッシュのリールを握り直す。

「パトラッシュ、行くよ」

すると、若者が口を開いた。

「パトラッシュ」

名前を呼ばれたパトラッシュは、ワン!と鳴くと、リールを引っ張り若者のほうに走り寄ってしまった。焦る真理子。

「こ、こ、こら。あの、すいません。この子人懐っこいものですから···」

若者が犬が好きとは限らない。焦って謝罪する真理子を、若者は見つめ、そして

「サーシャ···」

と、呟いた。

真理子は目を丸める。ウソだ···まさか···。

「クロト···か······」

尻尾を振りクロトの足にじゃれつくパトラッシュを間に、二人は無言で立っている。

と、そこに、軽く会釈をしつつアパートの住人が通り過ぎていった。

同じアパートに住む住人を、真理子はあまり知らない。とはいえ、家の真ん前で男といる所を目撃されて、いい噂は立たないだろう。

真理子は一つ息をはくと

「とりあえず中へ入ろう。時間は、あるのだろう?」

と、言った。


真理子はインスタントコーヒーを入れると、クロトの座る小さいテーブルに置いてやった。

「これしか飲むものがないんだ。すまんな」

パトラッシュは無理やり足を拭かれ、水を飲み満足してベットで丸くなって眠っている。

「いや···」

クロトはあぐらをかいて座り、真理子の出したコーヒーを一口飲んだ。

真理子も自分のコーヒーを飲み、椅子に座った。なんとなくパソコンの電源を入れる。そのすぐ横には10日前から電源を落としたままの携帯電話が置かれていた。

相手が誰だろうが、話をする気にはなれなかったのである。

ゴホン、と小さく咳払いをし、クロトが口を開いた。

「俺、何度も電話したんだ。サーシャがLFOに来ないから、それしか方法がなくて···」

真理子は、マグカップを両手で包むように持ち、そのふちを見つめていた。

「そうか。どうかしたのか」

どうかしたのか、だって?私は馬鹿か···だが、どうしろっていうんだ···。

真理子は混乱していた。

一体何がどうなっているのか···。近づくなと言っていたのは、今目の前にいるこいつだったはず···。

「10日前」

クロトはボソっと話し始めた。いつも携帯越しに聞く声より、もっと幼く聞こえる。

「俺は、学校の模試があって都内まで行っていた。俺が通う学校は、大学までのエスカレーター式で、大学受験がないんだ。でもこの時期に学力を測定する模試が行われる。それにはじかれたら付属の大学に進学できない。高校受験の苦労がパーさ。だから、しばらく勉強を重視してログインを控えていたんだ」

ということは、クロトはまだ高校生か···。真理子は一人冷や汗をかく。想像以上に、幼い···。

「模試は一日がかりだ。しかも終了後、希望者はそのままゼミを受けることができる。俺はそれに希望し、参加していた。帰宅は21時だった」

真理子はパソコンのデスクトップにあるカレンダーに目をやった。10日前?21時?

10日前はクロトがサーシャに別れを告げた日。時間は、そう、まだ16時にもならない頃だったはず。

「それは、おかしい。私はおまえと午後早い時間に会って話をしている」

クロトは真理子に目をやり、はぁーとため息をついた。

「やはり、そうか···。サーシャ、10日前、おまえと会って話をしたクロトの中身は···俺じゃない」

真理子はマグカップを机に置いた。なんだって···?中身が違う?つまりそれは···。

「アカウントハックされたのか!」

クロトは目を伏せた。

「いいや···そうじゃない···。俺のダイブシップは、おまえのと違って簡素なヘッドギアタイプだ。IDは、入力が面倒なんでいつも表示させたままにしている。パスはどのゲームででも同じで、数年前から一つのパスを使いまわしている。それを知っている知り合いがいるんだ。あいつは幼馴染で俺の部屋に自由に出入りしてる。多分それで···」

言いづらそうにしているが、真理子は思い当たった。未菜、といったか。彼女がやったのだろう。

「迷惑をかけて本当に悪かった。あいつは···おまえに何と言った?」

中身が······違った···。真理子は衝撃を受けたまま、ポロっと言う。

「私がうっとおしいので関係を終わりにしたい。これでもうさよならだ、と」

ガタっとクロトが立ち上がる。そして直角に腰を折った。

「ごめん。本っ当に、ごめん。いつもうっとおしいのは俺だよな。パスは変えた。もう俺以外がログインすることは、ない。許してくれ···」

真理子はズズーとコーヒーをすする。そうか···そうだったのか···。

「私の方こそ、見抜けなかった···事実を確認せず鵜呑みにしてしまって悪かったな」

するとクロトは

「だぁぁぁ!」

とおもむろに叫びだした。何事···と真理子が思っていると

「良かった。おまえを失ったかと思った···本当に良かったぁぁぁ···」

と、床に突っ伏してしまった。

真理子は、クロトに近寄りたい気持ちを必死で抑えていた。

イカン···犯罪に、なる···。


その後真理子は、「安堵したら腹が減った」というクロトを連れて近くのレストランで一緒に夕飯を食べた。

「サーシャの手料理が食えると期待してたのになぁ···」

肉をほうばり、もういつも通りのクロトに、真理子は苦笑しつう言った。

「悪いな。私は料理はできん。調理器具もうちにはないしな。嫁探しは他をあたってくれ」

ぶぅと、変な顔をするクロト。クスクス笑いながらも、真理子は思いついた疑問を口にした。

「そういえば···。なんでウチがわかったんだ?住所を言った覚えはないんだが···」

するとクロトはゴックン、と肉を飲み込み、にがそうな顔をした。

「当日は、サーシャがインしていない事を不思議に思うくらいで夜寝てしまった。が、翌日もいないし、電話しても繋がらないってんでおかしいって思ったんだ。母親に聞いたら、俺の留守中にあいつが来てたって言うし。絶対何かしでかした、と思って···」

クロトは水を一口飲むと続けた。

「そんで、前におまえが『ウチのアパート名は珍しい』って言ってたのを覚えていたから、過去ログを全部漁ってアパート名を調べ上げたんだ。最寄りの駅は、知ってたし。あとは、インターネット様々だな」

真理子は「えっ」と声を出す。

「最寄りの駅?を、私が言ったのか?」

クロトはコク、と頷く。

「あぁ、一回だけだがな。忘れないさ」

エスカレーター式の学校といい、もしかしてこいつは、変人タイプの天才なのか···真理子はクロトを見つめてしまった。


アパートまで送ると言い張るクロトを制し、その場で別れ際、真理子は言った。

「クロト、私はおまえの相方だ。何かあるなら手を貸す。もっと頼ってくれていいんだぞ」

クロトは目を丸めて真理子を見、

「それは俺のセリフだ、サーシャ。おまえは女だぞ。俺を頼っていいんだからな」

と言い返した。

子供が粋がりおって···と思うも、さすがにそれは言えない。真理子はふっと笑うと

「あぁ、そうだな。お互いそうしよう」

と言い、家への道を歩き出した。しばらく歩き、振り返ると、まだそこにクロトが立っていた。



ー用語解説

パトラッシュ:サーシャのリアル側、真理子の飼う白い小型犬。人懐こい。

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