足元からすくわれて
■異世界生活:300日目
■所持金:991,000Z
この世界に来て、1年近く経った。
オレは未だ元の世界に帰る事が出来ていない。
ただ、何とか生き延びてはいる。
浮浪者生活も脱する事が出来ていた。
今は複数の職場を掛け持ちしてる。
その一つが食堂だ。
「お待たせしました~。小エビの天ぷら、獣牛骨の素揚げ、やみつきステーキです。トリチリとネギ塩トンテキも上がってるので、直ぐお持ちしますね」
「待ってました!」
「さーて食うべ食うべ」
「あ、お兄さん、麦酒人数分おかわり!」
「まーだ飲むんすか」
「夏至祭前の景気づけも兼ねてだし~」
「そうそう。それに、今日は初めて駄竜を狩れた祝いだからな!」
「あ、そりゃめでたい。冒険者として一つ、階段を登った感じですか」
純粋に関心してそう言うと、卓を囲んでいた冒険者パーティーが皆、嬉しそうな顔でほころんだ。本当に嬉しいんだろう。
改めて見ると、装備も服も結構汚れている。完勝とはいかなかったものの全員で生きて帰ってきた事が伺い知れた。
「樽で持ってきて! 樽で!」
「はい。じゃあ樽生一丁……っと」
注文を受けて厨房へと伝えにいく。
金髪女の紹介で入った職場。そこで給仕や皿洗いをしてるんだが、まあまあ板についてきたと……思う。まだ店長に叱られる事も多いけど。
「おーい、今日はもういいぞ。助かったぜ、ありがとな」
「いえ、給料はしっかり貰えてるんで。……感謝すべきはむしろオレです」
まさか一度、まかないを奢って貰った食堂で働く事になるとは思ってもみなかったが……それでも今は、ここで働けて良かったと思ってる。
ここを紹介して貰った事で、オレは根本的問題から救われた。
あのまま浮浪者として生活していたら、もう生きていなかったかもしれない。
そんな事を思ってると、店長がニヤニヤ笑いながらオレを見つめてきた。
「お前、なんつーか柔らかくなったなぁ」
「はあ?」
「最初に会った時はツンケンしてたし、ウチの愛娘が改めて連れてきた時もまあ、覇気のねえ男だったからな。黙々と仕事してくれてんのは変わんねえけど」
「へ……変な事を言われるのは契約外なんで、やめてもらえますかね」
「おっ! いっちょ前に照れてるぅ」
「うぜえ! パワハラだろコレ!」
なんて会話を交わしつつ、今日はもう上がらせて貰う事にした。
食堂での仕事は夜だけで本業は別にある。少しでも早く稼ぎたいから、アルバイトで入らせて貰っている。人手足りない時は昼も来る時もある。
ただ、今日は上がりつつも、もう少しだけ仕事をする事にした。
今日、駄竜を――冒険者として一つの階段を討伐したパーティーに話しかけ、装備の簡単な掃除をさせて貰う事にした。
「へ? ここってそんなご奉仕してくれるの?」
「いつもはしてませんよ。個人的なお祝いですよ、お祝い」
見たところ、そこまで懐に余裕のある冒険者達じゃない。
装備もまだ整えていってる途中……といった感じだ。
食堂で祝杯をあげるにあたって、最低限の泥とかは落としてくれているもののどの装備も結構くたびれている。よく使い込まれていたり、中古品を使わざるを得ない懐事情なんだ。
そういうとこが、ちょっと気になる。
さっきはお祝いと言ったが、個人的な興味――研究も兼ねての事だ。
だから、この祝いも兼ねてこの機会に見せて貰う事にした。
汚れの事があるので出来れば店の外でいじらせて貰いたいが、殆ど見ず知らずのオレが大事な商売道具を外に持っていくのはあまりいい気分ではないだろう。
ただでさえオレは、少し肩身の狭い異邦の人間だ。
店長に許可貰って、直ぐ近くの机を借りていじらせて貰う事にした。後で掃除してくれれば別に構わないと言ってくれた。融通の効く店長で有り難い。
粗方、掃除が終わってから「報告」を始めていった。
「かなり使い込まれてますね」
「うん。その鞄なんて駆け出しの頃から使ってるんだぁ」
「装備も、皆さんと一緒に死線を潜り抜けた仲間ってわけだ」
ただ、本当に結構くたびれている。
だから、オレの見た範囲でわかる事を伝えていく。
「ここの留め具、そろそろヤバイですよ。変えた方がいい」
「えっ……買い替えかぁ……」
「いや、これぐらいなら留め具の修理を自分でやるのも可能ですよ」
皆が皆、真新しい高級な装備を買えるわけじゃない。
だが、高級品が必ずしもいいものとは限らないし、ちょっとした補修ぐらいなら本職の職人がやらなくても出来るところはある。
直せるなら出来る限り直した方がいい。これらはどれも命に関わる商売道具。彼らがやっている仕事は冒険者稼業……命がけの仕事だ。
補修の仕方と、どこで何を買えばいいかをアドバイスする。酔っぱらい相手なので伝える相手は比較的酔ってない人相手に。要所は書き留めて貰う。
「ただ、こっちの剣はもう……自力で直すのは厳しいかと」
「あー……そうか、そうかも……。今日もさ、ちょっと駄竜を仕留めた時に少し、刃がぐらついてるかな……って思ったし……」
完全に買い替え時だ。
このまま放置していると命に関わる。
だから下取りに出して、新品を買う事を勧めたんだが――その冒険者さんの顔色はあまり晴れなかった。どうも思い入れのある武器らしい。
「剣助は地下迷宮をうろついてた時からの付き合いでさ」
「名前までつけてたんですか」
「うん……。あー……下取り、下取りかぁ……手放さなきゃ、駄目かなぁ……」
「いいじゃん、そのまま手元に置いとけばさ」
「そうそう、俺達も剣助には世話になったしな」
仲間の人達が助け舟を出してくれた。
下取りに出せば壊れかけの装備でも、多少は金になる。補修は不可能じゃないし、金属部分は鋳潰して再利用するって手も存在している。
修理してこのまま使うって手もあるものの……結局、そうはならなかった。
「少しだけガタつきを直して、家に飾るよ」
「そうですか……。うん、それがいいと思います」
武器としては使えずとも、記念の品として飾る事は出来る。
きっと、この人は壁に飾られた古びた剣を見つめるたび、駆け出し冒険者の頃から苦労しつつも強くなってきた過去を思い出すんだろう。
それも風情があっていいな、と思っている自分に思わず苦笑いする。
多分、1年前のオレなら「ケッ! 馬鹿らしい!」とか思ってるだろうからな。
「ありがとう店員さん、助かったよ」
「いえ、オレも勉強になったんで。良かったらまた祝杯あげにきてください」
整備後の掃除をして、店を出る。
そのまま今の住居へと――地下ではない住居へと向かう。
その途中、見知った連中が機嫌良さそうにブラブラしているのを見かけた。
どうせ住んでる場所は近所なので……オレの方から声をかけた。
「よう、お前ら。仕事帰りか? それとも宴会帰りか?」
「両方!」
「親方は仕事帰りっぽいなー」
「親方って言うのやめろ。オレはまだ、そんな身分じゃねーよ」
声をかけたのはオレと同じ異世界人の冒険者集団。
いや、正確にはこの国の人間も仲間に加えた冒険者集団だ。
オレが自分で棍棒を売っていた頃、買ってくれた奴らが何とか今日まで生き延び、仲間を増やしていき、今では20人を超える冒険者クランとなり、クランの名前に棍棒由来のものをつけて活動を続けている。
新進気鋭で大活躍中――なんて事は無いが、堅実にコツコツと稼いで1年足らずで安定した生活を築いていっている。他所の冒険者集団の下請けとして動く事が多いが、いずれは元請けとして活躍していく事になるだろう。
オレも棍棒を売った縁で関わっていっている。
関わる、と言っても冒険者としてではないけどな。
「仕事帰りで宴会帰り……。ああ、そうか、遠征、上手くいったんだな」
「ああ。とはいえ、今回はちょっと無理をしすぎた。やっぱりまだ俺らには都市から遠く離れて~って遠征仕事は厳しいわー」
「もう2、3年はコツコツやるよ」
「そうか。ま、アンタらなら2年もかからないと思うぜ。もしくは遠征とかしなくても、都市近郊の仕事で十分に稼いでいけるんじゃないか?」
「うーん……遠征は儲かるけど危険あるから、近郊の仕事でガンガン稼げたらいいんだけどな。やっぱまだ他所より割の良い仕事は取りづらい」
「都市警備の仕事、もっと自分らで取れればいいんだけどな」
そんな話をしつつ、皆で家路につく。
こいつらもオレも、まだまだ完全に枕を高くして寝れる身分じゃない。この国にとっては異邦人だったり、金銭的にも何年先を見据えられてるわけじゃない。
今は安定した生活とはいえ、それも仕事ありきの事だ。
異邦人だからこそ嫌われ、受け入れられない事もあるんだが……それでもそういう人ばかりではない。食堂の店長みたいな人もいるし……何より、似た立場で寄り集まれる相手がここにいる。
まだまだ安心出来ないが、頼れる相手がいないわけでもない。
まだまだ、目指す場所の途上だ。
特にオレは、まだ目指す場所の入り口にすら完全には立ててない。
皆は冒険者として、悪戦苦闘しつつ頭をひねりつつ、しっかり足場を固めようとしている。だがオレはまだ入口までも至れていないのが現状だった。
早いとこ同じとこに立ちたい。
そのためにも……事業計画書を作らなければならない。
■異世界生活:305日目
■所持金:1,021,000Z
「却下」
「ぐ……今回も、駄目か……」
返却された資料に目を落とすと、無慈悲な赤線と赤丸が描かれていた。
訂正箇所だ。それも結構恥ずかしいもの。
「ここもここも誤字。文法もメチャクチャ」
「……こういう間違いするとかクッソ恥ずかしいんだが」
「まー、貴方、異世界人だしね。言語違うと大変でしょ」
この世界に来た時、神様が言葉は通じるようにしてくれたものの――読み書きに関してはまだまだ勉強しないといけない状態だ。
間違うのは恥ずかしいが、勘弁してもらいたい……と思う。
「大体の意味合いは通じてるわ。この手の間違いなら提出前に誰かに見て貰って訂正しても問題ないし、私もここまで目くじら立てたりはしない」
「うーん……でも将来的には契約書とかも、自分でしっかり読めるようにならなきゃ、だろ? いつまでも人に頼んでたら不便だ」
「そうね。もっと勉強しないとね」
「この年で勉強とか面倒くさいけど……しかたねえよなぁ」
「この年、っていうほどの年齢だったかしら?」
オレの言葉に金髪女が――今もなお世話になってる恩人が笑う。
まあアンタより少しだけ若いな、と言うと軽く蹴られた。相手の方が年上、といってもどっちもまだ20代になったばっかだけども。
「まあ、良い方向に成長してると思うから、これからも頑張って」
「おう!」
「でもこの事業計画書の内容はないわ。こんなの通せないわよ」
「そんな酷いか……。前より良くなったと思うんだが……」
「全然駄目。むしろ酷くなった。一つ一つ、ダメ出ししていってあげる」
「うへぇ……よろしくおねがいします……」
この世界に来て、1年近くの月日が経った。
そんな中、オレは……ちゃんとした職人になる事を目指している。
食堂で少しだけ働きつつ、日中は工房で働いている。
そこも金髪女の紹介……というかそのお母さんが切り盛りしてる工房で、そこで徒弟として働いている。まだまだ見習いの職人だが、こっちが本業だ。
ちゃんとした工房で働いて色々と教わっている事もあり、技術も大分身についてきた。棍棒以外にも槍や剣を手がける事も出来るようになった。
しばらく雑用や親方達の手伝いばかりだったんだが、この間ついに……自分が作った武器を商店に納品してみる仕事を任された。
そんな高値で売れるものでは無く、駆け出し冒険者用の武器を任されたんだが……それでも自分が作ったものがちゃんとした店に並んでいるのを見るのは……とても良い気分だった。何度も見に行った。
そこで一つ、わがままを言った。
取引のある武器商店だけではなく、別のとこにも置いて貰えるように頼んだ。自分で交渉しにいくなら工房の名前を使っても良い、と許可を貰って。
そのおかげで、かつて販売を断られた武器屋に商品を置いて貰える事になった。オレが棍棒を持ち込んで「モノは良い」と言ってくれた武器屋に置いて貰った。
オレはまだまだ見習い職人だ。
だけど、一つ、職人としてレベルアップしたような気分になった。
この世界にはゲームじみたステータスウインドウとか、レベルの概念とかそういうもんは無いけど……世の中、それ以外にも「成長できた」と実感できるものがある事が改めて実感出来たように思う。
オレはまだまだ成長したい。
その成長の証として、親方のところから独立したいと思っている。
誰かに雇って貰うんじゃなくて、自分で一つの工房を持つ職人になりたいんだ。
そのための金はまだ全然足りないから、金髪女に相談して融資を受ける事を考えてるんだが……まだまだ事業計画書の段階でつまづいてる状態だ。
技術的にも、まだまだだからなー。
だけど、冒険者達も成長していってる。
オレも負けてらんねえよ。
いま直ぐには無理でも、いつか……必ず、自分の工房を手に入れてやる。
自分の工房を手に入れて、人を雇いたい。
この世界には、オレのように困っている人間は沢山いる。
結局のところ、オレは自分一人では生き延びる事すら出来なかった。だからこそ、今度は……オレが助ける側の立場に回りたいな、と思うんだ。
その方がカッコいい。
一人でイキり散らして腐っていくより、格段にカッコいい生き方のはずだ。
まあ、もっと上手くやる奴は一人でも何とかしちまうのかもしれねーけど……どんな世界であっても、よほどすげえ力でもない限り、一人だけで生きていくのは難しいだろう。何より、一人ぼっちは寂しいはずだ。
「言葉を覚えて、技術も覚えて、金勘定も覚えて、職人として商売人としてどうやっていくかも考えて、信用も築いて……やる事が多くて頭が痛くなるな」
「諦めてもいいのよ」
「諦めるかよ。オレはまだまだこれからだ」
最近、元の世界に戻ろうと考える事が減ってきた。
その辺りの事は諦めて始めてきた。
それはそれで良くない事かもしれないんだが……こっちで仕事も得たし、住むとこもあるし、馬鹿騒ぎしたり将来の事を語り合ったりする仲間も出来たしな。
元の世界に帰るために稼ぐんじゃなくて、こっちの世界に根付いて、しっかり生きていくのも……まあ、悪くないんじゃないかな、と思っている。
気になる相手は、こっちの世界の住人だし……。
「ん……? 何で私の顔を見てボンヤリしてるの?」
「あ。ああ、いや……何でもない。別に、何でもない」
まだまだ告白とか、そういう事は無理だ。
そういうのは一人前になってからだ。
その時にはもう、間に合わないかもしれないけど……それはそれで仕方ない。
オレの幸福だけ考えるとそれは不幸せな事かもしれないけど……相手の事も考たい。オレだけ幸せじゃ意味がない。間に合わなかったらその時は潔く、諦めるさ。
「……ちょっと最近、根を詰めすぎじゃない? ちゃんと息抜きもしたら?」
「遊んでばかりいられねえよ」
「よく遊んで楽しんで、また次に遊ぶ機会とお金を得るために頑張らないな~、って仕事をするための糧を得ていくのも大事なことよ。自愛しなさい」
「そういうアンタはちゃんと遊んでるのか?」
「当たり前でしょ。……まあ、次の夏至祭の予定はしっかり開けてるけど」
「祭か……」
確かに最近、働き詰めではあったかもしれない。
結局、こっちの世界に来てからこっち、娯楽らしい娯楽といったら仲間と飲み食いしにいって馬鹿話するぐらいだ。
少し余裕も出来たし……久しぶりに、祭りでパーッと騒ぐのも有りかな?
「じゃあさ、その夏至祭? って祭、一緒に回らね?」
「えっ」
「い、いや、日頃から世話になってるからさ! 屋台とか回って、おごらせてくれって話。この国の祭とか詳しくないから、エスコートできねえかもだけど」
「夏至祭は、屋台を楽しむお祭りでは無いんだけど……」
「そうなのか?」
「うん。……えーっと……」
オレの大恩人は迷った様子で視線をさまよわせた。
なぜか頬を赤らめながら。
「……それじゃ、こうしましょ。お金は貴方が出す」
「お、おう。任せとけ」
貯金はある。多分、大丈夫だ。
「当日の手配は私がする。……ふ、二人で楽しむって事で、いいかしら?」
「えっと……冒険者の友達も呼んでいいかな?」
「複数がいいの!? 私一人で相手しろと!?」
祭りを回るだけの話だろ? そんな驚くほどの事か……?
いや、うん……いまのは、オレが日和っただけだ。
二人っきりとか、恥ずかしいから誰か呼んですがろうとしただけ。
「いや、冗談だ。……二人でいいなら、二人で回りてえなぁ」
「いや、複数箇所を回る人もいるけど……。ひ、一部屋だけでよくない?」
「部屋? いや、祭りだろ?」
「……夏至祭はそういう祭りなのよ」
よくわからん。
この異世界の事は、まだわからない事だらけだ。
やってきてまだ1年も経ってない。生まれたての子供みたいな状態だ。
「じゃあ、金出す以外の全部、任せていいか?」
「全部……!?」
「あ、まずかったか。無理そうか?」
「む……無理ではないわ。……いいわ、私の方がお姉さんですし? アンタ一人ぐらい、しっかり、楽しませてあげないでもないわ……!」
「いや、適当でいいんだぞ。仕事忙しくて厳しいなら無理しなくていいし」
「無理なんてしてないんだけど!? 馬鹿にしてるの!?」
「こわっ! そ、そんな怒らなくていいじゃん」
「と……とにかく、当日は! 私に! どーーーーんと、任せておきなさいっ!」
「おう。ありがとな」
異世界はホント、わけのわからない事が多い。
ただ、ちゃんと向き合っていけば理解していける事は少なくない。
あんまり肩肘張らず、相手の事も考えていけば何とかやっていけそうだ。
楽しみつつ苦労しつつ、これから色々知って……根付いていけたらな、と思う。