遠回しな処刑に抗う
■異世界生活:69日目
■所持金:21,000Z
「…………」
「…………」
「……酷い目にあった」
「自業自得でしょ」
オレの隣で金髪女が呆れた様子で声を出した。
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが……やめた。
今回、助かったのはコイツのおかげでもある。
オレは殺人現場に居合わせ、この国の政府により、留置所に連れていかれかけた。オレは現場で血溜まりの中、凶器にまで触れた大間抜けだったからな。
金髪女はそんなオレを「多分、犯人はコイツじゃない」と弁護してくれた。オレの不注意な行動に呆れつつも口添えしてくれた。
おかげで事情を聴取するために1日、政府の施設に連れて行かれただけで捕まったりはしなかった。どうもオレが捕まってるうちに真犯人が捕まったらしい。
「なんか……世話になったな」
「私は別に何も。私がいなくても、大事にはならなかった筈よ」
「そうかぁ?」
「あの程度の事件、騎士と魔王様の使い魔がちょっと調査すれば直ぐに犯人がわかるものよ。被害者も死んで間もなかったしね。実際、犯人を捕まえてるでしょ?」
どうも魔術を使えば痕跡は詳しく判断出来るらしい。
ふーん、と思ったが……判断できず、冤罪で裁かれていたらと思うとちょっとゾッとした。実際は地下より上等な部屋で1日寝泊まりして、食事もその辺の食堂より良いものが出るというものだったが。
まあ、それはそれとして……気になる事がある。
「なあ、真犯人って誰だったんだ?」
「貴方と同じ異世界人だったそうよ」
「……へぇ」
「この世界で食うに困って、冒険者になったものの……売りつけられた中古の武器が不良品で死にかけて、カッとなって中古屋を刺しちゃったんだって」
「…………」
二重の意味でゾッとした。
殺されてた奴は、オレも知ってる中古屋だった。
オレも似たような事をされた。そんで、報復を考えていた時もあった。
真犯人はある意味、もう一人のオレだ。
オレの可能性の一つだ。オレも同じ事をしていてもおかしくなかった。
殺された中古屋も、ある意味ではオレと近しい。
オレも不良品を売りかけた。
金髪女の言葉が過って自重したものの、それでも魔が差しかけたのは事実だ。……一歩間違っていれば刺されていたのはオレだったかもしれない。
いや、一歩間違うといったどころではない。
棍棒を作り続けていたら、そういう事があるかもしれない。
今のまま上達しないどころか……腐っていって、棍棒作りがいい加減になり、自分に魔が差した事すら気づけず……酷い不良品を作るかもしれない。
そう考えると寒気がした。
今のままじゃ、本当に……オレは「終わってしまう」と思った。
もう終わる事は回避出来ないかもしれない。
なら今は、せめてもう少し良い終わり方を選ぶ千載一遇のチャンスだ。
だからオレは金髪女に向き直り、懐を漁った。
「な、なあ……」
「ん? どうしたの?」
「あの、コレ……この間、材料費建て替えて貰っただろ?」
本格的に棍棒作りをし始める前。
オレはコイツに金銭的な借りを作った。
金髪女は微笑みつつ、「まだ先の話でいいのよ」と言ってオレが差し出した金を軽く押し返してきたが、オレは無理やり返していた。
「頼むよ。受け取ってくれ」
こうして返すだけの勇気が湧くのは、もう最後の事かもしれない。
だからこれでいい。
せめて、単なるゴミクズで死ぬより、金は返したゴミクズで死にたい。
「利子いるか? 大して払えねえけど」
「そんな契約はしてないわ。不要よ」
「そっか。…………じゃあな」
「待った」
金髪女はオレの腕を掴み、止めてきた。
綺麗なナリしてるくせに、薄汚えオレの腕を掴んで止めてきた。
「ねえ、疑いが晴れたお祝いに食事でもしない? 奢るわよ」
「もう、他人に貸しを作りたくねえんだよ。……十分、世話になった」
「あ、そう。……じゃあ、利子の支払いを要求するわ」
「は?」
「少し早いけど、私の昼食に付き合いなさい。で、私に近況を聞かせなさい。私にアンタの話を聞かせるのが利子よ」
「そんなくだらねえ話を聞いて、アンタに何の得があるんだよ……」
「話の種になるわ。さ、行くわよ。何か食べたいものある?」
「お、おいっ……やめろ、引っ張るな……」
相手は女だが、オレの何倍も力が強かった。
身体能力を強化する魔術を使ってるらしい。ぜんぜん歯が立たず、オレは引きずられるように連れて行かれ、昼飯につきあわされる事になった。
そこらの店に入るのは、勘弁してくれと懇願した。
棍棒を売るために出来るだけ身なりは気をつけているけど、それでも所詮オレは浮浪者だ。普通の店なんか入ったら煙たがられるのがオチだ。
そんな、みっともねえ真似、したくねえ。
「じゃあ屋台村に行きましょう。外で屋台ご飯ならいいでしょ?」
「い、いや、昼飯事体、勘弁してくれよぉ……」
「なに情けない声を出してるの。奢ったげるから、ちゃんと利子を支払いなさい」
「アンタ無茶苦茶だ」
「そう? 私、結構、手続きはキッチリ踏む方なんだけど」
そう言って、金髪女はニヤリと笑った。
可愛いというよりカッコいいとか、挑発的な笑みだったけど何故か見惚れた。
いや、見惚れた理由は、なんとなくわかる。
コイツは、自分にしっかりとした自信があるんだ。
異世界生活で自信を粉微塵に砕かれたオレと違って、ちゃんと自分の足で立って、しっかり生活出来ている。それを「カッコいいな」と思ってしまったんだ。
「…………ちくしょう」
カッコいい金髪女と違って、オレはダセえ。
一匹狼を気取って、イキがっておいて、何にも出来てねえ。
金髪女に近況を正直に話せば話すほど、その事を強く再認識させられた。
「くそッ゛……!」
「泣くのか食べるのか、どっちかにしたら?」
「う゛っ゛せ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……!」
「汚い泣き顔ねぇ……。あ、ほら、ケチャップついてる……動かないで」
「っ゛……く゛そ゛……ぅ゛……」
話してるうちに、出なくていいもんも出た。
気づけばオレは金髪女に、何もかも洗いざらいに喋っていた。
何もかも、上手くいってないこと。
自分が、何者にもなれなかったこと。
せっかく助けて貰ったのに、結局は何も出来てねえこと。
周りをくだらねえ、くだらねえって遠ざけ、ただただ孤立していっただけ。
「一番くっだらねえのは……オレだったんだよ……」
「そうかしらねぇ……まあ、実際、馬鹿だなぁとは思うわ」
「おまぇ゛、容赦しろよォ゛……!」
「アンタは馬鹿よ。でも、一番くだらないというのは間違いよ」
金髪女はオレの額にデコピンを当てつつ、真っ直ぐに見据えてきた。
なんか怖くて目を逸したが、頬を掴まれて無理やり視線を合わされた。
「アンタはアンタなりに頑張った。その結果、既に認められつつある」
「んなこと、ねーだろ……」
「同じ異世界人を助けて、助けて貰って、身を案じて貰ったんでしょ?」
「哀れまれただけだ……!」
「武器屋のオジさんに、棍棒は良いって言って貰えたんでしょ?」
「言われたよ! 言われただけで、店に置いてくれなかったよ……!」
「何で?」
「わ゛っかんねーよ゛ッ……!」
「じゃあ、考えなさい。販売を断られた原因を追究しなさい」
「そりゃ……モノが、悪かったから……」
「違う。私の見立てでも、貴方の作った棍棒は駆け出し冒険者向けなら十分に実用に耐えるものに仕上がっている。私の目は確かよ」
「何が、私の目は確かよ――だ! お前に何がわかる! お前職人か!?」
「職人ではないわ」
「じゃー、わかんねーだろーがよ」
「わかるわ。私これでも金融屋だから」
「金融……?」
そんなの職人と全然関係ねえだろ。
そう言ったものの、金髪女はオレの言葉を否定してきた。
否定して、オレに名刺を渡してきた。
「私は職人じゃないけど金融屋。正確にはウォール士族直営銀行・融資審査部門の人間よ。元は武器防具の卸売業界にいて、その頃の知識も活かして主に職人工房への融資審査担当を務めてるわ。分野的にカンピドリオの後塵を拝してるけど――」
「わからん……簡潔に……」
「職人さんにお金を貸してるの。ただ、貸しても問題ないか審査もしてる。商品について詳しくないと、審査するとき困るでしょ? だから詳しいの」
「大体、わかった……」
つまりコイツ自身は職人ではないが、職人業界の事には詳しい。
職人が作る道具に関する知識も「金を貸すか否か」の判断に関係してくるから詳しいわけだ。本人は万に通じてるわけじゃないけどね、と言うが。
「仕事柄、そこそこには詳しいの。そんな私の目利きだから信用して欲しいわね」
「わかった……けど」
「けど?」
「じゃあ何で、オレの棍棒は――」
そう言おうとして、自分が同じ事を繰り返している事に気づいた。
これじゃ何の進歩もない。
だが、一つわかった事がある。
オレはコイツの言葉を――棍棒の品質を保証する言葉を信じた。
信用した。
それって、オレの事にも当てはまる話なんじゃねえのか……?
「武器屋のオッサンは……オレが浮浪者だから、取引してくれなかったのか?」
「おそらくその通り。仮に今の貴方と取引したらどうなる?」
絶対に儲けさせれるとは、口が裂けても言えない。
だけど、悪い方向の考えなら思い浮かぶ。
それも……あの殺された中古屋の店主の事を踏まえれば、よくわかる。
「武器屋のオッサンにも、客への信用がある。オレの作った武器で文句を言われるかもしれん。その時、浮浪者のオレは……信用ならん」
「何でかしら?」
「どこの馬の骨かも知れねえ。住所不定。……この国の戸籍すらない。金も持ってねえし、文句を言われた時にちゃんと対応してくれるか怪しい」
「そうね。信用を築くのは、大切な事よ。貴方のようにこれから商売を始めて行こうとする人なんて特にね。信じて貰えないと、ろくに商いすら出来ないわ」
それがこの世界の実情。
異邦人であるオレ達には選択肢はそう多くない。この国の住民達にとって、オレ達は不法入国者に等しい存在。捕まらないだけマシ、というだけ。
だからこそ、多くの異世界人が冒険者になっていく。
冒険者稼業は見返りがあっても危険の多い仕事で、実際オレも死にかけた。他の奴らも結構死んでいるらしい。表向き、それは自己責任という事で……。
「この国には死者を蘇生する魔術もあるわ。ただ、遠隔地で死んだのを何とかするのは……結構、お金がかかるから……」
「オレらみたいな貧乏人は、死んでそのままって事か」
冗談じゃない。死にたくない。
けど、オレらは所詮、異邦人。使い捨ての消耗品の如き曖昧な立場。
だからこそ冒険者稼業はろくな審査も無しで就けるうえに、支度金まで出して推奨してるわけか……。くそったれにもほどがある。
ようは、遠まわしに口減らし……魔物に処刑させてるようなもんじゃねえか。
どこかで犯罪を起こされる前にさっさと魔物に食われて死んでくれって事か?
ふざんけんな。
「はは……つまり、オレは……オレ達は、最初から詰んでるって事か……」
「そんな事はないわ」
「下手な慰めとか、勘弁してくれよ……」
「……実際問題として、貴方達のような異世界人が1年としないうちに死んで、そのままってのはよくある事だけど、生き延びている人もいるわ」
「嘘つけ。どう考えても絶望的――」
「事実、私の母さんは異世界人でありながら生き残って、今はこの国で職人として……しっかりと自分で稼いでるわ。家族も養って、徒弟も雇ったりしながらね」
「…………」
「オマケに私を立派な小生意気な娘に育ててくれたわ。もちろん、父さんの力もあるけれど、母さんは貴方と近い立場だったと思う。そう聞いているわ」
「……どうすれば」
「…………」
「どうすれば、オレも……そんな風に生き残れるんだ……?」
「そんなの簡単――とは、口が裂けても言えないけどね」
それでも希望はある。
金髪女はそう言って、オレの手を取って立ち上がった。
オレはその導きに頼る事にした。
多分、最初から肩肘を張らず……誰かに頼ってれば良かったんだろう。
頼れる人は殆どいなかったが、まったくいなかったわけじゃないから。