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ちっぽけなプライド



■異世界生活:54日目

■所持金:16,000Z


 どうもヒドイ風邪を引いてたらしい。


 同郷の冒険者が「今日は来ないな」と心配して助けに来てくれたらしくて、そのまんま治療院に運び込まれたようだった。


 今はもう治ってる。この国の治癒魔術は風邪ぐらい一瞬で治せるようだった。……オレの足は未だに動かないが。


「足が動かないのは精神的な物かもね。たまにあるよ、こういう事例」


 足は治っている。


 ただ、精神的な要因で――死にかけた恐怖で――頭の方が現実を受け止めず、治った足を中々動かせないという事があるらしい。


「ウチは専門じゃないけど、何なら精神科の紹介状を――」


「は、はぁ!? 人を、頭おかしい呼ばわりかよ」


「違う。冒険者業界じゃ、有り得る事なんだ。治癒魔術は身体的な病は治すけど、精神的なものに関しては治癒だけじゃ駄目で――」


「くそっ……!」


 何でオレが病人扱いされなきゃなんねぇんだよ。


 何で、オレがこんな目に合わないといけない。


 苛ついて、ヤブ医者に金だけ叩きつけて治療院を出た。


 同郷の奴らが心配そうな顔でついてきたが――。


「なあ、おい、あそこに帰るつもりかよ……?」


「俺らと一緒に行こう。宿代困ってるなら出すから」


「……ほっといてくれ。オレを、憐れむな」


 オレは一人でやってける。


 ここまで一人で頑張って来た。


 自分の努力で、何とかしてきたんだ!


 オレは精神病患者じゃない。浮浪者かもしれねえけど、ちゃんと一人で金を稼げてる。武器屋に相手して貰えなくても、なんとかしてみせる。


 この苦境を覆してやる。一人の力で、何とかしてやる。


「意地、張るなよ!」


「頼れよ、人を……」


 うるせえ。





■異世界生活:58日目

■所持金:11,000Z


 売れねえ。


「アンタ、愛想悪いな」


 棍棒が売れねえ。


「そんな仏頂面じゃ売れるもんも売れねーよ?」


 うるせえ。


 愛想笑い浮かべる元気も、もうねえよ。





■異世界生活:60日目

■所持金:11,000Z


 何もかもうまくいかない。


 武器屋のオッサンに言われた言葉を反芻する。


 モノは良いのに、買えないってなんだ。


「……何か、理屈こたえあっての事なのか?」


 いや、考えるな。


 人に期待するな、人に甘えるな。


 元いた世界で何があったか思い出せ。


 良い世の中だったとは、さすがに言えない。


 けど、わけわかんねー事だらけの異世界こっちよりマシだった。


 母子家庭でコツコツとバイトして……母さんと慎ましくも平和に暮らしていた。


 けして裕福では無かったけど、それなりに上手くやれていた筈だった。


 そこに、割って入ってきたくだらない継父。


 アイツがきて何もかも壊れた。


 母さんは自分で選んだ男に殴られて、オレは母さんを庇おうと包丁持ち出して……継父と殴り合ってもつれあって……オレの腹に、包丁が刺さってた。


 ろくでもない継父だった。


 でも、母さんだけは味方だと思ってた。


 だって、オレは母さんのためを想って行動したんだ。


 なのに、母さんは死にかけのオレから目を背けた。ガタガタ震えて目をそらし、頭を抱えて「ごめんなさい、ごめんなさい」と言うばかり。


 そのうち、オレの意識がぷっつり消えた。


 そんで、目が覚めたら「お前は死んで異世界転生した」だってよ。笑える。


 この世界はクソだ。


 元いた世界もクソだ。


 でも、こうして浮浪者やってるよりは……元いた世界の方が、助かる見込み高いだろ。オレはこんなわけわかなん異郷の地で死にたくない。


 死にたくない、ないんだ。


 生きたいと思って何が悪い。


 怖いんだよ……人の善意を信じて、裏切られるのが。


 金ならいい。金だけの関係の方が、よっぽど信用できる。





■異世界生活:61日目

■所持金:11,000Z


 同郷の奴らが地下をウロウロしていた。


 まさか、オレを探してるのか?


 ほっといてくれ……。


 お前らだって……都合悪くなれば、オレを裏切るだろ?


 期待させるな。頼む。





■異世界生活:63日目

■所持金:9,000Z


「おにーさんクスリいらない? 浮浪者にしては金持ってるんでしょ?」


「持ってねえよ……」


 棍棒も全然、売れねえんだ。


「大丈夫、合法のクスリだよ」


「…………」


「いまなら、お安くしとくよ」


「…………」


「ほんの一嗅ぎで天にも登るような気持ちで、現実逃避できるよ」


「…………」


「ねー、ほんと、今なら安いし合法だよ~?」


「…………」





■異世界生活:65日目

■所持金:11,000Z


「ねえ、おにーさん。今日こそ――」


「うぜえ。消えろ」


「んにゃー、そんなぞんざいにしなくていいじゃん。めっふぃー傷つくぅ」


「オレは、そんなものに頼らない。……金が欲しいならわけてやるから、これで何か食え。この国、子供は助けてくれるらしいから、何なら孤児院に――」


「あ、そう。つまんねーヤツだね~」


「おいっ。せめて、そんな金に困ってるなら、金だけでも……」


「いらない。まあ、精々きれいに死ねるよう、祈っておくんだねー」


「……んだよ」


 オレはクスリなんかに頼らねえ。


 クスリで現実逃避したって何も解決しねえ。


 マッチを一こすりして、一時の幻想に浸れるだけだ。


 自分が置かれている状況は何一つ解決しない。


 だから、オレは……棍棒を売りに行く。


 オレはもうガキじゃない。自分の未来は自分で切り開いてみせる。


 金、返さないといけない相手がいるんだよ。


 だから、自分で稼がないと……。





■異世界生活:66日目

■所持金:10,000Z


「…………」


 棍棒が売れん。


 売れんから、新しい工夫を込めて……それで何とかする。


 今日は朝の炊き出しを食べてから新作作りに勤しんでいる。


「……作ってるだけの方が、落ち着くな」


 愛想笑い浮かべて売りつけにいくより、無心でゴリゴリと木を削ってる方が落ち着く。木が話し相手になってくれてるみたいに感じる。


 ずっと、作成コレだけで食っていければいいのにな……。


「……あっ、やべっ……」


 少し削りすぎた。


 後でニスで加工するとはいえ、あまり棍棒を削りすぎると強度が落ちる。一本、ダメにしちまった。


「まぁ……いいや、これは試し打ち用にすればいい」


 客への実演用だ。売らずに取っておこう。



「……アイツら、ちゃんと冒険者稼業できてるかな」


 寝ぐらを変えてからは冒険者になった同郷の奴らを見かける事も無くなった。


 他人オレの事なんてほっとけばいいんだ。


 金髪女アイツはどうしてるんだろう。


 早く稼いで、探し出して、金を返さないと。


 最近、色んなもんが減ってばかりだ。





■異世界生活:68日目

■所持金:9,000Z


「へー、アンタ棍棒なんて売ってんの?」


「……あぁ」


「うっわ。なにそのしけたツラ。商売やる気あるぅ?」


 冒険者ギルドの近くで商売してると、妙な奴に捕まった。


 オレと同じ日本人っぽい奴で、髪型はリーゼント。ムカつく顔でムカつく言葉を吐いている。頼んでもないのに絡んできた。


「ねぇイッチャン、棍棒なんてどーでもいいじゃない」


「まあ待てよ。こいつどうせ貧乏人だろーから構ってやろうぜ」


「ホント、見るからに浮浪者だね」


「だろォ? これも慈善事業よ」


 リーゼント頭は女を侍らせ、ニヤけている。


 その余裕のある姿がとてもムカついた。だが、喧嘩したとこらで良いことはないから「用がないならこれで」と言って去ろうとした。


「ちょっ、待てよ!」


「……何だよ」


「オレら、まだこっちの世界に来たばっかなんだよね~。冒険者になれって言われたからなってきて金貰ってきたんだけど、こっからどうすればいいと思う?」


 お前らなんかの事、知るかよ。


 お前見てるだけでもムカつくんだよ。


 めんどくせえ客の相手なんてしたくねーんだよ。



「…………ついてきな」


「おっ?」


「案内してやるよ」


「サーーーーンクスッ!」


「やったねぇ、イッチャン」


「ま、オレの人徳ってヤツぅ?」


 でも、仕方ねえ。金が欲しい。


 客を選り好みしてる余裕はないから案内を買って出た。


 どこに連れてっても二人揃ってブーブー文句を言って、めんどくせえことこの上ない客だった。でも堪えた。途中で放り出したら一日の苦労が水泡と化す。


 我慢して棍棒を使う利も――棍棒を買う利を説いた。


「棍棒か~。なんかダサくね~? 貧乏人の武器って感じ」


「でもイッチャン、アタシ達ってお金ない貧乏人じゃん?」


「それな~~~~!? マジ困ってるんですけどぉ」


 じゃあ買えよ。


 お前達の身の丈にあった道具で戦え。


 それで、死ねばいい。



「…………」


 そう思った時、オレの脳裏に一つの考えが過った。


 コイツに、あの削りすぎた不良品を押し付けてやろう。



「まー金ないのは事実だし? 仕方ねえから棍棒買って恵んでやろうか?」


「キャー! イッチャンカッコいー!」


「だろォ!?」


「……助かるよ」


 本来売れないものを処分できる。


 コイツらはムカつく。だから、売りつけた後の事は知ったことか。


 多分、不良品の棍棒は何度か使ってるうちにポッキリ折れてしまう。使うのは魔物を狩り時だろうから、戦って武器を持ったまま死んでくれる可能性が高い。


 死んでくれればクレーム言われる事もない。


 だから、不良品コレでいいんだ……。



「…………」


「おい、買ってやるって言ってんだろォ?」


「イッチャンが買ってあげるんだよ? 感謝して?」


「……あぁ」


 棍棒を二つ、売りつけた。



「まいど」


 売って、そのままその場を離れた。



「…………くそっ」


 手元には、他より薄い棍棒が残った。


 売れなかった。


 不良品を売りつけてやろうとしたのに、どうしても渡せなかった。


 だから普通の棍棒の方を渡してしまった。アイツら、人の事を下に見てきてたのに……不良品を押し付けて、食いものにする事は、出来なかった。



『職人仕事するなら、職人としての責任を果たしなさい』


「なんでいま……テメーの言葉を思い出しちまうかなぁ……!」


 どうでいい戯言の記憶が、オレを邪魔してきた。


 オレは金が欲しいんだ。


 元の世界に帰りたいんだ!


 死にたくないんだよ! 生きたいと思って何が悪い!


 でも、オレにとって大事なのは、それだけじゃなくて――。



「あの金髪女を、見返してやりてぇ……!」


 哀れまれるんじゃなくて、対等の人間と見て貰いたい。


 キッチリ金を返して、しっかり稼いで「どうだ、オレだって努力してこれぐらい出来るんだぜ」って胸を張って言いたい。ちゃんと約束を果たしたい。


 何も知らない客を騙したら、アイツに胸を張れねえよ。


 さすがにオレはそこまで面の皮が厚くないし、強くねえ。



「……はぁ」


 ダサいな、オレ。


 なんか、ヘコヘコしてるだけでダサい。


 中途半端なクズだ……。



「まあ、いいさ……帰ろう」


 帰ろうとした。


 帰ろうとして、人の悲鳴を聞いた。



「……何だ?」


 助けてくれ、っていう声が聞こえたが、どんどん小さくなっていった。


 回れ右して逃げるべきだと思った。


 ただ、オレは聞こえた声がどこか聞き覚えのあるものだったから――路地裏の奥へと入っていった。でも、間に合わなかった。



「ん……なっ……!?」


 人だ。薄暗い路地裏で人が倒れてる。


 悲鳴の主は、いま目の前で倒れてる人間だったらしい。大丈夫か、と言いながら近づくと足元からピチャピチャと音がした。


 大量の血痕を踏んでいた。



「もう死んで……?」


 血だまりの中に凶器になったと思しき刃物があった。


 思わず触った時、死体と目があった。



「あっ……! こいつ……!?」


 死んでいるという事実に震えつつ、自分が目にしているのがなぜ、「聞き覚えのある声の持ち主」なのかわかった。わかってしまった。


 オレは、死体コイツに会った事がある。


 一時は探していた相手だった。



「コイツ、オレに不良品の剣を売りつけた中古屋の……!」


「……貴方、何してるの?」


「えっ」


 また聞き覚えのある声がした。


 今度は別の奴の声だった。


 それは金髪のちょっと上から目線の女の声で――。



「お、おまえっ! なんでこんなとこに……」


「……こっちのセリフよ」


 金髪女が後ずさった。


 オレを見て――オレと死体を見て後ずさった。



「あっ……」


 状況証拠はバッチリだったかもしれない。


 客観的に見て、オレが殺したように見えただろう。



「違う……違うんだよ……! お、オレじゃねえ……!」


「…………」


 オレは、金髪女が読んだ騎士ケイサツに連れて行かれる事になった。




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