束の間の成功と現実の壁
■異世界生活:48日目
■所持金:21,000Z
「これで足りるかな?」
「足りる。釣り出すよ、ちょっと待ってくれ」
棍棒が売れた。
飛ぶようには売れてないが、じわじわと売れてきている。売れるたび、じわじわと喜びがにじみ出てきて、思わずニヤニヤ笑いそうになる。
大儲け出来なくても売れるだけマシだ。
ほんの少し前まで全然売れてなかったしな。
ゴミとして捨てられていた大きな籠を修理し、そこに棍棒を入れて売り歩く。ちょっとした行商のようだ。
売り歩くと言っても、「棍棒~、いかがっすか~?」と叫びながら歩いてるわけじゃない。棍棒を買ってくれそうな相手を見定め、声をかけていってる。
大体、怪訝そうな顔をされる。
いきなり売りつけて買ってくれる人は少数派どころかいない。今のところいない。まあ、セールスお断りしたくなる気持ちはわかる。
今のとこ、棍棒買ってくれるのは同じ異世界人だけだ。
オレと同じく仕事に困り、その辺の人に聞いて訳も分からないうちに冒険者ギルドに来て支度金を手にし、冒険者になっていく。
そういうヤツに声をかけている。
「よう。アンタ、こっちに来たばっかりかい?」
オレも同じような立場の人間なんだよ、と近づいていく。
向こうとしても右も左もわからない状況だから、情報を欲しがっている。同じような立場だからこそ、どういう事で苦労しているのかもわかる。
だから、案内役を買って出てみた。
棍棒は二の次。まずはここがどんなところかって事を説明しつつ、今後どうしていけばいいかのアドバイスをしていく。
オレもそう詳しくないが、案内するために改めて知識を蓄えていく事にした。冒険者としての知識だけじゃなくて、暮らしの事とか色々と。
この世界は訳わかんねえ事ばかりだから、何もかもを教えてやれるほど知識ねえけど……それでも、こっちに来たばかりの奴らよりはマシだ。
少しは、力になれていると思う。
宿の紹介もしている。
「こことかどうだ。まれびとの穴蔵。一日あたり600Zで済む」
「ここ、宿なの……? 地下に干し草が置いてるだけじゃん」
「まあそうなんだけど、モノがモノだけに費用も安い。それにここならオレらと同郷の奴が他にもいる。男三人。どいつも冒険者だ。不衛生そうに見えるけど虫よけの香を焚いてくれてるからそこまで寝心地は悪くないぞ」
「うーん……でも、干し草のベッドかぁ……」
「安く済むのは確かだ。仕事が軌道に乗るまで……まあ、一週間ぐらい? 宿はここにして節約しといた方がいい」
「うーん……」
「とりあえず、後で同郷の奴らに会ってみるだけ会ってみたらどうだ? 三人ともこっち来たばっかりで冒険者仲間も探してるから、歓迎してくれると思う」
「……仲間が増えるのは有り難いよね。一人じゃさすがに心配」
「だろ? まあ、宿は別に取るにしても……会ってみるだけ会ってみたらどうだ」
安宿の内容で渋い顔は見せたものの、同郷の仲間がいるという事は心強く感じるらしく、今日も一人宿が決まった。
紹介した事でマージンが貰えるわけじゃないが、おかげで棍棒を買ってもらえた。棍棒を勧める理由も添える事で買ってくれた。
そうこうしてると他の三人が冒険者仕事から戻ってきた。
疲れた様子を見せてはいたが、新しい仲間候補を紹介すると明るく振舞って迎えてくれた。三人ともオレが棍棒を買ってくれた気のいい奴らだ。
工夫を凝らしたとはいえ、オレの棍棒は雑魚狩り用。
だから冒険者仲間結成の手伝いもする。数が多い方が安心だろう。同郷同士なら必ずしも仲良くなれるわけでないが、数は力になるからな。
……オレも最初からこうしていたら、良かったんだろうか。
「皆でルームシェアしたら、もう少し良いとこ移れるかな?」
「でも僕ら、保証人すらいないし……」
「いや、オレらみたいな住所不定でも借りれるとこはある。借りる事が出来て金額面でも問題ないところを昨日、調べてきたんだが――」
そう言い、探してきた賃貸物件の資料を渡す。
敷金を少し多めに取られるが、保証人すらいないオレらでも借りれるところがあったんだ。そういう情報もサービスとして探してきて提供する。
「間取り的に、そこまで良い部屋じゃないなぁ……」
「でも、ここよりはマシだと思うぞ。とりあえず布団ぐらいは買わないといけないが……諸々の諸費用はこんな感じになるはずだ」
「結構するなー」
「といっても、これぐらいなら十分何とかなりそう。今日の仕事も成功したし、皆でもう少しずつ貯めていけば……」
「少し古かろうが、地下よりはずっといいよ。ちゃんとした部屋を借りないと荷物も常に持ち運んでないといけないし……」
冒険者の仕事にしろ、生活費にしろ皆で協力し合えば解決出来る。まるっと上手くいくわけじゃないが方向性は間違ってないはずだ。
武器を売りつつ、情報屋サービスをやる。
元手となるものがなく、商品もそこまで良いものを取り扱えないオレではこういうちまちました事もやってかなきゃ駄目だ。
そこまで稼げるわけじゃない。
でも、棍棒が少しずつ売れてるのが楽しい。
「なぁ、アンタも俺らと共同生活目指そうぜ」
「今日はここ泊まっていけよ。情報の礼も兼ねて、奢るぜ」
「いや、オレは別のとこで野宿するよ」
節約しないといけないし、ルームシェアの誘いもオレは断る。
こいつらと違って、いつ収入が入ってくるかよくわからん状態だ。まだまだ予断を許さない状況だから節約するし好意に甘えられない。
「じゃあまたな。頑張れよ」
一人、帰る事にした。
大丈夫、野宿も慣れてきたし、オレが寝泊まりしてるとこも地下だから雨風も大体凌げる。いまのオレに居場所はあそこだ。
でも、ずっとあそこでくすぶってるつもりはない。
いつか、自力で浮浪者生活を脱してみせる。
■異世界生活:50日目
■所持金:21,000Z
「…………」
地下に下りてくる微かな光の中。
寝ぐらで一人、道具を広げて棍棒作りを始める。
まずは手に入れてきた木材を削り、棍棒の形に整えていく。棍棒の利益を元手に手に入れた新たな木工用ナイフで削る。
「……こんなもんかな」
肌触りと光で荒削りの棍棒の形を確認。
次にヤスリを使い、さらに形を整える。荒削りでない方が見栄えはよくなる。見栄えが良い方が客も気に入ってくれる。
棍棒のシルエットは先端を太らせつつも、その両端は剣のように尖らせていく。いや、剣というより鉈だな。鉈の刃のように尖らせる。
あくまで棍棒だから刃を取り付けるわけではないが、部分的に尖らせる事でそこで殴れば形を整えたまんまで釘メイス的に使えるかな……と思って。
「使ってるうちに、確実に潰れていくだろうけど……」
そん時にはもう他の武器を使って貰えばいい。
あくまでこの棍棒は繋ぎ。これ一本で安心、という最強の武器ではない。
ヤスリで手触りがツルッとするほど削り、木の削りカスを口で吹いて飛ばす。光にかざし、もう一度形を確認する。
そんでニスを塗る。買ってもらったやつは期待以上のものだった。棍棒の色を黒に染めつつ、木質を引き締め、硬さを増してくれてるらしい。
ただ、その硬さはただ見せるだけじゃ分かりづらい。
だから見本としてニス加工済みと加工無しの棍棒を見せ、それを叩いたり斬りつけたりして強度に関しての説明をしている。
魔術で強度を長期的に強化しておく事もできるみたいだが、そこはまだ試行錯誤中。魔術を使って加工すると良いらしいが、今のオレはまだ扱いかねている。
「乾いたら仕上げだ」
仕上げは紐を巻く。
持ち手部分に「滑り止め兼見栄え向上」のために紐を巻いている。赤い紐なので黒い棍棒にはよく栄える事もあり、客のウケは悪くない。
巻き方も工夫する。
単なるぐるぐる巻きでは逆に見栄えが悪くなる。
「趣味の刀好きが、ここで役立つとはなぁ……」
紐は刀の柄糸と同じように巻く。
巻きやすいように棍棒を加工してやり、ひねり巻きしていくと単なる棍棒が「柄部分は刀の如き装飾」となる。
見た目は最初に比べるとかなり整ってきたし、性能面も向上している。魔術を上手く絡めていけば今後も伸びしろがある……筈だ。
「もうこれ、店に置いててもおかしくない出来だよな」
心からそう思う。
そう思った。
水浴びして身綺麗にしてる事もあってか、棍棒はちょくちょく売れてる。
だが、どうせならもっと稼ぎたい。自分の力で今の生活から抜け出したい。販売は店に任せて棍棒量産に集中できれば……もっと儲けを出せるようになる。
本格的に職人になるんだ。
そしたら、生活も安定していくはずだ。
自分でちゃんと稼げるなら、胸を張ってあいつらとルームシェア出来るかもしれねえし……何より、借りてる金を返しても何とか生活していける。
だから、置いて貰えるように交渉しにいってみる事にした。
■異世界生活:51日目
■所持金:21,000Z
「な……なんで買い取ってくれねえんだよ! おいっ!」
「それぐらいの事は理解できなきゃ、取引はできないよ。よく考えてまたおいで」
「クソっ……! もう来ねえよ!」
「まあまあ、そう言わず。商品は悪くないからね」
「は……はぁ?」
棍棒の出店を断られた。これで5軒目!
ただ、5軒目の武器屋のオッサンはニコニコ笑いながら変な事を言ってきた。変、というか意味不明の妄言だな。
モノは悪くないけど仕入れない……意味がわからん。
自分で言うのも何だが、武器屋に置いてる安物と棍棒と比べてもオレの作った棍棒はそう悪くない筈だ。……少なくとも見た目は勝ってる!
なのに、どこも価格交渉させてくれなかった。
「……あー、やめだやめだ!」
奴らは物の価値がわからないだけ。
どうせ今の棍棒売りも職人の真似事。一時的な腰掛け。足の方が治れば冒険者稼業に復帰だ。復帰してやる。
そんな事を考えつつ、オレの棍棒を買ってくれた冒険者達に会いに行った。まあ、アフターケアだ。仲良くなっておいて後で仲間に入れてもらうとかいう下心はない。そこまではプライドが許さん。
奴らは中々帰って来なかった。
魔物に全滅させられた――という考えが過ったが、いつもより遅くに帰ってきた。全員生きて、ひぃひぃ言いながらも帰ってきた。
大怪我はしてないが、苦労はしたようだ。
「いやー……えらい目にあった」
「大丈夫か? ヤバイ魔物にでも襲われたか」
「いやー、先に迷子になってさ。それでウロウロしてたら森狼の群れにあって、なんとか命からがら撃退してさ。一気にたくさん狩れたから収入も……へへ、結構いい感じ。怪我の功名ってやつ?」
「でもあの量はマジ勘弁! ほんと、死にかけたから」
「ほんとほんと。あれと毎日やり合うのは、いくらなんでも綱渡り過ぎる」
「だけど、いずれは出来るだろ。戦うのも大分慣れてきたし……いまの調子で頑張っていけば、どんどん強くなるぞ、俺達」
「…………」
メシに誘われたが、「無事で良かったよ」とだけ伝えてオレは帰る事にした。
待ってる間に炊き出しのメシを食い損ねたが……まあ、いい。最近、少食になったきたから一食分ぐらい抜いてもいいだろ。
「……あいつら、順調そうだったな」
少なくとも、どこぞの冒険者みたいにヘマはしてない。
そうならないよう、同郷同士で集めたんだが集団の力は予想以上らしい。いや、アイツらが才能……あるのかな、オレと違ってさ。
「まあ、いいさ。オレも、いずれはアイツら以上に……」
そうありたいと思っている。
けど、足は未だにピクリとも動かなかった。
そろそろ、治ってくれてもいいのによ。
■異世界生活:52日目
■所持金:21,000Z
「う、うわああああああああああ!! ……ぁ」
な……なんだ、夢か……。
ひでえ、夢だった。
あの日の……死にかけた日の夢だった。
「…………」
少し熱っぽい。
もう少し、休もう。
地下の硬い床の上だけど、大丈夫なはずだ。
今まで生きてこれたんだ。
これぐらい、どうって事ねえよ。
■異世界生活:53日目
■所持金:21,000Z
「…………」
おかしい。
おきれねぇ。
「……はら、へってねぇし……」
いいか、べつに。
「…………」
「あっ! いた! いた……!?」
「お、おいっ! 生きてるか?」
「すげー熱……。きゅ、救急車は?」
「そんなのねーよ。とにかく、運ぼう、急がないと……!」
「お、おうっ……!」