経済的反撃の狼煙
■異世界生活:44日目
■所持金:1,000Z
「わかったぞ、棍棒が剣に優ってる売り」
「へぇ……」
考えて、その考えを実行するために街を歩いている時。
金髪女を見つけて話しかけると、少し笑みを浮かべながら「教えて貰っていい?」と聞いてきた。
「まず、手入れの手間を削減できる。棍棒の方が手に入れが楽だ」
棍棒じゃ剣みたいに切れないが、剣の要である刃は手入れしてやらないとナマクラになっていく。単なる剣型の鈍器になっちまう。
手入れの必要があるって事は時間を取られるって事だけじゃなく、手入れに必要な道具も買わないといけない。剣の代金に維持費も足さねえとダメって事だ。
「棍棒なら、剣の刃ほどデリケートじゃない。切ったりはできないが棍棒には棍棒で良いとこがある。ズボラなヤツや、金がないヤツに勧められる」
「それだけ?」
「……総金属製の剣より軽いとか、かな」
「この国には木より軽い金属もあるわ」
「げ……そう、なのか」
「といっても、そういうのは素材は価格も相応にかかる。差別化は可能よ」
「そうか、なら……いけそうだな」
剣以外にも差別化を図る必要がある武器がある。
金属製の棍棒……金棒も剣ほど手入れは必要ない。ただ、武器屋を見て回って価格調査をしてみたところ、どうしても総金属の方が値が張る。
価格面での差別化も、こっちが大きく値引きしなくても可能だ。
剣は失血死狙えるという利点あるし、印象の話をすると棍棒より剣の方が選びたくなるもんだろう。
でも、全ての面で負けてるわけじゃない。
剣の方がカッコよくて強そうに見えるからこそ、世の中には聖剣なり魔剣なり、由緒正しい伝説の剣が象徴として存在するんだろう。
でも、棍棒だって実戦で使える筈だ。実際、オレの時は通用した。
「ただ、オレの棍棒がゴミみたいなのは事実だ」
「そうね、荒削り過ぎるわ」
本当にそうだと思う。
ナイフで無理やり、棍棒っぽい形にしただけだし。
「見た目は、ヤスリを買って形を整えようかなぁ、と思ってるんだ。どの辺に売ってるか知らないか? とりあえず、値段だけでも調べて……ヤスリを含めた材料費を何とか、貯めようと思ってるんだよ」
「へー……なるほど」
さっき道行く人に聞いたが迷子になったので、ついでに教えて貰う事にした。
何で私が――なんて言われるかと思ったが、素っ気なく「別にいいわよ」「付いて来なさい」と案内して貰える事になった。
「ついでに、黒い塗料と紐があるといいんだが……安いヤツでさ」
「塗料は仕上げ用よね?」
「おう」
「うーん……どうせなら木質強化する樹脂塗料にしたら? クロアオバのなら安いし、色も黒いからちょうど良いでしょー」
「ワニス……ああ、ニスか。見た目を整えるために買うから、フツーの塗料でいいんだが? 木質強化って……どういう意味だ?」
「端的に言えば棍棒を硬く出来るって事。木材の細胞壁と水分を重合反応させて硬化させるから、単に硬くなるだけじゃなくて丈夫で長持ちするようになるわ」
「ほー、いいじゃん。漆みたいなもんか……」
でも、そこまでする必要あるんだろうか?
どうせ客には「丈夫になったか否か」なんてわからないだろ。フツーに真っ黒に塗っておくのと、客視点では変わらない気がする。
そう言うと、腰に手を当てて呆れられた。
「工夫なんて一眼で分かりづらいものよ。費用面とかの問題があるならともかく、より良い商品に仕上げるための努力はしなさい。楽したいだけの手抜きはダメ」
「どうせ、オレの努力なんて客は理解しねえよ……。素人でもわかる見た目だけ、取り繕っておけばいいんだ。どうせ安物だし……」
「そうやって欠陥のある商品を提供して、使ってる人が死ぬ事もあるのよ。この国の職人業界は冒険者に装備を提供する事が多いんだから」
「む……」
「不良品を使わせた事で恨まれる事もあるし、明らかな瑕疵があったら職人としての評判にも取り返しのつかない傷がつく事もあるわ。未熟なのはわかるけど、出来る限りの事をするべきよ。金額面なら……おそらく大丈夫」
「別にオレ、そこまで本腰ってわけじゃ……」
「職人仕事するなら、職人としての責任を果たしなさい」
「む……」
有無を言わさない口ぶりなので不承不承ながら頷く事にしといた。
「あと、わかりづらい工夫ならわかりやすい説明を用意しときなさい。素人でもわかりやすくしておけば、商品の良さを理解して貰えるわ」
「へーい」
説教されつつ、目当ての品がある店に到着した。
「オススメはコレとコレ。お金出せばもっと良いものはあるし、仕入先も工夫したらもっと原価安くできるけど……今の貴方じゃこれぐらいが限界だと思う」
「ムカつくが詳しいな」
「物作り業界に関わる仕事してるから。これぐらいは基礎知識としてね」
「ふーん」
やっぱ貰った金で買えるほどではない。
となると、何とか材料費を工面しないと……。
「これぐらいなら私が買ってあげる」
「えっ?」
「言っとくけど、この間のお金と違って貸しだからね。出世払いでいいからちゃんと働いて、ちゃんと稼いで返すように」
「お、おう……ありがとう……」
「紐も買ってあげる。こんなのでいいの?」
「あ、いや――」
紐の色には少々、こだわりがある。
赤色で幅広の糸にした。
ニスが店頭の見本通りになるなら、これでいい筈だ。
見た目のうえでも、機能のうえでも。
「えっと……その、すまん、買ってくれて助かった」
「貸してだけだからね。肝に命じておいて」
「わかってる。ちゃんと返すよ。必ず返す」
そう言うと、金髪女は笑顔を見せた。
そんで財布から金を出し、オレに向かって差し出してきた。
材料費より多い。結構な金額を渡そうとしてきた。
「で、こっちは返さないでいいお金」
「は?」
「当面の宿代と食事代よ。無駄遣いしなければ1ヶ月は持つと思う。ああ、それと宿はここにしたらどう? 1ヶ月したら様子を見に行くから――」
「い、いらねえよ」
これ以上、恵んでもらう義理は無い。
ましてや、借りるんじゃなくて貰うとか……これ以上は沽券に関わる。まあ、もう既に一度貰っちゃってるけど……そっちはまだ使ってねーし。
「いいよ、もう野宿も慣れたから。材料費建て替えてもらえただけで十分」
「そう? ……あまり無理しすぎない方がいいと思うけど」
「大丈夫だって。オレは、一人で何とか出来る自信がある」
「……そう。なら、これ以上、食い下がるのは貴方に失礼ね」
「失礼ってわけじゃ……ねえけど。もう十分助けてもらった。大丈夫だ」
「わかった。……貴方には期待してるからね。また会いましょ」
それじゃ、と用は済んだとばかりに金髪女は去っていった。
手を振って別れ、しばらく歩いて気づいたんだが――あいつ、名前どころか住所すら教えてくれてねーぞ! どうやって返せばいいんだっつーの!?
いや、オレが宿代と宿の場所を書いた紙、受け取っとけば良かったのか。
「うーん……まあ、この辺をうろついてれば、また会えるか」
もしくは職場を探すと、とか?
物作り関係って言ってたから、実は職人なんだろうか?
その割には、職人らしからぬ綺麗な指をしてるように見えたが……ともかく、今度会ったら、名前ぐらいは教えて欲しいな。
「よし、とりあえずこれで材料は揃ったな……!」
いよいよ本格的に物作り、だ。
んで、物が出来たら――。
「洗濯と、水浴びしなくちゃな……」
オレはこれから、自分で作った物を売る。
職人仕事と接客仕事をしなきゃならない。
風呂に入ったりする金銭的余裕はないが……せめて水浴びで身綺麗にしとこう。