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微かな希望



■異世界生活:30日目

■所持金:0Z


 炊き出しで食いつないで、何とか生きている。


 不味さにも大分慣れてきた。


 毎日、何もする事がない。


 陽の当たるところにいても「薄汚い浮浪者が」と蔑まれるだけ。


 地下に水浴びできる意外と綺麗な水路があったが……もう身体を洗う事すら億劫になってきた。身ぎれいにしたところで、特に良いことはない。


 毎日、地下の暗闇を見つめながら……ぼっーとしている。


 炊き出しの時間だけは逃さないようにしながら、ただ……生きてるだけ。


 足は動くようになる気配がない。


 もう、一生動かないのかもしれない。





■異世界生活:31日目

■所持金:0Z


 地下に魔物が出た。


 浮浪者だれかが食われた。


 逃げた。死にたくない。


 こんな世界で――墓にすら入れず――死にたくない。


 こんなわけのわからない世界で……死んでたまるか!





■異世界生活:32日目

■所持金:0Z


 元の世界に帰りたい一心で冒険者ギルドに来た。


 周囲の目がきつい。


 露骨に「くっさ……」と鼻をつまんで言うヤツすらいる。


 この世界にはオレ以外にも、日本から来たヤツが大勢いる。その多くが誰でもなれる冒険者稼業をやっている。それぐらいしか仕事がない。


 だから、同じ日本人達に問いかけていく。


 お前らはもう元の世界への帰り方を見つける事ができたか、と聞いた。色良い返事は誰からも返って来なかった。目をそらされた。


 それどころか、原住民の冒険者達に馬鹿にされた。



「あー、お前もあの混沌の神にさらわれてきたクチか」


「かわいそうに、もう一生戻れないんだってな」


「つーか、お前らって元の世界だと既に死んでるんだろ?」


「もう一回死んだら楽になれるって聞くぜ」


「…………」







■異世界生活:33日目

■所持金:0Z


 50人以上に問いかけた。


 誰も元の世界への帰り方なんて知らない。


 戻る方法なんて存在しないとすら言われた。


 それでも、明日も冒険者ギルドに来ようと思う。


 他に何もする事がない。


 右足が動かないオレには、異世界で居場所も仕事もない。


 単なる浮浪者だ。


 一度、最底辺まで落ちてしまえば……もう、這い上がる事すら出来ない。






■異世界生活:34日目

■所持金:10,000Z


 今日、変なやつに会った。


 変……というか、この世界に来たばかりのヤツだった。


 いつもの問いかけをしたものの、「僕、こっちに来たばっかりなんです」と言われてガッカリしてると逆にオレが問いかけられた。


「そういう武器って、どこに売ってるんですか?」


「武器? ああ、これか……」


 杖として使っていた棍棒の事を聞かれ、「どうせ杖としては微妙な長さだし……」と思ったのでやる事にした。オレにはもう不要なモノだ。


 タダでやるはずが……盾とセットで売る事になり、図らずも金が入ってきた。


 さすがにこんな手作り棍棒と中古の盾だけじゃな……と思って知ってる限りの情報もやった。久しぶりにまともに人と会話のキャッチボールできて、良かった。


「……金なんて、久しぶりに見た気がする」


 浮浪者のオレが、こうして金を手にする機会がくるなんてな……。


 ちょっと、嬉しい。


「これでなにを買おうかな……やっぱ、食べ物かな……?」


 棍棒はどうせ、いまのオレには大して必要ないもの。


 それを処分できたうえに金までもらえるなんて――いや、待てよ?


「…………これ、商売になるんじゃねえのか?」

 




■異世界生活:37日目

■所持金:5,400Z


 どうせやる事にないし、足も動かない。


 だから思い立って武器作りを始めていった。


 作るのは棍棒。


 材料となる木を都市の郊外で――そこらの木なら切り倒せる冒険者を見つけて切って貰って――材料を手に入れ、それを加工する。最初の棍棒と同じ要領だ。


 街の外の木も林業用のものは勝手に取ると不味いらしいが、それ以外の歪な物なら場所によっては勝手に取ってもいいようだった。


 材料となる木材を手に入れ、ナイフでせっせと加工する。


 とりあえず、棍棒を10本作ってみた!


 明日から早速売ろう。


 1本5千として、10本売れば5万だ。


 金が入れば、美味いものが食べれる。


 儲かれば、ちゃんとした宿で眠る事も出来る。


 久しぶりにワクワクしている自分に気づいた。



「ちょっとした武器職人みたいだな……どうせなら、刀を作りたいけど」


 刀に関する知識はある。


 好きだったんだ、男の浪漫があれ一本に詰まってる。


 けど、さすがに刀を作るような設備はない。棍棒でガマンするしかない。






■異世界生活:38日目

■所持金:1,700Z


 駄目だ。全然売れない。


 何が悪いんだ?


 とりあえず釘を買ってみた。


 意外と高くついたが、これで釘付棍棒を作る。


 これはもう立派なメイスだ。


 これなら売れるはずだ。


 売れてくれないと困る。






■異世界生活:39日目

■所持金:500Z


 売れない。


 もう炊き出しのメシなんか、いやだ。





■異世界生活:40日目

■所持金:0Z


「それで商売するのは舐め過ぎなんじゃないかしら」


 棍棒を売りつけようとして失敗し、イライラしながらうずくまってる時。


 そんな上から目線の事を言われた。


 カッとなりながら声の主を見て――見惚れた。


 すけー美人だった。気が強そうな金髪美人で巨乳だった。胸の南半球がすっぽり影に覆われるぐらいの巨乳美人だ。


 あんまりにも綺麗で、かなりタイプな容姿だったから思わず生唾を飲み、うろたえているとそいつはオレが売ろうとした棍棒を手に取った。


 そして「何の加護もついてないのね」と言って溜息をつき、「こんなもの売るより他の仕事でも探したら……?」と言ってきた。


「う、うるせえな! ……仕事の一つもねえんだよ」


「冒険者稼業は?」


「この足じゃ、今はできねぇ……」


 動かないんだよ、と教えてやった。


 金髪美人は「なるほど」と納得し、「それなら冒険者稼業は厳しいわね」「何とかこの棍棒を売らないと生活費も稼げないか……」と呟いた。


 その言葉には見下すような色は無かった。何が思案しているようで……金髪巨乳女は唇を触りつつ、少しだけ黙っていた。


「アンタ、買ってくれよ……オレの棍棒、誰も買ってくれねえんだよ」


「弱気ねえ」


「うるせえ。……ホントに参ってんだよぉ……!」


「じゃあ何で売れないか、少しだけ一緒に考えてあげるわ」


「同情するなら、金をくれよ」


「そうしたところで、一時しのぎにしかならないわ。見たとこ、貴方って異世界ニホン人でしょ? この国の事なんて殆ど知らなそうだし、知恵を貸してあげる」


「じゃあ教えてくれよ。何で売れないのか」


「何でも人に聞くのはどうかと思うわ」


「お、おまえ……! 性格悪いな!」


 答えは直ぐに教えてくれないらしい。


「言ったでしょ? 売れない理由を一緒に考えてあげるって」


「答えをくれよ」


「自分で考えるのは大事な事よ。……売れない理由に心当たりはない?」


「そりゃ……単純に物が悪いんだろ」


 所詮、手作りの棍棒だからな。


 皆、こんな棍棒より剣や槍を買いたくなるさ――と言った。


 だが、金髪女はこう言った。


「将来的にどうなるかはともかく、この国で作られてる武器防具は大半が職人の手作りよ。手作りだから謙遜するのは間違ってる」


「いや、職人と素人を一緒にするなよ……」


「職人も最初は素人よ。貴方も技術と知識を身につけていけば職人になれるわ。まあ、才能ある一流の職人にはなれなさそうだけど……」


「何で上げて落とすの……?」


「上げてない。落としただけ」


「そう……」


 ただでさえ心が弱ってるので、泣きたくなってきたぞ。


「まずはお客さんの立場になって考えましょ。貴方の想定する客層はどんなもの? 誰が棍棒を買ってくれると思う?」


「そりゃ、冒険者……だよな? この国って冒険者稼業やってるヤツが一番多いんだろ? 武器の需要はある……はずだ。棍棒でもいいんならな」


「うん、その通り。冒険者で正解。ただ、もう少し範囲を絞りなさい」


「範囲?」


「冒険者も千差万別よ。剣が得意な冒険者、槍が得意な冒険者、弓が得意な冒険者、武器らしい武器を持たない冒険者もいるから――」


 つまり、棍棒使いに売ればいいという話か。


 棍棒使いなんているのかね、と思うが……。


「棍棒使う人もいるわ。使う武器の人口だと多数派ではないけど、そもそも冒険者は絶対数が多いからその事を考えると少なくない。むしろ多い」


「なるほど。……腰に棍棒を下げてるヤツに売りつければいいのか」


「考え方がわかってきたようね。でもちょっと不正解」


 金髪女はいたずらっぽい笑みを浮かべつつ、オレの言葉を否定してきた。


「貴方の棍棒、ハッキリ言ってゴミよ」


「は……ハッキリ言い過ぎだろ……!?」


「棍棒を使ってる冒険者を探すとして、その人が既に使っている棍棒や金棒より優れたものを提供する自信はある? あったら凄いわ」


「…………」


 ムカつく。


 ムカつくし、イラつく。


 だが……悔しいがその通りだ。


 オレの作った棍棒は所詮、素人が作ったもの。


 木を削って棍棒らしい形にしただけ。どこもかしこもゴツゴツしていて、原始人が作った石器のようにさえ見える。遠目に見ても汚らしい。


 美しくない。


 あまりにも荒削りな棍棒型の……ゴミだ。


 そんなのわかってる。


 でも……でもよ。


「上手く使えば、大トカゲとか、森狼ぐらいは倒せたんだよ」


「そうでしょうね。想定すべき客層は、森狼を狩って生計を立てるような人達よ」


「…………あっ! つまり、駆け出し冒険者か!?」


「そういう事。弱い魔物なら棍棒で殴るだけで殺せるわ」


 なるほど、光明が見えてきた。


 オレは実際、棍棒で魔物を倒した。殺せるだけの威力はあった。つまりそこに顧客が――需要が存在する。駆け出し冒険者を狙い打ちしていけばいいんだ。


「どうやってお客様を……駆け出し冒険者を見つければいいかわかる?」


「装備が粗末なヤツ……いや、違うな。既に装備を持ってるような駆け出しなら、予備武器サイドアームを買うほど懐事情がよくないか」


「そうとも言えるけど、違うとも言える。駆け出し冒険者で弓やクロスボウを使ってるような子に『矢を当て損ねた時のために棍棒はいかが?』と勧めればいいのよ」


「何か、悪どいな」


「でも実際持っておくと便利よ? 弓で殴って弓が折れたらどうするの?」


「む……まあ、確かに」


 よほど荷物にならなれけば、理屈のうえではそうだよな。


 セールストークに使えそうだ。相手の不安に付け込むのは少々しゃくだが、実際問題として近寄られた時にどうするかってのは……問題だよなぁ。


 あと、改めて考えて見ると他にも需要はありそうだ。


「……この国って毎日のようにオレみたいな異世界人が来るって、ホントか?」


「ええ。日によって偏りはあるけど、年間1000人以上が来るとも言われてるわ。……着の身着のままで、ろくな財産も持てずに放り出されてるわけ」


「そういうヤツらも買ってくれそうな気がする」


 格好で、ある程度は見分けがつきそうだ。


 何せ、ここは文化が違う異世界だからな。似てるとこもあるかもしれないが、こっちに来たばかりのやつは元の世界の服装だろうし。


 そういう奴らでも冒険者になれば支度金が手に入る。その支度金の一部から棍棒代を貰っていけばいいんだ。


 誰に売りつければいいかはわかってきた。


 わかってきた、つもりなんだが――。



「まあ、私なら貴方の棍棒より、武器屋で売ってる剣でも買うわ」


「ぐ……。まあ、そう、だよな……」


 オレだってそうする。


 棍棒と剣、どっちが強そうかなんて火を見るより明らかだ。


 じゃあ剣を作ればいい――という話に持っていくのは不可能だ。オレは浮浪者ホームレス……家すらない。剣を作れるような工房の一つも持ってない。


 完全に詰んでる。


 ホープレスのホームレス……ってか、笑えるね、まったく。


「…………」


 詰んでいると、認めたくない。


 なんとか現状で勝機と商機を見据えたい。


 いまのオレは、片足が不自由になっている。


 棍棒作るぐらいしか出来ねえんだ。


 出来る事であがいていくしかない。


「棍棒が剣に勝る売りって、なんかねえかな?」


 そう言うと金髪女はニヤリと笑った。


 笑いはしたものの、直ぐに助言してくれる様子はない。自分で考えろ、でも、取っ掛かりとして「差別化を考えるのは悪くない」って感じか? ムカつくぜ。


 いいさ、自分で考えついてみせる。


 オレは必死に頭を捻った。


「……棍棒なら剣よりも作るのは簡単だ。誰でも作れる」


「それは職人側の売りね。買い手にとっての利益としては弱い」


「うーん……価格で差別化を図る、とかかな?」


「それも一つの売りね。ただ、お金関係は諸刃の剣よ。安い方が売りやすいのは確かだけど、安売りしすぎると利益を出しづらいわ」


「棍棒の利点じゃねえけど、オレと同じようにこの世界に飛ばされてきたようなヤツには……一応は先人として、情報を抱き合わせで販売するとか?」


「それもいいわね。でも、貴方の知識は他の人と差別化できる?」


 そりゃ、きついな。


 現地人の方がよっぽど詳しいに決まってる。


 考えろ。


 剣と棍棒はどっちも武器だが、同じものじゃない。


 どこかで差別化できるはずだ。



「取っ掛かりは得たみたいね。じゃあ、頑張って悩みなさい」


「……悩むから金くれよ」


 思わず、弱音が漏れた。


 美味いメシが食いたい。ちゃんとしたベッドで眠りたい。


 異世界でも無双できるチート能力が欲しい。浮浪者生活なんて嫌だ。棍棒だけで何とかなるかよ。……元の世界に帰りたい。


 そんな弱音きもちが、思わず漏れた。


「そう。じゃあ、1000Zぐらいならあげるわ」


「ケチだな……」


「他人の貴方を一生養えと? 無茶を言わないで。私、授人以魚、不如授人以漁派の人間だから……頑張って自分で足掻いてね」


「何語だそれ」


 よくわからん言葉を吐いて、金髪女は去っていった。


 ムカつくが、ホントに美人だった。あの巨乳を揉みしだきたい。……くそっ、最近、飢えすぎてしっかり性欲減退してたのに、チンポジが定まらん……!


「くそったれ……」


 そう呟いても、現状を脱する良い考えは思い浮かばなかった。


 けど、それでも、こんな異世界せかいじゃ誰も助けてくれねえ。


 嘆いても、神様から摩訶不思議なチート能力もめぐんで貰えねえ。ムカつく事だらけで、このままじゃ、そのうち死んでしまってもおかしくねえ。



「死にたくねぇ……!」


 なら、足掻かないと、考えないと。


 ああ、貧する前にもっと手を打っておけば良かった。


 意地なんて、張るんじゃ無かった。


 もう遅いかもしれない。でも、諦めたくない。


 だからオレはあそこに行く事にした。



「武器屋、行ってみて……実際に棍棒と剣を見比べてみるか」


 実物を見ていれば何か思いつくかもしれない。


 オレみたいな浮浪者、追い出されるかもしれない。


 追い出されたら遠目に見てやる。


 金髪女を見返してやるんだ。


 浮浪者オレはまだ終わってないって事を……証明してやる。





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