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転落の始まり



■異世界生活:11日目

■所持金:2,300Z


 何もかも終わった。詰んだ。


 狼狩りに出て、最初は上手くいったんだ。


 一匹目の狼は何なく殺せた。


 二匹目の狼に……飛びついてきたクソ狼に少し噛まれたが、一発ブチ殴って弱らせたヤツだったから、噛みちぎられるほどじゃなかった。


 死にはしなかった。二匹目もちゃんと殺せた。


 ただ、そのまま狼を探し求めてたら、具合が悪くなって……。


 自分が森の中を歩いてる以外の要因で、熱っぽくなってるのに気づいて、少し休んでた。噛まれたとこから、何かヤバい菌が入ったのかもしれなかった。


 熱でめまいがするほど気持ち悪くなって……それで、休んでても一向に良くならなくて……。魔物討伐なんてする余裕がなくなった。


 直ぐにでも街に帰るしか無かった。


 人を見かけたから助けを求めたが、「めんどくさい」と言われて置いていかれた。笑い声と共に遠ざかっていってた。見捨てられた。


 走るのすらつらいなか、どんどん朦朧としていく意識の中、すっ転んで……崖から落ちて……気づいたら右足が変な方向に曲がってた。


 折れてた。へし折れてた。


 魔物のいる都市郊外。そこで負傷した身体で一人だけ。


 それがどれだけ絶望的な状況かはよくわかった。考えがまとまらないぐらい熱っぽい頭でも「ヤバい」「死ぬかも」って事はわかった。


 痛みと熱で呻いてるうちに、どんどん日が暮れていった。


 日が沈んでも、オレの体調は回復しなかった。


 夜闇。それが辺りを包んでいく。闇が一つの魔物に感じられるほど、恐怖が背筋を撫でる。キリキリと胃まで痛み、狼達の遠吠えで寒気を感じるような夜を過ごした。暗闇の中、何も見えなくなって……気が狂いそうになった。


 暗闇に飲まれるほど、悪化する体調。ただじっとしてるのに、ぜーぜーと荒い息が漏れ、自分でも引くほどダラダラと汗がこぼれた。


 脱水症状を起こしそうなほどこぼれる汗が、血のように思えて……焦って……水筒の水を直ぐに飲み干してしまった。川の水をがぶ飲みした。腹が痛くなった。それでも飲んだ。


 何とか夜明けまで生き延びた。


 でももう、一歩も動けなかった。


 動けなくなる要素なんて沢山あった。


 震える唇で「死にたくねえ」と言ったのは覚えてる。


 そこでもう、意識がぷっつり途絶えた。


 それでもまだ死んでなかった。


 たまたま俺を見つけた冒険者が――オレと同じくこの世界に連れて来られた異世界ニホンの冒険者が担いで街まで連れて帰ってくれたらしい。


 体調もすっかり良くなった。


 治癒魔術ってのをかけて……治してくれたらしい。


 熱が引いたどころか、骨折すら治ってた。


 けど、一時は折れていた右足は動かないままだった。


「何でだよ、治してくれよ」


「治癒魔術も万能じゃないので……。怪我して直ぐに治さないと、頭の方が治った身体についていけないんですよ……」


「何だそれ……」


「無意識のうちにまだ治ってないと認識してしまうって事です。治癒魔術は上手く使えば骨折すら瞬時に治せはするものの……心的な事になると、ちょっと」


「足、ちゃんと治ってるよ。動けるようにしてくれよ」


「いやー……あたしには、もうこれ以上は……どうにも……」


「いつ動くようになるんだよ」


「……状況鑑みると一ヶ月、以上……でしょうか?」


「オレ仕事あるんだよ。仕事しないと金が……」


「そ、そうですか……じゃあ、あたしはこれで……」


「待て、待ってくれ」


「さ、触らないでください。あたしだって、自分だけで精一杯なんです……」


「なんでそんな酷いこと言うんだよ」


「ひ、酷いと言われましても……。謝礼目当てで助けておいて、お金を請求しないだけマシ……と思ってください。あたし、全然悪くないです」


「オレを、見捨てるのかよ……!」


「だ、だから……あたしだって、自分の事だけで精一杯なんですっ! 身体売って生きたりとか嫌で……戦うのとか無理で……そ、その辺で死にかけの人に治癒魔術かけて謝礼貰うぐらいしか、出来る事ないんですよ。んじゃ、そゆことで……」


「お、おいっ……!?」


 同郷の人間は冷たかった。


 あたしにも自分の生活があるんです――の一点張りで、オレを放り出していった。そそくさと逃げていきやがった。


 オレは生き残った。


 でも右足は動かなくなった。


 もうろくに走れない。


 いつか走れるようになるにしても、その間、仕事はどうすればいい?


 こんな身体で魔物と戦うとか、無理だろ……!?


 こんな状況、どうしろって言うんだ……!?


「…………? これ、メモ……?」


 さっきの女が書き置きしていったようだ。


 炊き出しをしているところが書かれていた。


 国が浮浪者や生活困窮者にタダで食事をふるまってる場所の事が書かれていた。味は最悪ですけどねー、という言葉も添えられていた。


 腹が立った。


 見下されてる気がした。


 こんなもん、絶対頼らない。


 けど、オレ、これからどうすれば……。





■異世界生活:12日目

■所持金:0Z


 所持金が尽きた。


 宿からも追い出された。


 宿と言うのもはばかれるぐらいの安宿で、雨風が多少凌げる程度のものでしか無かったが――昨日は泊まることすら拒否された。


 オレの足を見て、「アンタには貸せないかな」って言った。


 見限られたんだ。


 身体がイカれたオレにはもう安宿に泊まる金すら尽きかけていて、そんなヤツを止めて面倒な事になっても嫌だと――追い出されたんだ。


 仕事をしたくても出来ない。


 寝床も無くなった。


 金も、いま、やけ食いしたら吹き飛んだ。


 誰も頼れる人がいない異世界。


 オレはどうすればいい。


 死ねばいいのか?





■異世界生活:16日目

■所持金:0Z


 炊き出しのメシは不味かった。





■異世界生活:20日目

■所持金:0Z


 もう、元の世界に帰るどころじゃない。


 足は動かないままだ。これはもう工夫でどうこうなる限界を超えている。どこかのパーティーに拾って貰えないかと懇願したがどこも駄目だった。


 皆、足元を見てきやがる。


 俺を見て「生きてるだけ運が良かったな」と言って笑うヤツすらいた。誰も助けてくれなかった。同郷の奴らすら目を逸らしてきた。


 皆、自分の事で精一杯なんだとよ……。


 この世界に連れて来られたのはオレだけじゃなくて、他にも日本人がいる。毎日のように誰か連れて来られているらしい。


 同郷のよしみで金を貸してくれ、と言ったところで殆どのヤツが「寄るな、浮浪者」と目を逸らして逃げていった。オレの足じゃ追い付けなかった。


 オレは異世界の最底辺に落ちていった。


 浮浪者ホームレスとして公園でぼんやり夜を明かそうとしたものの、「子供の遊び場に居座るな」とキレたクソ共が追い出された。


 行き場が無くて……たどり着いたのが地下だった。


 オレのいるバッカス王国の首都の地下には地下迷宮が広がっていて……その上層にはオレと同じように浮浪者になってるヤツらが雨風を凌いで暮らしていた。


 同じ浮浪者と言っても、仲間じゃない。


 ナワバリ意識が強いらしく、必要以上に馴れ合わない。特にオレのような浮浪者の中でも殊更厳しい状況にあるヤツには容赦が無かった。


 家に帰りたい。


 帰りたいけど、帰れない。


 オレは、こんなとこで死にたくない。




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